第57話 出番ですよ!
まさかのコメディー。
そしてさらにまさかの主人公不在。
――出番。
「それほど重要なものは、他にないんですよ」
ヘルグ君がそう言い切るほどの、その重要性。
分かっている。
それは僕自身がよく分かっているつもりだ。
出番とは、即ち存在意義。そして自己アピールでもある。
イコールで結ばれる言葉たち。
存在意義、自己アピール、サクシャ及びドクシャサマたちの愛と勇気、希望と金とやる気と夢。
そして、究極の答えとしては――出番とは、そう。
僕に今、一番足りないもの、だ。
「いいかっ! 僕らは今、出番を失いつつある。理由は多々あり、そして一人ひとりそれぞれだ。それを突き止め、解決し、出番を増やすことが僕らの目標となる!」
僕はバン、と長い机を思い切り叩く。
その周りに座るみんなは、僕の言葉に多種多様の反応を示した。
「で……出番、ですか……? バルン様……」
「うむ。その通りだ、エルナ」
きょとんと目を丸くするエルナに、僕は諭すように頷く。
――どうやらまだ、何の話をしているかよく分かっていないようだな。
何が何だか分からない、と言わんばかりの面々に、僕は詳しい説明を始めた。
「いいか? 今日君たちをここに呼んだのは他でもない、――出番のことについてだ」
僕は真剣な面持ち(のつもり)でそう切り出す。
「出番。出番がない、それはショーセツのキャラクターにとって、致命的なことだ」
僕がそこまで言うと、ここに呼ばれたメンバーの一人が訝しげに目を細めた。
その人物とは勿論、ディーゼルだ。
「ん、何だ? ディーゼル君。何か言いたいことがあるのか」
「君とか気持ち悪いからやめろ。――なあバルン、一つ聞くが、お前、それだけのために俺たちを呼んだのか?」
「勿論だが? ディーゼル君」
僕の答えに、彼は不満そうな顔をして続ける。
「お前、わざと敬称つけて呼んでるだろ。それはそうと、お前、何で出番だけのために呼んだんだよ」
この様子だと、彼は何一つ分かっていないな。
僕はやれやれという風に肩を竦めると、また説明を再開した。
「ディーゼル君、いいかい。出番というのは、とても大切なものだ。重要なものだ。多ければ多いほど、それに比例して存在意義は増す」
ディーゼルの眼前に指を突き付け、僕は話し続ける。
彼はまだ不満そうだったが、話を遮ることはせずに黙っていた。
「そう、それこそサクシャやドクシャサマの愛の証! ――というのは、ヘルグ君が言っていたことだが。まあ、そういうことなのだろう。よく分からんけどな。――なのに、だ」
途中ディーゼルが何か突っ込みたそうな顔をしていたが、それは気にしない。
ここからが話の大切なところなのだ。
「なのに! 何故、我が愛しの妹に出番が与えられない!?」
僕が勢いづいてそう叫ぶと、場の空気が静まり返った。
――む? 何か変なことでも言っただろうか?
目を丸くして見回す。すると、ディーゼルが嘆息した。
「――そうか、お前が言いたいのはそれか」
「そうだが。何か文句でもあるのか? ディーゼル君」
「いや、ない。あえて言うなら君付けやめれ」
とりあえず最後の言葉は無視し、ふむと頷く。
文句はないのだな。それならば僕も言うことはない。
我が妹の出番増加運動に協力してもらおう!
「んー、バルン君の言うことは難しくてよく分からんが、私は賛成だ。とても的を射たことを言っているしね」
「分かってくれるか、ファルノム殿! さすがは年の功だな!」
机を挟み向かいにいる老人の手を、思い切りつかむ。
彼はふぁふぁふぁと穏やかに笑い、手をしっかりと握り返してきた。
ディーゼルのよく分からんのか分かってるのかどっちだという呟きは華麗にスルーすることにしよう。
「あのぉ……一つ、質問よろしいでしょうか?」
手を取り合い喜んでいただけのはずがいつの間にか抱き合って喜んでいると、エルナがためらいがちに手を挙げ、呟いた。
「うん、何だ?」
「えっと、差し出がましいことを言うようですが……、バルン様は何故、妹様の出番を増やしたいと願っているのに、直接ルル様とお話にならないのでしょうか?」
――盲点だった。
僕が黙っている後ろから、ナイスと言うディーゼルの声が聞こえる。
ふっ。だがそれくらいでへこむ僕ではないぞ。
僕はすうっと大きく息を吸うと、部屋中に響き渡る声で言った。
「それはな――恥ずかしいからだっ!」
「嘘吐け」
――ナイスアンサーだと思ったのに、ディーゼルが瞬殺。
くっ。何という突っ込み精神。僕の言葉すら一蹴するとは。
「お前みたいなのが今さら、恥ずかしいなんて感情持ってんのかよ。しかも妹相手に。まずありえない話だろ」
「冷たいな……何という突っ込みだ、敵ながら天晴れだな」
「すまん意味が分からんのだが」
はあ、とため息をつくディーゼル。
つれない男だな、全く。釣るつもりも元からないが。
こちらも対抗するように嘆息する。やれやれ。
「そもそも君たち。自分の立場を分かっているのか? 出番がないのはマイシスターだけではない、エルナも、ファルノムも、ディーゼルもそうなのだぞ? 勿論――僕もだ。分かるかこの痛みィ!」
「知るか」
またも一蹴。
ああ、何てつれない男なんだ。
だからモテないんだぞ、僕のようなナイスガイを見習ったらどうだ。
そう思いながらも、僕は口には出さなかった。
そりゃあ僕は優しいからな。そうやって傷を抉るようなことはしない。
「出番については確かに、お前の言う通りだ。……が、俺は出番なんて要らないと思ってる」
「何!?」
予想外の言葉に、僕は思わず声を上げてしまった。
……しまった。僕としたことが、そんな言葉だけで取り乱すなんて。冷静になるんだ。
落ち着け僕。落ち着くんだ。胸に手を当てて。
「要らない……とは、どういうことだ?」
「そのまんまの意味だっての。出番を増やす方法なら知ってるし、逆に出番を減らす方法だって知ってる」
「な!?」
ディーゼルの、全て見透かすような――まるで神のような、その言葉。
思わず声を上げてしまうのも、仕方がないことだろう。
今までずっと考えてきた、答えの出ない問いを、他人にいとも容易く解かれてしまっては。
「君は……何を知っているというんだ!?」
「だから、出番を増やす方法、それに減らす方法。よく考えれば普通に分かると思うけどな、お前でも」
ため息混じりにディーゼルは言う。
……もしかして僕は、馬鹿にされているのか?
――いやいや落ち着け、僕はそんな心の狭い男じゃない。
もっと落ち着いた、大人の男だ。うん。
「……ディーゼル君。教えてくれないか、その方法とやらを」
僕は真剣な表情で、尋ねる。
時には人に素直に頼むことも、大人の男の条件なのだ。
「あー……お前が君付けをやめたらな」
「何だと!? わざわざ敬称を付けて呼んでやっているのに」
「それが迷惑だって言ってんだよ」
ごめんだね、とでもいうように、ひらひらと手を振るディーゼル。
何てひどい奴だ。だからモテないのだと言っているだろうに。
やれやれと、僕は肩を竦める。仕方のない男だ。
「仕方ないな。ディーゼル、その方法を是非教えてくれ」
「そんな頼むようにしなくても……かなーり簡単なことだぞ?」
そう前置きしてから、ディーゼルは説明し始めた。
「あのな、お前がこの小説についてどれだけ知ってるんだかは知らんが、大体はな、主人公に出番が集中するんだ」
「ほうほう」
「そんで、ここでいう主人公っていうのが、コメットらしい」
「ほうほう」
「まあこれは、ヘルグが言ってたことだから……信用はしていいだろう」
「ほうほう」
「……お前さっきから『ほうほう』としか言ってねーじゃねーか」
「ほうほうほうほう!」
「うるせーよ!」
……殴られた。
何と暴力的な男なのだ。だからモテないんだぞ。
ただほうほう言っていただけなのに、それだけで殴るなんて。
「最低だな君は!」
「お前にだけは言われたくねーよ!」
ついに、言い争いが始まった。
いや、むしろ殴り合いだな。
――エルナが何か言っているが、耳に入らん。
人を殴る男なんて最低だ。む、今お前も殴った? 気にするな。
うん、そうだ。まだまだ殴り足りないぞ。
「あの……バルン様、ディーゼル様! お止め下さいませ!」
「っ!?」
もう一度殴ってやろうと思った途端に、ばっとエルナが僕たちの間に入ってきた。
まずい。これは殴るわけにはいかん!
僕は慌てて手を引っ込め、勢いを無理矢理押さえた。
ディーゼルも同じことを思ったらしく、動きをぴたりと止めている。
「はあ……いいですか、バルン様、ディーゼル様! 口喧嘩だけならまだしも、殴り合いなんて絶っ対に駄目です!」
「エルナ……」
「話し合いで解決するなら話し合いで、ちゃんとして下さい! ねっ!」
……さすがにエルナだ。この上ない正論である。
見かけはまああれとしても、常識的にエルナが正しい。
それを認めた僕等は仕方なく殴り合いをやめた。……もう一発くらい入れてやりたかったな。
「む……すまなかった。僕が悪かった、だから話を続けてくれマイシスターの出番の危機なんだ」
「……結局それかよ。ま、いいや」
ディーゼルは顔をしかめたまま、話を再開する。
「うん、さっきの続きだ。だからつまりな、ぶっちゃけると主人公のそばにいれば出番ってのは増えるもんなんだよ」
極論だった。
「そ、そうか……! そうだ、そうだな! 確かにそうかもしれない! 盲点だった!」
僕はがたっと椅子を蹴るようにして立ち上がる。
確かにそうだ。そんな気もする。まあよく分からないが。
「だからコメットのそばにいれば基本的に大丈夫だとは思うが、でも――」
「ありがとう我が友よ! それじゃ、僕は早速行ってこよう!」
ディーゼルの言葉を遮り、僕は走り始める。
早くマイシスターに伝えねば!
そう思うと、自然と顔が綻ぶ。
そもそも何だ、それはあれか!
コメットちゃんとマイシスターが並んで……いい光景じゃないか!
そこに僕が加われば、両手に花ということか!
「やっほーい!」
僕は叫ぶ。
喜びのあまり。
桃色パラダイスを目指して!
「……コメットに避けられたら意味ないんだけどな、って……あいつ自分が避けられてること分かってんのかな」
「さあ……どうでしょうか」
ディーゼルが言い掛けた言葉は、結局僕の耳には届かなかったのだった。
「まあいいか。どうでも」
そしてディーゼルの失礼な言葉も耳には入らなかった。
最近更新遅れてすみません……!
今一番忙しいときなので、もう少しこのペースが続くかもしれません><
すみません。ご理解とご協力をお願い致します。