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第1話 目覚めた僕は

 それは贖罪というよりも、断罪のようだった。





 ――燃えている。

 そう感じるほどに、全身が熱かった。烈火に炙られたように、燃えるみたいに熱い。

 そして、同じように全身が、焼けるようにひどく痛んだ。


 ああ、僕、どうしたんだっけ……?

 思い出そうと、焼き切れるくらいにずきずき痛む頭で考える。

 ――そうだ。僕らは、魔王と戦って……やられたん、だ。

 魔王。思うたび、心の痛む言葉だった。何より、僕が嫌いな言葉だった。



 何故なら僕は、魔王を討伐する『勇者』だったからだ。



 ――まず、最初。

 いつも僕たちの傷を癒してくれていた、魔道士の少女キナが殺された。

 明るく、とても快活な少女で、落ち込んだ時にはいつも僕らを励ましてくれた。

 癒されたのは身体の傷だけじゃない。心に抱えた闇すら、彼女が癒してくれたのだ。

 なのに魔王は、その華奢な少女を、いとも簡単に、一捻りで……。


 次には、アレス。

 アレスは僕が背中を預けられる唯一の戦友であり、誰より信頼の出来る最高の親友だった、強く優しい友だ。

 いつも一緒に戦い、いつも一緒に笑い、いつも一緒に頑張ってきた。

 時に笑い、どんな悲しみも共有し、短い生をともにした親友。

 そんなアレスも、魔王の炎に焼かれ、最期まで僕を庇って……。


 そして、仕上げには勇者である僕だった。

 僕だってもう、幼くはない。魔王が必ずしも悪ではないということは知ってる。

 でも、僕の仲間を傷付ける以上、それは僕にとって排除の対象であって。

 仲間たちの無念を秘め、剣を掲げ向かっていったけれど、魔王のその膨大な魔力には敵わずに僕も死んだはずだ。


 そう、もし例えるならば――魂を吸い取られるような、感覚がした。

 ふわっと浮かんでいくように、これが死ぬ感覚なのか……なんて。

 死んでも、意識は絶えずあるものなのだろうか。身体朽ち果て失っても、僕の意識は途絶えなかった。


 そんな中で僕は、ただ考える。


 ああ、もしも存在するのなら、僕は天国へ逝けるだろうか? なんて。

 それとも、罪深き人間はただ地獄へ堕ちる運命だろうか。

 誰もが永遠に憧れる天国ならば、あの優しい友が、アレスやキナが迎えてくれるだろうかと――。


 そう思って、ただ、願う。

 終焉が――安らかなものであるように。

 叶うならば。神に祈って、届く願いがもしあるならば……。



 回想も、祈りも終わり。

 ふわふわ浮く身体は、ようやく地についた。

 確かな肉体の感触を感じ、僕は驚くと同時に小さな喜びを咲かせる。

 ここは、どこだろう? ――僕は、恐る恐る目を開けた。



 ――そこは、天国でも地獄でもなかった。



「……こ、ここは……どこなんだ?」



 長閑のどかな緑。空は眩しいほどの青。その中心に君臨する太陽に照らされた、楽園にも似た庭園のような場所。

 そんなところに、僕は一人、倒れていた。

 ……もしかして、ここが『天国』? ――いや、でも、魔物がガチガチ歯を鳴らしながらこっちを見てる天国ってないよね。

 少し距離を取ってこっちをじいっと見つめてくる魔物をじいっと見返しながら、僕は思う。

 まあ……けれど、魔物は襲ってくる様子もないし、今のところはいいとしておく。後で考えよう、後で。

 それよりも僕は、自分の身体の異変について――考えてみることにした。


 多分、確か、僕の記憶が正しいのなら。

 僕は伝説に謳われる白銀の剣を掲げ、守りの呪文が彫られた竜の鎧を纏い。動きにくさ30%増量な感じで魔王に挑んだはずだ。


 ……はずなのに、そう、今の僕の格好。

 可愛らしいリボンが至るところについた白いキャミソール、これまた可愛らしいピンクのチェックのスカート。

 ただこれを着せられただけって言うんなら嫌がらせというかセクハラというかむしろ無実である僕まで怪しい人だが、それが、それだけでもなく。

 これならいっそ、怪しい人とレッテルを貼られるだけの方がよかったかもしれないと思うほどなのだ。


 ――何故ならば。


 吃驚なことに、この身体すら僕のものではないのだ。

 病的なほどに白く、陶器のように滑らかな肌。腰の辺りまで伸ばされた、長く艶やかな金色の髪。挙句の果てには――魔族特有の、尖った耳。

 目の色までは見えないが……。このままいくと、ルビーのような赤、だと思われる。

 あくまで予想の域を出ないけれど。……いや、こういう予感って当たるよね。


 何が起きたのか、そこまでは分からない。

 けれど、簡潔に言うと僕は今、肉体的に女になっているということだ。しかも、あの、魔族――の。

 精神まで女にならなかったことが、逆に惨めだ。

 どうして、どうやって、どのように……そんなの、全部僕には分からないけれど。


 どういうことだ?


「あの、すみません」

「っ!」


 ――しまった。


 警戒を怠りあれこれ考えていたせいか、唐突に上から聞き覚えのない声と気配とが降ってきた。まるで油断していて、気付かなかったのだ。

 僕は反射的にばっと構え、素早く上を向く。


 ――が、そこには、予想に反して、どこか困ったような顔をした人が立っていた。

 鮮やかな紫のローブを身につけ、おかしなことに赤紫の髪とピンクの瞳なんてものを持っている、魔族の人。

 ますます警戒して一歩下がると、その人は更に困ったような顔をして。


「勇者さん、でしょう? いえ、今は『元』勇者さんと言った方がいいのかもしれませんが……。私は魔王様の側近、ヘルグと申します」


 それを聞いて、僕は思わず顔をしかめた。

 魔王の側近だって? 何という奴が、こんなところに。

 けど、とりあえず、殺す気はないらしい――っと、ああ。一回死んでるみたいだから、それもそうか。

 そんなことを気楽に思い、僕はちょこっとだけ警戒を解く。

 そうして彼の話に耳を傾けると、彼はどこかおどけた口調でこんなことを言い出した。


「貴方は今の状況に戸惑っているようですが、それも当然のことです。私も、よくは分かっていませんから」

「……はあ……」

「それでも――よく、聞いて下さい」


 すう、と彼は、何故か大きく息を吸い。


「――貴方の魂は、死ぬ直前に、魔王様の婚約者の魂と入れ替わってしまったようです」


 ……一瞬、言葉の意味が理解できず固まる。

 3秒後、ようやく自分の今の状況を考えてみる。

 5秒後、どうしようありえてしまうかもヤヴァイなんて思う。冷や汗だらだらで。


「え、あの、ちょっ、ちょっと待って下さい。僕が? 魔王の、婚約者と?」

「ええ。その姿は、魔族一、いえ魔物一の美人。コメット=ルージュという者のものです」


 ――魔族一だろうが魔物一だろうがあんまり変わんないだろうけど。

 僕はほぼ反射のように、そんなどうでもいいことを考える。所謂現実逃避だが。

 魔族というのは、魔物の種類の一つだ。ヒト型をした、極めて人間に近い魔物をそう呼ぶ。

 他には魔獣、飛竜、魔神、ドワーフなどがいる。

 とりあえず、この身体はその中で一番美しいものらしい。


「な、なんて不運な――って! も、もしかして、その話が本当だとしたら、その、えと、コメットさんという方は……」

「ええ。あなたの代わりに、消滅しました」

「っ! そ、そんな……」


 目の前が一気に暗くなる。ぐらりと、視界が反転したようだった。

 僕の代わりに、また人が死んだ――。

 それが魔族であろうと、同じ命には変わりない。そして、事故とはいえ、僕はまた……。

 気分がひどく悪い。それは、すごく衝撃的な事実だった。


「でも、性格は悪かったですし、むしろ貴方みたいな人がその身体を所有していてくれた方が楽なんですけどね」

「……そうやって割り切れるような精神は持ち合わせてませんから」

「そうですか。でも、とりあえず割り切れないとここでは生きていけませんよ」


 あっさりと言い放たれる言葉。ちょっとムッとする。

 でも、僕にはここで生きる気なんて毛頭なかった。

 当たり前だ。そう思う僕はもしかしたら、ひどく混乱していたのかもしれないけれど。

 それでも後悔とか迷いとか、そんなものはなかった。


「こんなところで生きていく気なんてないですよ。自害します」

「そうですか、残念ですね」


 残念じゃなさそうに言う様は、何だかすごく僕を苛立たせた。

 ――この人は、もう。

 一体、何なんだろう。初対面でここまでムカつく人なんて、見たことない。

 けれどもう、僕には関係ないことだ。こんな姿で生きていくなんて、とんでもない。

 僕は胸中で憤りや自嘲をまぜこぜにしながら、死ぬための道具――自分の剣がないかと探し始める。

 でも、鎧や兜だってないのに、剣があるはずもない。手に触れるのは、ただ柔らかい草花。

 ……とりあえず僕は、使えそうなものを探すことにした。


「……え、ちょっと待って下さい。本当に死ぬ気ですか?」

「え? そうですが何か。ああ、協力ならいりませんから。ご心配なく」

「いえ、そうではなくて……。……ふふ、思ったより面白いですね」


 僕はきょとんとして彼を見上げる。そして、何が、と聞こうとしたところを遮られた。

 彼の、したことに。


 ――何と彼は、今や完全に女のものとなった僕の身体を、軽々と抱き上げたのだ。


「っ!?」

「いやー、軽いですねー」


 な、何をして。言葉にならない叫び声。

 降ろしてほしくて暴れたが、彼はものともしない。

 女の力じゃ、これが限界なのだろうか――って、冷静になってる場合じゃない!


「おおおっ、降ろして下さいっ!」

「それでは、こうしましょう」


 しかもスルーだ。最低だ。変態だ。

 彼が僕の抵抗や抗議をも無視し、意地悪そうな表情を浮かべて言った科白は――やはり、最低な言葉だった。


「今日から、あなたは罪滅ぼしのため『コメット=ルージュ』として生きて下さい。いつの日か魔王様のお嫁さんになって、新しい命を育み、それからずっと先、魔王様の傍にいるよう」


 ……こいつ。

 今、脳内で何かが切れる音がした。ぷつんて。

 所謂お姫様抱っこで、妙に楽しそうな笑みを浮かべて、なんて理不尽なことを言うのか。

 そんなの、超アンフェアだ!


 異議ありっ!




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