第17話 暴走少女VS変態
わりとカオスな内容になっております。
お気を付け下さい。
たくさん泣いて、泣きやむ頃には二人とも目のあたりが腫れていた。
泣きやんだのは、もう泣く気力も残っていなかったという理由だけ。
それでも何となく気持ちが晴れたような気がしていた。
「コメット……ごめん、ね」
「ううん、私の方こそ……」
謝り合って、今度は二人で笑い合う。
その行為に意味があるかと問われれば、NOと答えられるだろう。
ただ、何となく笑っていた。
「ねえ……、私、今のコメットだって好きなんだからね? だって、前より可愛くなったわ」
可愛くなった?
それが嬉しいかどうかは微妙だが、『好き』と言ってもらえるのが嫌なわけはない。
嬉しくなって、にっこりと微笑んだ。
「私も、アリセルナのこと大好き」
「な……っ、何言ってんのよばかっ」
ばしばしと叩かれ、僕は頭を押さえる。
「いた、痛い痛いっ」
「軽々しくそういうこと言うんじゃないわよー!」
先に言ったのはどっちさ、と唇を尖らせる。
アリセルナは顔を赤くしてまた僕のことを叩いた。痛いよ、アリセルナ。
いやっ、え、あ、てか、君本気で叩いてるでしょ? 痛い痛い、痛いから!
「ばかばかばかー! 私だってあんたのこと大好きよばかー!」
それが言いたかっただけか、と苦笑する。
ポカポカと叩かれても、さっきより力が弱いせいかあまり痛くない。
アリセルナったら真っ赤。面白い。
「もう、コメットってば……っ!」
笑いながらまだバシバシと叩いてくるアリセルナ。
何だか可笑しくて、笑った。
何が可笑しくて笑っているのかも分からないけれど、それでも笑っていた。
そうしてじゃれ合っていると、突然ドアが開いた。
「あのー、すみません……って、何してるんですか」
予想通り、ヘタレさんだった。
まあ、ノックもしないで女の子の部屋に入ってくるのはこの人ぐらいなもんだ。
いや、今ノックしていたらしていたで、僕の部屋に入るときはどうしてしないという疑問が発生するが。
「……あの、ノックもなしに部屋に入ってこないで下さい」
「それがポリシーです」
そんなポリシー今すぐ捨てろ。
「で、あなたはどちら様ですか。ああ、答えてもらわなくて結構です、分かってます。乙女の部屋に無断で入ってくるような変態ですよね」
「……乙女がどこにいるんですか?」
「分からなければ今すぐ昇天なさって下さい」
そんな言葉のキャッチボールではなく容赦ない暴言のぶつけ合いをアリセルナはオロオロしながら見ている。
でも、僕はここで食い下がるわけにはいかなかった。プライド的に。
誰がこんな変態に負けるか、という意味で。
「あの、それより私はコメットさんに用があって」
「私はあなたに用なんかありません」
「だからそうじゃなくて私があなたに」
「私はあなたに用なんかありません」
睨み合いが20秒間続く。
「とりあえず、コメットさん。ついてきてもらえますか」
「私はあなたに用なんかないって言ってるんです消えて下さい」
何故ここまで反発しているのか、自分でも分からない。
普段彼と話しているときは、もう少し穏やかだったと思うんだけど。
アリセルナにも迷惑をかけていると分かっているのに、僕は食い下がることができなかった。
「アリセルナ、あの人変態だから。逃げて」
「いや、あの、コメットさん?」
「あの人変態だから!」
手元にあった枕(アリセルナ使用)をヘタレさんに投げつけ、アリセルナにそう言う。
アリセルナは戸惑っていたようだが、こくりと頷いた。
「わ、私、人を呼ぶわっ!」
人を呼んだらさらに混乱しそうなんだが――それが賢明な判断なのかどうか。
でもそれは、分からぬままに終わった。
だって、ヘタレさんは、どす黒いオーラを出してドアの前に立っている。出られない。
「あのー、コメット、さん?」
声が低い。
絶対、怒ってる。
「私と一緒にお話ししましょうか……?」
ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。
その猫撫で声とは裏腹に、笑っていない目がこちらを見ている。
こあい。
何あの人。あれだけで犯罪級に怖いよおかーさん。
「うぁ、え、だ、だって、あなた……女の子しかいない部屋に飛び込んできた、から、私」
こうなれば最後の手段だというばかりに、僕はうるりと瞳を潤ませる。
あー、因みに、僕が女なのかどうかは各自で判断してもらいたい。
できれば突っ込んでほしいな、とか言ってみる。
「え……、あ、あの……」
ヘタレさんは僕を女と認識しなかったようだ。何か言いたげな目でこっちを見ている。
でも、さすがに効いたようで、何となく困った様子だ。
「そっ、そうよ! 女の子の部屋にノックもなしに入ってきて、そのままだと危ない人でしかないわ! 変態!」
アリセルナの不意打ち。
ヘタレさんにもの凄い精神ダメージを与えたようだ。
思いっ切り変態って呼ばれてるもんね。
さすがに言い過ぎかなとも思ったが、女の子の部屋にノックもなしに入り込んできた罪は重いぞ。
「変態ー」
僕も合わせて言う。
「変態!」
アリセルナも連呼。
いよいよ、事態の収拾がつかなくなったぞ。
「「変態!」」
「いや、あの……」
ヘタレさんは押され気味だ。
そして僕らは、暴走気味。
「変態めー」
「出ていけー!」
さらに。
「変態なんて処刑してやる!」
「今この場で死刑よっ!」
……なんてところまで行きついてしまった。
さすがにヘタレさんも困ったよう。
でも僕らはもう止まらない。むしろ、誰か僕らの暴走を止めてくれ。ヘルプミー。
「変態撲滅――」
「――うるさい」
僕がその先を言おうとしたところで、誰かの声に遮られる。
低い、聞き覚えのある声。
ゆっくりと振り返ると――そこには。
「「魔王様!?」」
僕は、アリセルナと同時に叫んだ。
そう、そこには魔王様がいたのだ。
「うるさい、と言っている」
少し不機嫌そうな表情で、魔王様は座っていた。
一体、どこから入ってきたんだろう?
勿論ドアからなんて入ってきてないし―――
「……魔王様。あれほどテレポートは使わないで下さいと言ったじゃないですか……」
「じゃあお前、そのまま撲滅されていた方がよかったか」
「……いえ」
テレポート使えんの!?
それは反則技だろう。
ヘタレさんは『またか』なんて顔をしているけど、そんなに頻繁に使っているのか。
「もう少し、静かにしろ。迷惑だ」
魔王様はそう言い放ち、ドアから出ていく。
……普通に出ていくんじゃないか。
そう思ってその姿を見送っていると、廊下の途中で魔王様の姿がふっと消えた。
「うぁ!?」
人が消えるなんて初めて見たので、僕はつい声を漏らす。
「魔王様、いつもあんな感じですよ」
ヘタレさんは呆れたように言った。
いつも……って、心臓に悪いな。
ヘタレさんは慣れているのかもしれないけど、心臓弱い人が見たら危ないかも。何の前触れもなく消えるなんて。
「あ、じゃあ、私もこれで……」
そう言って、そそくさと出ていこうとするヘタレさん。
が、僕は『待って下さい』と彼の肩をつかんだ。
「な、何ですか」
「いや、あの。つまりね、魔王様の言い方でしたら、静かにしてればいいんじゃないかなーと」
僕は、にっこりと笑う。
ヘタレさんにはどうしても罰を受けてもらうつもりだった。
だって乙女の部屋に侵入したんだよ? その罪がどれだけ重いと思ってるんだ。
「静かに存在排除すれば、気付かれないんじゃないですか?」
「……いえ、あの? こ、コメットさん?」
僕の黒いオーラに押され、ヘタレさんがじりじりと下がる。
でも、僕もじりじりと追い詰め。
「じゃあ、アリセルナ、変態撲滅再開しよっ♪」
「ええっ、撲滅ね!」
「ちょ、ちょっとーっ!?」
―――その後、ヘタレさんの悲鳴によって再び魔王様が召喚され、僕らが怒られたのは言うまでもない。