第51話 核心へ
更新大変遅れて申し訳ありません!
「――サタン派の人?」
「ええ、そうです。最近やたらと多いんですよ」
ある日の昼下がり、そしてここは僕の部屋。
そこにはいつだか聞いたことあるな何だっけと首を傾げる僕と、深刻な顔をして考え込んでいるヘタレさんがいた。
「それより気になるんですが、何でまた不法侵入してるんですか?」
「何となくですけど何か」
「……出てって下さい」
勿論そんなんでヘタレさんが帰ってくれるわけもなくて、僕だって帰ってくれるとも思ってないわけで。
これはあれだ。挨拶みたいなもの。
……どういうなんて突っ込みはなしの方向で。
「そんなどうでもいいことより、真面目に聞いて下さい」
「どうでもいいんですか」
「どうでもいいです」
……二回も言わなくても。
さすがに何の躊躇いもなくそう言い放つヘタレさんにはちょっと殺意がわくけれど。
そこは勿論本気でこの人を殺そうなんて思わないし、僕は自分にこの人を殺すほどの実力があるとも思ってはいない。
というわけで一応平和だったりする魔王城――のはずなんだけど。
「最近おかしいんですよね。表面上は平和ですが、何というか……」
ヘタレさんは、そうは感じていないみたいだった。
サタン派の人がどうかしたんだろうか。
僕が首を傾げると、ヘタレさんは顔を上げて。
「あの時からなんですよ、魔王城に異色の者が混ざるようになったのは」
「あの時……?」
あの時ってどの時だよと思いつつも、いつもとは違うヘタレさんの様子に突っ込めないでいた。
いつものふざけた笑顔がない、真面目な表情。
――何だか本当に『嫌な何か』が起きそうで、少し怖い。
「あの――忌々しい奴が侵入して来てから」
忌々しい奴? 苦い表情のヘタレさんに、僕は更に首を捻る。
忌々しい奴なんて、掃いて捨てるほどいるぞ。あんたとかね。
と思いつつも口には出さず、あえて考えているふりをする。ふりだけ。
「あいつですよ。あの視姦魔」
――あれか。
僕はそう言われた瞬間、あいつの姿を鮮明に思い出してしまった。
あのお腹回りが若干きつい感じの変態。コメットちゃんだか何だかとかほざいてきたあいつのことだろう。
瞬間的に思い出した僕は負け組だ多分。けれど僕は弁明する。だってあれ、忘れられないじゃん。あんな気持ち悪いの。
分からない人は第19話参照。きっと見ない方がいいけど。
「あいつもサタン派の者だと名乗ってましたよね。確かあれくらいからだったと思いますが」
嫌な思い出だな――なんて思いつつ、僕は悠長に椅子に座り直す。
けれど、次にヘタレさんの口から出た言葉は、まず耳を疑うような言葉だった。
「いえ……もっと詳しく言えば、勇者さんが来てから、でしょうね」
「え!?」
「何も驚くことはないじゃないですか。その頃からだったと思いますけど? サタンが動き出したのは」
笑顔でそんなことを言うヘタレさん。
そんなの悪い冗談だ。そう、反論したかったけれど。
それを疑う理由はない。少なくとも、今の僕には。
「動き出した、って……」
「異色の者が――サタン派の奴らが混ざるようになったのは、あいつが侵入して来てからです。が、サタンが動き出したのは、あなたが来た時あたりからだったと思いますね」
「そん、な」
僕が何か関係しているとでも?
目で訴えかけると、ヘタレさんはクスリと笑った。
――笑ってないで普通に説明してくれればいいのに。
やっぱりこの人は意地が悪い。
「あなたを疑うわけではありませんよ、別に。サタンがあなたみたいな低能なスパイを送り込んでくるとも思いませんし」
「て、低能って――」
「冗談です。――こんなお人好しなスパイなんて使い物にならないじゃないですか?」
ね、とヘタレさんは笑う。
うまくごまかされた気がしないでもないけれど、……まあいいか。
下手に怒って疑われるのも嫌だ、し。ね。
「だから、そうではなくて。あなたが『故意』ではなく『うっかり』サタンを動かしてしまった――という可能性もあります」
「……それじゃ私が完全にドジっ子キャラになってるじゃないですか」
「大丈夫です。私にそういう趣味はありませんから」
「だーっ、そういうことじゃなくて!」
いつものことだけれど、会話がかみ合わない。
というかこの人が何を言いたいのかが分からない。誰もヘタレさんの趣味なんて聞いてないし。
誰か助けてくれ。通訳プリーズ。
「そもそもうっかりって、どうやって――」
「さあ? 憶測でしかありませんから、何とも。もしかしたらあの事柄がかかわってくるのかなーという」
軽い様子で、ヘタレさんはくすくすと笑う。
でも、僕はそれを無下には出来ない。ヘタレさんの考えって大体いつも当たるからな。
そんなこと、とあしらえはしない。
「――それか、その逆ということもありえるかもしれませんね。サタンがあなたを動かしたという可能性も」
独り言のように、ヘタレさんは呟く。
「サタンが、――僕を?」
「否定はできないでしょう? サタンなら、或いは――禁断魔法の存在だって知っていたかもしれない」
そう、――『魔王様』に並ぶもう一人の魔物の王なら。
含まれた意味に、僕は絶句する。まるで何も言えなかった。
混乱していたというのもある。
が、それは核心をついているという気がしてならなかったというのが本当の理由で――。
「サタンなら知っていたっておかしくない。使えたっておかしくない。でしょう? ただ、サタンは魔法がそんなに得意じゃないから――失敗したのかもしれませんね」
失敗。それは、あのことだろうか。
コメットの身体から、彼女の魂を完全に引き離せなかった――と、確かにヘタレさんは言っていた。
それは、その主が魔法に長けていなかったからだろう、とも。
魔王は魔法に長けた存在。サタンは力が強い存在だと、誰かに聞いた気がする。
それなら、――何もおかしくない。
心の奥で小さく燻る焦燥が、胸を、焦がす。
「まだ絶対そうだとは言えませんけどね。可能性なら、十分です」
「……そう、ですよね」
「じゃあ私は急用ができましたので、それじゃあ」
さっきまでのんびりゆったりむしろ暇人ライフを満喫していたはずのヘタレさんは、そう言って部屋から飛び出して行った。
――相変わらず行動の早い人だ。
僕は感心しながらも、浮付いた心が暴走するのを、止められないでいた。
――知りたい。そして、知りたくない。
確かにそれは気になるけれど。でも、僕は今さら犯人を知りたいとも思っていなかった。
だって、戻してもらえるわけでもないのに。
きっと悲しいだけ。誰も彼も、悲しくなるだけだろう。
「サタン……か」
呟いた。一人、部屋で目を閉じる。
――だけど、サタンが本当に犯人なら、一回会って殴ってやりたいかも。
僕は思い直した。
悲しいのは、悲しいんだろうけれど。
だって、ある意味では憎き仇なんだ。
今まで魔王を倒そうとしてきた僕らも、無実の罪で責められた魔物たちも報われないし。
魂を勝手に交換されて、人生をめちゃくちゃにされたコメットも。
勿論、魔王城のみんなと出会えたことは感謝してるけど……。
――よし。
もし犯人が分かったら、絶対に一発殴ってやろう。
僕は、そう決めた。