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第24話 あわてんぼうの赤い奴

「メリークリスマス!」


 何の前兆も予告も説明もなくそんなことを言って僕の部屋のタンスから飛び出したのは、赤い服と白い髭を装着した、この頃出番が与えられなかった可哀想な中年のおじさんだった。


「……え、あ? えっと……」

「ファルノム……さん?」

「やあやあ、コメットちゃんにアリセルナちゃん。楽しんでるかい?」


 そう――それはファルノムさんだった。

 何故人の部屋のタンスから飛び出してくるのか分からないが、とりあえず見覚えのある格好をしている。

 赤い服と白い髭。

 それはどう見てもサンタクロースの格好。子供の味方サンタさんだ。

 でも、どう考えたって今日はクリスマスじゃない。

 クリスマスでもないのにその格好で出てこられてもリアクションに困るんですが。

 しかも、『楽しんでるかい』って……。

 この人、何がしたいんだろう?

 僕は思わず首を傾げる。


「あの、ファルノムさん? それ……」

「ああ、見れば分かるだろう。サンタの格好だよ」


 いやそれは分かるんです。僕は思う。

 僕が聞きたいのはそういうことではなく、何でこんな日にそんな格好をしているのかっていうこと。

 あと何で人の部屋のタンスから出てくるのか。怪しすぎる。何してたんだこの人。


「えっと……、何でそんな格好を?」

「クリスマスだからさ」

「「はい?」」


 今日ってクリスマスだったかと考え、カレンダーを見る。

 が、やっぱり今日はクリスマスじゃない。つーか12月にすらなっていない。

 これはあれか。あわてんぼうのサンタクロースってやつか。


「……ファルノムさん、ボケてるのかしら」


 アリセルナのそんな呟きに、僕は思わず笑いそうになった。


「あ、あの、今日はクリスマスじゃ……」

「いやね。クリスマスの日に忘れていたら嫌だから、覚えているうちにやっておこうと思ってね」


 ファルノムさんは少し威張ったように、胸を張ってそう言う。

 その言葉に、僕は苦笑するしかなかった。

 忘れるなよ。せめてもうちょっと後にしようよ。早すぎるから。


「というわけで、とりあえずメリークリスマス!」


 爽やかに言ったってごまかせるわけじゃないんですけど。

 僕は呆れつつ、さっきから気になっていることを聞いてみる。


「あの、その格好はまあまだいい……としても、何で私の部屋のタンスから出てくるんですか?」

「あぁ。それならタンスの中を漁……げほげほっ、うぉっほぉん!」


 ファルノムさんは無理矢理咳払いでごまかそうとするが、僕にはちゃんと聞こえていた。

 人の部屋のタンスを漁るなよ! てか、そこのタンスって……。

 嫌な予感がして、僕はタンスの方をちらりと見る。

 開いたタンスの中には何と、乱れた洋服が。


「……ッ服が掛けてあるタンスじゃないですかぁ――! 何やってんですか!?」

「い、いやいい匂いがするなぁと」

「こら待て変態! 逃げるなっ!」

「ちょっ、コメット、ファルノムさん!?」


 アリセルナの制止も聞かず、僕は逃げ出すファルノムさんを追いかけて廊下まで飛び出す。

 とっとことっとこ走る後姿を追って、その肩を強くつかんだ。

 威圧的に。上から。がしっと。


「あいたたっ! こ、コメットちゃんっ、痛いよ」

「謝って下さい! 全身全霊で謝って下さいっ! もう二度としないって言えっ!」

「こ、コメットちゃん、ごめんよ。そんなに怒るとは思ってなかったんだ」


 いや、普通怒るだろ!

 もっと叱ってやらないとと思いつつも、本当に申し訳なさそうにするファルノムさんを見て、僕は怒る気も失せた。


「……もう、しないで下さいね」

「多分」

「多分って何!? 多分って!」


 やっぱり反省してないなと、僕は彼の肩をガクガク揺さぶる。

 でもファルノムさんは困ったように笑うばかりだ。

 ふざけんなーと叫ぶ代わりに思いっきり揺さぶる。痛がったってやめてやらない。


「こ、コメットちゃん、落ち着いて。そ、それより、いいことを教えてあげよう」

「何気に話題逸らそうとしてないですか!?」

「気のせいさはははは」


 ……もう駄目だ、この人。

 壊れたよ。目が逝ってる。

 僕は呆れながらも、少しくらい話を聞いてやろうと手を止める。


「実は、本当のクリスマスの日――12月25日はね、魔王様の誕生日なんだよ」

「え? 魔王様の……?」


 何でそんなことを今僕に教えるんだろうと思いつつ、その話に耳を傾ける。

 僕の手が完全に止まったのを見てなのか、ファルノムさんは優しく微笑んだ。

 そして、静かに口を開く。


「ああ。人にはあまり言おうとしないがね、騒いだりするのが苦手だから。12月25日が、彼の誕生日なんだ」

「そう、なんですか……」


 僕は曖昧にそう返す。


「あの、な、何で、私にそんなこと……」

「何でって……君は、魔王様のお嫁さんだろうに。それ以外に何か理由があるかい?」


 けらけらと笑うファルノムさんを見て、僕はああ、とすんなり納得する。

 そうだ。僕は魔王様の婚約者なんだっけ。

 忘れてた……あまりにも普通すぎて。普通って何だ。


「だからね。魔王様は何も言わないだろうが、きっと君の言葉を待っていると思うよ」


 ファルノムさんはそう言って微笑わらう。

 僕の言葉? そんな――そんなの。


「そ、うでしょうか……」

「ああ。きっとね。いいこと教えたろう?」


 ファルノムさんはするりと僕の手を外し、後ろ向きに歩き出した。

 僕は、それを追いかけることもせずに、ただ固まっている。


「覚えといてやってくれよ。メリークリスマス、コメットちゃん!」


 最高の笑顔でそう言うと、ファルノムさんは廊下の向こう側へと消えていった。


 ――そしてそこには、いつの間にか魔王様のことばかり考えている僕だけが残された。







「――って、ああああっ! 逃げられたし!」

「こ、コメット、あんたの服何着か消えてる気がするんだけど」

「あの野郎ォォォ!?」


 何でこう、この城には変態が多いんだ。

 僕は驚きも呆れも通り越し、最早感心するしかなかった。




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