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第23話 メイド魂

 それは、ある天気のいい昼下がりのこと。

 昼食もとったし、ぼちぼち部屋の掃除でも始めようと僕が掃除機を引っ張り出したところだった。

 何やら突然部屋の外が騒がしくなり、僕の部屋のドアが突然大きな音を立てて開いたのだ。


「こ、コメット様ー! ご無事ですか!?」


 開いたドアの向こう、そんなことを叫びながら駆け寄ってくる巨体。

 身に纏うは、その身体には究極に似合わないメイド服。

 それは、その容姿からは想像もできない、鈴の音のような愛らしい高い声で僕の名を呼んでいる。

 ……ここまで言えば、誰だか分かるだろう。


「えと……エルナ?」

「よ、よかったです……ご無事、みたいで」


 そう、エルナだ。僕専属のメイドさん……らしい。うん。らしいよ。

 それにしても一体、どうしたんだろう? ご無事、って。

 僕は息切れしているエルナに近寄り、宥めるように背中をそっと撫でる。


「無事って、一体どうしたの?」

「い、いえ……コメット様が、害虫に悩まされていると聞きまして……、1階からすっ飛んで参りました……」


 苦しそうにそう呟くエルナ。

 害虫って――害虫さんのことか。確かにあれには悩まされているけど。

 それだけで1階から5階ここまでって……息切れするわけだ。


「あ、あたしが来たからには安心して下さい、コメット様っ。絶対に守り切ってみせますわ!」

「は、はぁ、どうも……?」


 もの凄い使命感をたぎらせて、エルナは僕にずいっと迫る。

 そんな、僕に迫られても困るんだけど。

 害虫を駆除してくれるなら嬉しいけどね? 嬉しいけどさ。


「どんな害虫が来たって、あたしが―――」

「コメットちゃぁぁぁん!」

「――この通りですっ!」


 エルナが意気揚揚と話しているところに、害虫さんが割り込む。

 すると、エルナは害虫さんに肘鉄を打ち込み、廊下の壁まで吹っ飛ばした。

 ――何だ? あの威力……。壁が少し、へこんでる気もする。

 僕は思わずぞっとした。あそこまで飛ぶか? しかも、壁に……めりこんでないか? じ、尋常じゃない光景だ。


「だから、安心して下さいね♪」


 しかもそのあと、笑顔で決めるのか。怖いぞ。

 僕はそんなエルナに、苦笑するしかなかった。


「べ、別に……そこまでしてもらわなくても、大丈夫、だよ?」

「いいえっ、これがあたしの仕事ですからっ!」


 どうやら、やる気になってしまったエルナを止めることはできないらしい。――残念だけど。

 僕は、はは……と力なく笑う。

 どうか、誰も死にませんように。

 本気で願った。


 ――いつの間にかエルナは、箒を持って素振りしている。

 あれが凶器にもなりかねないから怖い。

 箒って、どういう使い方したら凶器になるんだろう。自分で言ってそう思う。

 でも、エルナならきっと凶器にしてしまうんだろうな。


「あの、すみませー……」

「害虫ぅぅ!」

「おっと」


 ひょっこりと現れたヘタレさんに、エルナは殺気丸出しで箒を叩きつける。

 けれど、ヘタレさんはそれを何でもないかのようにひょいと避けた。ひょいと。


「っ!? よ、避けられた……!?」

「……? 何やってるんですか。箒振り回して、危ないですよ」


 ヘタレさんはそれすらも気にしない様子で、僕の方へすたすたと歩いてくる。

 な、何だこの人。化け物か。エルナ以上に。

 あんな速いスピードで向かってくる箒を避けるなんて……。


「コメットさん、ちょっとお話が……」

「ヘルグ様ぁ! な、何であれを避けられるんですか!?」

「え……え?」


 エルナが凄い形相で、ヘタレさんにずいっと迫った。

 さすがにヘタレさんも引き気味。

 怖いなあれ。僕は少し距離をとって二人を見守ることにした。


「あたし、あれ誰にも避けられたことなかったのに……っ」

「え? 何の話ですか?」


 きょとんと首を傾げるヘタレさん。

 いや、さっきの猛攻に気付かないわけはないでしょうが。

 ていうかあんたさっき、おっとって言って避けてただろうが。


「それより、話が……」

「ああっ、これじゃあたし、コメット様を守れやしませんっ! メイド失格ですぅ……!」


 エルナは悲痛な声でそう叫び、蹲ってしまった。

 はてさてメイドって主人を守るものだっけなーなんて考えながら、僕はエルナを宥める。

 けれど、エルナは蹲ったまま動かない。

 ……あー、困ったな。


「……こうなったのは全部、ヘタレさんのせいですからね」

「何で私ですか。あとヘルグです。それから話が」


 最後の方の言葉はとりあえずスルーして、僕はヘタレさんに責任転嫁した。

 あーあ、エルナは落ち込んじゃうし掃除はできないし廊下にはまだ害虫いるし。最後の関係ないけど。


「あの、とりあえず掃除したいんですけど……エルナさーん?」

「あ……っ、そう、そうです! それなら代わりに、あたしお掃除しますっ!」


 エルナ、あっさり復活。

 僕とヘタレさんは『は?』と固まっているが、エルナはもう既にやる気だ。


「お掃除ならメイドっぽいですもんね! それができればあたしは立派なメイド……!」


 箒振り回すのはメイドっぽくないって気付いてたのか。ならやるなよ。

 突っ込みつつも心の中でエールを送る。

 頑張れ。立派なメイドって何なのかよく分かんないけど。


「箒と掃除機の二刀流ならさらに……!」


 エルナの脳内ではさぞかし素晴らしい光景が広がっていることだろう。

 二刀流って。不安になってきたぞ。

 そんな二刀流、できないから。やめようよ。僕の部屋のためにもやめてくれ。


「じゃ、じゃあ、コメット様、お掃除はあたしに任せて下さいっ!」


 僕の手から掃除機を奪い、止める暇もなく掃除を始めるエルナ。

 左手に箒、右手に掃除機を持った怪しいメイド服の大男が、鼻歌を歌いながら掃除とも言えない掃除をしている。

 ……何だろうこれ? 僕には説明しようがない。


 と、最初は調子よく掃除をしていたのに、途中エルナは掃除機のコードに躓いて―――


 ガッシャン。


「あー……」


 エルナは、タンスに思いっきり突っ込んでいた。

 どうやったらああいう風にめりこむのか分からないが、とりあえずタンスに頭を突っ込ませていた。

 ……生きてるのかなあれ。


「エルナー……?」

「ふ……す、すみませぇぇぇんっ!」


 バッとタンスから頭を引き抜いて、エルナは叫ぶ。

 生きてたか。よかったよかった。


「あっ、あたしっ、もう駄目です……切腹しますっ!」

「いや、ちょっと待て待て待て待とうよ! お、落ち着いて!」

「あたしみたいな落ち零れなんて死ねばいいんだわ!」

「エルナ! 返ってきて! いやいや本当に! やめて!」


 箒で切腹しようとする――できるかどうかは謎――エルナを何とか止め、僕はどう慰めようかと考える。

 これが美少女だったら多少のドジくらい笑って見逃せるが、生憎エルナは声以外もろおっさんだ。

 どこからどう見たって、いい年したおっさんなのだ。


「え、エルナ!」

「な、何でしょうか……ぐすっ……」


 泣かないでくれ頼むから。

 外見が中年のおっさんなのに泣かれてもリアクションに困るから泣かないで。


「そ、そういうのってね、気持ちだけで嬉しいから! だから、気にしないで!」

「で、でも……」

「そんな無理することないよ! 泣かないで、ね!」


 僕が必死に説得すると、エルナはようやく頷いてくれた。


「そう、ですね……じゃあ、あたし、下手ながらもお掃除しますね!」

「いや、そういうことじゃなくて!」


 せっかく笑顔を見せてくれたところ悪いが、僕が言いたいのはそういうことではない。

 気持ちだけで十分だからやめてくれってことだ。身も蓋もない言い方だけど。


「や、やっぱり迷惑ですか!? 切腹した方がいいですかっ!?」

「そういうことでもなくてっ! お、落ち着いてエルナ!」


 僕は慌ててエルナを止める。

 一体、どう言ったら伝わるんだ。

 頭が痛い……。僕はため息とともにこめかみの辺りを押さえる。


「あ……、あたしコメット様に迷惑ばっかり……! せ、切腹します!」

「だから違ーう! 切腹から離れろぉぉぉ!」




 ――結局、その誤解が解けた頃には日が沈んでいましたとさ。

 僕はこの一日、一体何がしたかったんだろう……。




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