第14話 守護獣の森
夜明けまで続いたハロウィンパーティーもようやく終わり、また新しい朝が来た。
といっても、遅くまでどんちゃん騒ぎをしていた魔王城の住人たちはまだ眠っていて、城内は静まり返っている。
そんな中を僕コメットは、一人歩いていた。
―――本当に、静かだなぁ……。
物音一つ聞こえやしない。
本当に誰も起きていないのだろうか?
確かにあのパーティーは大規模で、沢山の人がずっと騒いでいたけれど。
誰か起きていてもいいんじゃないか。
そんなことを考えながら、僕は庭に出る。
庭は風が気持ちよく、陽射しが優しくて。早くも僕のお気に入りの場所だ。
「……あれ?」
僕は、誰もいないはずの庭に人影を発見する。
もしかして、誰か来ていたんだろうか。てか起きてたのか。
ここは主に魔獣たちがうろついていて、魔族はあまり来ない場所なのに。
しかも、その人影はあろうことか魔獣の頭を撫でていて……。
「――魔王、様?」
「……コメットか?」
振り向いたのは、珍しく黒いローブを纏っていない魔王様。
何と青いパーカーにジーンズという何とも人間味溢れる――あ、人間じゃなかった――格好で魔獣とじゃれ合っている。
「何してるんですか?」
「見ての通りだ」
そう言って、魔獣の頭を撫でる魔王様。
対人恐怖症ではあるけど、対獣恐怖症ではないんだな。
新たな発見。イエーイ。喜べるか。
というか、魔獣が人(魔族)に懐くなんて、滅多にないことだ。珍しいなぁ。
「ま、魔獣が懐くなんて、凄い……です、ね」
「昔から、魔獣とは仲がよかったから」
魔王様は相変わらず僕の方は見ないで言う。
昔から、かあ……。
何だか僕と、よく似ている。
僕も昔、魔獣とよく遊んだ。
そう、人間でありながら――魔獣と、一緒に。
「……おいで」
僕がそっと手を差し出すと、一匹の魔獣が僕のもとへやってきた。
小さな、見かけは猫のような生き物だ。
名前は――『虎次』と(勝手に)つけた。
僕の膝の上に乗ると、虎次は嬉しそうに丸くなる。
「……そいつが懐くなんて……珍しいな」
驚いたように魔王様が言う。
そうなのかな?
確かに、魔獣が人にはあまり懐かないのはよく知っているけれど。
そっと虎次の背中を撫でると、もう気持ちよさそうに眠っている。
「もうそいつは15年生きてるが、まだ二人にしか懐いたことがないんだ」
「そうなんですか……」
そんな話を聞きながら、魔獣の寿命って何年なんだろうと考える。
まあ、種類によってそれぞれ違うのかな。
「お前で、三人目」
魔王様は、抑揚のない声でそう言う。
三人目か。
そういえば、虎次って、小さい頃一緒に遊んでいた猫の名前なんだよなあ。
仲がよかった近所に住むお兄さんと一緒に飼っていた猫。
懐かしい。そのお兄さんがどこかへ行ったときに一緒に連れていかれたみたいなんだけど。
「……そういえば、お前はよくここにいるな」
「え? し、知ってたんですか?」
僕は思わず魔王様を見る。
そんな、誰も見てないと思ってたのに。
「ここにはよく来るから」
魔王様はそう言うが、僕はここに他の人がいたのを見たことがない。
いつ来ていたのだろうか?
「あの、いつ……?」
「人に会いたくないから、いつもは奥にいる」
魔王様は庭の奥の方を指差す。
ああ、あっちは僕も行ったことがないな。
魔獣が沢山いて、それこそ食べられてしまいそうだからだ。
魔王様は、魔獣を手懐けるのが得意なのかもしれない。というか、素で仲がいいのかも。
うう。ある意味羨ましい。
「……お前も、来ないか?」
「え?」
魔王様が、こっちを見ている。
来ないかって……庭の奥に?
「大丈夫。怖くないから」
魔王様の目を見ると、どうしても頷いてしまう。
何でだろう?
よく分からないままに、僕は魔王様についていく。
虎次を抱えて。
ガサガサと草木をかきわけながら、僕たちは進む。
……ここ、もう庭じゃなくて密林じゃないか?
そう思えるほどの大きな森だった。
魔獣は確かに生息しているけれど、何ていうか……完全なる野生だ。
魔王様はいつもこんなところに来ているのか? そりゃあ僕も分からないわけだ。こんなところ誰が来るか。
「あの……魔王、様……?」
「……もうすぐだ」
もうすぐ? どこにつくんだよ。
僕は心の中で突っ込みを入れながらも魔王様についていく。
何ていうか、魔王様は実は超ワイルドだったりして。
……嫌だ。色々とイメージとか崩れる。これ以上は考えちゃ駄目だ。
「ほら」
魔王様がそう言って振り返ると、目の前にはとても綺麗な光景が広がった。
「わぁ……」
幻想的な光が降る、草木に守られた空間。
そこだけは草や木も生えてなくて、真ん中で綺麗な紫色をしたライオンのような魔獣が眠っている。
まるでそこの守り神のように居座るその魔獣は、僕の3倍も大きい。
太陽の光に照らされ、そこだけは時間が止まっているよう。
「紫雲」
魔王様が呟くと、その魔獣がピクリと反応する。
『紫雲』っていうのが、この魔獣の名前なのかな?
魔王様は、その『紫雲』の隣に座る。
「……コメットも」
「え、あ、はい」
目で来るように促されて、僕も魔王様の隣に座る。
その空間に入った途端、さぁっと空気が変わった。
「……ここは、昔から守られている場所なんだ」
「守られている……?」
魔王様は小さく頷く。
確かに、守られている感はしないでもないけど。
本当に守られているとは。いつから、誰に、どうして?
「この『紫雲』は、ここの守護獣だ。もう、3000年もずっとここにいる。ずっと、この場所を守っているんだ」
紫雲は、魔王様に撫でられて微かに動く。
3000年も、こんなところで?
その長さは、人間である―――今は魔族だけど―――僕にはよく分からない。
「昼は太陽の光が降り注ぎ、夜は月の光が包み込む。風は夢を運び、水は命を与え、地は全てをのせて回り出す」
魔王様は空を仰ぎ見てそう言う。
何かの言い伝え、だろうか。
幻想的な言葉。とても、綺麗。
「……ここは守られた場所だから……私は、よくここにいる」
「そうなんですか……」
じゃあ、ここにいれば魔王様に会えるってことなのかな。
魔王様って、自分の部屋とここ以外にどこか行かないのか?
「……けれど……昼間は、ほとんどここにはいない」
「え? 何故ですか?」
昼間は自室にいるのか?
じゃあ、いるのは朝か夜……何故、わざわざ朝や夜なんかにここに来るんだろう。
僕が不思議に思っていると、魔王様は綺麗な顔を歪めて。
「……太陽の光は、私には眩しすぎるから」
悲しそうに、そう言った。
魔王様が出てくると、どうしてもシリアスになる傾向がありますね^^;