第18話 騒がしすぎる朝食
柔らかな光が窓から差し込み、部屋の中を明るく照らし出していた。
僕が立つのはキッチンの前。色とりどりの食材が並べられ、調理されるのを今かと待っているよう。
僕はそんな中の一つを手に取り、鼻歌交じりに慣れた手つきで野菜を切っていく。
そしてそんな僕の隣では、アリセルナが生まれて初めての卵焼き作りに挑戦していた。
――そう、これはある爽やかな朝の風景。
何の違和感も説明も言い訳もなく勝手に僕の部屋に居座る傲慢な魔王城の住人たちのために、僕らは朝ご飯を作っているのだった。
「こんな感じでいいかしら?」
「あ、うん、おっけー。上手くできてる、美味しそう」
初めてにしてはとても綺麗に出来上がっている卵焼きを差し出され、僕はうんうんと頷いた。
アリセルナは嬉しそうに顔を綻ばせながらも、手際よく次に取り掛かる。
――アリセルナ、料理の才能あるのかも。
感心しながら、僕は作る量を計り始める。うーん、そもそも、今ここに何人いるんだっけ……? えーと……、全部で7人か。指折り数える。
ご飯に卵焼きに、サラダに味噌汁。
そんな簡素なメニューでも、こんな大人数だと大変なのだ。
まあ、僕は料理が好きだからいいんだけどね。
「こんなの、久しぶりだなあ」
「コメット?」
「あ、ううん。何でもないの」
思わず漏れた言葉を否定しながらも、懐かしく思う気持ちは変わらない。
こんな風に誰かと朝ご飯なんて、本当に久しぶりだ。
勇者として旅をしていた頃は、キナと一緒に作ったものだけど。それでアレスが一人でがつがつ食べてた。作ってないのに。まあ、美味しいって言ってくれたから嬉しかったけど。
ああ、何だかすごく懐かしいなあ。
と、いうか、僕は野菜以外のものを食べることすら久しぶりなのだが。
きっかけは、ヘタレさんの『他国からの珍しい食材ということで何か作ってみてはどうですか?』なんて言葉だ。
そんなことして大丈夫か? なんて最初は思っていたけれど、魔王城の人って実はかなり騙されやすい。騙されやす過ぎるだろと哀れになるほどには。
騙していいのかどうかは別としても、とりあえずこれで僕は堂々と料理ができるのだった。うん。……いいのかな。
「コメット、物知りね。記憶失くしたはずなのに、他国の料理知ってるなんて。すごーい」
そんな話を信じてくれる素直な君たちが大好きです。
「記憶喪失ってそういうものなのかしら?」
いや、まさかそんなはずないでしょう。
堂々と違うって言えないのが残念だけど、本当に素直な人たちでよかった。
本当に騙されるなんて思ってなかったんだけど。
てか、魔物たちの間に他国も何もあるのか? よく分からないぞ。まあ……、うん。とりあえず騙されてくれてありがとう。
「よし、次はっと」
サラダを作りながら、ふと思う。
ヘタレさん、どこから人間の食料なんて調達してくるんだ……。
あの人、本当に謎だなあ。
正体不明あーんど意味不明度ならぶっちぎり一位だ。僕が今まで会った中で、これほどわけの分からない人はいなかったと思う。
でも、そんなことを言おうものなら笑顔で死亡宣告をされそうなのでやめておこう。
……うん、真面目にサラダ作ろうっと。
「まだですかー?」
「あ、はい、もう少し待って下さーい」
あ、気付けばもう8時だ。時計を見て、ちょっと手を動かすのを早めた。
みんなお腹空いてるだろうなと思い、急いで作り上げていく。
――そして、遅れながらも、ようやく完成。
「お待たせしましたー!」
嬉々として言いながら、今朝のご飯を食卓へと運んでいく。
ご飯、味噌汁、卵焼き、サラダ。
そんなに豪華ではないけれど、ちゃんと栄養のバランスも考えてある。
ちょっぴり自慢げにテーブルに並べると、みんながみんな、興味津々にそれらを見つめていた。誇らしいけれど、ちょっと恥ずかしい。
「ほー、美味そうだな」
ディーゼルは感心したように頷き。
「コメット様、何でしょう、これ?」
エルナは不思議そうに首を傾げ。
「ほう、さすがコメットちゃんだねえ」
大して面識もないのに何故かちゃっかりいるファルノムさんは顔を綻ばせ。
「美味しそうですね」
ヘタレさんは普通に反応して。
「………。……」
魔王様は特に表情を変えなかった。
いや、予想してたけど。
「じゃあ、食べましょっ!」
アリセルナは嬉々として言う。
それを合図に、僕らは同じように両手を合わせた。
「いただきますっ!」
異口同音に、声を上げ。
みんな一斉に箸を取り、並べた料理を次々と食べ始める。
箸を使う習慣はあるんだな。じゃあ、いつも人間を箸で食べてるのか?
……うぇ、想像してはいけないことを想像してしまった。忘れよう。
それより、みんなの反応を確かめることに専念しようか。
「美味しい、何これ!?」
みんなは驚いたように顔を見合わせた。
美味しいと言ってもらえて、僕は少し嬉しくなる。
僕にはこんなことしかできないからね。
それを喜んでもらえたら、嬉しいに決まっている。
「美味しい? よかった」
「コメット! お前天才じゃねーか!」
それはさすがに言い過ぎだと思うが、それで喜んで貰えたならいいや。
僕も久しぶりに楽しんで作らせてもらったし。
みんなの嬉しそうな顔を見れば、それも僕で幸せだ。
「これ、何て言うんだ?」
ディーゼルが、味噌汁を指差し言う。
すると、僕が言うより前にヘタレさんが答えた。
「味噌汁、って言うんですよ」
……何で知ってるんだ。
つくづく謎だ、この人は。
今度聞いてみよう……笑顔で交わされるかもしれないけど。というかその可能性が高いだろう。
「ほー、そうなのか」
ディーゼルは興味津々に頷く。
他にも、みんなが聞いてきた料理や食材のことについては、ヘタレさんが次々に答えていった。
よくそこまで知ってるな、ということまで。
本当に謎だ。怪しすぎる。
「……あれ、魔王様? どうしました?」
ふと気付くと、魔王様はサラダを残している。
口に合わなかったのかなーなんて思っていると、魔王様はポツリと呟いた。
「……これ、きらい」
そう言って魔王様が指差したのは、にんじん。
「……にんじん、嫌いなんですか?」
こくり。
魔王様は頷く。
……意外だ。魔王様に好き嫌いなんて……まあ、あるのは当たり前か。でもにんじんって。にんじんって!
「魔王様、好き嫌いせず食べなきゃ駄目ですよ?」
「やだ!」
ヘタレさんの笑顔の威圧にも首を振って抵抗する魔王様。
……そこまでにんじん嫌か。
「こーら、魔王様っ。食べないと大きくなれませんよっ」
エルナは怒った様子で言う。
いや、魔王様大人なんですけど……。
「もう大きくならなくていい……食べない」
魔王様は、にんじんを食べる気はないようだ。
てか、食べた形跡がない。食わず嫌いか。
それだけは許さないぞ。
「食わず嫌いは駄目ですよ? 魔王様」
僕がそう言っても、魔王様は首を振る。
「食わず嫌いじゃない……」
食べたの? 箸つけた形跡が全くないんですが。
何かのトラウマ? うーむ。
「にんじんの何が嫌なんですか」
「色」
即答。しかも色。
何、色が嫌なの?
どういうことですか魔王様。この微妙な色が嫌?
「じゃあ、見ないで食べて下さい」
「それじゃ食べれない」
そこは根性で。
「とにかく、絶対嫌だ!」
魔王様はそう言って、部屋から走り去って行ってしまった。
……普通にテレポート使わないのな。
「あー……魔王様……」
さすがのアリセルナも、呆れたようにしている。
ディーゼルも、やれやれといったように。
ヘタレさんとファルノムさんだけは同じように笑っているが。何だこの人たち、同族か?
「色が嫌って……」
「不思議な人ですよね、ほんと」
笑いごとじゃないですよ? ヘタレさん。
「……はあ。ま、とりあえず、魔王様には何が何でもにんじんを食べてもらわないとですね」
とにかく結果的に、僕の心にはそんな野望が芽生えたのだった。
いつか、ちゃんと食べて美味しいって言ってもらわないと!
そう、何故か僕の血は騒いだ。何の血だか。
「じゃあ、私、にんじんの料理をもっと研究してきますっ!」
僕はそう言うと、部屋を飛び出した。
「……コメット、やる気ね。意味分かんないわ」
「あの人ってたまに意味分かんないですよね」
「魔王城で一番意味分かんないだろ、あいつ」
「コメット様はちょっと意味の分からない人ですよね……失礼ですが」
「その意味の分からない行動が魅力なんだよ」
意味分かんない奴とレッテルを貼られているのも知らず。
てか、貶されてんの?
「ぐす……っ、にんじんなんて……絶対やだ」
魔王様、色でにんじんを嫌わないで下さい。