第45話 僕のままで
「変な人ですね」
ヘタレさんの言葉に、僕は驚いて顔を上げる。
「それは私がはいと答えられないことを知って聞いてますか? それとも、本気ですか」
「え……えと?」
「本気で言ってらっしゃるんですね? じゃあ仕方ないので、もう一度言ってあげますよ」
口の端を吊り上げて笑うヘタレさん。
僕が状況をよく呑み込めずにいるのにもかかわらず、ヘタレさんは続けた。
「あなたがここにいてくれてよかった。ここにいてくれてありがとうと……確か、前も言ったはずですが?」
ヘタレさんは、馬鹿にするような口調でそう告げる。
だけどその言葉はあまりに優しすぎて。
ほんとう、に?
信じたい。でも怖い。
僕はここにいていいのか。僕という存在はここに在っていいのか。
僕は……やっぱり、コメットじゃないから。コメットにはなれないから。
「……本当に、いいんですか」
期待なんて、させないで。
僕はここにいていい存在じゃないんだって、もう知ってるから。
淡い期待なら要らない。要らないんだよ。
裏切られることは、とても悲しいから。
「だから、何度も同じことを聞かないで下さい。物分かりの悪い子は嫌いですよ?」
上から投げかけられるような言葉に、ムッとして僕は言い返す。
「子供扱いしないで下さいっ」
「あなたの方が年下じゃないですか。子供ですし。精神年齢も」
「少しじゃないですか! それに、そこまで幼くないです!」
僕が必死になって反論すると、ヘタレさんはくすりと笑った。
「そう、それでいいんですよ。そのままでいて下さい。悩んで落ち込んでる勇者さんってらしくないですし」
「う……どういう意味ですかそれ」
何とも複雑だ。
――多分、ヘタレさんなりの慰めなんだろうけど。
嬉しいやら、悲しいやら。
「大丈夫ですから。信じて下さい」
いつも通りの笑顔を浮かべるヘタレさん。
……一体、何を信じろって言うんだろう?
本気で悩んでるのに。
そんな軽い言葉、と僕は言い返そうとして。
「勇者さんがここにいたいと望む限り、貴方がここにいることは誰にも邪魔させません」
「……ヘタレ、さん」
一転。ヘタレさんの真剣そのものの表情を見て、僕はそっと目を伏せる。
――そうか。
本気で悩んでるからこそ、この人はこういうことを言うんだ。
ようやく気付いた。少し、遅かったけど。
まだ――信じるには遅くない。
「ね。私が何とかしますから。安心して下さい」
優しい口調で、甘い誘惑。
……その言葉、信じていいんだよね?
僕は、ここにいたい。
――いつの間にか、そう思うようになっていた。
ここにいたい。この人たちと一緒にいたい、と。
それは僕が誰であろうと、変わらない事実。
「孤独の辛さは誰よりも分かっているつもりです。だから……、絶対、独りになんかさせませんよ?」
心強い言葉だと思う。
変な人だけど、どうしようもないほどおかしい人だけど、一番頼りになる人だから。
ある意味では、僕と一番似ている人だと思う。
孤独。そうだ。この人は、ずっと独りだった。
だから――きっと、人の痛みはよく分かってるんだろう。
そんな弱さは、見せないけれど。
「ありがとう……ございます」
僕は、素直にお礼を言う。
何だか気恥ずかしいが、その一言じゃ足りないほど助けてもらってるんだから。
「ええ。だから――私に任せて下さい。一週間以内には何とかしてみせますよ」
ヘタレさんはそう言ってにこりと笑った。
が、僕は不吉に感じて仕方がない。
何するつもりだ? この人。ありがたい……けどさ。
「……あの、脅したりしたら駄目ですよ?」
「…………まあ、頑張ります」
「今の間何ですか!?」
「……いや、何でも」
「怪しすぎますから!」
普通に目を逸らされる。うわあ危ないよこの人。
……この人は、こういう人だ。こういう人だっていうのは知ってた。
でも、本当に呆れざるを得ない。
――全く。
ため息も、つきたくなる。
「――信じてますからね」
でも、それでも。
本当は心の底から信じてる。
こんなに優しくしてくれているのに、僕は彼を疑うことなんてできないから。
「大丈夫ですよ。私は、あなたに幸せになってほしいんですから」
それに、それ以上に――純粋に、僕は彼のことを信じたい。
「――ありがとうございます」
何度言っても、足りないほど。
それでも、心の中でありがとうと言う。溢れ出すだけ。伝えられるだけ。何度も。
僕は、ここにいていいんだろうか。
いい? 駄目? ――でも、もう迷わないことに決めた。
僕はここにいたいから。
決めたんだ。ここにいるって。
僕はコメットじゃない。それどころか、魔族ですらない。
だけど、僕で在ってもいいと思う。
僕という人間が、彼等と笑い合っていても。
だから――信じるよ。
強く、強く。
ここにいちゃいけない理由なんて、意味なんて、気にしなくていい。
僕は僕のままで――出来ることがあるって、信じてるから。
ねえ。
僕は僕のままで、ここにいたい。