第27話 ひとりじゃない
―――血のつながった弟を手にかけるということは……、一体、どれほど辛いことなのだろう。
その苦しみはきっと、僕なんかではわかってあげられないけれど。
魔王様は相変わらずの無表情で。
それは仮面? それとも、本当に何も感じていないの?
どちらであろうと悲しいけれど、答えはせめて、前者であると信じたい。
無理に造った仮面で、傷を隠そうとしているのだと。
だって、一瞬揺らいだ黒い瞳は、明らかな悲しみの色を湛えていた。
ねえ。そうでしょう? 彼に、選べるわけはないんだ。
もし弟を許してしまえば、地上の生き物はきっと皆滅びてしまう。
だからといってサタンを殺せば、彼自身も辛いだろうし、地底の魔物たちが暴走してしまうのだ。
どちらにしろハッピーエンドではなくて。
何よりも、それは血のつながった弟なのだ。優しい魔王様に、どうして彼を殺すことができるだろう?
「――だから私は、勇者に負けることも、サタンを殺すこともできなかった」
どこか遠くで響くような声に、僕は戸惑う。
返す言葉なんて思いつかない。
不器用な言葉では、きっと彼を傷付けてしまうから。
僕の言葉なんかじゃ絶対に、彼を救うことはできない。何も知らない、軽い思いじゃ。
――どうしよう。
どうしたら、いいんだろう? 僕は思って焦る。
頭が上手く回らない。
虎次が僕の腕にすり寄ってきている、そんなどうでもいい感覚ばかり研ぎ澄まされて。
どうしろって?
何を言っても、僕は全て壊れそうな気がしていた。
「――紫雲はな、待ってるんだ」
「え……?」
突然逸らされた話に僕は顔を上げ、紫雲を見つめた。
「紫雲は元々、3000年前に私の祖父が子供のころに拾った普通の魔獣だった」
「そ、祖父って……」
魔族の寿命ってそんなに長かったっけ、と僕は思う。
ぐらつくほど遠い昔。祖父だって?
確か魔族の寿命は、人間より少し長いくらいだと記憶していたのだけれど。
「ああ……、知らなかったか。魔物の王という地位についた者は、心臓や脳が大破しない限り、2000年の生を約束されるんだ」
「そ、そうなんですか!?」
何でもないことのように言うけれど、それは“大したこと”だ。
2000年の生だなんて……。
じゃあ、魔王様も? 2000歳まで。それは魔王様にとって、幸せなのか不幸なのか。
「紫雲は、ここで3000年も待っている。ここを守り、主人が帰ってくる時を」
「主人って……おじい、さん?」
「そうだ。――祖父は、サタンとして12歳の時地底国へ行くことになっていた。その時、紫雲をここにおいて……『ここを守りながら、帰りを待っていてくれ』と」
そうだったんだ……。
あれ、でもそれって――3000年も前の話、だよね……?
「あの、おじいさんは……」
「もう死んでいる。サタンという存在は地底国に行ったら最後、地上で大きな異変が起きた時しか地上には出てこられないから」
「そんな……! お、おじいさんはそれを知らなかったんですか?」
「――知っていただろう。知っていても尚、紫雲をここにおいていった」
知っていても、尚。
それはどうして、紫雲のため? 自分のため?
「地底国は、当時荒れた国だった。今は大分落ち着いているけれど……紫雲を、そこには連れていきたくなかったんだろう」
魔王様は、自分のことのように、悲しげに話す。
紫雲は自分のこととも知らないようにのんびりと寝転がっているけれど。
その奥底には、悲しみが宿っているのかもしれない――。
「だから、ここで待っているように言ったんだ。必ず帰るから、と」
それを信じて、今も紫雲は待っているというの?
そんなの、悲しすぎる。
僕は思う。無意識のうち、何度も瞬きしながら。
「私の弟には、祖父の面影がある。――だから、サタンに会えば紫雲も、もしかしたら……なんて思っていた」
魔王様は目を瞑りながら、そう言った。
「紫雲は、本当は寿命などもうとっくに過ぎているはずなんだ。なのに、紫雲はまだここを守り続けている」
「そ、うなんですか……」
「紫雲は死ねないんだ……。約束を、まだ信じ続けている。だから、サタンに会えば安らかに眠れるかもしれないと思っていた。でもサタンは地底国にいる。地上で“大きな異変”が起きない限り、地上には出てこられない」
悲しそうに呟く魔王様。
彼は、迷っているようだった。
大きな異変とは、勇者と魔王の相打ち……それを指し示しているのだろうか?
そうすれば、サタンはここへ来れると。紫雲のためになるかもしれないと。
それでも、そうすれば地上はサタンに支配されてしまうだろう。
「私個人の情で動くのはいけないということは、よく分かっている。でも、それでも……」
魔王様は紫雲を抱き締めるように腕を回した。優しい言葉を、残酷に吐き捨てながら。
ああ、そうだ、当たり前なんだ――魔王様は、優しいから。
誰かを見捨てることなんてできないんだ。
――この人は、魔王という役柄には、あまりにも向いていないの。
誰も切り捨てることができない、優しすぎる人だから。
「私は、どうすればいいのか分からない。王として、最低だ」
そんなことはないよなんて、言ってあげたかった。
人としてそれは正しいことなんだと。
同じように問われれば、きっとみんながみんな同じように迷うものなんだと。
だけど……僕が言えば、軽い言葉にしか聞こえないだろう。きっと。
「私は民を守らねばいけないのに、それを捨てようとしている」
そんなこと、言わないで。
お願い――祈る。でも。
「私は――」
「ま、魔王様っ!」
僕は、ついにそう叫んだ。
もう耐え切れなかったから。
魔王様の、その悲しい表情に。
「も、う……いいんです。お願い、お願いだから……、そうやって自分を責めないで下さい」
「コメット……?」
「そんなの、迷って当たり前なんです。ひとりじゃ、決められるわけない。紫雲のことだって、サタンのことだって……ひとりで悩むには、あまりにも大きすぎる闇だから」
僕は、しっかりと言い切る。
はっきりと、軽く聞こえたって――もう、構わない。
「紫雲だって、魔王様を恨んでいるわけじゃないでしょう? 魔王様ひとりで悩むことじゃ、ないんですよ」
魔王様の驚いたような顔を見ながら、僕は強く拳を握り締めた。
「――だから、もうひとりで悩まないで下さい」
声が震えた。
何故か切ない。
あれ、何で僕が切ないの。思いながらも続ける。
「魔王様には、私がいます。みんながいます。ひとりじゃ、ないんです。ひとりじゃなくて、みんなで悩んで考えたら、きっともっと苦しくないはずなんです」
「コメット……」
魔王様は、今まで見たこともないような、どこか曖昧な表情をしていて。
僕は、何故か泣きそうだった。
けれど必死に涙を堪えると、しっかりと魔王様を見据えて言う。
「ひとりで悩まないで下さい。あなたを想って、助けたいと思う人が――ここには、たくさんいるんですよ」
僕のその言葉に、ゆっくりと表情を変えていく魔王様。
驚いたように、悲しげに、どこか辛そうに、そして――最後には、小さく微笑んで。
「――ありがとう」
そう、言った。
独りで辛かったんだね。
独りで悩んでたんだね。
独りで怖かったんだね。
独りで迷ってたんだね。
それでも、もうひとりじゃないって。
僕らはみんな、魔王様が大好きなんだって。
だから、もう――闇も、怖くないよ。
ひとりじゃない。
怖いなら、みんな手をつなげばいいんだから。
苦しいなら、みんなで一緒に悩めばいい。
もう、ひとりにはさせないから。
紫雲も、サタンも、魔王様も。
みんな……ここに、いるよ。
だから、ね、笑って下さい。魔王様。
突然ですが、魔王様の誕生日まであと1ヶ月です♪
よければ皆さん、クリスマスと同時に魔王様を祝ってあげて下さい!笑
因みにサタンも同じ日に誕生日を迎えますので良ければ彼も……(笑
では、これからもよろしくお願いします^^