第36話 廻り始める
今回は短めです。
むかしむかし、遠い昔に定められた血の契約。
―――私がサタンで、お前が魔王だ―――
どこでそう、分けられたのだろう。
サタンも魔王も、世界を回す一角の者で。
同じ闇と魔に属する存在だった。
敵対する理由など、なかったはず。
でも、彼は私を憎んでいた。
憎悪の目で、私を見ていた。
――彼は、光を知らなかったから。いや、知らないから……。
光に強く憧れて、それでも光をつかめなくて。
それならば、光に包まれる者を堕としてしまおうと。
サタンが治める地底国に住む魔物のほとんどは、“下級”の魔物だ。
人間を襲い、人間を食らう者達。
それは食物連鎖の一種なのか、自然の摂理を歪ませる行為なのか。
人間が憎いから食べるのか、それともそれは生きるのための選択なのか。
魔物を悪と定める人間が悪いのか、人間を襲い食らう私達が悪いのか。
種族の壁という些細なすれ違いは、世界を滅ぼすものとなるように。
魔物の中にも――
いつしか、違いが生まれた気がする。
みな平等な生命なのに。
種族の違いという、ただそれだけの価値観の違いのために人々(イキモノ)は血を流していた。
それを愚かだと謳う者さえも、滅びのために血を流し涙を零す。
何故って……それが――彼等の、選択だったから。
――けれど、それでも。
まるでそれは、救いのように。
種族の違いなど感じさせない、“何にも属さない”者達が、稀にいる。
「あれ、魔王様? こんなところで……何やってるんですか?」
そう、彼女もそのひとりだった。
人間とも魔族ともとれない雰囲気を放つ者。
「……片付け」
「片付けですか……。あ、手伝いましょうか? 私、暇ですし」
「……いや、大丈夫……」
「え、でも、ここって結構人が通るでしょう」
「…………頼む」
近くにいても、何故か怖いと感じない。それどころか、隣にいると安心する。
前は……前は、とても怖かったのに。
まるで、人が変わったよう。
――原因は、分かっている。
今の彼女には、一つの魂ではなく二つの魂が宿っているのだ。
しかも、二つの魂は、ほとんど融合しかけている。
その二つの純粋な魂は、それぞれ人間の魂と魔族の魂だ。
だから、人間らしくも、魔物らしくもない。
光も闇も、聖も魔もない、一切の気を纏わない少女。
ヘルグとは違う意味での中間種、だ。
何にも属さない、不思議な存在――
――暗闇から始まる物語。
それは、魔物にとっては珍しいものではない。
人間は光に祝福され生まれてくるようだが、私は暗闇の中ひとりで生まれ落ちた。
母がいなかったわけではない。でもいなかった。
父がいなかったわけではない。でもいなかった。
矛盾したそれこそが、私の誕生だった。
私はただ広がる暗闇の中で、ひとり目覚めた。
そして、そこは――人間の住む地だったのだ。
小さい頃は、ずっと人間達に囲まれて暮らしていた。
とても小さな村だったと記憶している。
そこには、陽気な人たちがたくさんいて。
――ひとりの少年がいた――
銀に輝く髪に、涼しい蒼の瞳を持った少年。
虎次と名付けられた魔物を可愛がっていた、とても優しい子だった。
確か、名前はレイといっただろうか―――
解っている。
解っている、はずだ。
彼の魂は――今すぐそこにあるということ。
そう、手を伸ばせば届くほど近い位置に。
「……魔王様?」
まるで違和感なく紛れ込んで――
それが“違うモノ”だということを、忘れそうになっていた。
「――何でもない」
彼女に宿っているのは、勇者の魂。
いつの日だったか“永遠”を誓った、小さな盟友―――
―――そして、二度と出会うことは許されなかったはずの、小さな罪人。
ああ、全ての歯車が空回りしていく。
全てがつながって……全てがほどけて。
変わりゆく世界で、また出会う時もくるだろう。
“勇者”“魔王”“サタン”
世界を回す者達が出会う時、喜劇が終わり、悲劇が始まる。