第139話 コメット=ルージュその人。
確かに私は、貴方を愛していた。
「……終わりに?」
「そう。終わりにしましょう」
ようやく口を開いた、彼のたった一言。
その声が、音が愛おしいと、狭い胸の中で心臓が暴れている。
「――それを、お前が、言うのか」
動悸をぎゅっと押し込める僕に向けられた、紅い瞳孔がすうっと細まる。
それを、お前が言うのか。
僕。僕。僕って何だろう。僕が言うのか?
意味は当然分かる。痛いほど。僕であるからこそ。だからこそ、紡ぐのは肯定の言葉。
「ええ。私だからこそ、言います」
「…………」
「イミテーション同士。お似合いじゃないですか」
彼は苦い顔こそしなかったものの、微かに眉をひそめた。
イミテーション同士。
そう、僕らは、イミテーション。お互い。偽物同士。似たような存在。
「私も偽物。貴方も偽物。……だから、ねえ、終わりにしましょう? 貴方も、私も」
同属嫌悪。多分、彼の感情は、それによく似ている。
……今の彼に感情があるとしたら、だけど。
彼はリル=エルフェトアという人格ではない。それを乗っ取った何かだ。
けれど、それを責めるというのなら、僕も同じ。
僕は、コメット=ルージュという人格ではない。それを乗っ取った、“何か”。
乗っ取ったという言い方が適切かどうかは分からない。そんなことは最早関係ないとも言える。要は結果論だ。彼女を愛していた人たちにとって、僕は、どんな存在に映るのかということ。
白か、黒か。……二者択一ならば、確実に後者だ。
「貴方を責めるなんてお門違いなのは分かってます。……そんな権利、私にはない」
「……分かっているのなら、何故、そんなことを言う?」
不思議そうに、訝しげに紅い瞳が微かに揺らぐ。
お門違い。そんな権利はない。言われなくても、分かる。
「分かってる。頭じゃ分かってる……、でも、どうしても受け入れられない」
ほとんど独り言。視界の向こうで、魔王様の無機質な瞳が歪められるのを見た。
受け入れられない。それでも、どうしても駄目なのだ。
僕も彼と同じ存在だけど、それを受け入れることができない。
だって。
「私は――魔王様を、愛してるから」
瞬間、魔王様が、反動のように大きく目を見開いた。
どういう思いでかは分からない。純粋な驚きか、それとも。
でも、そんなことはどうでもよかった。今の僕には。
些細な仕草。
僕を呼ぶ声。
頭を撫でてくれる大きな手。
閃く穏やかな笑み。
細められる漆黒の瞳。
目を閉じれば、全て鮮明に思い出せる。
何よりこの心を占めている記憶。
その全てが、イミテーションの僕を、ここに引き止めている。
「私はコメットじゃない。だけど、気持ちなら彼女にだって負けない」
「―――」
「だから、ごめんなさい。私のわがままです。――リルちゃんを、返して」
きっぱりと断定するように言い切った、瞬間。
揺らいでいた彼の気持ちを狙い澄ましたがごとく、両脇の二人が飛び出した。
「盲目」
「磔刑の黒」
「――っ回復!」
ヘタレさんの唱えた呪文で闇が魔王様の瞼を縫い付け、さらには影の呪文で十字架が造形され身体の自由を奪おうとする。
魔王様は身体を捩って回復を唱えるけれど、盲目はともかく磔刑の黒に片腕を絡めとられてしまう。
さらに言うなら――
「っ――」
「させるかよ」
今まで無詠唱だったものを詠唱魔法に切り替えたせいで、ずっと保っていたデュレイの拘束が解けてしまっていた。
「っ!」
魔王様の自由な方の腕を、体勢を立て直したデュレイががっちりとつかむ。
息は絶え絶えで額には大粒の汗が浮かんでいたけれど、その顔には、いつも通りの不敵な笑みが浮かんでいて。
「ほらよ、コメット。やりてえことがあるんだろ?」
「ありがとうございます」
僕は微笑んで頷き、一歩を踏み出す。
今や完全に捕らえられ身動きのとれない魔王様の目には、今までにはなかった恐怖の色が浮かんでいた。
恐怖。
けれど、魔王様は抵抗をする様子もない。魔法を唱える気力がないわけでもないだろうに。あきらめたのか……、いや。
よく見れば、その目の色が、次第に赤黒く――黒く、染まりつつあった。
「リルちゃん」
「っ――」
びくりと反応して反る肩。
……いる。
僕はそう確信する。そう、この中に、リルちゃんが。
今、この身体の中で、二つの人格が戦っているのだ。
「大丈夫だよ」
だから僕は、微笑んで手を差し出す。
「戻っておいで」
「……っ!」
そうして、差し出した両手で、その身体をぎゅっと抱きしめた。
「……コメ、ット……?」
「うん」
頷く。僕の好きな、大好きな声に。
抱きしめているから、瞳の色は見えないけど。
だけど、そんなことで不安になったりはしなかった。だいじょうぶ。怖くなんかない。
「私、は……」
「大丈夫。ここにいるよ」
戸惑うような、不確定な自分の存在に怯えるようなその声音に、僕は言葉を遮って告げる。
大丈夫。……僕も、君も。
一人じゃない。怖がることなんてないから。
「もういいんだ。神様は」
「…………」
「ありがとう。私のわがままに付き合ってくれて……ごめんなさい」
これは、まだ彼の中に残ってる、神様に向けて。
「さようなら」
「……っ!」
もがく。まだもがく。
彼の中に残ってる、神様が。
身体を離せば、その瞳が苦痛の色を湛えて、紅と黒とでせめぎ合っている。
「魔王様」
「嫌だっ、駄目だ、私はっ――」
「怖くないよ」
押さえられた身体を再び波打たせる彼に、僕はそっと微笑んだ。
怖くない。一人じゃなければ。
「一人じゃないから。……僕が、一緒に消えてあげる」
紅とも黒ともつかない色に染まった瞳が、刹那、大きく見開かれる。一体その思いはどこにあるのか、ついに知る由もないけれど。
僕は笑って、笑ったまま、その唇に口付けた。
魂喚び。
愛する人に口付けて、愛する人の魂を喚び戻す契り。
リルちゃんの身体にはリルちゃんの魂を、そして――
コメットの身体には、コメットの魂を。
「勇者さんっ!?」
「馬鹿っ、光っ――」
「コメット!」
「おいっ――」
僕は、勇者として。
最後の最後まで、魔王と戦うべきでしょう?
それが、ただの言い訳だったとしても。
「レイっ!」
――これが、僕にできる、君の取り戻し方。
大きく見開かれた漆黒の瞳に、僕は、いっぱいの微笑を浮かべて応えた。
◇
「ばっかじゃないの!」
…………。
……うーん。
そして何で僕は、眼前の目も眩むような美少女に怒鳴られているのだろうか。
「何でも何もないでしょ! 何よあれっ、自殺願望!? 私を喚び戻そうなんてどういうつもり!」
「え、いや、その、コメットさん……落ち着いて」
「落ち着けないわよ! ってか今さらさん付けやめろ、呼び捨てにしなさい!」
「え、あ、はい、ごめんなさい」
腰まである絹のようになめらかな金髪に、価値ある宝玉のような赤い瞳。
……コメットだ。間違いなく。もう鏡で見慣れてしまった、その左右反対の姿。
そして、僕は――自分では上手く確認できないけど――多分、元の勇者の、レイ=ラピスの姿で今ここにいるのだろう。
「レイ君の馬鹿! ばかばかばか! 意味分かんない! ようやく魔王様にお別れを告げる覚悟ができたっていうのに、そんな時に!」
「え、いや、何でコメットは君付けで……」
「論点そこじゃない! 黙って聞きなさい!」
「す、すんません」
しかしこの子滅茶苦茶だ。……分かってたけど。
うーん、僕何か間違ったことをしただろうか。すっごい形相で怒られてるんですけど。どんな可憐な美少女も本気で怒れば結構な迫力だ、僕は思わず上体を反らしてしまう。
「だから一体どういうつもりなわけ? このまま私を元に戻してはいさよならって、そんな風に行くと思ってるの? 馬鹿なの?」
「馬鹿馬鹿言い過ぎだと思うんですけど……」
「うるさい。黙って質問に答えなさい」
「黙ってたら答えられません」
「はっ倒すわよ」
いやだってコメットさん貴女が。
……いや、これ以上は時間の無駄だからやめておこう。どうせ堂々巡りだ。
でもなあ、何かコメットさん幼くありません? 前会った時――あんな状態で果たして会った、と形容していいのかどうかは分からないけど――はもうちょっと大人じゃありませんでしたか。気のせい?
「気のせいよ!」
さいですか。
「いや、だからね、僕はリルちゃんを取り戻したくて……」
「それはいい! よく分かった! グッジョブ! 褒めてつかわす!」
「あ、ありがたき幸せです?」
「何で疑問形なの?」
むしろ何だその態度の変わり方。わけが分からん。
「まあいいわ。それで? 魔王様じゃなくて、貴方自身のことは?」
「……賭け、だった」
「賭け?」
コメットが秀麗な眉をぴんと吊り上げる。
「うん。賭け。……だって魂喚びって、“愛してる人の魂を喚び戻す”んでしょ? だったら、リルちゃんが僕よりコメットのことを愛してたなら必然的にコメットが戻ってくるわけで――」
「ばっかじゃないの!」
また馬鹿って言われた。こうも馬鹿馬鹿言われると本当に頭が馬鹿になりそうですね。はい。
「忘れたの、レイ君? 前も魔王様に魂喚びのキスをしたことあったでしょ貴方、畜生羨ましい」
「本音出てますけど後半。……うん、まあその通りなんだけど」
「もし本当に私に会いたくてたまらないって魔王様が思ってたとしたら、あの時点でてめえの意識は冥土まで軽く吹っ飛んでたわよ」
「さりげなくすげえ口悪いですね」
「だから論点そこじゃないっつーの」
しかも段々と口が悪くなって言っているのは気のせいですか。
「気のせいじゃないけど」
あ、そこは気のせいじゃないんだ。
「でも、あの時はリルちゃんは完全に乗っ取られてたわけで……リルちゃんの意思も何もあったもんじゃなかったしさ」
「まあ、そうなんだけどね。だからこそ今回は私もここまで出てこれたわけなんだけど」
「でしょ?」
むうと不満そうに唸るコメット。……何が不満だって言うんだ。
「不満と言えば不満! 貴方の存在が一番不満だけど!」
「ざっくり言ったよこの子。だったらいいじゃん、これでコメットの身体に戻れば万事おっけー」
「なわけあるか! ――全く、だから人間って奴は!」
「わあ、そんなところで人間貶されると思ってなかった」
「人間っていうか人間の一部っていうかレイ君っていうかね!」
「要するに僕が不満なんですね」
いや、それは分かった。分かったけど……、話が進まない。埒が明かないぞこのままじゃ。つまり何だって?
「確かに私は魔王様の婚約者だったし、魔王様を愛してた。自惚れって思われるかもしれないけど、魔王様も私のことを好きでいてくれたと思う」
いや、――自惚れなんかじゃないだろう。
リルちゃんは確かにコメットのことが好きだったと思う。
だからこそコメットは今こうしてここにいるわけでしょ? ここ、というのははっきり定義できないけど。……意識の世界、的なね。我ながら語彙少ねえな。まあそれはどうでもいいんだけど。
「だけど、魔王様が好きなのは、必ずしも私だけじゃない。……もし、本当に一途に私のことだけを愛してくれていたなら、今この件なんかすっ飛ばしてすっぱり私が身体に戻って貴方がお陀仏していたはずなんだから。……たとえ、私の魂が一度、あの世と呼ばれる場所に連れて行かれていたとしても、よ」
「……って、ことは」
「そう! つまり、魔王様は貴方のことも好きだってこと」
コメットも好き。愛していた。それは、確か。
……でも、僕のことも、好き?
「………………二股?」
「そう! 所謂それよ! 世間一般でそう呼ばれているそれよ! 魔王様をそんな下賤な輩に使うような言葉で表したくはないけど!」
「下賤って……。死んでからどんな変革があったのコメット、性格とか言葉遣いとか大変なことになってらっしゃるけど」
「ほっといて!」
あ、つまり何か変革があったんだね。
「それが問題なのよね……。人の気持ちっていうのはそう上手くコントロールできるものじゃないし魔王様だからこの際その結果自体は問題にしないとして」
「理由の大半は後者だったよね今」
「それはそれ。だから、魔王様は、私たちのどっちが消える結果になったとしても悲しむことになるわけよ」
むうと唸るコメット。
それに合わせ、僕も唸る。……それは困った。
「でもコメット、一度交換されてあの世に連れて行かれた魂がこうやって引き戻されるくらいだよ? リルちゃんは相当コメットが好きだったってことでしょ?」
「そんなの当たり前でしょ! ――だけどレイ君、魔王様がその魂喚びのことを知らなかったわけがない。私が死んでから今まで、何で一度も試そうと思わなかったんだと思う?」
当たり前って言ったこの子……。
「そ、そりゃリルちゃんは優しいし……魂喚びなんて全然知らなかった僕にいきなりキスするわけにもいかないでしょ」
「だとしても寝込みを襲うとか何とか色々あるでしょ。私の魂が戻ってくればそんなのどうでもよくなるんだから」
「わあ、考えることあくどい!」
寝込みを襲うって! と僕は自分の額をぺちりと叩く。
あれ、この子実はこんなキャラだったの? こんな悪人だった?
ああディーゼル……、僕は君の気持ちが全然分からないよ。要するに振り回されるのが好きなんですか?
「うーん……やっぱり私が消えるべきだと思うのよ。ね、レイ君」
「いや、ね、って言われても……そしたら僕の努力は何だったの?」
「さあ」
「さあ!?」
心底どうでもよさそうに言われたらさすがに傷付くんですけどね!
「いいでしょ魔王様が戻って来たんなら。別に全くの無駄ってわけでもなかったんだし」
「で、でもさあ……コメットはそれでいいの?」
「何が?」
何が、って……。
僕は思わず脱力する。
この子、ちゃんと真剣に考えているんだろうか……。何だか今、すごく不安になった。
「だ、だからさ……消えるんだよ? もう会えないんだよ? リルちゃんとはもう――本当に、さよならなんだよ? 最後のチャンスって言っても過言じゃないでしょ」
「うん」
「うんって!」
軽い! この子ノリ軽い! 絶対真剣に考えてないよ!
「失礼なこと言うな。考えた上での決断に決まってるでしょ」
「け、決断がそんなに軽くていいの……?」
「これでも知恵熱出るくらい悩みましたー」
「もう何かどっから突っ込んでいいのか分からないよ……」
とりあえず知恵熱ってそういうものじゃ云々。ああ、でも何かこんなに突っ込まされたの久しぶりな気がする……。しかし今はそういう場合だろうか。
けれど、コメットは意外にも真面目な顔をして。
「ちゃんと考えてないのはレイ君の方でしょ」
「……え?」
僕の――方?
わけが分からず、僕はきょとんと目を丸くする。
「私だって、魔王様とは離れたくないよ。今でも大好き、愛してる。魔王城にはたくさんの幸せがあったけど、全部、魔王様がいなくちゃ始まらない。私にとって空気みたいな、絶対必要な存在。――だけど」
「……だけど?」
「だけど、それでも、駄目なの」
……駄目? 僕は思わず口の中で呟く。
何が駄目、だって?
「私はもういられないの。私は死んだ。もういない。魂は、分かってる。私は死んだんだって」
「そんな、こと……」
「もう終わった。私の歴史は、私の人生は終わったの――今は、遺された私の身体にレイ君っていう素敵な人の魂が選ばれて入れられて、新しい人生を歩んでる」
胸の前でぎゅっと両手を握りしめ、コメットは言う。
……。終わった。歴史、人生。コメットはもう、いない存在だということ。
認めたくないはずのことを、コメットは、はっきりと言い切った。
「今さら私が戻ってやり直そうなんて、そんなこと、絶対にできない。ディーゼルも、アリセルナも、ヘルグさんも、みんなみんな楽しそうだもん。……魔王様も、笑ってる。楽しそうに笑ってる」
「そ、そんなの、コメットだって――」
「言わないで。……たとえそうだとしても、私が今戻ってしまえば、きっとみんな貴方を失ったことを嘆くと思う。みんな貴方を受け入れてる、知っていても、知らなくても。みんな貴方のことが好きだから」
僕は急に喉に何かがつっかえたように、言葉が出てこなくなる。
否定はできなかった……、多分、自惚れではなくて。
僕が宿敵だと知りながら受け入れてくれている人。庇ってくれる人。前とは違うと薄々気付きつつも、そんな僕を好きだと言ってくれる人。微笑んで手を差し伸べてくれる人。
みんな、僕の、大切な人だ。失いたくなんかない。……でも、もしその等式が、逆でも成り立つのだとしたら。
「……お願い、レイ君」
コメットは顔を伏せたまま、拳を握りしめる力だけを強くする。
「もう、覚悟を決めて! もう二度とこんな真似しないで、自分の存在を軽く見ないで! 貴方を待ってる人がたくさんいる、私の歩みたかった人生を、貴方は歩むことができるっ――」
そして思い切り顔を上げた彼女の瞳には、涙がたまっていた。
覚悟を決めて。
自分の存在を、軽く見ないで。
その言葉が、痛いほどに胸に突き刺さる。……僕は。
真剣じゃなかったのは、確かに僕の方。
「もう二度と魔王様を悲しませないで! 貴方までいなくなるなんて言わないで! あの人が一番悲しむのは、自分の選択のせいで大切なものを失うことだから! こんな形で貴方がいなくなるなんていけない、どうか貴方はあの人のために生きて――」
過呼吸のように息を吸って、吐き出して、激しい慟哭が世界を揺らす。
「勝手かもしれないけどっ……、もし、貴方が、私の人生を奪ったんだと馬鹿な思い違いをしているのなら、私の最後のわがままを聞いて! ――もう二度と、あの人のそばを離れようなんて思わないでっ!」
「……っ!」
「あの人を、これ以上……っ、不幸にしようとしないで!」
――もう、耐え切れなかった。
細い肩が揺れる。小刻みに。いつの間にか僕も同調し、肩を揺らす。
泣いていた。多分、僕も、彼女も。
どうして涙を流しているのかも、分からずに。
ああ。ごめんね。
ごめんね。
こんなにたくさんの人を、こんなにたくさんの傷を、こんなにたくさんのやりきれない思いを。
分かっていた、はずなのに。
「……コメット」
叫ぶことに疲れたのか。彼女は、掠れた声で静かに言う。
「ねえ、コメット。貴女は生涯、どんな時だって魔王様の支えとなって生きていくこと。それが、コメット=ルージュって女の子の一番幸せな人生」
お互い、肩に顎を乗せ、額をつけ、嗚咽を漏らすままに。
コメット。それは僕の名前。僕は君で、君は僕だ。……君の願いがそうだというなら、それは、僕の願いでもある。
「私は消える。だけど貴女がいる。……貴女は魔王様の誰よりも大切な人、代わりなんていない。だから……、お願い。私の、歩めなかった人生を、どうか、幸せに」
「……うん……、分かった。……ごめんね、コメット」
「謝らないで。これは私のわがまま――でしょ?」
「同時に僕のわがままでもあるよ」
「それはそうだけど。……僕って一人称、そろそろやめて」
「素で出るんですけど……」
「コメットは僕なんて一人称使わないの」
「すみません。頑張ります」
「素直でよろしい」
僕らは少しだけ身体を離して、額をくっつけ合う。
そして、ちょっぴり、笑った。
――大丈夫。生きていける。一人じゃない……、僕らは。
二人で一人。怖くなんて、ない。
「魔王様のこと、くれぐれも頼んだからね。ヘルグさんに渡しちゃ駄目だから」
「言われなくてもヘタレさんになんて渡さないよ。勿体ない。リルちゃんは私の嫁」
「その心意気であるぞ同志、精進せよ」
「了解」
馬鹿なやり取り……、分かってる。
分かってる。
僕らはもうすぐ溶けて――混ざり合って――ひとつになる。
たった一人の、コメット=ルージュという存在。
どちらでもない。言うなれば同じ人生を歩んだ、同じ運命を選んだ、同じ人を愛したたったひとつの存在。
綺麗事でも、その誇りを胸に抱いて、光へと還っていく。
「じゃあ、またね、私」
「うん……、またね。すぐ会えるから」
「そうだね。いつも一緒にいる」
コメットは頷く。頷いて、瞼を下ろす。
僕も倣って、目を閉じた。
――このまま消えるのだろうか。光の中へ。きっとそうなのだろう。そしてそれに、悔いはない。
溶けて、混ざり合って、そして、僕らはコメットになる。
けれど。
……コメットになる、その、たった一秒前。
最後の言葉が、光からひとつ、抜け落ちた。
「妹のことも、よろしくね」
……。
…………。
…………妹?
二股はいけませんよーって話。
元はといえば奴の二股が事態をややこしくしたんです(違う)
……。まあ、一人の人にまとまることにしたようだから一応いいのかな(^O^)
とりあえず一段落一段落。
次回から後片付けのお時間です。
どうぞお付き合い下さいませ。