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第144話 罪の名前

一旦場面変わります。今回は少し明るい回です。

 罪の名前なんて、星の数ほどにある。




 困ったな、と呟いて、ため息をひとつ落とす。

 窓を叩く大粒の雨は、しばらくやみそうもなかった。


「今夜は荒れるかもしれないな」

「本当ですね。全く、今朝まではあんなに晴れていたというのに」


 独り言に応えて、ひょいと覆いかぶさってくる影。……言うまでもない。ヘルグだ。

 執務中だというのに……、まあ、ヘルグは自身の仕事がひと段落したから来たのかもしれないが。いい迷惑だ。


「ヘルグ、重い」


 そんな気持ちをその一言に集約し、背中に張り付いてくる男に向けて放つ。

 ――勿論、そんなことでめげるような奴ではないことは分かっていたが。


「ひどいですね。せっかく様子を見に来て差し上げたというのに」


 案の定、ヘルグはくすくすと笑いながらそんなことを言った。

 ……差し上げた、って。最近、こいつもなかなか生意気になってきた気がする。元からか。


「いらない。別にもう倒れたりしない……」

「さて、本当にそうでしょうかねえ? 魔王様は無意識のうちに我慢をしてしまうところがありますからね。ほら、コメットさんからも差し入れが来てます、にんじんスティック」

「……それ、なおさらいらない……」


 むしろ口に入れた瞬間に卒倒する。栄養失調の方がまだマシだ。


「あ、魔王様、ひどいですね。コメットさんの愛がたっぷりこもってるんですよ? 羨ましいです。かなり羨ましいです。ほんっとうに羨ましいです」

「ならヘルグがもらえばいい」

「魔王様、最近切り返し方が上手くなってきましたね」


 くすくすとヘルグはまた楽しそうに笑ったが……、私は何も楽しくなどなかった。ただただ仕事の邪魔だ。早く出て行ってほしい、仕事がまるで進まない。倒れたり何だったりしたせいで、ただでさえも片付けなければいけない問題が山積みだというのに。……その半分が私の責任だったとしても。否、だからこそ、だ。

 そんな思いをわざとらしくため息に込めて吐き出すと、ヘルグは弧の形を描いた口元をさらに歪めた。


「まあまあ、復帰したばかりですし、息抜きをしながらゆっくり行きましょうよ? 何だかディーゼル君も最近は私の仕事を手伝ってくれますし、雇用も無事決定しそうです」

「……ディーゼルが?」

「ええ。彼は多分なかなかの才能があると思いますよ、意欲もありますし」


 それは意外だ。――いや、才能云々のことではなく、彼にその意欲があるということが。

 ディーゼルは今まで大して政治関係に興味も示さなかったというのに、どういう心変わりだろうが。……予測は、勿論ある程度はつくが。


「それに、あの案が採用された以上、早く事を進めなければいけませんからね」

「……なら、早く私を解放して欲しいんだが。仕事が遅れる」

「それとこれとは別です。魔王様には十分な休養を取っていただきたいですから」


 しれっとそんなことをのたまうヘルグ。……お前が仕事の邪魔をするせいで仕事が終わるのが遅れて、それに比例して休養の時間も現在進行形で減っているんだが。


「……それにしても」


 その“採用された案”が詳細に記された書類を人差し指で捲り、私は嘆息する。


「私を討伐したことにする……、か」

「随分と思い切った案ですよねえ。勿論、そんなことに腹を立てるような我が主ではないと思いましたが?」

「当たり前だ。私情を挟まず、良案に耳を傾けるのが私の仕事だろう」

「真面目ですね。私は魔王様のそんなところが好きですよ」


 何度も聞いた、その言葉。今さらどうする気にもなれない、私はただまたため息をついて流した。


「……早く、決着を着けるべきだな」


 何に、とは言わない。

 ヘルグも、言わずとも理解しているだろう。

 決着を着けるべきことなんて、一つしかない。


「……無理は、なさらないでくださいね。こうなった以上、止めることはできませんが」

「分かってる。……私にだって、譲れないものくらいある」

「その譲れないもののために、命を投げ出したりしないでください」


 ――何だ、悟られていた。


 ……分かってる。

 分かっている。頭では、痛いほどに分かっている。

 私だって……、そんなに、簡単に、命を投げ出したりはしない。したくない。

 私の死に確実に傷付く者がいて、涙する者がいる限りは。


 それでも。


「……巻き込みたく、ないんだ」


 ヘルグに投げ掛けたわけではない、ただの独り言。

 窓を叩く雨の音に呑まれるほどの。


「私情を挟むべきじゃない。王としての決断を下すべきだと思う。だけど……」


 目をつむる。聴覚ばかりが鮮明になる。

 手にしたペンを握る力に、つい、力がこもった。


「彼女が傷付きそうになった時、私は、魔王というただそれだけの存在でいられなくなる」


 ――ああ、いっそ、名前も知らないその罪のために、罰してくれればよかったのに。





 ◇





「さてさて皆様、こんにちは! 今日もお元気ですかあ? DJグレーテルです!」

「ま、誰が元気だろうと元気じゃなかろうと、今日もお天道様は昇って沈んじまうがな! それならてめえらテンション上げていけよ? DJヘンゼルだ!」


 ……まあ、展開がよく分からないけど、とりあえずスルーしよう。スルーしよう。スルーしたい。スルーさせてくれ。

 こんにちは、無理だと分かりつつ今日も今日とて現実逃避中ですコメットです。……勇者? 何それ美味しいの? 前と反応が違うとか言わない。弾き飛ばすよ。


「さあさあお疲れ気味の皆様に朗報ですよ! 大人気につき3回目の登場、今日のゲストコメットさんでーっす!」

「みなさんおはようございます、コメットです! 今回3回目ということですが、今日もどうぞよろしくお願いしますね!」


 ――しかし、前言通り3回目ともなれば慣れてくるもので。

 ……たとえ、2回目までと多少環境が違おうとも、多少どころではなく違おうとも、そもそも人すら違おうとも――




 うん、今日も元気に甘党宣言です。




「さてとお前ら、最近どうも元気がねえみたいだな? 活気ねえぞ? 糖分足りてねーんじゃねえのか? 糖分不足で死ぬぞ」

「あは、そうなる前に糖分はちゃんと補給しましょうねっ! たとえばほら、コメットさん、最近魔王様といい感じみたいじゃないですか?」

「え? えー……と、そうですねー……、お前がいなくなったら困る、とは、言われましたけど」

「きゃー! ほらほら聞きました皆様ァっ? 甘いですねえ甘ったるいですねえー! 砂吐きそうなくらいの糖度です! でも私も言われてみたいもんですよそんな科白、勿論運命のお相手さまに!」

「んなもん一生現れねーだろうけどな。何なら俺が言ってやろうかグレーテルさんよ?」

「いえいえ結構ですよヘンゼルさん! 貴方と私はただの腐れ縁! そんな素敵に王子さまな科白、あまりに甘すぎて私ヘンゼルさんのこと殴っちゃうかもしれません!」


 目の前で戯れなのか本気のケンカなのかよく分からないトークを繰り広げる二人、勿論、ラジオ甘党宣言のDJだ。

 ……え、いつの間にDJが二人に増えたのかって? そりゃあ……、……私にもよく分からない。気が付いたら増えていた。最近のことだったと思う。うん、きっと。そもそもDJって二人必要なのか? ……まあ、人気みたいだからいいんだけどさ。うん。いいけど……。


「というわけで、今日は恋のお話をたっくさん紹介しますね! 悩める可愛い片思いから熱々カップルの惚気話まで、どうぞ皆様お付き合いくださーい!」


 ――こっちがDJグレーテル、言うまでもなくエルナだ。

 その声の可憐さからか性格とのギャップからか、最近ではヘタレさん曰く『彼女にしたい女の子ランキング』3位まで上り詰めているという。……突っ込みどころはたくさんあるけどあえてスルーしよう、うん、あえて。ミンナモスルーシテアゲテネ。


「ま、優しい俺らがてめえらの下等な恋にアドバイスなり何なりくれてやるから、耳かっぽじってよーく聞いてろよ?」


 ――そして、こっちが新しいDJ、ヘンゼル。……そのまんまの名前だとか言わない。私も思ったから。

 中の人? そりゃあこの口の悪さを考えれば分かるでしょう、勿論例のストーカーことデュレイだ。

 ……え? 何で奴がいるのかって? それこそ私の知りたいことである。こいつ、死刑囚だったんじゃ。ていうか初期からキャラ変わりすぎですよね。本性こんなに荒いんですか。最低ですね。帰れ虫けら。

 しかしその割に人気はある、らしい。……何ですか、魔王城の女の子はこんな鬼畜で外道な悪魔が好きなんですか? 道を踏み外したいんですか。全力でやめておいた方がいいと思うんですが。全力で泣き寝入りするはめになりますよ。


「さてさて、一つ目はラジオネームヘンゼル大好きさんから! あらっ、早速ヘンゼルさんモテちゃってますよっ、よかったですねイントゥザ空気にならなくて!」

「ちっちっち、残念だが俺にはもう可愛い思い人がいるんでね。それでもよければ抱いてやろうか?」

「きゃーなんて大胆なこと言うんですかヘンゼルさん! 吹き飛べ!」


 もう無秩序ですこのラジオ。

 むしろこんなんでも楽しめる魔王城の人の精神がすごいと思う。危ない的な意味で。デュレイが大好きってのも私的には頭大丈夫ですかとしか言いようがない。


「えーと、じゃあ中身を紹介しないとですねっ。『最初DJのヘンゼルさんが加わった時から大好きでした、毒舌で俺様なところが大好きです!』――なんて一途なファンコールっ! ヘンゼルさんには勿体なくないですかー?」

「非っ常に勿体ないですねっ! なんて可愛い恋する女の子! 陰ながら応援します、ヘンゼルさんもそろそろ身を固めてください!」

「じゃあ俺と付き合ってくれるのかよ、コメットさんよ?」

「それとこれとは話が別です! 私には魔王様がいるって言ったでしょーが!」

「……。……ちっ、ちょっとあいつ殺してくる」

「ちょ、ちょちょちょヘンゼルさんDJの放棄は許しませんよ!」

「むしろそこじゃなくて魔王様を殺すだなんて許しませんから!」


 そして私の思考も割と無秩序。……仕方ないじゃない、リルちゃんを殺すなんてのたまう阿呆がいるもんだから。

 だがしかし、もしかして私はこれでデュレイに恋する可愛い女の子に恨まれることになるんじゃないか? ……何をさらりと私に告白してるんだこの男は。ややこしくなるじゃないか。やめてくれ。むしろ死ね。責任とって。そんな意味を込めて睨んだが、しかしデュレイは目を逸らした!


「もうっ、それより次のお便り紹介してくださいよヘンゼルさんー? 話が進みませんから」

「……まあ、奴を煮込むのは後でにしておくか。逃げも隠れもしないだろ」

「煮込むの!?」


 それは私が許さないけど!


「次のお便りは……ラジオネーム塩分不足さんから。塩分? 不足してていいんだよそんなもん、俺らに必要なのは糖分だけだろうが」


 デュレイさんは堂々と言い放ちますが、いや実際そんなことないですよ。塩分が不足してたら死にますよ。死にたいんですか。いやデュレイさんは死ねばいいと思うけどね。


「んーと……『僕には長年好きな人がいます』? まあそりゃそうだろうな。そういうコーナーだからな」

「そこから突っ込んじゃ駄目じゃないですかヘンゼルさんっ? 早く続けてくださいよ、それでそれで?」

「『けれどその相手は、決して僕に振り向いてはくれません。友達は当たり前だと言います。何故なら――』……」

「何故なら?」

「何故なら?」


 おおう、悲恋……? 身分違い? 相手はどんな高嶺の花だ?

 と思って迫るも、デュレイはこういう時ばっかり黙りこくって――苦虫を噛み潰したような顔を、私たちの方に向けた。


「…………。……俺、これ読むのやめてもいいか?」

「はあ!?」

「な、何言い出すんですかヘンゼルさん!? ていうかヘンゼルさんらしくもなっ!」


 何だ何だ。デュレイさんからそんな言葉を聞く日が来ようとは思っていなかった。

 読むのやめていいか――なんて、勿論駄目に決まっている。人のお便りを途中まで読んでおいて、そんなことが許されるはずがない。

 だけど……デュレイさんが読むのをためらうほどのお便りって、一体何だ?


「……ちっ。仕方ねえ、読めばいいんだろ。『――何故なら、僕たちの前には、性別という壁が立ちはだかっているからです。彼はどうして女の子が好きなのだろう? 僕が抱いている気持ちは間違いなのだろうか? 見てくれ、この肉体美! 女の子の柔肌に勝るとも劣らない――』」

「…………」

「…………」


 デュレイさんは、辛くなったのかそれ以上読むのをやめた。

 重い沈黙が部屋内に、いや、城内に訪れる。

 …………。


「……こ、コメットさん。恋のエキスパートとして何かアドバイスは?」

「人の趣味はそれぞれだと思います。頑張ってください」


 我ながら素晴らしいほどの棒読みだった。うん。

 ……いや、ていうか、読むお便り最初に仕分けとけよ。反応に困るわ。


「さあ、次のお便り行きましょうかッ!」


 エルナが無理矢理テンションを上げた。


「次のお便り紹介でーす! ええっと、ラジオネームやさいさんから! 『わたしは、恋に恋するお年頃です』」

「自分で言うなよ」

「ヘンゼルさん黙って! 『ですが、わたしが興味を持っているのは自分の恋ではありません。自分のことはなおざりに、ついつい人の恋を応援してしまうんです。たとえば、妹の恋を叶えるために奔走したり、友達の恋愛相談に乗ってあげたり。そんな日々をもう何年も続けているんですが……』」

「ですが?」

「『最近新しく、とーっても応援してあげたくなるような、相性ばっちりの二人を見つけました』」

「おー。それは?」

「――……『それは、甘党宣言のDJをやっている、ヘンゼルさんとグレーテルさんです』」

「……は?」


 は、と、意味を成さない音を零したのはデュレイさんだった。

 口を半開きのまま、どこか知らない国の言語を聞いたような、そんな顔をしている。

 しかし、それは私もおんなじで。

 ――デュレイさんと、エルナを、応援?

 エルナが視界の端で厳しい顔をしている。……エルナ、怖い。


「『貶し合うような掛け合いが特徴のお二人ですが、本当はもっと仲が良いんだと思います! ケンカするほど仲が良いとも言いますし、誰に何と言われようと、お二人のことは是非これからも応援していきたいと思いますっ』……だ、そうです」

「グレーテルさんちょっと声低い! え、なに、どっから取り出したのその箒!? それ凶器!? 凶器だよね!?」

「……闇討ち、決定だな」

「ヘンゼルさんも抑えてー!」


 いやいやいややさいさんには何の罪もないから!

 思ったことを率直に告げたわけだから!

 そういう人もいるから!

 そんなことで怒ったらこの先DJなんてやっていけないから!

 捲し立てて、何とか二人を止める。


「私とヘンゼルさんが……だなんて、ありえないじゃないですかあ? そんなことが起きる前に、とりあえず世界が滅亡しちゃうと思います」


 てへぺろと舌を出して言うが……、うん。エルナ。私はもう何も言わないよ。


「俺もお断りだね。そんな風に世界が回るなら、世界を回してる神とやらが死ねばいいと思うぜ」

「なんてこと言うのヘンゼルさん!」


 しかも真顔! うすら笑いさえも浮かべてないよこの人!


「ふっふふー、今日は変なお便りばっかりでしたが、明日からはもーっとちゃんとかわいい恋のお話を紹介しますからねえ? 恋バナ企画は明後日まで続ける予定です! 最近色々ありましたが、みなさん、恋して元気取り戻しましょ? それじゃ、最後に一曲、ラブソングを聴いてお別れしましょうか!」


 取り繕うようにエルナが明るい声で切り出すと、アップテンポでエンディングの前奏が流れ出す。

 はっと思わず顔を上げれば、不思議そうなエルナとデュレイの顔。何かといえば、聞き慣れたその曲に、では勿論なく、私はエルナの科白で突然あることに気付かされ、驚いたのだ。


 『最近色々ありましたが』。


 ――ああ。

 そこで私は、当たり前の事実に思い至った。

 そう、この人たちもこんなに明るく振る舞っているけれど、それでも間違いなく『勇者一行』の被害者なのだ。

 恋、とエルナは言ったけれど。

 ……何か魔王城の人たちを元気づけるような、そういうものが、今は必要かもしれない。





「あ。でも私はエルナとデュレイさんは割と見てて微笑ましいと思うよ」

「……コメット様?」

「……コメット?」

「えへ、ごめん冗談」


 二人の言い切れない重圧を感じて、私はとりあえずてへぺろと舌を出してみた。

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