表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/160

第21話 不器用な側近

 灰色の雲に包まれた空、今にも雨が降り出しそうな雰囲気。

 僕の心にも、ざわざわと灰色の風が吹く。

 闇に覆われるように、影に隠されるように。


 虎次は怯えていた。

 見えない何かを感じて。

 これから告げられることは、少なくとも僕にとっていいことではない。

 そう、教えるかのように。


「……サタンというのは、魔王様に並ぶもう一人の『魔物の王』です」


 ヘタレさんは、ぽつりと話し始めた。


「もう、一人の……?」


 どういうことだろう。

 ヘタレさんは僕の方も見ずに頷く。


「魔王様が統べるのは魔王城。そして、サタンが統べるのは地底国」

「地底……国」


 僕は、その音を確かめるように繰り返す。

 地底の国? そこに、サタンというのがいるのか。


「その名の通り、それは地底にある国です。魔物たちが溢れ返る狭い国ですよ」


 くすり、とヘタレさんは困った顔で笑う。


「サタンは魔物を力で従わせています。知恵で従わせた魔王様とは違い」

「力? 武力ってことですか……?」

「ええ。サタンは魔法よりも力に優れていますから。それに、好戦的な性格をしています」


 好戦的なのか……。

 魔王様とは全然違うんだろうな、と思う。

 何だかんだで魔王様は優しい方だから。


「サタンは、地底から地上を見ているんです。いつか魔王と勇者が相打ちで倒れ、地上を支配できるチャンスを」

「支配……? ち、地上を?」

「はい。地底国はさっきも言った通り狭い国ですから、魔物が入り切らないような状態なんです。だから、地上を支配してそこに住もうとしていて」


 ヘタレさんは肩をすくめる。

 それ、そんな悠長に話していていいことなのか。

 結構危ないんじゃないか? そんなふざけた、話。


「あ、え、でも、この魔王城にも魔物っていますよね?」

「そうですね。魔物は、12歳の誕生日に選ぶんです。魔王城に住むか、地底国に住むか」


 12歳で、そんな選択をするのか。

 勿論、魔物と人間の観点は違うんだろうけど、それはきっとまだ子供なのに。

 そんな重要な選択を、たった12歳で。


「魔王城なら魔王派、地底国ならサタン派と呼ばれます。正式にそこの住人になった時、それぞれの王に忠誠を誓うんですよ」

「え、じゃあ、さっきの人は……地底国の人?」

「ええ。そうです」


 ヘタレさんは、また困ったように笑った。

 そうか――さっきの人は、地底国の。


「魔王派とサタン派は敵対しています。平和主義の魔王派に対して、サタン派は何でもすぐ戦争を始めようとするのが原因でしょうが」


 よく地底国に人が集まるなあと思う。

 でも、それもそれぞれの価値観なんだろう。

 僕ならきっと魔王城を選ぶだろうが。

 けど人それぞれだし、僕に誰かを咎めることなんてできない。


「だから、本来なら魔王城にはサタン派の人は来ないはずなんですよ? 魔王派の者が地底国に行かないように」

「じゃあ、何で……」

「それが分からないから困っているんです」


 ヘタレさんの言葉に、僕は首を傾げた。

 何故、地底国の人がここに来るんだろう。

 敵地にいることがどれだけ危ないのかは、きっと分かっていると思うんだけど。

 それだけのことをする理由があるんだろうか?


「それに、あなたのことを知ってるなんて……変な話ですね」


 二人で顔を見合せ、沈黙する。

 その疑問の答えは、僕の腐敗しかけた脳みそでは叩き出せなかった。残念。


「でも、ヘタレさん、言っちゃ悪いけどあなたって好戦的な性格してますよね。何で魔王城にいるんですか」

「正直な人ですね。今ここであなたを殺して差し上げましょうか?」

「お、お断りします」


 にっこりと笑ってそう言うヘタレさんが怖い。

 何でこの人笑ったままそういうこと言うんだ。やめてくれ。

 確かに僕の言い方も悪かったけどさ。


「―――話すと、長くなりますよ?」

「聞きたいですっ」


 僕がかみつくように言うと、ヘタレさんはふっと淡く笑う。

 笑うのにも色々パターンがあるんだなーなんて変なことを考えていると、ヘタレさんは突然立ち上がって、庭の隅で昼寝している一匹の魔獣に近付いていった。

 すると、その魔獣が突然弾かれるように起き上がり、威嚇するように牙を向けた。


「フシャーッ……」


 魔獣は、今にもヘタレさんに襲い掛かっていきそうなほど威嚇していて。

 僕はその光景についていけず、ただ固まる。

 魔獣が魔族に威嚇するなんて、そんなこと普通はないはず……。

 人間には襲い掛かるけど、魔族は同じ魔物の仲間だ。なのに、どうして?


睡眠スリープ


 ヘタレさんが静かにそう唱えると、魔獣はまたとろんと眠りの世界に堕ちていった。

 それを確認すると、ヘタレさんはまた困ったように笑って戻ってきた。


「見たでしょう、魔獣のあの警戒のしよう」

「ど、どういうことなんですか? 何であなたを襲おうとして……」


 僕は問い詰めるように聞く。

 ヘタレさんは笑って、僕から視線を外す。


「―――混血、なんですよ」

「え?」


 混血。

 今、さらりとすごい言葉が出てきた気がする。


「私は、人間と魔族の混血なんです」

「……そんな」


 僕は、それ以上何も言えなかった。

 人間と魔族の混血……。

 それは、人間にも魔物にも忌み嫌われる存在だ。

 生まれてはならない者。呪われし存在。破滅の使者。汚れたイキモノ。地上の死神―――呼ばれ方なら、沢山ある。

 でもその全てが、深く強い憎悪を込めたもの。


「だから、私には選ぶ権利などなかった。生きることすら、許されるはずもなかったんです」


 混血の者は、世の果てに追い払われ。

 生きる権利すら奪われる。

 僕はそんな生き物とはほど遠い存在だったけれど、その存在はよく聞かされていた。

 関わってはいけない存在だと、何度も何度も。


「―――私は、魔王城にも地底国にもいることができず、地上をただ彷徨っていました」


 魔王城や地底国だけではない。

 人がいる地には、きっとどこでも行けなかったのだろう。


「まあ、私は魔法が得意でしたから、何とか動物を狩ったりして生きていましたけれど」


 その笑顔も、今は無理に作っているようにしか見えない。

 きっと、それは大変だったどころではなく、とても辛いこと。

 辛くて、哀しくて、……寂しかったんだ。それはもう、死んでしまいそうなほどに。


「生きるのも、辛くて。生きるのをやめようとしたこともありました」


 その言葉に、ズキンと胸が痛んだ。

 あまりにも悲しい、その言葉。

 命を捨てるという選択は、あまりにも痛くて。


「でも、7年前……私が12歳の時ですか。魔王様に出会ったんです」


 ヘタレさんはふっと僕から視線を外す。

 魔王様。

 その人に会ったことで、ヘタレさんは変わったのだろうか。

 きっと―――いい方向に変わったと、信じたい。


「魔王様は、何故でしょうね……。私が混血だということも、全く気にしませんでした。私を、魔族として迎え入れてくれたんです」


 そう言ったヘタレさんは、いつも通りの笑顔を浮かべていて。

 それがとても嬉しくて、幸せだったんだと分かる。

 僕はその途端、ほっとした。その言葉を聞けてよかった。そう思って。


「だから私は、魔王様に忠誠を誓いました。魔王様が、私を救ってくれたから」

「そう、だったんですか……」


 それで、ヘタレさんは魔王城にいるんだ。

 魔王様は、本当にすごい人だ。

 それがよく分かる。

 魔王様のお陰で、彼は……。


「ね、勇者さん。私は普通ではありえない髪と瞳の色をしているでしょう? これは混血の印なんです」


 ヘタレさんは、自分の赤紫の髪と桃色の瞳を指差した。

 確かに、普通ではありえない色だろう。


「確かに……」

「それに、私があなたを助けたのも、私が混血だからなんですよ」

「え?」


 どういう意味だろうと、僕はヘタレさんを見る。

 混血だから? それって……? 説明を求めるように、僕は彼を見つめた目で訴えた。

 でも、ヘタレさんはくすりと笑ってこう言うだけだった。


「いつか、その意味が分かりますよ」





 ヘタレさんは、それだけ言って、一人で帰っていってしまった。

 でも、僕は何だかとても嬉しくて。


「ねえ、虎次」


 虎次をそっと撫でると、虎次は気持ちよさそうに。


「虎次は、ヘタレさんに怯えたりしてなかったよね?」

「にぁー」


 虎次は肯定の意を示すように喉を鳴らす。

 そうだ、だってヘタレさんに怯える必要なんてないもの。


「あんなにいい人を、嫌う理由なんてないよねえ?」


 僕は笑って、虎次を抱き締めた。


 空は、いつの間にか晴れていた。






 ねえ、だって、彼は少し不器用だけど。

 とても優しい、いい人だから。


 僕は大好きだなあ。

 ヘタレさんのこと。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ