第46話 生き続ける理由
い、一週間ぶりですみません。
しかもシリアスですみません…!
ついでに勇者のネガティブ度が絶好調ですみません!
ヘタレさんに『じゃあ色々と準備がありますので』なんて言われ、部屋を追い出されたのが確かそう、3日前。
あれから僕はヘタレさんの言い付け通り部屋にこもり、誰とも会っていない。
……暇だ。
いや、でも耐える。寂しいけどレイ頑張るもん。
――自分で言ってなんだけど、気持ち悪すぎるな。吐き気がうおええ。
……うん、ごめんね。全部忘れて。
「ひま……」
呟いても何も変わりはしないけど。
ベッドの上に寝転がって、天井を見つめる。
もう見慣れた光景だ。寒色に塗り潰された部屋。僕の部屋となった、部屋。
――ふと僕は、野宿ばかりだったアレスとキナとの旅を思い出した。
不便だったけど、……あの頃は本当に楽しかった。幸せだった。何も、何も知らなかったから。
さも可笑しそうに笑うアレス。頬をふくらませて怒るキナ。楽しかった毎日。
野宿でも、不便でも、幸せが僕を満たしていた。
ほら、思い出せばまた、ずきりと痛む胸。多分、この傷は一生消えないのだろう。二人を喪った痛みは。
でも、それは正当防衛。うん、リルちゃん――魔王様の反撃は正当防衛だった思う。
だって先に彼を殺そうとしたのは、僕らの方。
だから、仕方ない、けど。
恨んだって憎んだって、二人は帰ってこないから。
僕はリルちゃんを恨まない。恨んだりしない。
「……アレス、キナ」
二人の笑顔が脳裏によみがえる。もう二度と会うことはなくても。
みんな幸せになれるなんて――、幼い頃に夢見てた綺麗事。
死なんて案外近くに潜んでいて、その闇は生きている限り避けられなくて、ほら、もう彼等はいない。
命あるものが死んでいくのは当たり前。それが運命。それが宿命だから。
でも、アレスとキナは、まだまだ――生きられる、運命だったのに。
アレスは17歳。キナだって、まだ16歳だった。
それなのに、彼等は逝ってしまった。
生者が決して届けない、その場所へ。
「……ネガティブにならないって、決めたのになあ……」
二人とはちゃんとお別れしたはずだったのに。新しい道を歩んでいこうって、そう決めたのに。
けれど、思い出せば思い出すほど沈んでいく。
死者を悼み、取り戻せない時に苦しさを覚える。
二人はもう、いないのだ。
そう思うと、この暖かい部屋の中で、僕は何故か肌寒さを感じた。
もういない。僕は大切な人を喪ってしまった。
還らない。僕は大切なものを護れなかった。
「……アレス……キ、ナ……っ」
思った瞬間、ひどい喪失感が僕を苛んだ。
口に出せば、その感情は哀しみに変わり、涙に変わる。
そしていつしか、哀しみは後悔へと形を変えていく。
僕が、彼等を、殺した。
僕が、もっと強ければ。
僕がもっと強ければ、彼等を喪うこともなかったのに――。
◇
「レイ君遅いねー……。どうしたんだろ?」
そう呟いたのは、キナ。
不安そうな顔をして、ちらちらとガラス越しに外を見やっていた。
「さぁ? 何処かで迷子になってるんじゃないか」
今度はアレスだ。
ベッドの上に腕を組んで座り、眠そうに俯いている。
その声も何処か、眠たげで虚ろな。
「た、大変っ。レイ君が迷子になったりしたら大変よ! この町は広いのよ? どんな輩がいるか分からないじゃない!」
「キナ……お前、本当に心配性だな。そんなに心配しなくても大丈夫だろ」
「そんなことないわよ! レイ君に何かあったらどうするの! ほら、探しに行くわよアレス!」
「お、おい……。引っ張るな、引っ張るなって!」
――ああ、そうだ。
これは、確か僕が町で買い物に出た時の話。
二人を宿屋に置いてきて、じっくり時間を掛けて買い物してた時の話だ。
「早く来てよ! 今にもレイ君がー!」
「そんなに焦るな! 分かった、今行くから!」
キナの声に、呆れながらもアレスは立ち上がる。ほとんど強制される形で。
急ぐキナに引っ張られて、部屋から出ていくアレス。二人の慌てた足音が響いて、それから、静かになった。
僕、普通に買い物してただけなのに、そんなに心配されるなんて……。苦笑せざるを得ない。
迷子でも何でもなかったのに、ね……。
でも、二人のその気持ちが嬉しくて。
――と、場面は移り、宿屋の外。
慌てた様子の二人の影が、僕の姿を探して走っている。
周りの視線なんか全く気にしていない。……そういう人たちだった。
「レイくーん!」
「そっちにいたか?」
「ううん、いなかった」
息を切らせて。少し長く買い物してただけの、そんな僕を心配して。
二人は全力で探してくれた。
それが嬉しくて、何故かこんな場面で、思わず笑みが零れる。
「レイ君、何処行っちゃったんだろ…………あ」
不意に、キナと僕の目が合った、ように感じた。
気のせいかもしれない。でも、何故だろう。キナに『見られている』気がして仕方がなかった。
「どうした? キナ。いたか?」
「ううん……いなかったけど、いた」
「は?」
アレスが、何を、と言うように目を丸くする。
当たり前の疑問だ。キナの言葉は明らかに矛盾している。
が、アレスのことも気にせず、キナはこっちへと歩いてきた。
そう、こっちへと。
「どうしたの? ――きみ」
え、と僕は思わずそんな呟きを漏らす。
だって、キナの視線は、明らかにこっちへと向いている。
――気のせい?
それで済ますにも無理がある。彼女は、明らかに僕を見ていた。
「迷ってしまったの? ここに、迷い込んでしまったのね」
キナは優しい笑顔で、少し寂しそうにそう言う。
アレスもキナの隣へやってきて、僕の方を見た。呆然として二人を見る、僕を。
「――ああ。お前、か」
少し悲しそうな笑顔。
アレスの顔には少し、感情が乏しいから。そんな表情はあまり見たことがなくて、少しだけ戸惑う。
「キナから聞いた。――もう、戻ってこないんだって」
……僕は何も言えなかった。
ただ、聞いていることしかできない。その言葉を。
「どうして迷い込んで来てしまったのかは聞かないわ。でも……その顔を見れば、大体分かるの」
キナはそう言って、寂しそうに笑う。
僕は一体、そんな顔をしていただろうか? 確かめようにも分からない。
ただ瞬きを繰り返し、キナの顔を見つめる。
「ねえ、きみ……やっぱり怖いでしょう? やっぱり、私たちのところへ来る? 今なら、まだ間に合うんだよ」
手を差し伸べる、キナ。
欲しかった温もり。
僕が求めていた優しさ。
――分かっている。分かっているけど。
「こっちなら怖いことはないわ。喪うことはない、失うものもない」
「恐怖から解放される。幸せを見ていられるんだぞ」
甘美な誘い。
今までの僕ならどうしただろうか?
多分……多分僕はきっと、彼等の誘いに乗ったんだろう。
幸せ――そう、確かにそれは、紛れもなく僕が求めた幸せだ。
でも。それでも。
「僕は……」
ようやく、声を出すことができた。
掠れているけれど、そんなことは気にもしない。
「僕は、行かない」
僕は首を振って、そう告げる。
口を開いた瞬間、今僕がそこにいるという曖昧な感覚が、強い確信に変わった。
「……そう」
寂しそうで、でも嬉しそうな、そんなキナの表情。
「……ありがとう」
「え?」
予想もしなかった言葉を返され、僕は目を丸くする。
だって、お礼を言われるようなことなんて僕はしてない。何一つ。
むしろその科白を言うべきなのは……僕の方なのに。
「ありがとう。その答えが欲しかったの。きみには、今を生きて欲しいから」
「俺たちはもう進めない。生きていた時の、幸せだった頃の記憶の中で廻り続ける他にないんだ」
驚く僕に、優しい言葉を紡ぐ二人。
アレスはだから、と続けた。
「お前には進んでほしい。前を向いて、堂々と」
――久しぶりに見た彼の笑顔は、とても優しかった。
泣きたくなるほど優しくて。恋しくて。
それは僕の居場所だったんだなあって……本当にそう、思う。
「……うん」
「って、……泣くなよ。お前、いつまでも泣き虫じゃ困るぞ?」
「うん……わか、ってる……」
分かってるんだ。最後の最後まで困らせるなんて、情けないこと。
泣きたくなんかないもん。僕は、泣きたくなんかないのに。
「ね……レイ、君。私たちのことは、もう悔やまないで。見えなくても、触れなくても、きっとそばにいるから」
「俺たちは嬉しいんだ。お前だけでも生きていてくれて、幸せになってくれるならって」
何て優しい仲間なんだろう。
涙が零れて、止まらない。
嬉しいのに、悲しくて。なんて情けないんだろう。
「お前はお前だ。それ以外に何がある? 姿形が違おうが、俺たちは知ってる。誰が否定しようが、俺たちは受け入れる。独りじゃない」
ごめんね。何度も立ち止まって、君たちに心配掛けて――ごめんね。
でももう、迷わないから。
忘れないから。
「僕……生きる、ね」
「うん。約束、したでしょう? 幸せになるって」
「うん、幸せになるよ」
二人の分も、絶対に。
僕は誓う。
それが傲慢でも勝手でも、僕は――。
「迷った時は、いつでもここに来て。辛くなったら、いつでも私たちを頼っていいから」
キナはそう言って笑う。
優しい笑顔、僕の好きだった、今も好きな微笑。
「でも……何度も来るなんて、そんなことできないよ」
「あら、いいのよ。そのために私たちはここにいるんだから。ただ――あんまりここに入り浸ると、死んじゃうかもしれないけどねー」
「って何その軽いノリ!」
「あはは、冗談よ冗談」
冗談じゃ済まされないよ、と呟きながらも、僕も笑う。
アレスも隣で、忍び笑いを漏らしていた。
「ありがとう」
僕は言う。それが僕の、一番伝えたかった言葉。
ごめんねよりも、さよならよりも。
「ううん――レイ君のためだもん。少しくらい、何てことないわ」
「気にするな。俺たちはお前に幸せになってほしいだけだ」
二人は、本当に優しいから。本当に幸せそうに、楽しそうに笑うんだ。
だから僕も笑う。無理にじゃなくて、心から。
「あ、レイ、ただし」
アレスがふと思い出したように言った。
何だろうと、僕が顔を上げると。
「変な奴には気をつけろよ」
――子供扱い。
僕は思わず吹き出してしまう。へ、変な奴って。
「やだな、僕だってもうそれくらい分かってるよ! 大丈夫だって」
「でもレイ君! 世の中には怖い人がたくさんいるのよ!? きみみたいな可愛い子を狙ってる子はたくさんいるんだからねー!」
「可愛いって……いや、コメットは確かに可愛いと思うけど」
「自分の可愛さを自覚しないと駄目よ!」
「いやごめん、多分一生分かんない」
そういう変な趣味してるの、多分アレスとキナだけだから。
魔王城には――いや、一人くらいいるかもしれないけど。あのメンバーなら。
僕は思って、また一しきり笑った。
「もう……、まあいいわ。お友達とも楽しくやってね?」
「うん」
「元気でな、また会いに来い」
僕は笑って頷いて、それからゆっくりと目を閉じる。
そうすれば――帰れるような気がしてた。
二人の優しい笑顔を思い浮かべながら、僕は暗闇の底へと落ちていく。
おやすみなさい。
それは、二人への追悼の言葉。
でも、これはきっと永遠の別れじゃないから――。
◇
―――いつの間にか、寝ていたみたいだ。
……不思議な夢を、見ていた気がする。
懐かしくて、悲しくて、優しくて、幸せな夢。
「ん……」
時計はもう夜の7時を示していた。
随分長い間寝ていたみたい。だって、前に時計を見たのが昼だったんだから。
ぼんやりとした頭で、天井を見つめる。
何だろう? 何故か、無性に誰かに会いたい気分だ。
――ヘタレさんに駄目って言われてるけど、別にいいよなあ。
ヘタレさんだけに任せるのもあれだし。僕の問題なんだから。それにぶっちゃけ不安だし。
僕は覚悟を決め、部屋を飛び出す。
何処か高揚した気分で、何もかも上手くいく気がしたから。
『――幸せになれるよ、きみなら』
懐かしい声が、背中を押してくれたから――。