第53話 サタンの冷笑(後)
ひやあー!
相変わらず更新遅くてすみません!
変わらずヘタレさんの……げふんサタンのターンです、どうぞ!
悲しい結末の後に現れた、冷たい王様。
高みの見物。まるで自分は、ただただ語る、真実を騙る読み手だとでもいうみたい。
だあれ? 一体誰なの、そこで笑っているのは。
冷笑はやまない。皮肉の拍手が、二人には聞こえないように。
「……さた、ん……」
「またまた正解です。凄いですね♪」
褒められてる気がしないし、全っ然嬉しくない。
僕がそう言うと、ヘタレさんはさも可笑しそうに笑った。
何が可笑しいんだか。僕はすごく、真剣なのに。
「――勇者さんの言う通りですよ。そこに現れたのは、紛れもなくサタン本人でした。サタンは上手くいったと、これで地上は全て自分のものだと、さも嬉しそうに、笑いました」
最低、最悪。
そんな言葉が似合う奴だろう。
昔話なのに、ただの昔話なのに――何だか、自分のことのように悔しくて、辛い。
サタンはそんなことのために、たくさんの命を犠牲にしたんだ。
「でも、二人はそんなことを許すはずもない。命尽きかけながらも全てを知った勇者と魔王は、サタンに問いかけました。『これはお前が全てやったのか』『こんなくだらないことのために』――と」
「そりゃ……そうでしょう、ね」
「でしょうね。けれどサタンは、ただ笑うばかりでした。彼には最早人の心はなかったのですから」
人の心がないなんて、――そんなのありえるのか。
だって、サタンは紛れもなく魔族であって。小さくとも一つの国を治める王なのに。
それとも、だからこそなのか?
だからこそ、人の心を失ってしまったのか。
「ひどい……」
僕は思わず呟いた。
サタンはそんなことをしたのか。
地上を支配するためなら、多大なる犠牲すら死神に差し出すというような真似を。
「それでも、人のいる世では当たり前のことなんですよ。サタンだけじゃない。そこまでひどい真似はせずとも、人の世ではよくあることでしょう?」
「それは……」
……そうかも、しれない。
人間だって同じことだ。
自分の欲を満たすため、ただ自分の野望のために。
犠牲など惜しまず。代償など、目もくれず。
生贄ならば、外見だけの追悼を。
他人の不幸は蜜の味。
人が死ぬことすら――何とも思っていない。
「サタンは言いました。世界が自分のものになることの、何が悪いんだ――と」
狂ってるのはサタンなのか。
それとも、そう感じる僕の方が狂っているのか。
所詮は偽善に過ぎなくて、綺麗事を並べ立てても無駄なのか――。
「勇者と魔王は、その問いの反論は持っていませんでした。答えられないまま――、力尽きていくしかありませんでした」
「……そんな……」
「勿論、世界はサタンのものになりました。サタンは笑いました。何と愚かな生き物たちだろうと、冷たく嘲笑いました」
僕は思わず息を呑む。
たとえそれが綺麗事でも、やっぱりひどい。
そんなのおかしいよ。
「――それからサタンが死ぬまで、世界はずっとサタンに支配されたままでした」
サタンが死ぬまで、ということは――確か、魔物の王の寿命は2000年。
そんな長い間、世界がサタンに支配されていたの?
その間ずっと、生き物たちはその支配に耐えていたというの?
「……ひどくないですか」
「ええ、でも事実ですよ。――サタンが死んでからは、人々は『平和』を理想とし、人間と魔物も和解しようと努力しました」
二度と過ちを繰り返すまいと、とヘタレさんは締めた。
でも話はそこでは終わらない。
僕の嫌な予感も同じく、続いていく。
「それでも――それは、上手くいきませんでした。世界にはサタンの血と意志を継ぐ、子孫たちがいたのですから」
――またサタンか。
僕は思わず顔をしかめる。
人々の幸せを、平和を奪っていく存在。
どうして? 何故、そんなにひどいことをするの。
自分の幸せすらも奪う行為であるはずなのに。
それともやっぱり、心がないのか。サタンには。
「ひどいでしょう」
「ひどいです」
ヘタレさんの言葉に、僕は即答した。
そんな僕に、ヘタレさんは苦笑する。
思うことを言って何が悪い。紛れもない本心なんだ、いいじゃないか。
「でしょうね。あなたならそう言うと思っていましたけど」
そう言って、ヘタレさんは視線を手元に移す。
しばらく、彼の手を動かす音だけが、部屋に響いた。
けれど――静寂は長くは続かず。
「――だから、あなたに話したんですよ」
「……え?」
何気なく放たれた言葉に、僕は顔を上げた。
ヘタレさんは相変わらず仕事の手を止めないままだ。
いや、止めてほしいわけじゃないけれど。
今の言葉って……どういう意味?
「それを仕方ないと割り切る人すら、今の世にはいますからね。勇者さんみたいな人に話したかったんです」
何でもないことのように、ヘタレさんは淡々と話す。
そうかな? と僕は首を傾げた。
だって、普通ならこういう反応をするだろう。と、僕は思う。
「何にせよ――、いつの世もサタンは人々の平和を奪ってきました。今のサタンも、きっと同じく」
「それじゃあ……私、のことも」
「多分そうでしょうね。可能性は十分ありますよ」
やだなあ、と僕は小さく呟いた。
「何が……、嫌なんですか?」
この人、ちょっとした呟きにも過敏に反応するな。
でもそんなこと、ごまかしても仕方ないか。僕はゆっくりと口を開く。
「サタンが犯人だったらやだなぁ、って言ってるんです」
「……何故ですか?」
どうしてなんて、そこまで言わなきゃ駄目ですか。
そんなの僕の勝手だろうに、と僕は思う。
「何故って、そうだって分かったらきっと責めてしまうでしょう? そうやって責めるのは、やっぱりいい気がしないですから」
僕がそう言うと、ヘタレさんは驚いたような顔をした。
でも相変わらず手は止めていない。
この人きっと、仕事のプロだな。
「――善い人過ぎるんですよ、勇者さんは」
「え、何か言いましたか?」
「いいえ。何も」
くすりと笑ってヘタレさんは仕事に集中する。
え、絶対何か言ったよね。
何て言ったの? ねえ。気になるぞ。
「――それじゃあ勇者さん、それだけですから。出てって下さい」
「え? いきなりその扱いはひどくないですか」
「出て行って下さい」
科白の最後に音符が付きそうな声でヘタレさんはそう言い、僕を追い出した。
相変わらず暴力的だなあ。
そう思いながらも、僕は渋々自分の部屋へと戻っていく。
仕方ないか。今回不法侵入したのは、僕の方だ。自分にそう言い聞かせ。
……うん、やだよ?
サタンが犯人だと決めつけるのも、そう知ってしまうのも。
でもそれはきっと、偽善でしかない。
だから僕は。
真実を追うしか、ない。
だって僕は、勇者なんだ――
――サタンの冷笑が、遠くで響いているようだった。