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第28話 ブラザーコンプレックス

「コメットさーん!」

「ルルさん?」


 屈託のない笑顔を見せながらこっちに大きく手を振り、走ってくる愛らしい少女。


「コメットちゃーん!」


 ――と、その後ろから邪気溢れる笑顔を貼り付けてこっちに走ってくる、さん付けする価値もないような害虫。


「……うわあ」


 愛しの妹を追いかけてきたのか、それとも今朝会ってもう今日は見たくない気分だった僕に嫌がらせをしに来たのかよく分からないが、とりあえず満面の笑顔だ。その笑みに含まれるオーラは嫌な感じだけど。

 ……どうしようかな、あれ。


1.倒す

2.蹴散らす

3.滅ぼす


 ……1でいいか。害虫さんごときにわざわざ体力を使うのも勿体ない。


「あのー、ルルさん、伏せて下さーい」

「え? え、は、はいっ」


 よく事情が呑み込めていないはずなのに、素直にしゃがむルルさん。

 僕は素直っていいなあとか勝手に頷きながら、その後ろから走ってくる害虫さんに全力で蹴りを入れた。


「ふごぉっ!?」


 ドサッ、と音を立ててその場に沈み込む害虫さん。――うん、ピクリとも動かない。

 よし、勝った。

 僕は思わずガッツポーズをする。KO!

 ルルさんはそれを見て驚いたんだろう、大きく目を見開いた。


「え、と、あの、コメットさん……」

「あ、……ごめんなさい、お兄さんを。つい癖で――」

「か……格好良いですっ! コメットさん綺麗で家事も一流なだけじゃなくて、すごく強いんですね……っ!」


 僕の手を握り、きらきらと目を輝かせるルルさん。ああ、そっちの方デシタカ。

 感激されてるみたい、だけど……毎朝戦ってたら嫌でも強くなりますよ? いや本当。

 口には出さなかったが心の中ではその言葉を何回もリピートしながら、僕も微笑む。

 ていうか、実の兄が苦悶の表情を浮かべて倒れていても、そこには何も言うことはないのか。


「あ、そうだ。あ、あの、今お時間ありますか? もしあれば、えと、料理を教えて欲しいんですけど……」

「今なら大丈夫ですよ。約束でしたし」

「あ、ありがとうございます!」


 僕が頷くと、ルルさんはまた嬉しそうに飛び跳ねた。

 素直で可愛いなあ。

 害虫さんもこれくらい素直だったら可愛――く、ないか。


「じゃあ、私の部屋に行きましょうか?」

「はいっ♪」


 勿論、害虫さんは放置だ。――大丈夫、心優しい人がきっと拾ってくれるさ。




 ◇




 ルルさんは、最初こそ上手く料理できなかったものの、丁寧に教えればどんどん上達して、思わず感心するほど上手くなっていた。

 元々の素質もあるのかもしれない。さすがに女の子だね。ルルさんってほんと、女の子〜って感じだしね。

 僕はそんなことを考えつつルルさんに色々な料理を教えながら、ふと気になったことを聞いてみた。


「ルルさんは、お兄さんと一緒の部屋で生活してるんですか?」


 言いながら、まあそんなことは多分ないだろうなーと思う。

 だってあれ変態だし。一緒に生活するなんてとんでもない。一時間で過労死できるぞ。


「ええ、そうなんですよ」


 ――が、何と予想外の答えが返ってきた。

 困ったように笑ってそう言うルルさんを見て、僕は固まる。待って、今何て?


「…………え、あの?」

「お兄ちゃんってばもうあの通りだから。一人じゃ心配で心配で、放っておけなくて」


 困りますよねーなんて笑うルルさん。

 いや本当に困る。状況についていけない僕の頭が。僕はドライに笑った。


「お兄ちゃんってばいっつもあたしにベタベタしてきて、もうどっちが年上なんだか分かんないんですよ。あたしが姉みたいな感じで、お兄ちゃんったらもう」


 何か兄のことを語り出したルルさんを呆けたように見つめながら、僕は状況整理に尽力する。

 ええと……つまり何だ、ルルさんと害虫さんは一緒の部屋で生活してるのか?

 よくそれで生きてられるな……。僕なら30分が限界だ。生理的に、それ以上は無理。


「他の人がいたらまだ兄らしくしてるんですけど、あ、まあ変態ですけどね。あたししかいなかったらもう、本当に無邪気で」


 害虫さんが無邪気。

 ……ごめん、想像できない。

 そしてそれを嬉々として語るルルさんの気持ちも、悪いですけど理解できません。


「人前で抱きついてきたりするとさすがに恥ずかしいんですけどね。二人っきりだったら、お兄ちゃん子供みたいなんです。もう可愛くて可愛くて、あたしも思いっきり甘やかしちゃうんです」


 頬を染めながら笑うルルさん。

 か、可愛い? あれがか。

 兄も兄なら、妹も妹だな……。

 改めて血のつながりの恐ろしさを実感する。怖い。兄妹ってコワイ。


「だからあたし、お兄ちゃんに美味しい物食べさせてあげて、美味しいって言ってもらいたくて。コメットさんに教わりたいと思ってたんですっ」


 そこでぴんとくる。

 前言っていた、『料理を食べてもらいたい人』っていうのは害虫さんのことだったのか。

 そうかそうなのか。妙に納得してしまう。

 何かもういいよ。もうどうにでもなれ畜生。


「が、頑張って下さいね。基礎はもう出来てるから、大丈夫だと思います」

「はい、ありがとうございますっ! お兄ちゃんに喜んでもらえるかなぁ♪」

「よ、喜んでもらえると思いますよ?」


 だってあの人シスコンだし、と心の中で呟いた。

 妹の作るものなら何だって喜ぶだろう。

 たとえどんなゲテモノだったとしても。思わず自嘲的な笑いが漏れた。


「えへへ〜、想像したらにやけちゃいますねっ」


 楽しそうに料理を続けるルルさんの後姿を見て、僕はつくづく思う。

 ここに、常識人はいないのかと。

 いるならどうにかして。お願いだから――。









「えへへ、お兄ちゃん可愛いでしょうっ? しかもお兄ちゃんったら、前なんて――」

「あのー、そろそろ終わりません……?」


 そして、いつの間にか僕の部屋は害虫さんについて語る場になっていた。

 何でこうなってるんだろうか……。



 誰か、誰でもいい。

 本当に誰でもいいから、どうか助けてくれ。




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