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第133話 純然たる恐怖

皆さま、お久しぶりです。

受験も無事に終わり、ようやく復活いたしました。


長いブランクがあるので忘れられてる気がしないでもないですが……、これからは完結に向けて頑張っていきたいと思いますので、改めてよろしくお願いしますo(^∇^o)(o^∇^)o

 何て馬鹿だったんだ、と、今さらになって後悔した。

 ――今さら悔やんだところで、何が帰ってくるわけでも、これから何かを救えるわけでもない。分かっていても、悔やまずにはいられなかった。


 ――魔王様……!


 逸る心が、よろける身体を奮い立たせる。テレポートで駆けつけようにも、今の自分の困憊状態では、中級魔法一つでも唱えてしまえば魔王様を止めるほどの魔力すら残らないだろう。

 ストイックなんて、科したところで。

 自分の罪を、戒めてみたところで。

 一体誰を救えるというのだろう。ただ、今はできれば、一刻も早く辿り着くことを。


 ――全てが手遅れになる前に。


 ぎゅっと目を瞑る。瞼が焼けるような痛みを訴えた。けれどそんなことは気にしない。長年過ごしてきたこの城の地理は、全て把握している。目を瞑っていても、スピードを落としたりはしなかった。

 ただただ、今はたった十数段の階段が長く感じる。

 もっと速く上れたはずだと、心が急く。

 こんな風になってしまうなんて、どうしようもない自分のミスだ。

 けれどそんなことはどうだっていい、後で誰に責められようと。どんな罰を受けようと、たとえもう二度と日の下に出ることがなかろうと、そんな些細なことはどうでもいい。

 だから。





 ◇





「化け物かよ、あいつ……」


 ぽつり、とデュレイが呟く。――あれだけされて声を出せるだけ、まだ余裕があるのかもしれない。

 僕は何も言えなかった。ただただ心が剥ぎ取られ、どこか遠くに行ってしまったみたいに。

 声が出ない。身体が動かない。目の前の光景を見つめるまなこだけが、遠くへと行った魂から引き剥がされてそこに残っている。

 むしろ、何故そこに視覚と聴覚だけを残していってしまったのか、僕は知るはずもないデュレイに理由を問い質したいくらいだった。


「おい、どうするんだよ、コメット。あいつ、このままだったらあの男を殺しちまうぜ? いいのかよ?」


 いいのか、悪いのか。……僕には分からない。首を振る。首を振ったつもり、だった。

 というか、デュレイがそんなことを気にする理由が分からない。

 殺す? リルちゃんを殺そうとしていた男が、何を。今さら良心に目覚めたわけでもあるまいし。別に僕の心に響いてくるわけでもない。“だから何だというのだろう”。

 目に映る光景が、一つ世界を隔てたところで起きているような、そんな気がした。


「おい、コメット!」


 肩を揺すられる。――ああ、うるさい。一体何だと言うんだろう。

 今のうちに、逃げるなり何なりすればいいのに。ここにいては危険に晒されるのは必至だ。何で、僕の、ことなんか。

 しかしそれでもデュレイは、決してそこから去ろうとはしない。

 どこか行っちゃえばいいのに、逃げればいいのに、どうか僕に構わないで――

 負の感情が底からわき上がってくる。どうかもう放っておいて。ただただそう願うのみなのに。


「しっかりしろっつってんだよ、魔王サマの婚約者さんよお!」


 瞬間、頬に鋭い衝撃が走る。ぱんと乾いた音が響いた。――え?

 なに、……殴ら……れた?

 一拍遅れて鈍い痛みと熱を感じた。左手で頬に触れる。それでようやく、何が起きたのかを悟った。けれど覚えたのは純粋な驚きばかりで、怒り返す気力とか、そんなものはまるでわいてこない。

 ただ僕は幾度かぱちくりと瞬いて、手があまり自由にならないはずのデュレイを見上げる。きっと、随分と間抜けな格好だったろう。


「一度や二度フラれたからって不貞腐れてんじゃねーぞ。お前はあの馬鹿の婚約者だろ? どうしようとも思わねーってのか、おい?」

「…………あ……」

「結局のところ自分本位ってことかよ、そんな腑抜けならさっさとここから逃げな! お前さんのような美人なら、誰か彼か助けてくれると思うぜ!」


 頬に感じる痛みとは違う種の衝撃。僕ははっとデュレイの双眸を見つめた。

 きつい科白だ。惚れてるとか何とか言ってる相手に対して言うような言葉ではない。普段のリルちゃんが聞いていたら、一体なんて思うだろう。たとえその通りだったとしても、彼は怒るのかもしれない。

 けれど、今ここに『普段のリルちゃん』はいない。し――それに、僕はむしろ、デュレイに感謝しているくらいだった。

 目が覚めた心地、と言えばいいのか。……ああ、僕は、馬鹿だ。ようやく悟った。


「私……」


 声は掠れて、喉もカラカラに乾いているけれど。

 それでもちゃんと、声は出た。今やもうよく聞き慣れた、少し高い明瞭な声。


「……私、逃げません」

「よし」


 デュレイがすっくと立ち上がる。僕も彼に倣い、よろめきながらも何とか立ち上がった。

 逃げない。逃げたり、しない。

 僕は一体何を考えていたんだろう。一度の拒絶くらいで、ただ一度きり否定されただけで、僕はあきらめるのか?

 ――否。そんなわけがない。そんなことができるわけない。もう逃げないって、僕は決めた。自分本位で勝手に信じて勝手に失望して、……そんなの、馬鹿みたいじゃないか。僕が信じたいのは、そんなものじゃない。

 ぐっと歯を噛み締めた。

 視界が鮮明になり、今現在魔王様と勇者が一体どうなっているのか、ようやくしっかり見えてくる。

 さっきは何とか魔王様から逃れたらしい勇者は逃げるように後退し、しかしそれを魔王様がゆったりとした足取りで追い詰めていた。――まるで、獲物を狩るのを楽しむかのように。無表情だったはずのその口元には、微かな笑みが浮かぶ。

 覚えず僕はぞっとした。背筋に冷たいものが走り、思わず目を見張る。怖くても……目を逸らせない。


「……まるで別人だな」


 傍らに立つデュレイがぼそりと呟く。――そうだよ、あんなの、リルちゃんじゃない。

 足の震えが止まらなかった。魔王様が怖い、そう、初めて本気で思う。


「あれって一体何なのか……知ってっか? コメット」

「……よくは……知りません」

「よく、は?」


 デュレイが眉をひそめる。


「ちょっとだけ――前にも一度、あの紅い目を見たことがあります」

「なるほどな。魔王サマの目が紅く見えるのは少なくとも俺の見間違いじゃねえってことか」


 茶化すみたいな科白。でも、僕は笑えなかった。

 紅い目。――それは一体、何を示しているのだろう。

 血潮の色か、それとも燃え盛る炎の色か。どちらでも構わない、否、どちらでも変わらないけれど。


「その時も……魔王様は、別人みたいだった」

「今みたいな、ってことか?」

「多分……他に人はいなかった、から、あんな風に好戦的なのかはよく分かりませんけど。でも、自分は《魔王の人格》じゃない――って、そう言ってました」

「はあ? ……つまり、本気で別人ってことかよ」

「《魔王の本質》だとか、そう言ってた気がします」


 確か。……思い出すのも怖い、けど。

 あの時はよく堂々と言葉を紡げたものだ。怒っていた、というのもあるかもしれない。

 けれどもう今では、言葉を掛ける気にすらならなかった。

 怖い。ただ怖い。さっき決めたばかりの覚悟が、瞬く間に崩れ落ちていきそうなくらい。


「でもよ、紅い目をしてはいるけどよお、最初にあの野郎、お前のこと気にして――って、どうやらゆるりと話し込んでる場合じゃねーみたいだな」


 デュレイは魔王様の方を一瞥し、眉間にしわを刻む。僕も同じく魔王様の方に目をやった。

 追い詰められた勇者は完全に蒼白で、その後ろは壁。もう逃げ場はない。……絶体絶命だ。

 どうする? 再びデュレイに視線を投げる、と。


「おいコメット、お前が一番魔王サマに近い奴なんだから、俺があいつを引っ張って逃げてるうちに何か止める方法考えとけよ」

「え、引っ張って逃げてるうちにって――ちょっ、デュレイさん!」


 止める暇すらなくデュレイは前へと飛び出すと、魔王様と勇者の間に見事に割って入って見せた。勇敢というべきか、無謀というべきなのか……なんて、人。血の気も失せるような大胆な行動に、僕は思わずぽかんと口を開けて立ち尽くす。

 そしてそんな大胆な行動を披露してみせたデュレイはさらに自由にならないはずの右手で勇者の腕を強引に引っ張り、迷いなく廊下へと飛び出した。一瞬遅れて魔王様もそれを追い掛けようと、ゆっくりと歩み出す。――凄惨な鬼ごっこの始まりだ。


 ……そして、一人参加権を与えられなかった僕は、ぽつんと部屋に残される。


 さっきまでの状況が嘘のよう。息苦しい静寂が部屋を舐めていく。

 止める方法だって? ――そんなの、僕は知らない。

 前回はだって、僕は何もしていない。リルちゃんが自分で抑えたんだ。けれど、今回は……。目を閉じた。

 だって今回は、リルちゃんが、自分で進んでそれを受け入れたように思えた。それをどうして止められるだろう。

 もしかすると、ヘタレさんなら知っているのかもしれない。魔王様を止める方法を。けれど、ヘタレさんは今一体どこにいる? 彼はたしか、避難するみんなのしんがりを務めていたはず。たとえ今は戻ってきていて城の中にいたとしても、探すにはこの城は広すぎる。彼の助けはとても望めそうもない。

 ならどうするべき? 僕の声が届かないのなら、僕に何ができる。一体彼を止めるスイッチはどこにあるというんだろう?


 ――あるいは、コメットなら……本物のコメットなら、その方法を知っていたんだろうか。


 ふといつも鏡に映るその面影を思い出し、僕は自分の手の平に目をやる。

 白い手の平。武器どころか箸より重い物を持ったことがないんじゃないかと思うような、白くて細くて、小さな手。

 けれど彼女なら、『魔王』を名乗るその暴走を止める方法を知っていたのかも。

 ――たとえ知らなくても、ずっとリルちゃんのそばにいた彼女なら上手くやったのかもしれない。僕には、想像するしかないことだけど。


「……ううん」


 考えるな、そんなこと。かぶりを振って追い出す。――僕には今、他に考えることがあるんだ。

 彼女がどうだったとか、そういうこと、彼女がいない今考えたって仕方がない。

 たとえ分かったとしても、それはきっと彼女にしかできないことだ。コメットだからできること。

 彼女にはできても、僕にはきっと無理だ。……だって、あまりに違いすぎる。彼女と僕では、全く違う。正反対とも言えるほどに。


 だけど、だからこそ……僕には、僕にしかできないことがあるはずだ。


 覚悟は決めた。とっくのとうに、決めたはずだ。

 見つめていた手の平をぎゅっと握り締めて、僕は顔を上げた。

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