第30話 不可解な事実
「勇者さんて、順応力高いですよねー」
ええ、と。
突然ですが、あれです。
部屋にいます。
何がって、……ヘタレさんが。
「何やってるんですか? 変態」
「変態呼ばわりはやめて下さい。まだ何もしてないじゃないですか♪」
「まだって何ですか!?」
僕はドアのところまで後ずさって、けらけらと笑うヘタレさんを睨んだ。
何でこの人ここにいるんだ。
多分、僕が散歩に行ってる間に忍び込んだんだろうけど。
考えながら、僕はじっとヘタレさんを睨み続ける。
「で、最初の話に戻りますけど」
「戻る前にここにいる理由を述べて下さいよ!」
「何となくです。以上」
「帰れ!」
何となくで人の部屋に侵入するその軽さ。軽すぎるだろ。不法侵入って犯罪なんだぞ。
と言ったって、ヘタレさんには伝わらないだろうけど。
「ひどいですね。私とあなたの仲じゃないですか」
「どんな仲ですか! ヘタレさんとは顔見知り以上の関係になった覚えがないんですけどっ」
「遠回しに『ほとんど関係ない』って言ってますよね、それ」
ああそうだ、関係ないし要らないよ。顔見知り以上の関係なんて、要らない。というかむしろ赤の他人でいいじゃないか。
僕は、切実にそう願う。お願いだから誰かこの人との関係を全部終わらせてくれ。
「で、最初の話に戻りますね」
「うー、はいはい別に何でもいいですから外で一人で話してて下さいっ!」
僕は早口にそう言ってヘタレさんを部屋から蹴り飛ばす。
毎朝の害虫さん退治のおかげか、難なくヘタレさんを部屋の外に出すことができた。嬉しいやら悲しいやら。
僕はヘタレさんが部屋の外に出たと同時にドアを閉め、鍵も閉めた。
これで、ようやく一息つける。
「ふー……」
「お疲れ様です。それで順応力の話なんですけど」
「どっから入ってきた!?」
後ろから聞こえたヘタレさんの声に、僕は素早く振り返る。
今追い出したばっかりなのに。何で。
「嫌ですね、テレポート使ったに決まってるじゃないですか」
「……あ」
……そうか。その手があったか。
僕は何故か、すんなりと納得する。
――何のための鍵なんだこの野郎。
「何のために鍵があるんですか……」
「大丈夫ですよ。テレポート使える人はあまりいませんから、大抵の変態は防げます」
「一番入ってきてほしくない変態がテレポート使えるんですけど」
「それは困りましたね。諦めて下さい」
嫌だ。諦めたくない。
っていうか、誰のことか分かってるくせに。
笑顔でこっちを見ているヘタレさんに、何だか殺意がわいた。
「それより、さっきから何度も何度も言うんですが、大事な話なので聞いてほしいんですけど」
「…………何ですか」
出ていかないなら仕方ないと言わんばかりに僕は盛大なため息をつき、その話に耳を傾ける。
仕方ない。だって仕方ないよ。諦めるしかないさ。
勿論、念のためヘタレさんからは十分な距離を取っておいた。
「あのですね。仕事中にふと思いついたことで突拍子もない話なんですけど、いいですか?」
ヘタレさんの話が突拍子もないのはいつものことだからいいですよとは言わなかった。
「あの、勇者さんは、他人と魂が入れ替わるという“偶然の事故”によって今ここにいるわけですよね」
「は、はい」
それにしても、本当に突拍子もない話だ。
っていうか、ヘタレさんの仕事って何だろう。気になる。
「でも、勇者さんは慣れない環境で、しかもそれに突然放り込まれたことにも関わらず、この通り違和感なく溶け込んで魔王城の人たちと仲良くしています」
「はあ……」
「変じゃないですか? 赤の他人で、出会ったばかりのはずなのに、仲が良いなんて。どこか、その事実に違和感を覚えませんか?」
「た、確かに、それはそうですけど……でも、それは魔王城の人たちが私を『コメット』だと信じ込んでいるからだと思うんですが。だから、仲良くできるんじゃないかと」
僕がそう言うと、ヘタレさんは何だか難しい顔をして頷いた。
「ああ、確かにそれもあると思います。それに、先程も言った通り勇者さんは順応力が高いようですから。――でも、それだけじゃあそこまで上手くはいかないはず。この環境に、馴染み過ぎている気がするんです。勇者さんだって、もうまるで違和感はないでしょう? ここにいることに。何の疑問もなく、ここで過ごしている」
「は、はい……」
確かに、不思議なことだけど、ここにいることに違和感はない。
でもそれをおかしいと思ったこともないし、疑ったこともなかった。
だって、それは偶然の事故のせいだと――そう信じてきたのだから。
「でも、変なんです。いくら何でもそこまで馴染むなんて。“人間”が“魔物”の中にいて、正常を保つことすら難しいというのに。勇者さんは、まるで最初から用意されたような、パズルのピースのようにピッタリとはまって……」
ヘタレさんはぶつぶつと何か呟く。
――よくよく考えてみれば、確かにそれは変なのかもしれない。
もっと疑われたり、すれ違いが起きたっておかしくはないはずなのに、僕はバレずにみんなと仲良くやっていけている。
そう、まるで昔から見知った仲間のように、気が合う友達のように仲良く。
――それは。
「えっと……それってつまり、どういうことなんですか……?」
「いえ……そこまでは、よく分からないんですけど……。……嫌な予感が、当たらなければいいんですが」
嫌な予感とは、何のことだろう?
この妙な感覚を、ヘタレさんも味わっているんだろうか。
そう思うと、少し――ぞっと、した。
「……まるで、違和感なく。私も、あなたがいることに何も抵抗を覚えず、それどころか最初からここにいたような気がするんです」
そう、それは僕も同じ奇妙な感覚。
まるで、ずっとここにいたような、おかしな感覚……。
それはつまりどういうこと?
気のせいであればいいのに、そうじゃないと否定する心。
「――あ。もうこんな時間でした。すみません、何だか話の途中なんですけど、そろそろ仕事に戻りますね」
「あ、はあ、お構いなく……って、ヘタレさん、仕事何やってるんですか? 側近って……」
「ヘルグですってば。まあ、仕事については秘密ですけど。話したくないので」
話の続きはまた今度、なんて笑ってヘタレさんは風のように駆けていってしまった。
本当に謎だ。あの人、仕事って何してるんだ?
――それにしても……、どういうことだろう。
彼が話した、その奇妙な事実は。
僕が最初からいたように? 最初から僕がいたように?
確かに、変な話だろう。
相手のことを何も知らない僕らが、ここまで上手くやっていけるなんて。
それも、みんながみんな―――同じように、仲良く。
不思議な感覚。
おかしな話。
それが結びつくのは、違和感で彩られた偶然か。
それとも、嫌な予感の先の意図か。
――僕はまだ、その答えを知らない。