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第4話 僕と魔王様

「この先で、魔王様が待っています」


 声は反響して、何度も僕に襲いかかってくる。

 そんなこと、言われなくても見れば分かるさ。

 雰囲気がそんな感じだもの。


「……緊張してるんですか?」

「当たり前ですよ! だって僕……」

「もう、『僕』はなしですよ」


 にっこり笑ったまま釘を刺され、僕は少し落ち込む。

 そんなこと言われたって、生まれてから17年間そうしてきたんだから。

 突然女の子らしくなんて言ったって、そんなの無理な話だ。

 殺す気か。健全な(元)男子を。


「ほら、私の前で練習してみて下さい」

「……う……」


 やっぱりこの人、鬼だ。

 人の気持ちも少しは考えてくれ。

 でも、やるしかない……よね。僕は渋々、覚悟を決める。


「頑張りますけど……私、魔王様とはもともと宿敵同士だったんですよ?」

「それは知ってますが、その姿じゃ仕方ないでしょう」

「仕方ないと言われても……。そもそも、何を話せばいいのでしょうか?」

「その調子です。まあ、記憶喪失だとは伝えてますから、怪しまれない程度に頑張って下さい」

「あの、それじゃアバウトすぎるんですけど。ふざけんなこの似非側近め」

「地が出てますよ」

「あら、ごめんなさい」


 できるだけ女性らしい仕草をして見せる。

 地がでないように気を付けなきゃな。……今出たけど。

 仕方ないさ。今のは不可抗力だうん。


「というか、何となく喋り方が被ってる気がするのは私の気のせいでしょうか?」

「一人称も同じですしね、でもそれはどうしようもありませんし別にいいんじゃないですか? それよりこれ以上魔王様を待たせない方がいいかと」


 素晴らしくアバウトだが、正論だ。何だか悔しい。

 僕は仕方なく、ちらりと魔王の間へと続く扉を見た。

 ずーんと構える漆黒の扉が、僕を威圧するように見下ろしている。

 見るだけで、行こうという気も失せるような。


「……あの、ヘタレさん」

「何気にその名前で定着させるのやめましょうね。ヘルグですってば」

「ヘタレさん、私がもし戻ってこなかったら、あとのことはよろしくお願いします」

「突っ込みたいところが沢山あるんですがどこから突っ込んでほしいですか」


 真顔で返され、僕は楽しくないと舌打ちする。

 ちゃんとそれらしい仕草もして見せたのに、称賛の言葉は一切なしか。

 いや確かに僕にも多少の非はあったかもしれないけど。そんなの僕の知ったことじゃあない。


「とにかく、これ以上待たせたら問答無用で殺されますよ」

「ちょ、え?」


 彼は笑顔で僕を見ている。

 今この人、微笑んだまま『殺されますよ』って言ったよね。

 魔王様も怖いけど、この人のその笑顔も怖い。笑顔で殺されそうな気がする。


「……い、行ってきます」

「逝ってらっしゃい」


 ……今、不吉な響きが聞こえたのは気のせいだよね? うん、そうだ。気のせいだ。

 僕は振り返りたくなる気持ちを抑え、ゆっくりと扉に手を掛ける。

 古く重々しい音を立て、扉は向こうの世界へやへとつながった。


 これでもう、僕は引き返せない。



 ……え、ずっと前からもう引き返せなかったって?

 いや、そんなことはないと……信じたい。今さらだけど。



 ――そうだ。とにかく今は、前に進むことだけ。




 ◇




「し……失礼します」


 緊張で思わず、自分のものとなった高い声が震える。

 何だろう。勇者として魔王城に来たときだって、こんな気持ちにはならなかったのに。

 今さら、怖いだなんて。馬鹿みたいだとは思う。


 そう、扉の向こう、あまりにも広すぎるその部屋で待っていたのは、前見たときと全く同じ黒いローブをまとった魔王だった。

 仇。

 それが今は自分の婚約者だなんて、実感も湧かないし信じたくもない。

 ただ、前来た時と違うのは分かっていた。何もかも、違う。


「……ここに、来い」


 低い声が響き、僕はそれに従う。

 失礼のないようにしているつもりだけど、そういう礼儀は僕にはよく分からないから不安だ。

 跪いた方がいいのかな? なんて思い跪こうとすると、魔王様はいい、と小さく呟いた。


「ヘルグに、記憶喪失だと聞いた」


 いきなり切り出された話に、僕は小さく頷く。

 バレないように気をつけなきゃ。僕は『コメット=ルージュ』を演じなきゃいけないんだ。


「原因は聞かなかったが……その原因は、分かっているのか?」


 いいえ、と答えようとして、僕は考えた。

 あの人ヘタレさんにまた適当な理由を考えられては堪らない。ここで、何か考えるべきじゃないか。


「……聞いた話なので真偽は分かりませんが、勇者一行に襲われたようなのです」


 自分の仲間の評価を下げるのは気が進まないが、自分たちのことだから何とかできると思いそう言っておく。

 本当は記憶喪失どころじゃないんだけどね……。

 でも、僕は嘘を嘘で塗り固める愚行に手を伸ばす。生きるために。


「……そうか」


 よく見えないけれど、魔王様が微かに顔をしかめたように感じる。

 まずいことを言ったかな、と僕はちょっと不安になった。

 けれど。


「……分かった。じゃあ、とりあえず部屋に戻ってくれ」


 ――え、それだけ?

 あまりにも短く拍子抜けしたけれど、戻っていいというならそれを拒む理由はどこにもない。

 僕は失礼のないように頭を下げて部屋から出ようと戻っていく。

 後ろからの視線を感じたが、振り向くことも出来ない。怖くて。まだ、小刻みに震える腕を、押さえることは出来ないから。


「……あ」


 思わず、小さく声を漏らしてしまった。

 部屋から出ようとして、ふと気が付いたのだ。

 そういえばここは、魔王と戦った場所だ――と。

 勿論、もう仲間たちの、自分の死体が転がっていたりはしない。が、そのあたりに、赤黒い染みが残っている気がして。

 僕の足は、一瞬止まる。


 ――キナ、アレス……。


 胸が疼く。

 僕は一人で何をやっているんだろうと。

 仲間のことも考えず、僕はどうして敵地で悠々と過ごしていられるんだろうと。

 ――僕は。

 疼く胸、けれど僕は一度も振り向くことはなく、そのまま歩き続けた。


 漆黒の扉を、越えるまで。




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