表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/160

第142話 許されざる罪

「あ、いらっしゃいお姉さん! 茶菓子はもう少ししかないですけど、よかったらゆっくりしていってくださいねっ」

「ミーシャ、椅子を用意してあげて。もう座るところがない」

「あ! ごめんなさい、小さいので悪いんですけど、あたしが座ってたところなら」


 何故この人たちは魔族に生まれなかったのかと思うほど、オリオンさんとその妹さん――ミーシャ、というらしい――は驚くほどその環境にばっちり適応していた。

 えーと、状況ですね。お見舞いなう! ……あっごめんやめて石投げないで!

 ごほん、え、えーと! 私は今、ヘタレさんに言われた通りに彼の部屋の隣に位置した客室にやってきています! 実は長い間何でヘタレさんの部屋の隣は空き部屋なんだろうって思っていたんですが、そういえばここは一応お城だからそういう用途もあるんですね! ヘタレさんの部屋の隣なんて誰も嫌がって住まないのかと思ってたよ!

 とか失礼なことを考えていると、部屋の中で何故か堂々とロッキングチェアに腰かけていた影が、身体だけ私の方を振り返って尊大な態度でひらひらと手を振ってきた。


「や、光。側近さんの説教は終わったの?」

「影……。何気に君も居座ってたんだね」

「人の質問に答えろよ馬鹿野郎」


 いや、そんなこと言われてもここに来たのを見れば一目瞭然だろうし、大体君は私の考えてることが分かるでしょうが。

 と胸中で毒づけば、それもそうか、と影はあっけらかんと呟く。……この野郎。便利なんだか不便なんだか分からない能力だ。


「いやまあ、色々とお疲れ様でした。まあ色々葛藤があったみたいだし、僕は面倒だから説教しないでおいてあげるよ」

「……はあ……それはどうも」

「喜び薄いね。僕も説教した方がいいわけ?」

「いやいや滅相もない」


 思わず両手をオーバーなくらい大きく振る。もう説教は懲り懲りだ、できるならしばらくは説教のせの字も聞きたくないくらい。それに影の説教って何かねちっこそう。まるで小姑だ。

 でもまあ、今しにきたのは決してそんな話ではなく。


「オリオンさん。一週間後、この城を発つんですって?」

「え、ああ……うん。俺はまだこんな状態だから、すぐに発つわけにはいかないんだけど」


 ベッドの上に座ったオリオンさんの姿を見て、それもそうだろう、と私は頷く。

 ――包帯ぐるぐる巻き。失礼だが包帯男みたいだ、と思ってしまった。影は隣で小さく吹き出していたけど。

 でもそれも、あれだけの火傷を負ったんだから当然のことだと言える。いや、むしろこの短期間でここまで回復したこと――そもそも、あれだけの応急処置で命をつなげたことが奇跡に近いかもしれない。さすがに勇者を自称してここまでやってきただけはある。……生命力あるんだろうなあ、と私は思った。悪いが、知識や知恵でここまで生き抜いてきたタイプにはとても思えない。まあ……ある意味、その結果が今のオリオンさんの状態なんだろう。失礼だけど。でも隣で腹を抱えて笑い転げてる影の方が失礼だと思うんだ。お前、少しはこらえろよ。


「あ、そうだ。コメットさん、遅くなったけど……あらためて、助けてくれてありがとうね」

「え、……あ、いえ、私はそんな」

「今俺がこうやって生きてるのは、コメットさんのおかげだから」


 包帯で巻かれた手を繰り返し開閉し、彼はそう言った。

 ――ありがとう。

 違う。私はただ微力を添えただけだ。あの時オリオンさんがミーシャちゃんを庇わなかったら、ミーシャちゃんが頑張らなかったら、キナが力を貸してくれなかったら私の魔法など何にもならなかったに違いない。

 だから、助かったのはきっと、彼自身の人柄のおかげなのだ。

 ……そんなふうに思いながらも、素直に伝えることができないのは、この胸のうちでコーヒーとミルクのように渦巻く微妙な感情のせいなのか。

 私の曖昧な胸中を鋭く見抜いてだろうか、オリオンさんは私の目をじっと見つめたまま再び口を開いた。


「治ったらね。できるだけ早く、ここを発とうと思ってる」

「そんな……。結構、急、ですよね」

「まあね。……でもさ、やっぱり、あれだけの命を奪ったわけだから……歓迎はされないし。俺たちも、そんなところで知らん顔で歩いているわけにもいかないしさ」

「…………」

「やっぱり、できるだけ早く発った方がいいって思ったわけ」


 そっと伏せられる青い目。

 その隣に立っていたミーシャちゃんも、ぐっと唇を噛む。

 ……それはそうだ。フォローのしようもない。あれだけの、たくさんの命。

 廊下に残る引きずるような血の指の痕、――忘れようもない。

 あえて二人の部屋をヘタレさんの部屋の隣にしているのも、いきり立った住人たちに襲われないようにするためだろう。


「ごめんね。コメットさん」

「え、……あ、いえ……」

「俺たち、……言い訳にしか聞こえないだろうけど、ここに来るまで……魔族の命なんて、命だと思ってなかった」


 ――ああ、それはね、私も似たようなものだったんだよ。

 言いたいけれど言えない。二人は、本気で自分を責めているようだった。

 ……分かってる。ただ、少しだけ幼くて、無知だっただけ。彼らは、国家という大きな悪に啓蒙された被害者なのだ。

 だからといって許せるか、と言えば、容易に首を縦に振ることはできないけれど。

 ここに来てもし彼らが反省の色も見せないようならば、私や影だっておそらく襲いかかっていただろう。直接の友人ではなくても、同じ国に住む仲間を――同じ城で生活していた誰かの命を、何の考えもなく奪われたんだから。


 だけど。


「でも……、分かったんだ。魔族の人たちも、俺たち人間と同じように、幸せな生活を営んでる。魔王が魔物の親玉だなんて、そんな単純な話じゃないってこと」

「……オリオンさん」

「――恨まれても仕方ない、って思うけど」


 後悔。……ここまで悔いている人たちを、私はどうして責められよう。

 自責の念だけではなく、もう幾人もの人たちに辛く当たられたんだろうに。

 何より、私と少し結果を違えただけの、その姿を責める権利が私にあるわけがない。

 ……私も、間違えばこうなっていた。いや、違うな。私もたしかに同じ姿をしていたはずなのだ。責められなんかしない。


「でもね、コメットさん」

「……?」

「だけど俺は、だからこそ俺にできることがあるって思う」


 澄んだ碧眼を上げ、オリオンさんは言い放った。

 ――だからこそ、できること。

 固い意志。瞳は決して曇らない。なんて強い人だ、と、私は思った。


「あたしたち、帰ったら、魔王を討伐したって父に報告しようと思うんです」

「……え?」


 今までしゃべっていたお兄さんに代わって口を開いたミーシャちゃんの言葉に、私は、思わず目を丸くする。

 できること……それが? 魔王を討伐した、って……一体、何で?


「あたしたちの体裁のため、って言ったらあれなんですけど。……もう、あたしたち、魔族の人たちとは争いたくないって、それは本気で思ってるんです。……魔族の人の命を奪うのがこんなにも辛いことだって、分かった、から」


 彼女はそうやって、本当に悲しそうに言う。……分からなくなる。

 最初は憎いとすら思ったけれど、多分、根はとても優しくて素直な子なんだろう。それに――彼女も、一人の“人”だ。

 ……私は、どうしたらいいだろう。この、やり切れない気持ちを。


「魔王を討伐したことにすれば、もうみなさんを脅かす勇者という存在は、ここに来る必要がなくなるでしょう?」

「ええ……でも、村や町を襲っていた魔物がいなくなるわけではないし、根本的な解決には……」

「父や大臣たちも、そんなことは知っています。知っているはずです。魔王が辺境の魔物に命令して村や町を襲わせているんじゃないって」


 そりゃあそうだろう。国の王までがそんなに愚鈍なわけがないとは、私でさえ思う。

 ――だけど、だからこそ、だ。


「魔王を討伐したって言っても、実際にはしてないんだから、証拠も何もないでしょう? 魔物の強襲の被害が減るわけでもないし……逆に魔王を庇おうとした反逆者に仕立て上げられて終わり、っていう線もないとは言い切れないじゃないですか」

「だからこそ、証拠を作るんだよ」


 けれど、そんな私の反論を遮って、影が何でもないことのように言い放つ。

 ……証拠を、作る?

 どんな証拠を、一体どうやって。証拠を作るなんて、口で言うほど簡単なことではない。


「…………。……君が僕と同じ人間だったなんてあんまり信じたくないよね」

「……影。馬鹿にしてる?」

「褒めてると思う?」


 全っ然思わないけど。


「だって正直な話、君って僕より馬鹿じゃん」


 そんなことはない、同じくらいだと思う。……いや、思いたいだけかもしれないけどさ。


「だからさ。僕、この子たちについて人間の国に戻るから」

「………………え?」

「ほら出たよその反応。何でもいいけどその間抜け面やめてくれる」


 え?

 いやだって、他にどう反応しろって言うんだろう。

 確かに口を開けたまま固まるなんて間抜けな格好だったかもしれないけど……。


 人間の国に戻る?

 影が?


「何せこの子たちだけじゃ先行き不安だしさ。一応僕は前勇者でもあるんだし」

「そ、そう、だけど……」

「言い訳は適当に。今まで操られてたーとかありそうな話でしょ?」

「だ、だから論点はそこじゃなくて!」


 思わず声を荒げる私に、何、と影は不満そうに眉をひそめる。


「か、影が行ったからって、魔王を討伐したっていう証拠になるわけじゃ……」

「あーそこ? それなら大丈夫。ちゃんと案はあるからさ」

「……案? どんな?」


 それを聞かないと安心もできない。おそるおそる尋ねると、影はにっこり微笑んで言った。


「秘密」

「秘密!?」


 私は思わず声を上げる。オリオンさんやミーシャちゃんを驚かせてしまったけれど、でも叫ばずにはいられないじゃないか。

 え、だって秘密って! ちゃんと案はあるからさって言ったのに! え、何で秘密!?


「勿論、魔王様や側近さんには話して承諾してもらったよ? 君は情に絆されやすいっていうか……口が軽いっていうかだし……」

「情に絆されるのと口が軽いのとって全然違うんですけど!」

「まあ、とにかく。聞きたかったらお二方に聞いてみればいいと思うよ? 君に話すかどうかはあの二人の所存に任せるし」


 むう、と私は唸るけれど、影はそれ以上折れるつもりはないらしい。

 ……まあ、確かに、私の迂闊な行動で事態が悪くなるのはごめんだしな……。

 魔王様やヘタレさんなら、そこのところを図ってから私にも話してくれるだろう。その時期が来たなら。まあ、何もかも秘密にされるっていうのは癪だけど。……影は知ってるのにさ。ていうか影は私の思考を読めるのに逆は無理だってちょっと理不尽だと思うんだ!


「でも、そっか……影ともしばらくお別れか」

「そうなるね。せいせいするよ」

「ゆ、勇者様……」

「いいよミーシャ、気にしなくて。こいつとは長い付き合いだから」


 私を指差し、影は肩を竦める。

 ……確かに長い付き合いだ。年齢がそのままイコールだもんな。

 だけどその言葉にミーシャちゃんはどこか不満そうな表情――え、何? 何で?

 何だ……もしかして、あれか? いわゆる乙女の事情ってやつか? ……何だってミーシャちゃん、こんな性悪に。やめておいた方がいいと切実に言っておきたい。……いや、私自身なんだけどさ。


「……道中、仲良く、ね?」

「何で疑問形なのさ。言われなくても――まあ、頑張ってはみるよ」

「頑張ってはみる!?」

「あー……ちょっと、つい口がすべって」

「最悪じゃん!」


 何を言ってるのこの人! ミーシャちゃん、こんな奴を本当に何故!


「……いや、半分以上光の功績なんだけど」


 私!?


「8割方ね。……ま、そんなことはいいんだ。受け流すから」

「ひ、ひど……っ」

「別に」


 タイプじゃないし、とでも続けようとしたのだろう影――でもそれはさすがに言わせるかと私は咄嗟に影の足を踏む。痛みに歪む影の表情。ええい、乙女心を踏みにじるような真似は絶対に許さんぞ!


「はいはい、すいませんねっと……ま、そういうわけだからさ。まあせいぜい今後もその足りない頭で頑張ってね」

「本当最後の最後まで最低だよね影って!」

「最悪に言われたくないけどね」


 影に言われるほど落ちぶれてないよ私!

 そんな恋心を寄せられていると分かっている相手に対してひどい態度を取れるような冷徹な奴に――うん? あれ、でも。


「……そういえば、オリオンさんが助かったのは影の功績だよね」

「は? 何いきなり、気持ち悪いんですけど」

「気持ち悪いってひどい。だって結界バリアを張ったのも、応急処置をしろって言ったのも影だし――」

「あーあーあーあー! うるさいなもうっ、そんなことはどうだっていいでしょっ? 結果的に助かったんだからいいじゃん!」

「……オリオンさんが助かったこと、嬉しいんだ」

「……っだから……!」


 あ、なるほど、OK把握。

 照れてるのね。

 そういえば影ってそんな奴だったような……、……何か元の私の性格からはかけ離れてない? いいけど。人のことあんまり言えないし。

 ――だからこそ、ついていくなんて言ったのかもしれない。

 証拠云々の話も嘘ではないだろうけど、でも、それ以上に心配だったとか。


「……うん、ごめん、私影のこと誤解してた」

「だ、だから――いや、もういい、君と話してるの疲れた……」

「頑張ってね影君ー」

「うざい光」


 はあ、と額に手を当てて心底嫌そうに目を細める影。うーん、照れ屋だ。

 でもそれならミーシャちゃんを任せても大丈夫か。安心して、私はいつでも恋する乙女の味方だからね!


「……そういえば光、君ってディーゼル君には会ったんだっけ?」

「え? あ、お説教はされたけど……」

「あ。そうだったね、……彼、大丈夫そうだった?」

「え? 何が?」

「……。……君って本当に何も分かってないんだね」


 はあ、とため息を吐かれる。何さ、ひどい。さすがにそこまで言わなくても。

 だって、そんな突然大丈夫そうだった? だなんて聞かれても……。


「――まあいいや。時間があるなら会ってくるといいよ、多分今なら彼、お墓にいるはずだから」

「……え?」


 ……お墓?


 言われて初めて、私は気付く。

 ――お墓。

 彼ら《勇者一行》がしたことの、意味を。


「墓地なら、庭の裏にあるから」


 そして、何も知らない私に対して、影はゆったりと微笑する。

 ……ディーゼルが、墓地、に。

 それって、つまり――。




 妙な沈黙に満たされた部屋の中に、ごめんなさいと呟く少女の声だけが落とされて消えた。

ここから少し暗い方向やってきます。今回の話ももう少し暗いはずだったんですが、キャラ的に無理でした(開き直り)。

何というか、毎度遅れて申し訳ないです……!

テストが終わったので何となく感想を読み返していて、読者のみなさまがあまりに真摯すぎて、これ私書かなきゃ駄目じゃね!?と思ってすっ飛んで参りました。放置本当に申し訳ない!楽しみにして下さっている稀少な方もいらっしゃるというのに!

次回こそそう遅くならないように、といっても次のテストが7月の頭だからまた危ないかもすみませんすみません。でもこれからは更新の間一ヶ月は開けないようにしたいです、頑張ります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ