第3話 部屋で一人
もう、こうなったら色々とヤケクソだ。
敵だったはずの、しかも僕の大切な仲間を殺したはずの魔王。
今までは彼を倒すのが僕の目標であり、人々の悲願だったはずだ。
でも、今からは違う。魔王……いや、魔王様のために、僕は生きなきゃならない。
そう、『コメット=ルージュ』という女として―――!
「……なんて、意気込んでみたのはいいけど」
絶対バレるよなぁ、とため息をつく。
いや無理だろ。意気込んではみたけど。仇に対して何だそれ。
記憶喪失だなんて設定も、何とも都合よすぎだろう。
あの……何だっけ? ヘタレさんだっけ? ……何か違った気がするけど、まあいいか。
あの人、案外かなり適当だったよね。魔王の側近のくせに。
バレたら本当に責任取ってくれよ。
ふと、鏡を見る。
そこには、さっきまでとは全く違う自分。知らない、自分。
命を失う代わりに、とんでもないものを失ってしまった気がする。
けど、今さら嘆こうが、この事態はどうにもならない。
僕はもう僕じゃなくて。だけどそれでも僕でいなきゃいけなくて、自分を捨てるって何ておかしなことなんだろう。
「……美人だよなあ」
呟く。
だからこそ不安だよね。
――ていうか、さ。女って。女の子って!
言葉遣いとか、仕草とか、今まで通りではいけないんだ。
……まあ、そういうことには多少慣れているから(何でやねんという突っ込みはスルー)、ちゃんと女で通せる自信はある。
あとは、記憶喪失というアバウトな設定に、僕がどこまで近付けるかだ。
「……誰か、来るかな」
ベッドに座り、ドアの方を見つめる。
こういう時って大抵、誰か来るものだと思うけど。え、お約束すぎる? ですよねー。
でも、ヘタレさんに記憶喪失のこと聞いて誰か来るとかさ……どうしよう、ちゃんと喋れるかな?
けど、ありのままでいいって言ってたよね。あんまり信用できないけど。怪しまれたらどうするんだろう。本当責任取れよあの馬鹿野郎。
でも、その本物のコメットさんの口調とかは知らないし、自分で考えてやるしかないよなぁ。
口調や仕草について考えてるうちに、時間はどんどん過ぎていく。
が、ドアが開く気配は全くない。
「…………来ないのかな?」
それはそれでいいけど。ていうか、それでいいけど。
考える余裕が出来るし、怪しまれてバレるのは嫌だもん。
でも、ねえ。これって案外緊張するんだよ。うん、ストレスがたまるというか。
いつ来るかいつ来るかと待っているものだから、とても疲れてしまう。
が、僕がどんなに疲れても、神様は意地悪らしく誰も寄こしてはくれない。
「……はぁ……」
いっそ、ドアをバーンと開けて誰か来てほしい。
いつまでもこの状態は嫌だ。
願っても、それは叶わず時間だけが過ぎていく。
気を紛らわせるようなことはないだろうか。
そうだ、とりあえずこの部屋を把握することぐらいは……。
立ちあがって、迷った。
未知の部屋だ。ナニを見つけて気絶するか分からんぞ。
でも、少しくらい知っておいた方が便利なんじゃ……。
――ど、どうする、僕?
心の中で、何かが戦っている。
どうする僕。
ええい、もういい。
僕は覚悟を決め、第一の関門に取りかかる。
「えいっ!」
勢いで開けたタンス。
一瞬置いて、ドサドサっと何かが落ちてきた。
「うわっ!」
落ちてきたのは、どうやらぬいぐるみ。
たくさんありすぎて、僕はその中に埋もれてしまった。窒息しなかったのがせめてもの救いだろう。
……う、動けないけど。
さ、さすが女の子――と言うべきなのだろうか?
こんなにぬいぐるみを集めるとは……。
でも、タンスにこんなにたくさん詰め込むのは間違いだと思うよ。
そもそも、積み上げるようにこんなたくさんのぬいぐるみをタンスにしまうか? 何か箱とかに閉まっておこうよ……。僕は心の中でもう亡き人に突っ込む。
それにしてもこれ、どうしようか?
多すぎて抜け出せないし、下手に動いたりしたら窒息するぞ。そんな死に方、絶対嫌だ。
悶々と考える。どうしよう。
「あのー、すみません、やっぱりあなたも魔王様に……って」
その時、突然。
というか、今さらガチャリと開いたドアから、ヘタレさんが顔を出した。
「……何してるんですか?」
僕はそれには答えず、彼を睨むようにじっと見つめる。
とりあえず助けてほしいんですが。
いや、気になるのも分かりますがね。僕だってあなたと同じ状況に立たされたら気になりますけどね。
だからってそんなに顔をしかめなくても。
「……あ。ぬいぐるみ、好きなんですか?」
笑顔で何を言う。殺して欲しいのかこの人。
「と、とりあえず助けて下さい……」
心とは打って変わった、弱々しい声で僕は助けを請う。
ヘタレさんはぬいぐるみ集めておきましょうかーなんてほざきながら、ようやく僕を助けてくれた。
助けてもらったところ悪いが、一発殴ることにする。
「なっ、何するんですか。助けたんじゃないですか」
「いえ、随分好き勝手言ってもらったな―と」
それから15分くらいかけて、僕はそのぬいぐるみ好き疑惑を解いた。
いや、ぬいぐるみが嫌いなわけではないのだが……。
勝手に僕を少女趣味にするんじゃない。
そしてようやく分かってくれたヘタレさんは、にっこり笑って本題を切り出す。
「あの、いいですか?」
「はい?」
「魔王様が会いたいとおっしゃっています。そして、二人きりで話したいと。すぐにあなたを連れてくると約束したので、早く行きましょう」
……は?
瞬間、思考停止。
でも時は止まってくれず。
「早く行かないと魔王様の機嫌を損ねてしまいますよ? 早く行きましょう」
聞き間違いなわけもなく、ただヘタレさんは無情に告げる。
は、早くもピンチですか?
そもそも最初っから魔王に会いに行かせる奴があるか。
満面の笑顔で言う彼に、殺意すら覚えた。
側近「次回ようやく魔王様の出番ですか」
勇者「……僕、会いたくないんですけど」
側近「何言ってるんですか。婚約者なんですよ?」
勇者「僕は精神的には男なんですからね……?」