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第49話 欲張りな願い

 私は、多分、好きだったんだと思う。


 綺麗で、明るくて、強気で、自分に自信を持っていた、彼女のことが。



「ねえコメット、あんたの夢って何?」

「私ー? 私はね、魔王様のお嫁さん!」

「……それは別に聞きたかないって言ったでしょっ。それ以外よ、それ以外!」

「あら、何でよ? 嫉妬してるんでしょー?」

「ち、違うわよっ! 別にそういうんじゃ――」

「こんな可愛いフィアンセがいる魔王様に」

「…………や、絶対違うわ」

「え? 何よその低反応」



 私は、多分、幸せだったんだと思う。


 彼女と一緒にいたから。いつも、笑えていた。



「……なあお前ら、いい加減仲介役なしで会話してくれよ」

「嫌よ、ディーゼル。人は多い方が楽しいじゃない」

「だから、そういう問題じゃなくてな」

「却下。絶対聞かないわ」

「……おい」



 そう、彼も一緒に。いつも三人で、笑い合っていたの。


 悲しい時も嬉しい時も、いつだって。



「ねえ、ディーゼルとアリセルナの夢は?」

「俺はお前らに早く自立してほしい」

「む。言うわね、ちょっと年上だからって大人びちゃって」

「お前らが子供すぎるんだろ……」

「子供だもん」

「……さいでっか」



 それが私の幸せ、だったの。


 なんて、――二人の前では言えないけど。



「それで、アリセルナの夢は?」

「何で言わなきゃいけないのよっ」

「いいじゃない、言いなさいよ。本当素直じゃないんだから」

「べっ、別にそういうわけじゃないわよ!」

「どういうわけよ」



 色々言い合って、笑い合って。


 そんな毎日。そんな楽しい毎日を。



「い、一回しか言わないんだからね」



 ずっと、続けていた。


 ずっと、続けていたい。



「わ、私の夢はね――」





 ――ずっとずっと、二人と一緒にいたい。





 ◇





「ねえ、コメットって随分善人になったわよね」

「……え、何それ、どういう意味? 以前の私は悪人だったって言いたいの?」

「うん、すっごい悪人だった」

「……はっきり言うねーお嬢さん」


 えと、こんにちは。

 勇者です。コメットって言った奴は以下略。

 今日は、アリセルナと城内を歩いてます。何でだろ。

 別に大した用事があるわけでも、この年で探検ごっこをしてるわけでもないんだけど。

 何となく、……うん、何となくだ。


「前のコメットはねー、何ていうか、自分勝手で自分のやりたいことやってて自分のことしか考えなくて自分が一番可愛いみたいな人だったわ」

「……あぁ、いるねそういう人」

「今のヘタレさんみたいなっ」

「……嫌だねそれ」


 そういう人だったのかコメットさんよ。

 僕は何だか悔しくて頭を壁に打ち付ける。

 あ、別に発狂したわけじゃないよ。

 ヘタレさんみたいな、っていうのにショックを受けただけなんだからね。ヘタレさんみたいなって。


「そんな人だったんだ……何かショック」

「お、落ち込まないでよコメット。大丈夫、ヘタレさんの方が狂ってるわ」

「当たり前だぁ! 誰があの人と同じレベルになんて辿り着くか」


 僕はそう叫んでから慌てて周りを見回した。……ヘタレさんいないよね?

 今の会話が聞かれてたら、きっと危なかった。あの人、本当に容赦ないから。

 僕は、周囲に誰もいなかったことにほっと胸をなで下ろす。

 よかった。僕はまだ死にたくない。


「でもね、コメットは行動力があって。有言実行、いい意味でも悪い意味でもそんな人だったの」

「だろうね……何かもうこの城のアイドルみたいだもんね」


 僕は頷く。

 それは尊敬している。凄く。

 行動力があるって、とても凄いことだと思う。僕はそんなコメットに憧れる。


「あ、でもそれは今のコメットも同じね。多少バイオレンスではあるけど」

「……それって、褒められてるの?」

「褒めてるのよ」


 バイオレンスは彼女の中では褒め言葉ですか。

 心の中で突っ込みつつもまあ、褒め言葉と言われてるんだからありがたく受け取っておこう。

 変に聞いて後悔するのも嫌だし、そう思って。……現実逃避? 気のせいだろう。


「……ねえ、アリセルナ?」

「なあに?」

「もし、今の私と前の私、どっちか選べるとしたらどっちと一緒にいたい?」


 え、とアリセルナが小さく漏らす。

 多分、予想外の質問だったんだろうな。

 そりゃそうだ。僕だって、自分の口からこんな言葉が出るとは思っていなかった。

 ……なんて、言い訳に過ぎないけれど。

 何だか、凄く、……不安だったんだ。僕は必要ないって、言われてる気がして――


「――何よ、コメット。私のこと馬鹿にしてるの?」

「……え?」


 返ってきた言葉もまた、予想外。

 そんなことを言われるなんて思っていなかった僕は、思わず間抜けな声を漏らした。


「それってどういう――」

「あのねえ、コメットは普通、友達に順位を付ける? 仲のいい友達二人、どっちの方が好きって聞かれて答えられるのっ?」

「や、そ、それは――」


 焦りながらも言葉を探すも、詰まってしまう。


 確かに、アリセルナの言う通りだ。

 誰が仲のいい友達に順位を付けるんだろう。

 そう言われれば、何だかそれは凄く当たり前のことで。


「コメット、怒るわよ? 私怒っちゃうわよ?」

「ご、ごめん! 別にそういうつもりじゃなくて……あ、謝るから何か変なオーラ出さないでー!」


 アリセルナは本気で怒ってるみたいだった。

 そりゃあ……僕だって、多分怒る……かも。

 仲いい人にそんなこと言われたら、機嫌悪くする……よなあ。

 何度も何度も謝ると、アリセルナはようやく許してくれた。少し、不貞腐れながらも。……可愛いからいいけど。


「うーん、でもやっぱり、――選べないって言うのが本音なのよね」

「そっかぁ、……だよね」

「どっちも大切だもの。だから、ね」


 困ったように笑うアリセルナ。

 彼女は半歩前に足を出すと、くるりと振り向いて。


「ねえコメット。どっちとも一緒にいたいって願うのは、欲張りだと思う?」


 あくまで微笑みながら、そう言った。


 それは多分僕も聞きたかったこと。

 誰もが思うはずの願い。

 仲がいい友達二人がケンカしたような些細なこととか、旅に出る時のお別れとか。

 どんな大きなことにしろ、小さなことにしろ。誰もが願うはず。


「……ううん。私は、そうは思わない」


 少し考えてから、僕も笑った。

 それは虚栄とかそんなものではなく、飾り立てない本音。

 いたいんだ。ずっと、一緒に。


「私も思うもん。誰とも仲良くしたくて、ずっと一緒にいたくて、……綺麗事かもしれないけど」

「よかった。私もそう思ってたの、実はね」


 気が合うわね、とアリセルナは笑う。

 僕と彼女は、きっと似た者同士だ。

 よく似た願いを持った、正反対そうで一番近い存在。


「私思うの。今のコメットと前のコメット、別人のようだけど、どっちも好きって。だからどっちともね、ずーっと一緒にいたい」


 ほら、また同じだ。

 僕もそう。

 今、僕がいる環境――魔王城の人たちと一緒にいたい。でもその一方で、アレスやキナも愛おしく思えてくる。

 どっちもなんて、欲張りだと言われるだろう。

 それでもそんな、夢が見たい。

 叶えるには少し――難しすぎて、切なすぎても。


「……ねえ、ディーゼルのところ行かない?」

「え、何で?」


 僕がどうしてだろうと首をかしげていると、アリセルナはくすりと笑って。


「魔王城の名物三人組、復活!」


 そう言う。僕はぶっと吹き出した。


「め、名物?」

「そう呼ばれてたのよ」


 何となく想像できて、余計笑えてきた。

 ――それもいいかもしれないね。

 ちょっと変わっちゃったけど、ねえ、今もきっと名物には変わりないんだろう。

 僕はコメットに、届くほどになれているかな?


「よし、行こっか」

「そうねっ、走りましょ!」

「ちょ、アリセルナ速くない!?」


 叶わない、強欲な願いを抱えながらも。

 今ある、幸せを抱きしめながらも。


 今日も僕らは、ここで笑い合っている。





 ――神様。もしいるのなら、お願いです。



 欲張りだなんて、言わないで。


 今はまだ、幸せでいさせて――




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