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第146話 祈り

「きれいな月」


 夜をまとった少女が呟いた。金色の髪に紅玉の瞳をうずめ、形のいい唇の端を吊り上げる。


「死ぬには、こんな夜がいいかもね」


 肌触りのいい上質のシーツを四肢に巻き付け、彼女は窓ガラス越しの月を見上げていた。

 その広い部屋には、彼女の独り言に答える影はない。

 ――否、いつもならいるはずだった。しかし今夜ばかりはいなかった。ただそれだけの話だ。

 今は、月明かりだけが息を潜めてその少女を見下ろしている。


「――もうすぐだから」


 少女は、語りかけるようにそう言った。もうすぐだから。その声音には、やさしさと安堵と苦痛と、少しばかりの寂寞が含まれていた。

 目を閉じる。開ける。それだけの動作を何度も繰り返して、少女は、言う。


「もうすぐ。……もうすぐあたしが、みんなを楽園に導くから」


 それは静かな誓いだった。もしかすると、祈りであったのかもしれない。

 ひとりきり白い部屋に取り残され、少女はそれでも下を向くことはなかった。

 ――そう、もう、9年前のようにはならない。もう二度と繰り返したりしない。そのために、この9年間生きてきたのだ。


「ぜんぶ、終わらせるから」


 はっきりと言い切って、少女は閉じていた瞼をゆっくりと押し上げる。

 悪魔のような紅い瞳が、その下から覗いた。


 ――それは、忌むべき『混血』の証。


 誰もが忌み嫌い、倦んだ罪の烙印。小さな罪が呼んだ落胤。呪われた血を示す真紅――それでも彼女は、その瞳で夜の空を見据えていた。

 隠すことなどできやしないのだ。盲目のまま、真実を見ずには人は生きてはいけないのだから。ならばあたしは、どんなに蔑まれようともこの目で全てを見届けよう。

 銀色の窓枠の向こう側、遠い空で月が弧を描いて笑う。いくら光を注げども、逆に宵の闇の深さを知るばかり。手を伸ばしても届きはしない。


 夜は深い。届かない朝の前で、祈りの声はつぶされそうなほどにか細かった。





 ◇





「ヘタレさーん?」


 呼んでみる。これで3度目のコール。……しかしやっぱり返事はない。ただのしかば、いやいや何でもないです。ただ単に留守にしてるだけですよね、わかってます。勝手に殺してごめんねヘタレさん!

 そんなわけでこんにちは。コメットです。ただいまヘタレさんの部屋の前にいます、ただし主人不在の。おいおいせっかく人が珍しく訪ねてきてやったっていうのに留守か? といかにも狭量なことを考える私ではありません。そんなことで機嫌を損ねたりしない心の広い私は思います。……しめしめ、今のうちにTNT爆弾で扉爆破して部屋ん中荒らしてやるぜ……!


「コメット殿! 何をしているのだそんなところで!」

「ひいぎゃあああああっ!?」


 しかしその瞬間後ろから声をかけられ、びっくうううう! みたいな効果音が付きそうなほどに私は高く飛び上がった。ややややましいことなんて考えてません! 心の中でそう弁解しながらおそるおそる振り向け、ば。


「え、あれ……ルーダさん?」

「む……一体誰だと思ったのだ。そのような聞き苦しい悲鳴を上げて」


 ……聞き苦しくてすいませんでしたね。

 ちょっといらっとしたので、その秀麗な眉をひそめる目の前のブラコン野郎の首を落としてやろうかと思った。しないけど。私は心が広いからね。ていうかルーダさん、久しぶりだ。日数的にはそんなに経っていないかもしれないが、色々あったせいでしばらく見ていなかった気がする。しかしそのムカつく顔は健在だ、非常に残念なことに。

 だけど久しぶりの再会は別に喜ばないことにして、私は彼に聞きたいことがあった。一体何かって? そんなのは決まっている。彼ならば知っているかもしれない、ヘタレさんの居場所だ。


「あの、ルーダさん。ヘタレさんの居場所知りません? 部屋にも魔王様のところにもいないみたいなんですけど……」

「むう、コメット殿もか……実を言うと、私もヘルグを探しに来たのだ。数日前から姿を見なくてな」


 しかしなんとも期待はずれなことに、ルーダさんも私が知りたかったヘタレさんの居場所は知らないらしい。……むう。

 あのヘタレさん崇拝の徒であるルーダさんが数日間も姿を見ていないなんて、ヘタレさん……雲隠れの術でも習得したのか。ついに。あの人ならいつかやるとは思っていたけれど。


「どうしたのだ? ヘルグに何か用があったのか」

「あ、まあ、その、……大した用事ではないんですけど……」

「大した用事ではない……? ……はっ、まさかヘルグの顔が見たかったというのか! 貴様! この私を差し置いて!」

「違います」


 そこは冷静に否定しておいた。変な誤解を招かないでください。本当に用事があっただけです。

 しかし私の冷たい声音をどう解釈したのか、ルーダさんは急に神妙な顔つきをして考え込むように視線を落とした。それから。


「まあ、……悔しいが、ヘルグがコメット殿の前に何日も姿を現さないということはないだろう。コメット殿が探しているというならなおさらだ。直に現れる、心配しなくてもいい」

「え、……ありがとうございます?」


 あれ、何で慰められてんだ私? 何をどう解釈したのこの人……いやたしかにヘタレさんは放っといてもすぐ出てくるだろうけどさあ。そこは気にしてないよべつに。

 それにしたって珍しい、この人が私に対してそんなことを言うだなんて。何か悪い物でも食べたのかと訝っていれば、ルーダさんはいきなりなにか決心したかのように顔を上げて。


「その、コメット殿!」

「はい?」

「わ、私は別に、コメット殿が義妹になることが嫌なのではないからな! だからその、ヘルグとの仲を遠慮しなくても――」

「違います」


 だから変な誤解を招くなっつーの。




 いつもより少し間違った方向にデレ風味増しのルーダさんのことは冷静に処理して(具体的にどうしたはヒ・ミ・ツかっこハートかっこ閉じ)、私は一人魔王城の入り組んだ廊下を歩いていた。

 目的はなくなってしまったけれど……、まあ、歩いてる途中でヘタレさんに会えたらいいなあなんて淡い期待を抱きながら、要はぶらぶら散歩してるってだけの話だ。あ、ついでにあとでアリセルナの部屋にでも行こうかな。アリセルナが近いうちに来てって言ってたし。

 そんなことを考えながら、何ともなしに歩いていた私は――


「ぶっ!?」

「おっと」


 背の高いなにかに、顔からぶつかってしまいましたとさ。ちゃんちゃん。

 ……まずい。人だ! どうやら私は、誰かの背中に思いっきり顔面から突っ込んでしまったらしい。これはいかんと私は慌てて頭を下げる。ちゃんちゃんとか言ってる場合じゃないから私ー!


「ご……、ごめんなさい! あの、私、ちゃんと前見てなくて――」

「ああ、何だ、コメットちゃんじゃないか! この出会いはもしかして運命かな?」


 ……は? 運命?

 返ってきた予想外の返答に何じゃそりゃあと思わずぱちくりと瞬いて顔を上げれば、――そこには。


「害虫……さん」

「久しぶりだね。しかし君は変わらず麗しい天使のようだ」


 ……ああ、なんだただの害虫か。謝って損した。

 目の前の色男はさらりと黒髪をかき上げ、恥ずかしがる様子もなくそんなことをのたまった。……今私がホウ酸団子を持っていないことが本当に残念でならない。久々の邂逅だというのにこんなに苛立ちを覚えるとは、さすが害虫さんだとでも言うべきか。褒めてつかわすからとりあえず私の視界から消えてくれ。


「最近姿を見なかったけれど、大丈夫だったかい? 僕は君のことが心配で夜も眠れなかったよ」

「はあ。そうですか」

「つれないね。でもそんな態度が――」


 以下省略。意識からシャットアウトしました、あまりにうざいので。

 ていうかこの人、ルルさんはどうしたんだろう? いつも一緒にいるのに今日に限っては一人きりだ。だから害虫さんだと気付かなかった、というのもある。……ふられたのか。ざまあみろ。


「うん? 妹はどうしたのか、という顔だね」

「…………」


 何故分かる。


「マイシスターなら最近忙しくてね。先の騒動以来、いち早い復興に向けて活動しているようだ」

「え……ルルさんが?」

「さすがマイシスターだと思わないか?」


 思います。さすがルルさん。この人の妹だなんて本当に信じられないね。いい加減お前も世のため人のために働いてみたらどうだ。


「でも、そうなんだ、ルルさん……頑張ってるのか」


 ぽつりと呟けば、害虫さんは誇らしげに胸を張って頷いた。別に誰もお前のことは褒めてないけどな。

 でもまあ、……妹のことを自分のことのように喜べる、というのは害虫さんの数少ない長所の一つかもしれない。そう、うん、数少ない。


「……私も頑張らなきゃな」


 ルルさんがどんな活動をしているのかは知らないけど、私もこんなところで油を売っている場合ではない。少なくとも害虫さん相手に。

 ヘタレさんには会えてないけど、彼に会う以外にもやることはある。できることはあるはずだ。……うん、よし。


「それじゃ、害虫さん。私はこれで」

「もう行ってしまうのかい?」

「はい。わざわざありがとうございました。ルルさんにもよろしく伝えてください」


 ぺこりと慇懃に頭を下げる。害虫さん自体には何もお世話になっていないが……まあ、久しぶりに顔見たし。べ、べつに他意はないんだからね! ……うん。

 調子に乗ってしつこく追いかけられても困るので、さっさと引き上げようと私は踵を返した。のだが。


「あ、ちょっと待って、コメットちゃん」

「はい?」


 しかしそこで呼び止められる。何だ何だと嫌々ながらも振り返れば、害虫さんはなにやら婉然とした笑顔で口を開き。……なんだろ、嫌なよかーん。


「――無理は、しないようにね」


 …………うん? あるえ?


「……えっと、……ありがとう、ございます?」

「いやいや。……僕が心配しているのはそれだけだよ。君は一人で抱え込んでしまうから、僕じゃなくてもいい、誰かに相談するように」

「え、あ、……はい」


 あれ。あれ? 誰だこれ。私今、誰と話してるんだ?

 そう疑ってしまうくらいに、その言葉は彼らしくなかった。……いやそう言ったら失礼か。でも、まさか、そんなふうに思われていただなんて。うざったいほどの愛の言葉を浴びせられることはあれど、そんなことを言われたことは今までなかったのに。

 ……心配、してくれていたのか。

 少し遅れて、胸にあたたかいものが広がる。


「……バルン、さんこそ。そろそろ、妹離れしてくださいね」

「それはなかなか無理な相談だな」


 小さく笑ってそう言うと、彼は少し困ったように薄い笑みを浮かべたまま眉尻を下げた。それから。


「それに、コメットちゃん。僕のことは害虫でかまわないよ。……その方が君らしい」


 ……うん、やっぱり彼は害虫さんだ。

 私は笑う。

 自分から害虫を希望するだなんて、そんな――



「それじゃ、そろそろ害虫からカシワマイマイにクラスチェンジしません?」

「……それは嫌だな」



 相変わらず、害虫さんは変で面白い、私の『友達』だ。





またもやお久しぶりです。久しぶりって言いすぎてもうなんだかわからない。本当はもっと早くに更新する予定だったんですが……予定は未定だから本当に恐ろしいですね(他人事)。


みなさまもう気付いているかもしれませんが、こっそり人気投票締め切らせていただきました。たくさんの投票ありがとうございました!

今回はカップリング投票でした。作者の私も予想していなかったようなカップリングを編み出してくださった方もいて、目から鱗でした(あれ?)

もしまだ投票してなかったのに!なんて方がいらっしゃいましたら、発表はまだ先になりますので、感想かメッセージで作者に伝えていただければ票数を加算しておきたいと思いますのでよろしくお願いします。ちなみにお一人様2カップルまで、ですよ!いやまあゆるいんでそれ以上でもかまわないんですけど!←



それから、これからの更新についてなんですが、お伝えしておきたいことがあります。


実は作者は、これでもいちおう来年受験生です。修学旅行から先日帰ってきて、いよいよ勉強に身を入れなければならない時期になってきました。

ですが、それじゃあ更新は今回で一旦ストップ~ではあまりに勝手ですので、今年中は変わらず更新を続けていきたいと思っています。そして最終章の手前まで更新してから、来年は更新を停止させていただくという形にしたいと思います。


まことに勝手な話なのですが、どうぞご了承くださいませ。

もちろん帰ってきた暁には必ず完結させたいと思っていますので、それまで待っていていただければ作者としてはこれ以上ない幸せです。


詳しいことは9月4日の活動報告に書いてありますので、気になる方はそちらへどうぞ。



……できれば番外編とかなんか書きだめして、来年ちょくちょく出せればいいな、と……そう思っています(´・ω・`)


いつもいつもすみません。付き合っていただければ、なんて虫のいい話なんですけど……

待っていてもらう、というより思い出した頃に覗いていただければそれで本望です。



ちなみに、お話としては次回から主人公以外の視点から主人公以外の思いを綴る『私が見つけたもの』シリーズ、全8話が始まります←


それからようやく動きがあって、サタン側も動き出して、最終章である地底国編が始まる!……はず!


そんなわけで、今年のうちに更新するのは地底国編前までです。

もう……ほのぼのとか……コメディはない、かな……うん。

今のうちに楽しんでおいてくださいね←


なにか疑問などなどありましたら、感想やメッセージ、活報のコメントなどからいつでもどうぞ。

それでは、報告でした。

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