第141話 側近さんがお怒りのようです
※スーパーお説教タイム②。
「いいですか、二度とこんな真似は許しませんからね! 二人ともですよ!? どれだけ心配をかけたか分かっているんですか!」
「ご、ごめんなさい……」
「すみません……」
そして私たちはヘタレさんに怒られていた。あれ。何でだ。……いや理由は分かり切っていますけれども。
……それにしても心の声まで一人称を統一するって大変だね、私ってすんなりとは出てこないや。上辺だけの話ならなかなか行けるんだけども。でも頑張ろうと思います。コメットとの約束だし。
「ほら、そこ! 気が散ってる! ちゃんと反省しなさい!」
「す、すんませんっ!」
しかしそんな悠長なことを考えている場合ではなかった、――ヘタレさんは超お怒りモードだ。いつもみたいに茶化せるような怒り方ではない。うーん、たしかにそれなりのことをしたからなあ……。本当にご心配をおかけいたしました。
謝罪の意味でため息をついて、私は隣のリルちゃんの方をちらりと窺う。途端、彼の黒い双眸と目が合って、二人で小さく苦笑した。
――結局、栄養失調で倒れたリルちゃんの体調は、心配されたほどに衰弱していたわけでもなかった。
勿論、まだあまり無茶はできない範囲ではあるけれど。
でもあれだけ飲まず食わずでいてすぐに回復したのはさすがリルちゃんと言うべきか、何と言うか。……何にせよよかった。こうして二人でヘタレさんのお説教を受けているのも、リルちゃんがとりあえずは大丈夫なほどに元気になったからである。
うん、これからは私がお野菜の代表であるにんじんをたっくさん食べさせるつもりだけどね。そこらへんは覚悟してもらわないと。……まあ、リルちゃんが倒れたのは、目が覚めない私をずっと診ていたせいでもあるんだし。
「――あ。そうでした、ところでヘタレさん」
「何ですか!」
「……うー、ヘタレさん、怖い……」
しかし、今のヘタレさんには一言声をかけようにもこれだ。最早発する一文字一文字に怒りが込められている。すみません、本当反省してるからそんなに怒らないで。へたれてないヘタレさんなんて、怖すぎて泣きそうだ。
私がおろおろ怯えながらヘタレさんを見上げると、ヘタレさんはやれやれとばかりに肩を竦めた。
「……全く。そんなに泣きそうな顔をされても困ります、本当に反省しているんでしょうね?」
「してます……、本当、すみません。悪いことしました。ディーゼルにもこっぴどく叱られましたし」
「当たり前でしょう。まだまだ足りないくらいです」
「うう……、すみません」
私だってそりゃあ低頭したいくらいの勢いだ。ディーゼルもいつにない迫力だったし、アリセルナはちょっぴり泣いていた。喚いていた、という方が正しいかもしれないけど。……私だって、そんな風にさせたかったわけじゃない。
二人には一目で分かるほどの明らかな疲労の色が滲んでいた。目の下には隈もできていたし。どれほど思い悩み、苦しんだかは火を見るよりも明らかだ。
あからさまにへこんだ私の様子を見てさすがにヘタレさんも少しは分かってくれたのか、大きなため息をこぼし、屈んで私と目線を合わせる。
「それで、何ですか? さっき、何か言おうとしたでしょう」
「あ、あの……、私って結局、何日間意識がなかったんですか?」
「……ディーゼル君あたりから聞いてませんでしたか。コメットさんは確か、――もう丸5日間になりますかね。その間、ずっと意識がなかったんだったと思いますけど」
「5日間、か……」
コメットと少し話していただけ――内容はともかくとして――だと思ったのに、意識の世界というのは恐ろしい。時間の流れがまるでめちゃくちゃだ。……そりゃあ心配もかけるわけだ。改めて反省、申し訳ない。一部コメットに責任あり。今はもう私だけど。
大体、私が倒れた時でさえ、あんなに混乱した状況だったというのに――
「……あ、そうだ。そういえばあともう一つ、あの……オリオンさんと、その妹さんは? 結局、彼らは無事だったんですか?」
「それも話してませんでしたっけ。彼らは一週間後、この城を発つそうですよ」
「え……発つ? ってことは、今この城のどこかにいるんですか?」
「ええ。今はまだお兄さんの方が療養中です。一命を取り留めたとはいえ、ひどい状態でしたから」
ひどい状態。――全身火傷、ちゃんとこの城を発てるほどに回復するのが不思議なくらいに。
その言葉に、私の隣で大人しく正座していたリルちゃんが肩を竦める。……罪悪感を覚えているのだろう。けれどそれは当然のことだとも言える。言うなれば、あの事態の元凶はリルちゃんなのだから。たとえあれが、彼の望むことではなかったにしろ。
「――魔王様。彼らは寛大でしたから、あんなことがあっても許すと仰ってくださいましたが……、反省してくださいね。本当に。もう二度と神降ろしなんてしないでください」
「ごめん……、ヘルグ」
「謝罪ならあの二人にお願いします。被害を被ったのは主に彼らの方ですから。――たとえ、先に攻めてきたのが向こうの方だったとしても」
項垂れるリルちゃんは相変わらず小動物のような愛らしさだったけれど、でもここはヘタレさんも容赦ない。私も賛成だ、リルちゃんにはもう二度とあんなことはしてほしくない。たとえどんなに切羽詰まっていたとしても、神降ろしと呼ばれるそれだけは。二人の心配というよりは、リルちゃんの心配になるけれど。
「でも……、帰るって、人間の国にでしょう? 大丈夫ですか、彼ら。体裁とか……それに、こっちの情報だって持って帰られちゃうわけですし。……魔王城のみんなが許すかどうか」
「ああ、そのことでしたら問題ないですよ。彼らは精神が強靭だというか……、アホだというか。後者についてもしかりです、会ってみれば分かると思いますけど。彼らの部屋なら私の部屋の隣ですから、会いたければいつでもどうぞ」
「え、なら、今――」
「説教が終わったら後でしたらいつでもどうぞ」
にっこり。そんな擬音が付きそうなほど綺麗に微笑んだヘタレさんは、やっぱり怖い。……すっかり忘れていたけれど、そういえばヘタレさんってそういう人だったな。過保護だし。うーん、これからは極力大人しくしていよう。勿論、変態行為は全力でお断りさせていただくけど。彼に心配をかけるのも申し訳ないし。
いつもは何をしたって死にそうにないヘタレさんだが、心配をかけすぎると過労死してしまいそうだ。……過保護だから。私の周囲には過保護な人が無駄に多いと思う。ヘタレさんとかキナとかキナとかアレスとかキナとか。
「うー、ヘタレさーん、もうそろそろ許してください……本当反省してますから」
「……本人が言うほど怪しいことはないと思いますけど?」
「本当ですってば! ……私ってばほんっとに馬鹿でした、一瞬でも魔王様のそばを離れようとするなんて」
「……そこですか」
そこだ。むしろそこ以外のどこに謝るところがあるっていうんだ。
「……まあ、それはそれでもいいですけどね? コメットさんは、もう二度とあんな無鉄砲なことはしないこと。――それから、魔王様は、二度と神降ろしをしない。そして栄養管理には気を遣うこと。いいですか?」
「はーい」
「……がんばる……」
「頑張るじゃ駄目です、魔王様! やってもらわないと困るんです!」
「……善処する」
「変わってません!」
それでも頑固に粘り続ける魔王様。うーん、またそんな状況に陥りそうって思われてるほど、私たちは信用ないのか? ちょっぴり寂しいし悔しい、けど。
「大体、魔王様はいつもいつもそうなんです! 自分は偉そうにコメットさんにも説教しますけどねえっ――」
……どうやら、そんなことでは決してめげないヘタレさんの魔王様への説教は、まだまだ続きそうだった。
怒ると怖い、……はず?