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第22話 害虫駆除

 何でだろう。

 何でなんだろう。


 僕は悩んでいた。

 何をかと言うと、僕がみんなに朝食を作った日以来、朝食時には見知らぬ魔王城の住人が朝ご飯を求めて僕の部屋にやってくるようになったことについてだった。

 知り合いならまだしも、見も知らぬ人が来るとさすがに驚くんですけど。

 しかも、ほぼ毎日。疲れるわ何やらで大変だ。

 それでも、僕は料理が好きだ。大好きだ。唯一の特技だ。


 ……と、いうわけで、僕は不思議に思いながらもここに来る人分の朝ご飯を作っているのでした。


 まあ、嫌じゃないから引き受けてるんだけどね?

 どっからそんな情報流れてきてるのかな。

 不思議に思いつつも作る、作る。

 何かありえない人数で人がやってきて、ここはレストランじゃねーぞと思いつつも作る。

 しかも人の部屋で談笑し始めて、ファミレスでも行ってこいと叫びそうになりながらも作る。

 そんな日々が、何故かもう一週間も続いていた。


 ヘタレさんに聞いても曖昧に笑ってかわされる。

 アリセルナは素で知らなさそう。

 エルナは逆に心配してくれた。

 ディーゼルは他人事だと思って適当に笑っていた。

 ファルノムさんは……そもそも毎朝僕の部屋に来てるし。何かあれだ。

 魔王様はその話をするとひどく怯えた顔をする。いつもならほとんど表情を変えないのに、その話をするとそこまで怯えるということは、よっぽどにんじんが嫌いなんだろうと思った。だからその話をするのはやめた。何だか可哀想なので。


 ……と、いうわけで、未だ誰が情報を流したのか分からないままだった。

 もしかしたら誰かが聞きつけてきたのかもしれないけど。

 ヘタレさんが一番怪しいが、下手に疑うと笑顔で脅されるのでやめておく。


「コメットちゃん! こっちにも頼むー!」

「は、はーい」


 何で朝食の時からこんな雰囲気になってるんだ。

 思いつつも、注文はちゃんと聞く。

 コメットと呼ばれることにも、ちゃん付けで呼ばれることにも慣れてきた。嬉しくないけど。

 ここはレストランじゃねーよと叫びたい衝動も、何とか抑えている。


「コメットちゃーん!」


 また、別の場所からお呼びがかかる。何でそんなに呼ばれなきゃならんのだ。


「はーい?」


 そしてそれに応える僕も僕だと思うが。

 振り向いた先にいた美青年は、黒い髪をかきあげてこう言った。


「君をくれないか」

「一遍と言わず百遍死んできて下さい」


 相変わらずつれないなあ、と困り顔で笑いながらその人は言う。

 ――そう、そうなのだ。この人が一番の悩みの種なんだ。

 毎朝やってきては、そうやって変なもの注文して。出せるか馬鹿野郎。

 しかも、全く知らない人なのだ。名前すら知らない、というか聞いたら『僕に興味があるんだね? ふふ、可愛いな』とか言われたので殴ってやった。それから一度も聞いていない。


「でも、冷たくされるとますます燃えてきちゃうよ」


 この人は、顔はいいのに中身が恵まれなかった可哀想な人なんだと思う。

 僕はとりあえずその人の存在をスルーして他のところへ行くことにした。

 触らぬ神に祟りなし、だ。うん。気にしないことにしよう。


「あっ、ちょっと待っておくれよ、コメットちゃん。何処にも行かないで。僕のそばにいておくれ」


 腕を引っ張られ引き戻されたところに、耳元でそう囁かれる。

 キモさ最高潮。ゾッとする。気持ち悪い。吐き気がうおぇぇ。

 僕は、耐え切れずに全力で蹴り飛ばした。

 呻き声? 気のせいじゃない。


「あら、こんなところに害虫が♪ 早く駆除しなきゃ」


 僕はタンスから殺虫剤を取り出す。

 止める人はいない。というか、その光景を面白そうに見ている人が多い気がする。

 いいのか? ……まあ、いいか。

 僕も別に止めて欲しいわけじゃないし。


「ちょ、コメットちゃん……っ」

「名前呼ばないで下さい。害虫の分際で」


 僕は容赦なく殺虫剤をふきかけた。何か言い掛けていた彼の言葉は、見事に中断される。

 そして、うん、……凄いことになったとだけ言っておこう。

 が、周りの人は僕を咎めようともしない。それどころか、笑い転げている。


「いいねえ、その心意気! 最高だぜ、コメットちゃん!」

「え、あ、はぁ……?」


 何てノリのいい人たちなんだ。

 一人あそこでもがき苦しんでるのに。

 気にしないのか。僕が言うことじゃないけど。


「えっと、あの人は……」

「大丈夫! あいつぁこんなことで死なないさ」


 さすがに少し心配になったのだが、それは自業自得ということで放っておくことにした。

 死なないなら大丈夫だろう。心配する義理はない。

 むしろできれば早くここからいなくなってくれ。


「じゃ、ごちそうさま。またな、コメットちゃん」

「はーい」


 人がぞろぞろと返っていく。

 この時間はとっても忙しいけど、みんなとも仲良くなれたし、忙しい以上にとても楽しいんだ。

 僕は、心のどこかでこれがずっと続けばいいと思っていた。

 明日も、また来てくれるかな。

 そう思いながら、後片付けを始める。


 ……いや、始めたかったんだけど。


 目に映ったのは、殺虫剤をふきかけられ可哀想に気絶している……えっと、さっきの人。

 さっきの人じゃ呼び辛いな。いいや、害虫さんということにしておこう。

 害虫さん、どうしよう。この部屋にいられても素晴らしく迷惑なんだけど。


「……仕方ないなぁ」


 この人の部屋ってどこだろう。

 害虫さんを引きずって部屋の外に出ると、魔王城の地図を取り出した。

 ……さすがに誰の部屋とまでは書いてないか。

 うーん、4階か5階だとは思うんだけど。

 ちなみに今は5階。


「頑張って探すか」


 ズルズルと引きずりながら、彼の部屋を探す。

 ネームプレートはかけてあると思うんだけど、……この人の名前知らないや。どうしよう。

 誰かに聞いてみるしかないかなぁ。

 でもこの時間は結構出歩いてる人少ないんだよね。

 うーむ。

 どうしようかと考えながら、害虫さんをズルズル引きずっていく。

 このやろー。起きないかな。殴ったら起きるだろうか。


「むー……殴るわけにはいかないか」


 さすがにそこまでするのは良心が咎める。

 こうなれば仕方ない、誰かに聞いてみよう。

 僕はそう思い、すぐ近くの部屋のドアを小さくノックする。


「はーい?」

「えっと、あの、突然すみません。この人の部屋知りませんか?」


 ドアがかちゃりと控えめに開いた。

 すると――そこに立っていたのは、綺麗な茶髪を肩まで伸ばした、優しい雰囲気を纏う少女だった。


「あ、え、あの……」

「え、きゃっ! お、お兄ちゃん!?」

「え?」


 少女が害虫さんに視線を落とした瞬間、彼女は飛び上がるようにして後ずさる。

 すると、害虫さんはいきなり起き上がった。


「ああああっ! マイシスタ――!!」

「いやあああ! やめてっ!」


 害虫さんは女の子に飛びつき、女の子はそれを拒むも無理やり抱きしめられる形になっている。

 ……何だこれ。どうすればいいんだ。

 僕は呆然とするほかない。


「会いたかったぞマイシスター! お前に会えない2時間42分13秒がどれほど辛かったことか……っ」

「や、やめてよお兄ちゃんの変態っ! やっ、どこ触ってるのー!」


 ……これは、助けるしかないよな。

 僕はぐいっと害虫さんを引きはがし、渾身の力で蹴り飛ばした。

 害虫さんは壁にぶつかり倒れこむ。


「グッ……こ、コメットちゃん……嫉妬なんてしなくても、大、丈夫だよ……」


 もっかい蹴った。慈悲? 知るか。

 今この状況でそういうことを言えるお前が凄いと僕は思う。

 うん、どうでもいいからとりあえず消えてくれ。僕の目の前から。


「あ、あなたがコメットさんですか!?」


 害虫さんを呪っていると、さっきまで彼の被害を受けていた女の子が僕を尊敬の眼差しで見ていることに気付いた。

 うあ。何だ、何でそんなにキラキラした目でこっちを見てるの?


「お、お兄ちゃんからお話は聞いています! とりあえず入って下さい!」


 半ば強制的に部屋の中に引き込まれる。

 ドアは閉じ、鍵もかけられ。

 勿論害虫さんは外で悶えたまま。

 僕は、とりあえず勧められるままに椅子に腰かけた。


「あ、あたし、ルルと申します。えっと……さっきの人の、妹です」

「い、妹さん? あれの?」


 嘘、と僕は思わず呟く。

 確かに害虫さんがマイシスターとか叫んでた気もするけど。

 全然似てない。いや、どっちも整った顔立ちをしてるけど、何か似てない。

 害虫さんはあれか。悪意のある顔というか、変態っぽい顔をしていたのか。


「はい。と、突然変なものを見せてすみません。お兄ちゃん、何だかあたしにベタベタくっついてきて。いつもそうなんですけど」


 ルルさんは申し訳なさそうに言う。

 害虫さんはシスコンなのか。ますます変態っぽくなってきたぞ。救いようないな、あの人。


「コメットさんのことは、お兄ちゃんからよく聞いていました。凄い人だなあって、あたし尊敬してるんですっ」


 キラキラと輝く眼差しで、じっと見上げられる。

 え、ちょ。誰かから尊敬されるようなことでもやっただろうか?

 考えてみるが、思いつかない。

 何だろう。


「え、と……ど、どんな話を……?」

「言い寄ってくる男を調教して自分好みに育てるって!」


 …………沈黙。

 いや、確かに言い寄ってくる害虫さんを蹴ったり叩いたりはしたけど、調教なんかじゃないですよ?

 何を勘違いして、そしてそれの何を尊敬してるんだこの子は。


「あの……、それ、勘違いです」

「え!? でも、お兄ちゃんが……」

「勘違いですから」


 強く言い切ると、ルルさんは少し落ち込んだようだ。

 何だか可哀想な気もするが、勘違いなものは勘違いなので仕方がなかった。

 そればかりは譲れないぞ。

 危ない人と思われるのはどうしても避けたいもん。


「あ、でも、料理がお上手だっていうのは本当ですよね!?」

「え? あ、あの……いや、上手いかどうかは分かりませんけど、料理するのは好きですよ」

「やっぱり!」


 途端にルルさんはまた目を輝かせて僕を見た。


「あの、料理……教えてもらえませんか!?」

「え、え、はぁ……いいです、けど」


 僕がその勢いに圧倒されて頷くと、ルルさんは嬉しそうに手を合わせた。

 何だ、この子のテンション。悪いけどちょっとついていけない。


「ありがとうございます! もう一生ついていきます、師匠! あたしが作るともうゲテモノにしかならなくて……っ」


 師匠て。そんな師匠になるほどの者でもないんですが。

 いや、ていうか、人間を材料にする時点でゲテモノにしかならない気がするのは僕だけだろうか。


「で、でも、私他国の料理しか知らないんですけど……」

「それでもいいんですっ! ぜひあたしの料理を食べてもらいたい人がいるので、よろしくお願いします師匠っ!」

「え、あ、はい」


 凄く感激されたみたいで、ルルさんはとてもテンションが上がっている。

 まあ、料理をするのも教えるのも好きだしいいか。

 僕はそう考え、とりあえず、また暇な時にでも料理を教えるという約束をして、部屋を出た。

 ……ちょっと、疲れたなぁ。

 でも新たな発見もあったし……知り合いも増えたし、いっか。

 そう思って、僕は小さく笑った。







 おまけ。


「うぉぉぉぉコメットちゃん!」


 部屋を出ると、害虫さんがまだいた。しかも何かうるさい。

 僕はそれを見なかったことにして一度ドアを閉める。

 そしてもう一度開けた。

 やっぱりいる。当たり前だけど。


 ……どうしようか、こいつ。

 うん、やっぱり害虫ってさ、


「愛してるぅぅ!」

「キモイですからとりあえず消えてくれません? 主にこの世から」

「グハッ!」


徹底的に排除しなくちゃ駄目だよね。




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