表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/160

第44話 彼女の幻影

 こちら、ヘタレさんの部屋の前。


 ……もう、10分もここにとどまってるんだけど。


 何故かって?

 そりゃ勿論、僕にはこの部屋のドアをノックする勇気がないからさ。

 だってヘタレさんの部屋だよ? あの、ヘタレさんの。

 僕は躊躇なく彼の部屋に入っていける人の気が知れない。


 ――でも、ずっとここにいるわけにもいかないし。


 考える。

 このままだと僕は怪しい人になってしまう。

 既に怪しいから大丈夫だという虚しいフォローはスルーしておく。

 いや、そんなことを言う人はいないよね? 信じてる……だけだけど。

 うん、とりあえずどうしようか。


 あるかどうかも分からん未来のために、覚悟を決めてノックするか。

 謎なんか解けなくてもいーやと未来を軽視して逃げ帰るか。


 ……あっ、何か今無性に後者を選びたくなった。

 謎が解けなくとも意気地なしと罵られようとも、平和で何事もなければいい気が凄くしてきたんだけど。


「……うん、帰ろうか」


 誰にともなく呟いて、僕は踵を返す。

 が、瞬間背後でドアの開く嫌な音がした。


「そこで何やってるんですか? 勇者さん」


 逃げられませんでしたー。




 ◇




「――それで、私の所に来たんですか?」

「ええ、そういうことですけど……何ですかそれ」

「ああ…………気にしないで下さい」

「凄く気になるんですけど、ていうか今の間は何ですか」


 ゆーしゃです。最早何もかも投げやりです。槍じゃないよ。

 ここはヘタレさんの部屋です。怪しい物がたくさんあります、でも予想通り。だってヘタレさんの部屋だもん。

 ――そして今、ヘタレさんは何かを抱えています。未知の物体――それが何なのかを知るには勇気がいる気がします。何でだろ。

 物体というには透明すぎて、存在しないというには濃すぎる、淡い球体。色をどんどん変えていく、とても不思議なモノ。


「気にしては駄目です。気にしたら負けですよ?」

「何でですか!?」

「そういうものです。分かって下さい」


 分かりたくないよ。

 ちらりとその球体に目をやると、それはヘタレさんの腕からふわふわ浮いた。


「う……浮くんですか、それ」

「そりゃあ」

「何ですかその当たり前みたいな反応!?」

「当たり前ですよ」

「何かとてつもなくうざいんですけど!」


 あはは、とヘタレさんは笑う。

 相変わらずイラつくなー。でも、この人……いつも通り、だよね。

 みんなと同じような、僕を避けるような感じが、ない。何か凄くうざいけど。


「……あの」

「分かってますよ。大丈夫ですから」


 何が大丈夫なんだか。

 僕が言いたいこと、本当に分かったのかな。

 信用? しないよ。だってヘタレさんだもん。いつもいい意味で裏切る人だから。


「他の人が言う通り、変わったのは勇者さんですよ」

「え」


 にこりと笑って、ヘタレさんはそう言った。

 僕が変わった? ――どうして。心当たりは、全くないぞ。

 彼までそんなことを言うなんて。


「ただし、それは性格の変化などというものではありません。あなたという人を構成する要素の変化ですよ」

「は……はぁ……?」

「難しかったですか? 簡単に言うと、雰囲気オーラ……魂の変化ということですよ」


 魂、の?

 どこかで聞いたことがあるような、最近耳にしたような単語。

 何だっけ。何かがつながるような気が、したけど。


「どういう、ことですか……」

「魔王様から聞いたんでしょう? 禁断魔法のこと」

「はい……って、え? 何でそのこと……」


 そういえばそんなことを、なんて思ったのも束の間。

 ――何でこの人そのこと知ってるんだ?

 あの時ヘタレさんは、その場にいなかったはず。

 僕は思わず焦る。


「勇者さん」

「はっ、はい」


 ヘタレさんは最高の笑顔で続ける。


「盗聴器って知ってますか?」

「あんたとりあえず全国の警察官さんに謝ればいいと思うよ」


 最高の笑顔で何が盗聴器だ。


「けいさつかん……って何ですか?」

「いや、こっちの話ですけど。もういいです、続けて下さい」


 少し落ち込んだ。

 そうだよ僕。いちいち突っ込んじゃ駄目だ。

 だってヘタレさんは元々こういう人だったじゃないか。

 今さら突っ込んで何になる。いや、完全に犯罪だけどさ! 犯罪だけどさぁ!


「はあ。……それで、禁断魔法のことですが。禁断魔法の一つに、魂を取り換える魔法があるんだと――それも聞きましたよね?」

「はい、それは」


 こくりと頷いてみせる。

 それに、代償ぎせいが必要だということも聞いた。

 ――それが僕に関係のない話じゃないということも。


「あなたはその魔法のせいでここにいるわけです。事故なんかじゃなくて。――さすがに魔王様、禁断魔法なんてあったとは知りませんでした」

「え、ヘタレさん知らなかったんですか?」

「ええ」


 今度はヘタレさんが頷く。

 よ、予想外だ。


「えー……そうだったんだ……」

「……何でしょう、それ?」

「いや……ヘタレさんに知らないことなんてないと思ってました」

「褒められてるんでしょうかそれ。多少貶されてる気がするんですが」


 大丈夫です、貶してますから。

 とは言わず、僕は笑顔でスルーした。


「まあいいですけどね。とにかく、その魔法であなたとコメットさんの魂が入れ替わりました。でも、その魔法は完全じゃなかったんです」


 完全じゃなかった?

 どういうことだろうか。

 僕は無言で先を促す。


「魔法を使った主は、そこまで魔法に長けていたわけでもなさそうですね。その魂を身体から完全に引き離すことができなかったんですよ」

「と、いうことは……」


 まさか、とは思うけれど。


「ええ。魔法で元の身体から引き離された勇者さんの魂と、身体から完全に引き離されなかったコメットさんの魂が合わさってしまったんです」


 そんな、馬鹿なこと。

 でも、笑い飛ばすことはできない。

 だってそれは、否定できない真実――だから。


 それなら、僕の予想通りに、何もかも、辻褄が合うようになるんだもの。


「だからなんですよ。違和感なくここに溶け込めたのも、誰も疑問に思わないのも、『彼女』がまだそこに存在するから」


 ……ほら、ね?


 ――僕の中のコメットが嘲笑わらう。



『今さら気付いたの?』



 だから、僕は、ここにいられた。

 僕は、ここにいることができた。

 コメットがいたから。彼女が今もなお、彼等に幻想コメットを見せていた。

 だから……。


「でもですね。今それが――コメットさんの魂が、あなたの身体から出てきている」

「え……」

「ほら、これですよ」


 彼はそう言って、持っていた球体を差し出した。

 神秘的というには少し禍々しく見える、淡い色の球。


「これは魂です。まあ、勿論これは知らない誰かのですけどね、そこらへん漂ってたので捕まえました」


 この期に及んで僕に突っ込ませるのかこの野郎。


「魂が、何事もなく勝手に人の身体から出ていくわけはありません。また、禁断魔法が使われたのかもしれませんよね」


 ヘタレさんは球体たましいを弄りながらそう言う。

 この人罰当りだ。……いや、じゃなくて。

 そうじゃなくて、それはつまり。


「まあ、魔法のことはいいとしても。――だから、なんですよ」

「だから……最近」

「そうです。彼女がいなくなれば、あなたは“ただの人間”に戻ってしまう」


 ただの人間。

 それは、魔物が嫌うもの。魔物が避けるもの。

 みんなが避けるのも、当たり前だ。


「だから、みんな避けてたんだ……」


 そうか。そうだよ。彼等にしては当たり前なんだ。

 “敵”から離れたいと願うのは――当たり前のことだ。

 ただ、彼等には良心があるからそこまで避けなかっただけのこと。

 優しいくらいだったんだ。ただの違和感で済んだことは。


 “嫌な雰囲気オーラ”――ディーゼルが言ったことは、間違ってなかった。


「……それって、ヘタレさんも……思ってるんですか?」

「何がですか?」

「だから……嫌なのかなぁって」


 ヘタレさんは、きょとんとして僕を見る。


「いえ、全然」

「……え?」

「混血ですから」


 あっさりと言い切るヘタレさん。

 ……それ、理由になってるのかなぁ。

 でもまあ……いい、か。


「……あれ、でも前避けてませんでした? 私、のこと」

「あぁ。あれはノリです、周りに便乗してみました♪」

「便乗すな!」


 この人のノリのせいで僕はこんなに心配してたのか。この野郎。

 心配しただけ無駄だったな。


「でも……どうしよう」


 僕はポツリと呟く。不安が僕の心を塗り潰していくようだ。

 その不安に追い討ちをかけるように、ヘタレさんは言った。


「彼女がいなければ、ここで過ごすことは難しいでしょうね」


 そうだ。僕は人間だから。ただの人間だから……うまくやる自信は、もう……ない。

 僕はギュッと目を瞑る。


 ヘタレさんはこの通りだし、魔王様は優しいし知り合いだから大丈夫だとして。

 けど、他の人はそううまくいかないだろう。

 真実を知ってしまった今、それでもここに留まってやるなんて言う勇気はない。

 そして、そんな理由もない。きっと、誰もそんなことは望まないだろう。


 そう、誰も。



 僕は――そっと、目を開けた。




「私――ここにいちゃ、いけないですか」




 怖い。怖いよ。答えを聞くのが、怖い。

 その答えがたとえ、必ずしも正解という枠に当てはまらないとしても。

 人は、自分の存在が否定されたら、どうしようもないほど弱くなってしまうから。



 ――そんな、弱い僕の気持ちとは裏腹に。




 ヘタレさんは、小さく笑った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ