第140話 もう二度と
そして、僕は、いつの間にか見慣れた白い天井を見上げていた。
「……あれ、部屋……?」
「! コメット!?」
寒色系を基調とした広い部屋。余計な装飾は一切なく、至ってシンプルな造りだけれど、どことなく品がある。――なんて、改めて感想を抱くことも忘れるほどの見慣れた部屋。
僕の部屋だ。
そして、次いで飛び込んできた、今にも泣き出してしまいそうな顔。……あれ、変なの。リルちゃんがそんな表情をするなんて珍しい。基本的にはいつも表情を崩さない人なのに、たしかに最近は笑うことも増えてきたけど。
「……って、え? あれ、魔王様?」
――え、何だっけ、僕、何をしていたんだっけ……?
リルちゃんの黒い瞳と僕の目が合って、思わず疑問の言葉をこぼしてしまう。何? 僕、どうしてた? 僕の部屋、ベッドの上、そして、部屋の中にはリルちゃんがいて……?
…………。
……リルちゃん?
「あ!」
「わっ」
芋づる式にたくさんのことを思い出し、僕はがばりと起き上がる。唐突だったものだから、リルちゃんは少し仰け反る形になった。……「わっ」って、可愛いなこん畜生。
って、そんなことを呑気に言ってる場合じゃない! 僕はリルちゃんの方に向き直ると、半ば押し倒すようにして無愛想な黒いローブの襟をぎゅっとつかむ。
「魔王様! 無事だったんですね! 大丈夫ですか、ちゃんと戻って来れたんですかっ!」
「ちょ、く、苦しい、コメット……っ」
「あ。ごめんなさい」
襟はあんまりだった。ついつい力んでつかんでしまったけど。僕は謝りながらぱっと手を離す。あまりにも衝撃的というか――、嬉しくて。申し訳ない。
「え、えーと……、その、……レイ?」
「え?」
涙目のまま喉のあたりをさすりながら、リルちゃんは僅かに首を傾げる。
レイ?
何で疑問形なんだろうか。僕以外に一体誰が……、って、――あ。
「……はい。僕です、その……後釜の方の」
「……嫌な言い方をするな」
だってそれ以外に言い方が思い付かなかったんだもん。てへ。
そりゃそうだ、魔王様にしてみたらお前が無事だったか的な展開なわけだ。今の今まで戻ってきていた魂がどっちか分からなかったんだから。
ふう、反省。……あまりに色んなことが起きすぎた、未だに頭の中がごちゃごちゃだ。
「全く……、怒る気も失せた。……どっちにしろ叱ろうと思って待ってたのに」
「うあー……ごめんなさい。何か、その、……私は私で大変なことになってて。叱られる前に一人称を統一できない嫁と妹のイージートラップが」
「お前の言ってることが一番大変だぞ、コメット」
うん、リルちゃん、最近突っ込みに容赦がなくなってきた。
「……何にせよ、ごめんなさい。リルちゃんに叱られる前に、本物の方のコメットに散々怒鳴られてきました。……あの子ってあんなに口も性格も悪かったんですね、悪人ですよあれ」
「……その割に反省の色が見えないんだが……」
いやだってあの子あんなに口も性格も以下略。
「……ごめんなさい、魔王様」
「……どうして謝る?」
「だって、私、魔王様の気持ちとか……全然考えてなかった」
膝を丸め、腕の中に抱え込む。
あー恥ずかしい。コメットに言われなきゃ気付かなかった。なんて滑稽な話だ、一人で悩んで一人で納得して。……まるで一人遊び。
「……それでも、お前は、私のことを考えて選んでくれたんだろう」
「うー……ですけど……」
「まあ、私は許さないけどな」
「ですよねー…………って、は?」
……は? Pardon? リルちゃん、今、何て?
「わ、た、し、は、ゆ、る、さ、な、い、け、ど、な」
そ、そんな区切って言っていただかなくても聞こえてますけどね!
「な、何でっ!? そんな、散々言っておいて許してくれないんですか!?」
「当たり前だ。お前はいつもいつも一人で先走りすぎだ」
「そ、それは分かってますけど! 反省もしてますけど! 後悔もしてます! けど何でそれだけであの優しいリルちゃんが般若にっ!?」
「……お前は色々と誤解をしている」
してないよ! 全然!
「私謝りましたよね! 確かに謝りましたよね!? 許してくれないんですか!?」
「謝って済むなら今頃私は怒っていない」
「そ、そうなんですけどー!」
論点はそこじゃなくてですね!
焦る僕に、リルちゃんは、そっと目を伏せる。
「――お前なりの気遣いだった、というのは分かる。……反省をしているのも分かる。だけど……、お前は、肝心なことが何一つ分かっていない」
「え、え……? 肝心なこと?」
一層低められる低い声。その言葉に、僕は思わず目を白黒させた。
なに、何? 肝心なことって? ……一体何の話?
分からず瞬いていると、リルちゃんが、額をぴたりとくっつけて。
「お願いだから、これ以上、心配をかけさせるな。……困るんだ、お前が、いなくなったら……」
「……魔王、様」
長い長いため息。――ああ、この人は。
どれほど心配してくれていたのだろう。
申し訳ない、と、僕は悟って初めて思った。
ごめんなさい。
許してもらえないのも無理はない。勝手にいなくなってみたり、かと思えば何事もなかったかのように出てきて、何も知らないようなふりをする――。
逆の立場だったらどうだろう。……僕なら、きっと、耐えられない。手の平からするりと逃げていく青い鳥。どんなに手を伸ばしても。
「……ごめん、なさい」
「もう、二度と許さない」
「はい。ごめんなさい」
もう二度としない。……僕は僕自身と約束したんだ、これから先は、二度とこの人のそばを離れたりしないって。
「もう二度と、どこへも行きません」
「……うん」
頷くリルちゃんのすらりとした白い手に、自分の小さな手を重ねる。
約束します。貴方にも。
――私は、貴方のために、貴方の幸せのために、貴方のそばで生き続けると。
神様に与えられた、この生涯を捧げて。
「……だから、魔王様」
「……うん?」
リルちゃんが、微かに、顔を上げる。
「私を、貴方のお嫁さんにしてください」
――途端、リルちゃんが、一気に仰け反った。
「あ、あのっ、コメットっ……」
「嫌とは言わせませんよ? 自分で蒔いた種ですからね? ねっ?」
「そ、そういう話じゃ――」
「そういう話です! いい加減子ども扱いはやめてくださいっ、ほらちゃんと改めて婚約者として見て!」
肩をがしっとつかみ、決して逃がさない。――当たり前だ。逃がすものか。
二度とそばを離れないっていうのはあながち比喩でもないぞ。離れないったら離れない。むしろ離さない。
「さあ、魔王様!」
「あ、あの、コメット、落ち着いて……」
「落ち着いてます! 私は至って冷静!」
「ど、どう見たって冷静じゃな――」
ぐらり。
言いながら、リルちゃんの身体が、後ろへと仰け反る。
驚いて手を伸ばす、けれど。
……ぽてり。
そんな可愛らしい音を立てて、リルちゃんの身体は、動かなくなった。
「魔王様っ!?」
我ながらどこから出したのかと思うほどに捩れた――そう表現するのが一番近いと思う――悲鳴。瞬間、ドアが荒々しく開かれる。
「いけません、栄養失調です! 勇者さんはかかりつけの医者を呼んできてください!」
「へ、はいっ――ってヘタレさん何でここに!?」
「透視を使っていたとかそんなことは今はどうでもいいじゃないですか! さあ、早く!」
「こん畜生後で絶対しばくかんな!」
言いながらも、今はスルー。ヘタレさんなんて構っている場合じゃない。それよりもリルちゃんが!
かかりつけの医者、かかりつけの医者と口の中で呟いて通い慣れた廊下を疾走しながら、一人心に誓う。
――二度と、この人のそばから離れたりしないから。
もう二度と、こんなことにはさせないんだからな!
あの人どうなったの?とか結局どういうこと?とか、いろいろ疑問はあると思いますが、そこはのちのち。
とりあえず、ちょっとだけ平和になりました魔王城です。
……何回かのちに、かなり暗い話は出てきますが。
久しぶりに投票の返信です!
遅れてしまって本当申し訳ないです……あ、切腹は勘弁して!
コメントはいつも躍り上がりながら読ませていただいています。多くの応援、本当にありがとうございます。まだまだ待ってるよ!(こら)
>TSが好きなちょっと腐ってる私には、先生の話がおいしくなることを祈ってます。
ありがとうございます!今となってはなぜTSものを始めようと思ったのか私にはよく分からないんですが(おい)、楽しく書かせていただいています。ありがとうございます。
ご期待にできるだけ添えるよう頑張っていきたいと思いますので、よければ温かく見守ってやって下さい(低頭)
>こんな面白い小説を読ませていただきありがとうございます。また、いろいろな小説を書いて下さい。
こちらこそ、ご愛読いただきありがとうございます……!すご、すごく、うれしいです!
構想ばかりが浮かんでは消える半端ものですが、お付き合いいただければ幸せです(*^∇^*)
>できれば、もっとたくさん魔法出して欲しいです。ヘルファイヤとか超カッコいい!
あああ、ありがとうございます!?バトル書けなくてすみません!
さらに楽しんでいただけるよう精進していきます……!そうですよね、どうせファンタジーですからよく分からなくても格好いい魔法あった方がいいですよね!(あれ?
>500回を目指してほしい
ありがとうございます……!本当にうれしい言葉です、できれば長く続けていきたいです。……ゆるくギャグを続けていきたいんです、本当に。
みなさまに長く楽しんでいただけるよう頑張りますので、亀更新ですがよろしくお願いします(低頭)
>作品一つ一つにすごい魅力があると思います。これからも期待してます! がんばってください!
……はっ。夢かと思いました。夢じゃないんですよね?現実ですよね?ありがとうございます!
魅力があるなんて言っていただけるとは、これ以上幸せなことはありません……!まだまだ未熟者ですが、もっと楽しんでいただけるよう頑張ります!
>ヘタレさん誕生日おめでとう御座います。(まだ103話位までしか読んでませんがー)
お祝いありがとうございます!やつの誕生日など私が忘れていました(おい)
亀更新で申し訳ないです、読むスピードが追いつかないくらいの光速更新を心がけます……無理ですが。
>魔王様の幸せを応援しています。これからもがんばってください。
ありがとうございます!そう言っていただけて、とても嬉しいです……っ!
ハッピーエンドめざして頑張っています、ので、前途多難ですがよろしくお願いします(低頭)
>楽しく読ませてもらっております。 とにかくヘタレさんが大好きです!!
ありがとうございます!あんな変態でごめんなさい……最近読み返してびっくりしました。
好きと言っていただける限りあいつは勝手に活躍しますので(本当に……)、よろしければこれからもお付き合いくださいませ!
>コメットとレイの対話が増えたりするんですか?
コメットは基本的に出てきません。一つになったと言いましても意識はレイのものですし、コメットは自分の魂が消えることを承知で、身体を明け渡したというのが正しい解釈なので。
ただ、コメットの過去話なら番外編で出すかもです……!私の中で彼女は永遠のヒロインです、たぶん。
>勇者がへタレさんにいじめられ、いじられているのが読んでいてたまらん!!
ありがとうございます!勇者の意思はさておいて、某側近も喜んでいると思います。
これからもやつらは絡み続けますので……おもに一方的に、お付き合いくだされば幸いです!
>魔王様かぁいいよ~www勇者を攻めて欲しいwww
ありがとうございます!いい加減やつも男らしいところを見せなければいけないと……思っています。思ってはいます。
こ、こんなだめ作者ですが、よろしければこれからもお付き合いください!頑張ります……いろいろと。
>やっぱり、TS者と魔王のカップリングでしょー。禁断の愛!! それが最高です。
ありがとうございます!禁断とか思ってるのはおそらく魔王の方だけですが、楽しんでいただけたなら作者としましても幸せです(*´ω`*)
これからもやつらのために周囲が邪魔しながら頑張りますので、さらに楽しんでいただければ嬉しいです。
>勇者と魔王のキャラがいいから。魔王は、勇者以外合わない。
ありがとうございます!私の中で勇者が「ほら見ろ!ほら見ろ!」とか叫び始めました。でも私もそんな気がしてなりません。
これからも勝手に追いかけ追いかけられいちゃこらしてると思います、……そんな二人でよろしければこれからもお付き合いください。
>一番まっとうなカップルだなーって思ったから(笑)です。
まっとう(笑)いや本当、そうですね。結婚するなら絶対その方が……いえ、何でもないです(笑)
ありがとうございます。やつらがどうなるかは別として、よろしければこれからもお付き合いください(笑)
>好きだから
ありがとうございます……!好きと言っていただける以上に嬉しい言葉はないので、本当に、嬉しいです。
これからも……が、頑張りますので、よろしくお願いします。
>息が合っていて、何かイイ感じだったから。
ありがとうございます!嬉しいです、嬉しくないやつも約一名いらっしゃるような気がしないでもないですが。大丈夫ですよね。
基本ギャグテイストをめざしてる……めざしてるつもり!なので、これからもそんな感じで楽しんでいただければ嬉しいです。
>…王道?(首かしげ)
ありがとうございます(笑)嬉しいです、好きになっていただけて。……王道なのかな?(こちらも首かしげ)
亀更新なんですが、これからも精いっぱい頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いします!
>勇者と魔王さまには幸せになってほしいですっ!
あ、ありがとうございます!嬉しいです、ちょっと、今涙腺が脆いので……(笑)
幸せにしてあげたいです、作者としても。……曲がりなりにも作者なので。よろしければどうぞ、彼らの行く末を温かい目で見守ってあげてください。
>ヘタレさんが大好きだからです!!
ありがとうございますー!やっぱりあれなんですかね、やつは人気なんでしょうか?←
嬉しいです。あいつはこれからもばりばり馬車馬のように働かされ……、いえ、働きますので楽しみにしていてくだされば嬉しいです(^O^)
>いちゃいちゃしてるところがみてみたい。(54話まで読んでます)
ありがとうございます!後半はおそらくいちゃいちゃが……増えてない、か……?(疑問)
こ、これから!これから頑張りますから!よろしくお願いします(低頭)
>魔王勇者は勇者の壊れっぷりがおもしろい!変態…へたれさん×勇者は壊れっぷりが(ry 影×魔王は影のツンデレっぷりがもう最高すぎて(自主規制)
とにかく壊れてますねありがとうございます(笑)影のよさを分かっていただけて嬉しい限りです。
これからもおそらくこんなテンションのやつらですが、よろしければ長くお付き合いくださいませ!
>セインと魔王のカップリングは憎み合う二人が・・・という妄想をしてみました。
あた、新しい!?……えっと、ありがとうございます!びっくりしました。
しかし案外いけるかもですね、……最近はなかなかゆっくり思考にふける暇がなくて……今度考えてみます(こら)その素晴らしい想像力を分けていただきたいくらいです。貴重なネタをありがとうございました。
長くなってしまいましたが、みなさまありがとうございます本当にありがとうございます。今私は顔がにやつくのを止められない気持ち悪い人になってます。
亀更新で、ふらっと消えて奔放で、見捨てられてもおかしくないような状態になっているのに根気強くお付き合いいただいて……あらためて頑張らなければという気持ちがわいてきました。
必ず最後まで書き上げますので、よろしければこれからもお付き合いくださいませ。
それでは、また!