第5話 憂鬱気味な勇者
部屋から出て、ようやくほっと一息つく。
何も知らないヘタレさんは、お疲れ様だなんて笑顔で言うけれど。
たった数分の間で、僕の気分は最悪とまで落ち込んだ。
はあ。僕は、大きくため息をつく。
「どうしたんですか?」
「いえ……ちょっと、仲間のことを思い出してて……」
ずっと一緒だった仲間たち。
僕は、それをこんな形で裏切った。
僕は最低だ。
別に、というか誓ってマゾなわけじゃないけれど、それを責めてほしかった、でも。
「はぁ。でも、もうあなたは私たちの仲間なんですから、そんなこと気にしなくても」
ヘタレさんの無神経な言葉は、逆に僕を傷付ける。
きっとそこが人間と魔族の違いなのだろう。
よく言えばポジティブ。悪く言えば無神経。
そんなところを、僕はまだ受け入れられず。
「気にしますよ。……私、は彼らを裏切ったのと同じなのですから」
「? 変な人ですね」
魔族っていうのは、過去を気にしないタチなのかもしれない。
でも、考えなさすぎるのも困りものだ。
今の僕には、それが重すぎるから。
「私は……」
その後の言葉は続かなかった。
というか、続けられなかった。
これ以上言うと、罪悪感で壊れてしまいそうだったから。
一度口を閉じて、それから言った。
「……じゃあ、私、部屋に帰ります。お願いが一つだけあるのですが、いいですか?」
――多分、僕はちゃんと笑えてたはずだ。
◇
僕は部屋に帰ってから、ようやく落ち着くことができた。
『お願い』をしたのは数分前なのに、手配が早い。
部屋の中は、すっかり“僕らしく”なっていた。
「はぁ……」
見回せば、青や水色ばかり。
ピンクの一欠けらもない。
これで、僕はちゃんと生活することができそうだった。
ただ。
「服は、どうにもならないか……」
記憶喪失だからと言ってあまり変えてしまうと、怪しまれる可能性がある。
だから、せめて服だけはそのままでとヘタレさんに言われた。
そのままって、このまま?
ピンクのチェックのスカートやら、ノースリーブのワンピースやら、さらにはフリフリのドレスまで。認めたくないが、メイド服とか置いてある気がする。視界の端に映ってるよ認めないけど。
……まあ、何だ。
僕をこんな目に遭わせたのは神様だか誰だか知らないが、とりあえず神様は僕を相当嫌っていらっしゃるようだ。
これも罪滅ぼしの一環? んなわけないでしょう。こんなことして何の滅ぼしになるんだよ。幻滅はするかもしれないけど。
僕は、水色に塗り替えられたタンスを見て大きくため息をついた。
もしかしたら服はヘタレさんの趣味か? そうだったら殴ってやろう。
「ホワイ? 何故? 神様、僕が何かしましたか」
天井に向かって尋ねても、答えは返ってくるはずもなく。
沈黙のままに、僕はベッドに倒れ込んだ。
……憂鬱だ。
これほど憂鬱になったことはない。人生で初めてだ。
どうして、僕は他人と魂が入れ替わってしまったのか。
しかも、魔王の婚約者……女の人と。
何か原因はあるのだろう。でも、僕が訊きたいのはそういうことではなく、“何故こんなことにならなきゃいけない?”ということ。
誰かが故意に起こしたものなら、僕はそいつを殴りに行くけれど。
それも分からない。笑いごとじゃない、こうやって不幸になっている人がいるというのに。
「ぅああ〜……」
声が、高い。
元から高い方だとは言われていたけれど、それとは比にならないほど高く、綺麗な声。
でも、これが自分の声だと思うとものすごく恐ろしい。
それから、鏡で確認したところ、目が赤かった。けど予想通りだよ畜生。
腰まで伸びた金髪、病的なほど白い肌、尖った耳。
そして、何度も言いますけれどね、僕は女になってしまったのだ。それ以上ナニとは言わないけど。
考えて憂鬱になっていると、小さく控えめなノックが聞こえた。
誰だろう? ヘタレさんはノックもしなさそうだよなぁ。そして僕に殴られるタイプだ。……多分、魔王様じゃありえないし。じゃあ誰だ。
「はーい」
誰か分からずも一応返事をすると、鈴を転がしたような可愛い声が聞こえた。
「失礼します……」
そして、ゆっくりとドアが開いていく。
僕はその声からして、まだ幼くて可愛い少女を予想していたのだが……。
「コメット様、こんにちは」
何でだろう。目の前に立っているのは、メイド服をまとった……大男だった。