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第31話 真っ白い魔王様

 魔王様は繊細です。


「でも……そう、言われたから」


 とても傷付きやすく、他人の言葉に惑わされてしまうこともあります。


 魔王様は優しいです。


「そんな言い方をしたら、きっと彼は傷付くだろう?」


 人を傷付けないようにと、いつも仲間のことを考えています。


 魔王様は人が苦手です。


「たくさん人がいると、何だか……飲み込まれそうな気がして」


 人混みの中に混じると倒れます。


 魔王様はピュアです。


「よばい……って、何?」


 何も知りません。白です。真っ白です。でもそんなこと僕に聞かないでくれ。



「……あの、魔王様? どこでそんな言葉を」

「ヘルグが言ってた」

「あの野郎!」


 魔王様に何てことを教えているんだ。真っ白で純粋な魔王様に。

 というわけで勇者ですこんにちは。え? 今コメットって言った奴表に出ろ。

 えーと、ただ今魔王様が部屋に来てます。というかぶっちゃけ散歩中に不法侵入されたけど、魔王様だから問題ありません。どっかの変態とは違うんだよ。


「ヘルグが、コメットに聞けばその意味を知ってるって」

「……ちょっと待ってて下さいね、魔王様。あの人一発殴ってきますから」


 ヘタレさんめ……、何てことをこの野郎。

 僕が本気で殴ってこようと立ち上がると、椅子にちょこんと正座していた魔王様が僕を引っ張った。


「駄目」


 真剣な表情でそう言われ、僕は思わず足を止める。


「殴ったら、痛いから。絶対に駄目」

「で、でも。あれは敵ですよ。僕のというか、むしろ人類の敵で」

「駄目。その痛みをまた、ヘルグが抱え込んでしまうかもしれない。絶対に駄目」


 あまりにも真剣に、僕を説得しようとする魔王様。

 どうあってもそれを許す気はないらしく、魔王様は僕の服を強くつかんだまま放さない。

 僕が引っ張っても、魔王様の手が離れる様子は全くないのだ。どうやら、もの凄い力でつかまれているようだ。


「あの……」

「駄目」


 いや、まだ何も言ってないのに。

 でも、それくらい強い意思だってこと。……こじつけ? 気にするな。魔王様だからいいんだよ。


「……う、分かりました」


 根負けした僕がそう言うと、魔王様は納得したようにパッと手を放した。


「……分かったなら、いい」


 うん、多分、魔王様はそういうことが絶対に許せないんだろうなあ。

 というか、本来ならしてはいけないこと……だと、思う。

 うう、反省。魔王様が言うなら。


「あ、でも、魔王様も、ヘタレさんの言葉を鵜呑みにしたりしないで下さいね。あの人、面白半分で魔王様を騙そうとしてますから」

「? そうなのか……?」


 魔王様、疑うってことを覚えて下さい。

 あんまりにもピュアだとそこらへんにうろつく真っ黒い人(主にヘタレさん)に騙されちゃうよ。


「そうですよ。何から何まで疑えとは言いませんけど、ちょっとは気をつけて下さいね」

「……分かった」


 僕がそう教えると、魔王様は素直に頷いた。

 いいなあ、素直で。

 他の人の捻くれようを考えたら、涙すら出てくる。

 ていうか、捻くれ過ぎなんだよここの人。もうちょっと素直に育ってもいいだろうに。

 まともな人がいないものか。

 ていうか、この話題もうやめよう。魔王様がピュアすぎて泣けてくるから。


「そ、そういえば、魔王様って仕事してるんですよね?」

「そうだが」


 当たり前と言うように魔王様が頷く。

 でも、僕は知らない――そう、全く。

 魔王の仕事って何だ。


「何の仕事をしてるんですか?」

「……えーと……」


 魔王様の視線が宙を彷徨う。


「…………企業秘密?」


 何の企業だオイ。

 なんて魔王様相手に突っ込むわけもなく、そうなんですかーと軽く流しておいた。

 突っ込みたいけどスルーしよう。頑張れ僕。


「それで、その仕事は……その、大丈夫なんですか?」

「今日の分は、もう終わらせてきたから」


 うわぉ。さすが魔王様だ。

 今日の分はもう終わらせたって、……まだ朝の9時なんですが?


「いつも朝の10時には終わらせてる。その後急に仕事が入ってもいいように」


 さすがだよね、魔王様……。

 僕は感心する。だからこんなにゆっくりできるわけか。


「それに、えっと、対人恐怖症も……克服したいから。昼間は出来るだけ、仲間たちと触れ合えるようにしたいなと思って」


 言いにくそうに俯きながらそう告げる魔王様。

 魔王様は、何事にも努力を惜しまない人だ。

 自分の苦手なことにも、逃げずに立ち向かっていく。

 この人は魔族の鑑だ。他の人も、見習ってほしいほど。もう、他の人正反対だからなあ。


「魔王様ならできますよ! 絶対っ」

「……ありがとう」


 魔王様は、優しく微笑む。


「――その言葉、しっかりと聞きましたよ?」


 と、突如響く低い声。

 嫌に聞き覚えのある声に、僕は慌てて周りを見回す。

 そして、見つかったのは――ほら、予想通りの人。


「恐怖症を克服したいんですね? なら、今から人混みの中にレッツゴーですよ魔王様♪」

「へ、ヘタレさん……どこからわいて出てきたんですか」

「その言い方はちょっとないでしょう? コメットさん」


 にっこりと満面の笑みでそこに立っていたのは、そう、ヘタレさんだった。

 ……この人、いつからいたんだ?


「あの、いつから……」

「最初からいましたけど。あなたが散歩してる間に忍び込んだんですよ」

「変態! 最低! 不法侵入ー! あなたって人は!」

「ちょ、あの、魔王様とはあまりに反応が違いません? お、落ち着いて下さいってば」


 ヘタレさんは動揺したようにそう言うけど、そんなの当たり前だ。

 誰が魔王様とヘタレさんを一緒にするか。

 僕はキッとヘタレさんを睨む。


「そりゃあ、当たり前ですよ。魔王様とヘタレさんじゃ天と地の差がありますから」

「ひどいですね。差別ですよ」


 みんな同じように対応してたら大変だぞ。

 魔王様に冷たくするなんてできないし、ヘタレさんに優しくするなんて以ての外だし。

 差別とか何とか言われようと、僕はそれを変えるつもりはない。


「とりあえず、魔王様借りますよ。人混みの中に突っ込んできますから」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 僕は爽やかに魔王様を拉致して行こうとするヘタレさんを全力で阻む。


「何ですか」

「それはあんまりですってば! 魔王様を人混みの中に突っ込んだりしたら気絶しちゃうでしょう!」

「でも、人に慣れるにはいいと思いますよ?」


 すっぱりと言い切る鬼畜なヘタレさん。

 でも、それじゃあ人に慣れるどころか、さらに恐怖心植えつけることになりそうなんだけど。


「もうちょっと優しくできないんですか?」

「無理ですね」

「きっぱり言い切らないで下さい!」


 爽やかに無理だと断言されても。

 ていうか笑いながら言うなよ。何その爽やかさ。


「それが私の愛ということで」

「黙って下さいこの馬鹿!」


 魔王様が見てるからできないけど、何か凄く殴ってやりたい。

 そんな愛ってないよ。魔王様が可哀想だ。誰か僕の代わりにこいつを殴ってくれ。


「じゃあ、魔王様、行きましょうか♪」

「だからちょっと待てって言ってるでしょーが!」

「何ですか。しつこいですね」

「しつこいのは主にそっちだと思うんですけど!?」


 魔王様も少しは抵抗してほしい。

 されるがままに拉致されてる場合じゃないですよ魔王様。


「魔王様も抵抗しましょうよ!?」

「……何で?」

「何でじゃないですよ! 人混みに突っ込まれますよ!?」


 僕がそう言った瞬間、魔王様は逃げ出した。

 ……やっぱり、人混みは嫌なんだな。


「――って別に部屋の外まで逃げなくてもっ!」

「あー……もう見えませんね」


 そこまで嫌か。

 そんな凄い速さで逃げ出すほど。

 果たしてこれで魔王様は対人恐怖症を克服できるのか。


「というか、今日大広間に集まりあるんですよね。今魔王様が向かっている方って大広間じゃないですか」

「何でそんなこと分かるんですか!?」

「発信機という名のテクノロジー」

「ただの犯罪じゃないですか!」


 ……なんて、言い争ってる場合じゃない。発信機なんて……、魔王様が可哀想だけど。

 それより、集まりがあるなんて知らなかった。

 そんな集まり、イコール人混みに魔王様が突っ込んだら……。


「……助けに行きますか」

「……そうしましょうか」


 ああ、どうかまだ、魔王様が生きていますように。




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