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第16話 雨、空の涙

 ザァァ、と突然降り出した雨に、僕は急いで城へと駆け込む。

 急いだといっても、庭の奥から走ってきた僕は見事にびしょ濡れ。

 頭も服も濡れちゃったな。

 どうしようか、と考えながらうろうろする。

 このまま部屋に帰るわけにもいかないし……。


「あ、コメットじゃない!」


 そこに何と、天使エンジェル降臨。

 アリセルナだ。


「アリセルナ! いいところに。ねえ、助けてくれない?」

「は? た、助ける? 何であんたなんかを……」

「お願いっ」


 両手を合わせて頼むと、アリセルナはツンと横を向いて。


「し、仕方ないわね。いいっ、助けてあげたくて助けてあげてるわけじゃないんだからね!」

「はいはい、ありがとー」


 そう言って、タオルをくれた。

 それから、部屋から持ってきてくれた服も。

 何だかんだで優しいなあと感心しながら、僕は頭を拭く。

 んー、髪が長いから大変だなあ。

 腰まで伸びた髪を丁寧に拭きながら、ふと顔を上げると、アリセルナが悲しそうな目で僕を見ている。

 どうしたんだろう。


「……えっと、何?」

「え? いや……あんた、前とは随分性格変わったなぁと思って」

「へ? そ、そうなのかな」


 ポツリと呟くアリセルナに、僕は大袈裟に首を傾げてみせる。

 が、心の中では、そりゃあ当たり前ですがな、と突っ込みを入れた。

 だって、人違うもん。

 変わんなかったらそれはそれでミラクル。


「何か、私の知ってるコメットじゃなくなったみたい……」


 うん、それは確かに。心の中でうんうんと頷く。

 目の前にいるのあなたの知ってるコメットじゃないですから。


「記憶喪失って、そんなものなのかな。何か寂しいけど……あんたの方が大変なのよね」


 寂しそうに言うアリセルナに、僕は罪悪感を覚えた。

 ――この子は、僕を『コメット』なんだと……そう、信じているんだ。

 それが不本意な選択だとしても、騙していることには変わりない。

 心が、チクリと痛む。

 が、突然アリセルナの表情はパッと明るくなって。


「あっ、そう、そうよ! ねえ、あんた記憶喪失になってから私の部屋に来たことないわよね。私の部屋に来ない?」

「えっ? い、いいけど……」


 突然の誘いに、僕は驚きながらも頷く。

 アリセルナの部屋って、どんなんだ?

 できれば嫌な思い出のある“ピンク”の部屋はやめてほしい……なぁ。


「ほら、こっちこっち!」

「ちょっ、ひ、引っ張んないで……っ」


 さてさて、僕は引きずられてアリセルナの部屋に連れていかれましたとさ。

 ちょっと、あの、着替えてないんですけど……

 ……まあ、一応拭いたし、大丈夫か。




 ◇




 ―――綺麗に片付いた部屋の中、僕が思うことは一つ。

 うわぁ、神様、どんだけ僕のことが嫌いなんだ。

 一面ピンク。ピンク。ピンク。

 既視感デジャヴだ。泣きそう。


 床も壁も天井も家具もカーテンもきっちりと並べられた服もピンク。

 目が痛いよおかーさん。

 アリセルナ、そんなに僕を地獄に突き落としたいか。


「……一面ピンク、だね」

「え? あ、ああ……な、何よっ。本はと言えば、あんたがお揃いにしようなんて言うから、私はこの部屋をピンクにしたんだからねっ!? 勘違いしないでよね!」


 焦って声を荒げるアリセルナ。

 いや、あの……じゃあ、元凶はコメットか。

 怒るに怒れないじゃん。何だよこれ? 何でこんなにピンク好きなの?

 別に僕だって、ピンクというその色が嫌いなわけじゃない。でも僕は、何だかすごく泣きたくなった。

 何でピンク。どうしてですか神様。本当に泣いちゃうよ?


「もう……とりあえず、座ってよ」


 僕は椅子を勧められ、渋々座る

 椅子までピンクなのは目に入らないことにしよう。うん、入らない。


「はい、お茶」

「あ、ありがとう」


 手渡されたお茶をすすりながら、僕は何かを探している様子のアリセルナを目で追う。

 『どこにしまったっけな』と呟くアリセルナの背中は、何となく寂しそうだった。


「あ、ほら、これこれ。見て、3年前に私とコメットで撮った写真」


 そう言って差し出されたのは、この部屋の写真。

 お揃いの服を着た少女二人が、真ん中に写っている。背景は、やっぱりピンク。

 右がコメットで、左がアリセルナ。コメットは今と同じ腰まで伸ばした金髪を、アリセルナは今より少し長い、肩の下まで伸びた金髪を同じく一つに縛り、満面の笑顔で写っていた。

 ……その笑顔はきっと心からの笑顔。幸せそうだな、と思う。


「これね、ディーゼルに撮ってもらったのよ。―――この日、私の誕生日で」


 誕生日、か。幸せそうなわけだ。

 仲良さそうに写る二人は、きっと一番の親友だったのだろう。


「この写真をずっと宝物にしようねって約束してた」


 写真を持つアリセルナの手が、少しだけ震えている。

 彼女も、信じずとも何となく気付いているのかもしれない。

 今目の前にいるのは、自分の知っている『コメット』という存在ではないことを。


「―――ごめんね、あんたにこんな話しても仕方ないわよね。記憶喪失なんだから、私のこと覚えてないのも当たり前」


 アリセルナはさっと写真をしまう。

 今ここにいるアリセルナは、幸せそうな表情などしていない。


「……あのね、私の知ってるコメットは、もっとワガママで、強気で、自分勝手で、臆病だったの」

「……うん」

「勿論、その高飛車な性格を嫌う人もいたわ。でも、私は好きだった……」


 その言葉は、僕の存在を否定する。

 僕という存在を、壊していく。

 でもそれも仕方がない。その幸せを壊したのは、きっと僕。壊されて当たり前の存在。


「……分かってる。こんな話しても、あんたを困らせるだけだって。でも、話さずにいられないの。ごめんね、気を悪くしないでね」


 謝らないで。

 謝られると、悲しくなるから。

 何で? 分からない、でも悲しいよ。


「あんたは、私の知ってるコメットじゃない……誰か、違う人みたい」


 彼女の言っていることは間違っていない。

 僕はコメットじゃない、全く違う人間。

 だから―――いいんだよ。責めて。アリセルナは、間違って、ない。


「……ごめん……なさい」

「あ、あんたは悪くないわよ! 私が勝手にそう言ってるだけで、謝るべきなのは私―――」

「ごめんなさい……わた、し」


 ぽとり。大粒の涙が一粒、零れ落ちた。

 何でこんなに悲しいのか分からない。

 僕はここにいちゃいけないんだから、元々ここにいたわけでもないんだから――仕方ないのに。当たり前のことなのに。

 でも、涙が流れるのを止められるわけでもなく、目からは止め処なく雫が零れる。

 悪いのは、きっと僕。


「な、泣かないでよ! あんたは悪くないの! あんたが泣くと私も悲しくなるんだからっ」

「ごめ……っごめん……なさ、い」


 ただただ謝る僕に、困惑するアリセルナ。

 僕だって、困らせたいわけじゃない。でも涙は止まらない。

 彼女を騙している。彼女を困らせている。彼女を心配させている。彼女に寂しい思いをさせている……。

 考えるとまた止まらなくなるんだ。僕が、彼女の幸せを奪ったのだから。

 僕は、とても重い罪を犯したのでしょう。


「もう……っ、泣かないでって言ってるのに〜……っ! わ、たしまで悲しくなっちゃうでしょ……」


 アリセルナも、とうとう僕と同じように泣き出した。

 僕はそれ以上謝ることも、泣きやむことも、慰めることもできずにただ泣き続ける。

 アリセルナと一緒に、たくさん泣いた。

 涙が枯れるんじゃないかと思うほど。


 二人で、一緒に。

 空から降る雨と同じくらい、泣いた。




「う、ぅっ……泣きやんでって言ってるでしょっ、コメットのばかっ」

「あ、アリセルナだって、な、いてるくせに……っ」




 僕らはその罪の重さに涙して。

 空は、何が悲しくて泣いているの?


 ねえ、泣きやんでよ……。




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