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第29話 ヘタレの兄はヘタレ

 いつも通り、虎次とじゃれていた午後。

 優しい太陽が照らす広い庭に、さあっと風が吹く。

 それは髪をさらう心地良い風ではなく、何となく不吉な風。

 何だろうと思って虎次を抱えたまま空を見上げると、そこには青い空じゃなく、人の顔(どアップ)があった。


「――え、え? あ? あれ?」

「ふむ……貴女がコメット殿か?」

「え? え、……あ、は、はぁ……」


 目の前の人に低い声でそう聞かれ、僕は曖昧に頷く。

 誰だろう、この人。何で僕のことを知ってるんだろう。

 ていうか、どっから現れた。

 とりあえず離れろ馬鹿野郎。思いながらも口にはせず、僕はささっと引く。


「そうか……噂通りだな」

「う、噂?」

「ああ」


 目の前の男は軽く頷く。

 詳細は教えてくれないのか。いや別にいいけどさ。

 ていうか、本当に何だこの人。


「よろしくな。コメット殿」

「あ、よ、よろしく……なんですけど……、あなたの名前は……」


 僕が控えめに名前を尋ねると、彼は何故か不愉快そうに眉をひそめた。


「何を言う。人に名前を尋ねる時は、自分から名乗るのが礼儀ではないか」

「え? え、えと、この期に及んで名乗る必要ってありますか? ていうか、あなたこそ自分から名乗らなかったくせに何言ってるんですか」


 大真面目な顔をしておかしなことを言い出す目の前の男に突っ込みをいれると、彼は難しそうな顔をしてむぅと唸った。


「迂闊だった」


 さいですか。


「まあ、いい。とりあえず名乗ろう。私はルーダ。9月11日生まれの22歳、身長は179cmでA型。家族構成は浮気性の父真面目な母長男の私それに腹違いの弟がいる」


 すんごいどうでもいいこと言ってくれたんだけどとりあえず聞き流していいのかな。

 彼はどうやら満足したらしく、ふっとキザっぽく長い茶色の髪を払う。

 切れ長の瞳は黒で、彼は多分美形の部類に入ると思う。黙ってればかなり女の子が寄ってくると思うんだけどな。大真面目な顔してボケるのが多分いけないんだ。いや、実はモテるのかもしれないけど――ってそれはどうでもいい。うん、どうでもいいよほんと。

 ――そういえば、ルーダってどこかで聞いたことあるような。……何だっけ?

 え、待って、家族構成……腹違いの弟? それって……。


「あ、あの、ルーダさん。そ、その弟って……」

「ヘルグという。聞いたことがあるかもしれないな」

「へ、ヘタレさん!」

「……は?」


 あ。

 つい口に出してしまった。

 それだけなのに、ルーダさんの表情はみるみるうちに変わっていく。鬼だ。ここに鬼がいる。


「貴様……、私の弟をヘタレだとっ!?」

「え? や、違……ま、間違ってないけど違います」

「貴様っ、何てことを! しかも、よりにもよって私の弟をー! 貴様なぞ八つ裂きにしてやるわぁっ!」


 人の話になど聞く耳持たず、どこからか取り出した槍を僕の方に向けるルーダさん。

 いやいやいや。やりすぎだろ。槍って。

 虎次も怯えてるし。やめてくれ。


「あのー……えと、ごめんなさい?」

「そんな謝り方で許されると思っているのか!? 甘く見られたものだな! 全身全霊で謝れ! 私の弟にッ!」


 な、何でここってこんなに兄弟ラブ(はぁと)の人が多いんだ。

 ヘタレさんも苦労してるのかもしれない。

 今更呼び方を変える気にもならないけど。


「貴様……何だその顔は! やる気がないのか!? 私はお前を殺る気があるぞ!」

「え……え? あ、あの、落ち着いて下さいっ!?」


 何か今イントネーションがおかしかった気がする。

 ルーダさんの目充血してるし。落ち着けよ。

 でも強気な態度にも出られず、僕は手をぶんぶんと降って拒否の意を示す。


「わ、わ、私は弟を愛しているんだぁぁぁ! 分かるかこの気持ちぃぃ!」

「分かりたくないですからっ」


 しかもいきなりの告白。耳に響く。

 余所でやってくれ、ほんと。

 僕は呆れながらも、さっさとルーダさんから離れる。

 逃げるが勝ちだ。本当、こういうのは。


「ど、どこへ行く気だっ! 逃げる気か!?」

「えー……あなたが来ない場所?」

「そんなところなどこの世界中どこにもないぞ!」


 言い切ったよこの人。


「……はっ、そうか! じゃあ、質問を変えよう! どこへ逝く気だ!?」


 イントネーションおかしいよルーダさん?

 今、『行く』じゃなくて『逝く』って言ったよね?


「あなたが逝かないところですね」

「な、なるほど! 頭がいいな!」


 妙に納得された上、褒められた。

 何だろうこの人。悪い人じゃないんだな。多分。


「只者じゃないな。私のライバルに相応しい」


 頭の作りは軽く危ないと思うけど。

 勝手にライバルにされても困る。

 僕は、はは、と乾いた笑いを漏らした。


「では、いざ尋常に勝負!」

「いやだからっ、やめましょう!? 勝負とかッて危ないぃぃぃ!」


 容赦なく槍を突き出してくるルーダさん。

 僕は慌てて避けるけれど、やめる様子は全くない。

 おいおい本当に落ち着いてくれ! 死人出るぞ!?


「ほらほらどうしたぁ! かわせかわせかわせぇぇぇぇ!」


 ……しかもキャラが変わってるし。どうしよう。

 冷静にそんなことを思いつつ、何とか槍をかわす。

 どうしよう……。確実に暴走してるよね、この人。

 戦うしかないのか? 嫌だけど。


鈍化スロウ!」


 ルーダさんに鈍化をかけ、僕は後ろに下がる。


「く……っ、魔法か! やるな貴様! が、私は負けないぞ!」


 ああ、どうやら口だけは鈍化にかからなかったようだ。残念。

 けれど、その他身体の動きは確実にゆっくりになっている。

 よかった。まだ何か言ってるけど。


「かかってこい!」


 かかってこい、って。

 僕は戦いたいわけでも、ルーダさんを傷付けたいわけでもないのに。

 兄弟揃って好戦的な性格してるな……。

 腹違いとは言え、兄弟は兄弟か。


「―――火炎玉ファイアーボール


 脅しのつもりで唱えた――大きな火の玉が、ルーダさんの方へ飛んでいく。

 けれど、勿論それは威嚇であり、彼に当てる気はないので、彼の横を通って後ろの森へと直撃した。


「「あ」」


 ゴオオ、と大きな音を立てて……森が燃えていく。

 ――そうだ、森って燃えるんだっけ? 忘れてたーなんて言わないけど。言わないけどさ。


「貴様ぁぁ! 何をしている!? 消せ! 今すぐ消すのだ!」

「あなたにも責任はあるでしょーよ!? あなたこそ消して下さいっ!」


 ぎゃーぎゃーと口論するうちにも森は燃えていく。

 分かってる、分かってるんだけど。

 だけど、ねえ。この人が――って、言い訳だけどさ。


「――何、馬鹿なことをやってるんですか?」

「あ……」


 突然後ろから聞こえた馴染みのある声に振り返れば、そこには、相変わらずの微笑を浮かべた人がいた。


「ヘタレさ「ヘルグぅぅぅぅ! 会いたかったよぉぉ!!」


 …………。

 遮られた。

 しかも飛びついてる。むしろ抱きついてる。


「邪魔です虫けら。早く離れて下さい、てかあれ消して下さい」

「貴方のお望みとあれば! 私は貴方の愛の奴隷、貴方のためならばどんなことだってやり遂げてみせます! どんな犠牲も惜しみませんっ!」


 ダッと森の方へ駆け出すルーダさん。あれ、鈍化がかかった人の動きじゃないんだけど。

 きっとあれだ、もう駄目なんだあれはもうブラコンの域じゃないんだ。多分崇拝に近い感情だろう。

 しかも『愛の力で火を消してみせる!』とか叫んでるし。


「……ヘタレさん、何ですかあれ」

「ヘルグです。見ての通り兄ですが何か」

「変態ですね」

「変態ですよ」


 即答。しかも、何の感情もこもらない声でそう言い放ってくれた。

 ヘタレさんも相当苦労してるんだな、うん。

 僕は彼に一瞬同情してもいい気がした。


「本当に困った人ですよ。同じ酸素を取り入れて生きている生物だという事実が嫌になるくらい」

「……どんだけですか」

「あんなの消えてしまえばいいと思います」


 そして相当嫌いなんだな、ルーダさんのこと。

 つまり完全なる片思い。一生実らないだろうけれど。

 いや、実らなくてもいいけどさ。別に。僕の関係ないし、でも……。


「……ご愁傷様です」


 本当に『愛の力』とやらで火を消して見せたルーダさんを見て、僕はぽつりと呟く。

 でも、ねえ? ちょっと可哀想だ。頭が主に。

 嗚呼、報われない片思いに、乾杯。






「さあヘルグよ! 私の胸に飛び込んでこいっ」

「死ねばいいんじゃないですか?」

「この照れ屋め! 可愛いな!」

「…………地獄に堕ちてしまえばいいのに」


 ……ヘタレさんも大変そうだな。ご愁傷様。




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