第48話 勇者半分コメット半分
今回は少し長めです。
且つカオスです(何
さて。
もう分かっているとは思うけれど、魔王城の人たちはイベントが大好きである。
っていうかぶっちゃけ、馬鹿騒ぎが好きな人の集まりなのである。
ハロウィンだろうとクリスマスだろうと何だろうと、イベントがあればとりあえず騒ぐ。なくても騒ぐ。
そういう人たちが集まっているのだ。
誕生日パーティー。
もし、そんなものが開催される――なんてことが城内に広まれば、そのパーティーはそれはもうひどく大規模なものになる。誰が望んでいなくとも。
今のこれが……そう、いい例だ。
「……何ですか、この集まり?」
「さあ? ここの人は騒ぐのが好きですからねー。馬鹿なもので」
ヘタレさんはそう言って小さく笑った。
今この人仲間たちを馬鹿にしたよね。人のこと言えないくせに。……まあそれはいいんだけどさ。
今、僕がいる大広間には――魔王城の人が全員いるのでは、と思うほどに人が集まっていた。
人、ひと、ヒト。人の渦。中に入ってしまえば押し潰されそうなほどに。……本当になりそうで怖いが。
「素敵ねっ、コメットのためにこんなに人が集まってくれるなんて!」
アリセルナは何だか知らないがとてもポジティブだ。
まあ、確かにそう考えることも出来る。
彼女一人のために、こんなに人が集まってくれるなんて。
この城の中で、どれだけ彼女の存在が大きいものか、それを示すみたいに。
でも僕は――違う。
「……コメットって、凄いんだね」
僕がポツリと呟くと、アリセルナは変な顔をした。
まるで僕がおかしなことを言ったみたいに。……彼女にしてみれば、そうなんだろう。
「何よ、それ。自分のことじゃない」
「うん、そうだけど……私は、何も知らない――コメットの、何も」
僕はそう言って俯く。
すると、アリセルナも俯いて黙ってしまった。
返す言葉が見つからない。そういうことだろう。
記憶喪失、魂の入れ替わり。
どちらが『事実』にしろ、僕は知らない。
ここまでたくさんの人を集められる、コメットの力を。
コメットという存在の、その大きさを。
「……あのね、聞いて」
アリセルナが、そっと僕に囁いた。
その横顔は、真剣で。少し切なそうに。
「コメットはね、みんなの太陽のような存在だったわ」
僕の方は見ずに、アリセルナは続ける。
――そんなこと、確かリルちゃんも言ってた。
みんなの中心で輝く、強い光を持った存在だって。
「でも、今のコメットは、ちょっとだけ違うの」
当たり前だ、と小さく頷く。
僕は、コメットじゃない。コメットなんて知らないから。否、知っていてもきっと。
みんなの太陽になんか、なれない。
「今のコメットは――貴女はね、みんなを照らすような太陽じゃないかもしれない。でも、触れた人みんなが好きになるような、優しさを持ってる」
「え……」
「いいところも悪いところも含めてね。優しすぎる、って思うくらい」
アリセルナはそう呟いて、くすりと笑った。ようやくこっちを向いて。
――僕が? 何だか、信じられない。
そんなじゃないのに。僕はそんな、凄いものじゃない。
思って、僕は自分の姿を見下ろす。
だって――違うのに?
「コメット様、アリセルナ様ー! パーティー始まりますよ、来て下さい!」
「あ、はーい!」
エルナに呼ばれ、アリセルナは明るく返事をする。
その瞳には、もう輝きが戻っていた。
……僕からすれば、アリセルナの方が『太陽』に見える。輝いていて、凄く、綺麗だ。
「ほら、もう行かなきゃ! みんなが待ってる」
笑顔で僕を呼ぶアリセルナに、僕は戸惑わざるを得なかった。
そんな綺麗な微笑を向けられても、困るのに。
「……どうしたの? コメット。具合でも悪い?」
「…………の?」
「え?」
心配そうに顔を覗きこまれ、僕は思わず聞いてしまう。
「私なんかで……、いいの?」
僕は本気だったのに、本気で聞いたつもりだったのに。
アリセルナは簡単そうに、そんなこと、と言って笑った。
「みんなはコメットを待ってるのよ。それは、前のコメットとは違うかもしれない。でもそれでいいの。みんなは、今のコメットを待ってるんだから」
優しく微笑んで、手を差し出すアリセルナ。
本当、に?
僕は思わず疑ってしまいそうだ。
でも、アリセルナはそれを許さず。
「コメットは、自分の優しさがどれくらい他人を救ってるか、知らないでしょう?」
優しい微笑み。僕のために差し出された手。極めつけは――その、言葉。
反論――出来るわけない。
だって、信じたいんだ。僕が、誰かの役に立ててるって。
だから。
「ほら、行きましょ? 今日の主役はコメットなんだから」
アリセルナは微笑んで、僕は頷いて。
嬉しくて、僕は、今の僕でいいんだと。
彼女の手を取って走り出す。
――いいの?
――いいんだね?
――ここにいても、いいんだ。
そんな確信が得られたなら、もう怖いものはないから。
どんな敵でも、悪でも、僕は今強くいられる。
だから、――ここにいる。
「誕生日おめでとうっ!」
盛大なパーティー。
それは僕のためだけじゃなくて、彼女のためだけじゃなくて。
ここにいる全ての人のために。
だから、騒ぐだけ騒げばいい、笑うだけ笑えばいい。
それだけのためのパーティーだから。それでいいと、僕は思う。
「コメット、一緒にあっち行ってみましょ!」
「うん!」
アリセルナに誘われて、色んなところを歩いた。
会う人みんなに祝われて、嬉しくてお礼を言ってまた幸せになる。
それがただ幸福。そう知ったから。
「コメットさん、アリセルナさん! こんにちはー!」
「あ、ルルじゃない!」
人混みの向こうで、ルルさんが手を振っている。
アリセルナが手を振り返し、僕も同じように手を振った。
すると、ルルさんの後ろから出てきた――嫌な人影。
「やぁ、コメットちゃんにアリセルナちゃんじゃないか!」
「げっ、バルンじゃない! ……まだ生きてたの」
「ひどいなぁ。僕はいつでも愛に生きている」
「そんなこと聞いてないわよ」
……もしかして、害虫さんとアリセルナって仲悪い?
いや、害虫さんにはそんな感覚ないだろうけど。アリセルナの一方的な嫌悪だろう。
でも気持ちは分かる。僕も苦手意識あるよ、当たり前だけど。
出来れば消えて欲しいと思う程度には。
「マイシスターとともにこの日を過ごせることこそ我が喜び。……おっと、嫉妬はしないでくれよコメットちゃん。僕は君のことも」
「さー次行きましょうか!」
害虫さんの言葉を遮り、僕は逃げるようにアリセルナを引っ張っていく。
あれ以上言わせたら危なかった。
告白紛いのことでもされたら堪らん。シスコン二股変態野郎め。
胸に溜まったため息を押し出し、ふと顔を上げると、視界に触れる見慣れた人。
「あ、……魔王様だ」
「え、どこどこどこっ!?」
魔王様、と言った途端反応するアリセルナ。その反応っぷりは、……ちょっと怖かった。
……愛の力とでも解釈しておこう。
「ほら、あそこ」
指を指した先で――リルちゃんは埋もれていた。
人々の波に。
「きゃああ可愛い!」
「魔王様ー!」
「こっち見てー!」
……リルちゃんって“可愛い”系なんだ。初めて知った。
とりあえずモテモテ、とだけ言っておこう。
何のアイドルだあれは。
「だ、大丈夫なのかしら、あれ。ファンクラブの人たち自重ないわね」
ファンクラブの人でございましたか。
リルちゃん凄いなー。つくづくそう思う。
でもリルちゃんって対人恐怖症だよね。大丈夫か、生きてるのか?
ファンクラブの人……、殺したいのか。
「……助けに行ったら逆に死ねそうだね」
「……ごめんなさい魔王様、私たち助けに行けそうもないわ」
思わず謝る。
だってファンクラブの人たちが圧倒的すぎる。
あの中に混ざれるほど僕は強くない。ごめんねリルちゃん。
「はいはいはい避けて下さいね邪魔ですよ♪」
――が、ヘタレさんがその中に突っ込んでいった。
うわぁ勇者だ。え、勇者はお前だって? 聞こえないなぁ。
ヘタレさん、リルちゃんを助けに行ったんだろうか。だったらいいけど。
ヘタレさんのことだからなぁ……何とも。
「魔王様、大丈夫ですか?」
「……う、死ぬかと思った……」
いとも簡単にリルちゃんを人波から助け出す勇者ヘタレさん。
お疲れ様でした。
ていうか、ヘタレさん、よくあの中から助けられたな。さすがヘタレさんというところか。
もういいよあの人、最強で。
僕らは心配しながらリルちゃんの方へ歩いていく。
「……あの、ほんとに大丈夫ですかー」
「窒息死か圧死かショック死かどれを選ぼうかと思ってた……」
「は、早まらないで下さい魔王様!」
真剣な口調でそう言うリルちゃんに、僕は思わず突っ込んだ。
どれも物騒だ。やめてくれ。
そもそもあれだけでショック死なんて……できるか。リルちゃんなら。
対人恐怖症だし。よくここまで出てこれたなあ。
「それにしてもヘタレさん、よくあの中に突っ込んで行けましたね。私なら絶対見て見ぬふりしますけど」
「魔王様を見捨てることはできませんから」
「いや、嘘つかないで下さい。普段魔王様をいびってんのはあんたでしょうが」
ヘタレさんはさもおかしそうに笑う。何がおかしい。
確実にヘタレさんは加害者だろう。
いつもあんなに虐めてるくせに。……可哀想に、リルちゃん。
「別に、ファンクラブの連中なんて怖くないですよ? 所詮私に敵う人なんていないでしょう」
「……さいですかー」
聞いた僕が馬鹿だった。
それにしても何という自信。まあ、……本当にそんな気がするから怖いけど。
「それで魔王様。こんなところで何やってたんですか」
「……埋もれてた」
「それは分かってます。お疲れ様です」
リルちゃんは疲れた顔でため息をついた。
倒れなかっただけよかった、かな。
もしかしたら、リルちゃんも人に慣れてきたのかもしれない。
そうだといい。それは、リルちゃんだって願ったことだろうから。
……危険な真似はやめて欲しいけどね。
「あ、そうだ、コメット」
「? はい?」
ふと視線を戻すと、リルちゃんはごそごそと何かを取り出している最中だった。
何だろうと思っていると、リルちゃんは僕にオレンジ色の包みを差し出して。
「え、これ……」
「プレゼント」
リルちゃんはそれだけ言って、僕の手の上に包みをぽんと乗せる。
「誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます……」
僕は小さく呟く。驚きと嬉しさで、何だか上手く声も出ない。
彼が祝ってくれたのはコメットか、それとも僕の方なのか。
……どっちでもいいか。
どっちでも同じこと。嬉しいのは同じだ。
「きゃーきゃー! コメット凄い凄い凄いっ! 羨ましいわーっ!」
「あ、アリセルナ?」
アリセルナが嬉しそうに抱きついてくる。
……僕のことで喜んでくれるのは嬉しいけど、勢いが凄過ぎてちょっと怖い。
正気か、正気なのかアリセルナ?
「どうしよう私コメット以上に嬉しいかも! きゃー!」
「お、落ち着いてアリセルナ!」
「落ち着けなーい!」
……正気じゃないな。
アリセルナは頬を赤く染めて、嬉しそうに飛び跳ねている。
どうしたっていうんだ、この子は。
宥めても落ち着きそうにはない。何でこんなに興奮してるのこの子?
「……じゃあ私は、これで」
「あ」
僕とアリセルナのじゃれ合いについていけないと思ったのか、リルちゃんはそう言いぱっと消えた。
正に煙のように。それ以上、綺麗に。
テレポートか。……相変わらず心臓に悪いなぁ。
「あーあーもう、魔王様ってば。魔法乱用するなって言っておいたのに……説教してきますから。それじゃ」
ヘタレさんもそう言って走って行ってしまった。
……あの人はテレポート使わないのな。
それにしても説教って。ヘタレさんが? 何だか怖いぞ。
「二人とも行っちゃったわね。……ねね、コメット、何もらったの? 開けてみて開けてみてっ!」
「し、仕方ないなぁ。ちょっと待ってね」
アリセルナに急かされて、僕は恐る恐るオレンジの包みを開く。
リルちゃんだし、変なものが入ってることはないと思うんだけど。リルちゃんだしね!
信じながら覗く、柔らかいその包みの中には―――
「……コメット?」
「あ、え、何でもないよ!」
僕はそう言って包みを隠す。
明らかに怪しまれたけれど、僕は慌てて誤魔化した。
「ご、ごめん、用事思い出した! アリセルナはパーティー楽しんでて! それじゃっ!」
「あっ、ちょっと、コメット!」
アリセルナの声を振り切って、廊下に向けて走り出す。
――危ない。
これは見せられないな。変なもの、っていうわけじゃないけど。
そうじゃないけど……。
手をつないだ、仲良しの人形。
小さなぬいぐるみは、昔の僕らそのままで。
僕がいて、リルちゃんがいた。
銀髪と黒髪、並び合って微笑み合う。
そうだ、二人は仲良しだったんだ。
彼がくれた、この小さな人形のように。