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第148話 手に入れたもの

『私が見つけたもの』シリーズ二話目、ヘタレさんと一応コメット。

時間軸はだいぶズレますが、コメットが目を覚ます前の話です。

 太陽が傾ぐ。斜陽が窓を抜けて部屋の中を照らした。夕焼け色に染まる寝台の上では、一人の少女が、4日前に倒れたきり今もなお昏々と眠り続けている。

 彼女に飽きることなくずっと付き添っていたこの城の主は、今は無理やり寝台に叩き込んできた。起きてきたらまたどうせこの部屋に来て彼女を見守り始めるんだろう。今さら止める気にもならないが、少しは自分の身体のことも心配してほしい。仕事にならなくなるのはこっちなのだ。そう毒づいてみるも、原因というのは今眼前で眠り続ける少女のせいで。


「――全く、いつになったら起きるんですか」


 身体に異常はない。いつ目覚めてもおかしくない。

 そう診断された彼女は、しかしそれからも目を覚まさなかった。……原因は精神的なもの、なのかもしれない。彫刻のようなその白い顔からは、何も読み取ることはできないけれど。

 魂喚び。

 彼女が行使したのは、そう呼ばれる古い呪術だった。愛する人の口付けにより、肉体から離れてしまった魂を呼び戻す術。……もちろん、ある程度の魔力があることと、一定の条件下にあることが前提になっているが。

 彼女はその業を行使し、愛する人の魂を呼び戻すと同時に、おそらく自分の魂をも肉体から切り離そうとしたのだ。


「…………」


 燃えるような色に照らされ、白い頬にさっと赤みが差す。それでも彼女が目覚めることはなかった。

 コメットと呼ばれる、たった一人の存在。

 元々それは――ある一人の、魔族の少女のことを指し示していた。魔族一とも言われるほどの美人で、魔王様の婚約者であり、たったそれだけの幸せな少女。

 いずれは魔王様と結ばれる予定だった。二人とも、それを受け入れていた。魔王様はけっして口にはしなかったけれど、彼もその少女のことを好いていた。

 目を閉じる。思い出す。はるか遠いあの日々を、まるで走馬灯のようにして。

 幸せな日々だった。周囲にしても、本人たちにしても。

 幸せな日々だっただろう。何物にも代えがたい、幸福だっただろう。

 しかし、それはある日を境に崩れ去る――


 勇者が来た。


 人間の国から勇者が送り込まれてくるのは、しばらくぶりのことだった。人間の国の間で小さな争いがあったらしく、魔王城の住人たちはしばらくの間平和を享受していたのだった。

 しかし、そんな平和に慣れてしまった住人たちは、その知らせを聞いた時、すぐには対応できなかった。混乱し、逃げることにも一苦労、勇者の恐ろしさを理解できない者さえいた。

 唯一幸いだったのは、その勇者一行が無駄な殺生を好まなかったということか。

 勇者一行は怯える魔族たちに危害を加えることなく、ただ一直線に魔王様のところへと向かっていった。おそらく彼らは大半の人間と同じく、魔王様を諸悪の根源と認識していたのだろう。当時はそれがどうしようもなく腹立たしかったが、しかし……住人に手出しをされなかったのは有難かった。

 住人たちの逃げる経路を確保し、誘導したあと、勇者一行の戦士と魔道士に出くわした。そこを避けるならわたしたちはあなたに何もしない、と言われた。しかしそんなことができるはずもない。殺した。弱くはなかったが、魔法に耐性のない戦士とか弱い魔道士では分が悪かった。もう一人、勇者と呼ばれる彼らのリーダーがいたらどうなっていたかは分からないが。

 しかし彼は既に、単身で魔王様のところへと辿り着いていた。

 魔力量から言うと、はっきり言って相手にならなかった。悪いが魔王様の比ではない。勇者は魔法剣士らしかったが――おそらく、魔王様に一撃も加えることはできないだろう。だから大丈夫だと思った。大丈夫だと、そう、慢心していた。……だから、事が起きた時、何もできなかった。

 ――本当の敵は、勇者などではなかったのだ。

 勇者と魔王様が対面してから数分。そろそろ決着も着くかと思ったその時、突如、禍々しい魔力を感じた。瞼に熱を覚える。嫌な予感がした。それは、禁断とされている魔法の前兆だった。

 危ない、と思った。魔王様ではない。いくら禁断魔法といえども、彼は魔法の腕では他の追随を許さないのだ。危ないのは――狙われたのは、彼の婚約者であるコメットだ。

 私はすぐに魔法で彼女の場所を割り出し、そこへ向かった。庭だった。皆が皆避難した中、何故彼女だけがそんなところにいたのかは分からない。……そしてそれは、永遠に分からなくなってしまった。


 彼女は『勇者』だった。


 第三者(だれか)が唱えた禁断魔法により、魂を入れ換えられてしまったのだ。おそらく、勇者(かれ)が死ぬ直前に。

 目の前が真っ暗になるような感覚を覚えた。……守れなかった。自分の主の婚約者である少女を。主が誰よりも大切にしていた、その、少女を。


 ……本当は、殺してやりたかった。


「……おかしな話ですね」


 殺してやりたかった。目の前の少女も、ふがいない自分も。あの時は何もかもが終わって――滅茶苦茶になって――世界が崩れていくのを感じていたというのに。

 今は、その少女が目覚めないことで、世界がぐらつくのを感じる。……あんなにも強く、殺してやろうと誓ったにもかかわらず。

 『勇者』になった少女――いや、少女になった『勇者』は、それでも、周囲の人を魅了していった。その姿を魔族に変えてもなお、人間だった頃に持っていたのだろう強さは変わらなかった。強い瞳をしていた。親しい者に正体がコメットの仇であることを知られてもなお、『勇者』が……彼女がこの城の仲間だということは変わらなかった。

 抱いていた殺意が、違う感情に変わった。

 それはおそらく――魔王様も、だっただろう。


 大好きだった少女。それを奪った『勇者』。正確に言えば、大本は地底を統べる王であるサタンなのだが……しかし、『勇者』が来たせいでそうなった、とも言える。

 恨まずにはいられないはずだった。それがたとえ、誰よりやさしい魔王様だとしても。恨んでいたはずだった。大切な少女を奪われたのだ。そこにはたしかに、憎しみがあったはずだった――


「……勇者さん」


 そっと少女に呼びかける。返事はない。白い頬に触れれば、生きているか死んでいるかもわからないほどの体温。

 ……でも、魔王様は結局、貴女を好きになってしまった。

 見た目の問題ではない。彼女はたしかに魔族一の美人と謳われるほどの美貌の持ち主だが、しかし、それ以上に。

 ――あの日凍りついた魔王様の心を、貴女はいともたやすく溶かしてしまったんです。

 笑顔が増えた。人とかかわるのを拒まなくなった。会話が増えた。会話の中に、彼女の名前がたくさんあった。

 彼女が来てからの魔王様の変化は、私から見ても分かるほどに著しいものだった。

 失ったと思ったものは、新しい幸せを携え、違う形で現れたのだ。……だから、私は。


 今貴女が目覚めないことが、何よりも、怖い。


 たしかに魔王様は、コメットという――けっして貴女ではない少女を愛していました。そしてきっと今も忘れられていないでしょう。それは事実です。

 しかし、今彼の隣にいるのは貴女だということに、どうして気が付かないのでしょう? 彼が今一番恐れているのは、貴女を失うことです。貴女がいなくなったら、彼は今度こそその心を氷に閉ざし、二度と笑わなくなる。誰にもその心を癒すことは叶わず、彼は生涯を闇に投げ出すことになるでしょう。

 彼を支えられるのは、貴女しかいない。……いないというのに。


「……だからいい加減、起きてください」


 大寝坊もいいところだ。そう愚痴をこぼしてみても、彼女の表情には変化がない。

 起きてください。何をしてるんですか。……起きてもらわないと、困るんです。

 私が尊敬する、仕えるならこの人しかいないと決めた主の、たった一人の大切な人。

 ――そして、私にとっても。


 貴女は知らないでしょう。魔王様が貴女をどれくらい大切にしているか、そして、私が貴女をどう思っているかさえ。


「好きです、コメットさん」


 私は、誰かが部屋のすぐ外にいるならば聞こえるだろうと思うくらい、朗々と告げた。

 ――きっと、これが最初で最後の告白になるだろう。

 いつものように茶化したりはしない。……相手が眠っているから、と言われればそれまでだが。

 本当は、ずっとずっと好きでした。殺意が形を変えて頭をもたげるくらいに。魔王様が貴女を大切に思うばかりではなく、私自身も、貴女が愛しいと思いました。

 おかしなあだ名をつけられ浸透させられたり、変態扱いされたり、……まあ色々しましたけど。

 それでも、そんな貴女がどうしようもなく好きでした。……好きだから。


「だから貴女は、どうか、魔王様と幸せになってください」


 ようやく手に入れた、ありふれたような幸せ。好きな人がいて、大切な人がいて、笑顔があって。

 二つの血が混ざったこの身でも手に入るとわかったから。……大切だから、守りたいんです。


 ――私はこの後、魔王様を裏切ります。


 冗談ではありません。けっして許されない裏切りです。彼を守るためとはいえ……そんな言い訳ひとつで逃れられるほど生温い罪ではないでしょう。

 それでも私は、彼と貴女の未来を望みたい。貴女たちが築く、幸福な世界を。魔王様に自分を犠牲にさせたくはないのです。あの人は誰よりもやさしいから……誰かのために、ためらいもなく命をなげうってしまう。私はそれが辛い。

 だから、私は魔王様を騙してでも、この手でサタンを殺します。たとえ刺し違えることになろうとも。

 魔王様と貴女が幸せになってくれたら、私はそれで、幸せですから。


「……さようなら」


 魔王様の隣にいるべきなのが貴女であるように、貴女のそばにいるべきは私ではありません。そろそろ寝台に投げ込んだ魔王様も目を覚ます頃でしょう。

 だから早く貴女も目を覚ましてくださいと、それだけ言い残して扉を開ける。伝えたいことは伝えた。もう……ここに留まる理由がない。

 そう思って部屋を出ようとした、のに。


「……ヘタレ、さん」

「え?」


 突然耳に聞き慣れた声が飛び込んできて、思わず振り返る。勇者さん?

 しかしそこにいたのは変わらず、ベッドの上で眠り続ける少女。起きる気配など微塵もない。

 まさか寝言……だろうか。それとも、幻聴か?

 わからなかったけれど、それでも、その声はいつも通り優しくて。

 その呼び方も、声音も、優しさも。私が大好きな彼女のまま。


 ――ああ、そうか。


 私がどんなことを考えていたって、貴女はきっと、同じように笑うんですね。


「……また、来ますから」


 斜陽が目にしみる。ずっと欲しかった幸せが、もうこの手の中にはあった。

 一番じゃなくても、少しでも、貴女が私を思っていてくれるならそれで。

 だから、大丈夫。怖くなんてない。

 守りたい未来のために、振り返らずにこの道を進むことができる。


「……ありがとうございます」


 傾いた太陽が、地平線の向こうに沈んでいく。夜が来る。

 それでも今度こそ振り返らなかった。踏み出した夜がどんなに冷たく暗くとも、やがて朝は来るものだから。

 だから……次の朝が来るまでは、せめて、どんなに罵られても強くあれるように。


 その手は光に溢れている。

 どんな闇にふさがれても、いつか辿り着けるような気がしていた。







(きっといつかまた交わる。守るために壊す人)




闇ルートだけどヘタレさんはあくまで一時離脱。また再びパーティーに加わる日がくる……ようなこないような。可能性としてはありえなくない人です。気持ちはいつだってこっち側。

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