第15話 変えられていく世界
確かに空を見上げれば、太陽の光は眩し過ぎて。
目を瞑らなければいけないほど。
僕は、何も言えなかった。
何も言わず、浄化の光を降らせ続ける太陽を見上げることしかできなかったんだ。
守られている、とても幻想的で穏やかな空間なのに。
何でだろう?
魔王様は、悲しそうだ。
そう見える僕がおかしいのか。
それとも、魔王様は本当に悲しんでいるのだろうか。
「……魔王様……」
その後の言葉は続かない。
僕は、俯いて考える。
どういう言葉を紡げば、彼を傷付けずに済むのだろうかと。
「……ここには、よくいるから」
魔王様はポツリと呟いた。
「もし、お前も何かあったら来い」
振り返りもせずに、それだけ言って魔王様は出ていく。
待って、なんて僕は言えなくて。
その後姿を見送ることしかできなかった。
魔王様に、一度でも笑ってほしかったのに、僕にはそれはできないのだろうか。
そんな切なさも知らんぷりするように、虎次は僕の膝の上で気持ちよさそうに眠っている。
「……ねえ、紫雲」
そっと背中を撫でてやると、紫雲は身じろぎをした。
眠いのかな。陽気が気持ちいいもんな。
僕は、そんな紫雲にそっと問いかける。
「魔王様のこと、どこかで見たことある気がするんだ……。どうしてだろうね」
その疑問は、答えを返されぬままに消えた。
◇
何で、だろう。
要らぬことを、話してしまった。
魔王は、闇の存在。
誰にも頼ってはいけないのに。
そう、誰もに言われていたのに。
なのに、何故。
今までは、誰にも話したことがなかったのに。
自分のことなんて、一切。
どうしてなんだろう……。
「魔王様?」
「……ヘルグか」
相変わらずにこにこと笑っているそいつを見ると、何故か毎回顔をしかめてしまう。
別に、彼も楽しくて笑っているわけではないと知っているけれど。
「どうした?」
「いえ……お部屋にいらっしゃらなかったので。まあ、いつもの場所にはいると思っていましたけどね」
あの庭の奥、紫雲のことを知っているのは、今までは私とヘルグだけだった。
ヘルグには、確かもう7年も前に教えたはずだ。
捨て子で独りだった、少年に。
「ただ、あなたはいつもテレポートを使っているでしょう。できれば、魔法の乱用は控えて下さいね? ……もう、いつまでもつか分からないのですから」
「――そう、だな」
小さく頷くと、ヘルグは曖昧に笑って踵を返した。
分かっている。彼が心配をしてくれているのも、心配させないためにも魔法を控えなければいけないということも。
でも、すぐにやめようと言ってやめられるものでもないのだ。
魔法は、この世界を回す重要な要素だ。
――未来にはなくなったとして、今はなければならないものだから。
「私は……世界を、回さなきゃならない」
それも、魔王の使命。
この世界【ラグナロク】は、光、闇の力を受け、魔、聖の力を放出して回る世界だ。
私はその闇と魔に属する存在。
『魔王』は闇としての宿命を。
『勇者』は光としての運命を。
かつては、そんな存在だったという。
けれど、最近は違う。
『魔王』は悪。
『勇者』は正義。
勇者は魔王を倒し、英雄と称えられる。それこそ人々の憧れとして、世界の頂点へと立つ。
魔王は悪として人々に嫌われ、魔物という異形の存在とともに世界の隅へと追いやられた。
元々はそんな存在ではなかったというのに、何故人々は魔物を悪と決めつけるのだろう。
どうして勇者は英雄と崇められる? どうして魔王を倒さなければならない?
歴代の『魔王』が、何をしたというのだろう。
その称号は、世界を回す一角の者に与えられる名だというのに。
どうしてだろう。
――世界には、魔王退治に憧れ勇者を目指す者も多かった。
今まで私が魔王を名乗ってきた数年間で、もう何人もの勇者がここに来たことだろう。
50人には上ると思う。
その勇者はみんながみんな、私を恨んでいた。
いったい、私が何をしたというのだろう? 覚えのない恨みばかりで。
……きっと、下級の魔物が村を襲っていたのだろうと思うが。
でも、魔王は全ての魔物を従えているわけではない。せいぜい、魔族くらいだろう。
全て私の責任にされても、困るのに。
――でも……、もしかしたら、私の責任なのかもしれないな。
何と言い訳しようと、その沢山の勇者を殺したのは私だ。
人々に恨まれるのも、仕方がないと思う。
それに、全ての魔物を従えられないのも、私に力がないせいで。
そうだ、私のせいで世界は変えられていく。
「……空が泣いている……」
そろそろ、雨が降る。