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第129話 蜻蛉の羽

 浮き上がる泡はうたかたの闇。陽炎のように揺れては消えて、そして二度と浮かび上がってはこない。

 ――この身体もきっと、そんな存在なんだと思った。蜻蛉かげ。闇の眷属が孵るのは闇の内、闇の眷属が還るのは光の胎内なか

 流されるままに生きて、流されるままに死ぬ。最初に望んだのは、きっとそれだけ。

 手を伸ばしてはいけないと、本能的に理解していた。応えてもらうには、この身体はあまりに重すぎる。


 何のために生まれたのか、虚無に放り込んだ問いに答えてくれる残酷な存在は無い。


 浮かび上がっては弾ける。波穂にさらわれる人魚姫の残骸。弾けたらもう戻れない、その胸にナイフを突き立てるのと同じで。

 私は何かできたのだろうか、結局。私が魔王である意味はあるのだろうか?

 答えが出ないならばもう二度と浮かび上がることはできない。このまま闇の底へと沈んで、光の中へと消えることすら許されないのだろう。贖罪、断罪、――そして。そんなものは名ばかりで。


 望んではいけなかったんだ。


 生きるために生きるのではない、笑うために生きるのでもない。

 私は個じゃなく王として、民を守るために在る。

 それ以上もそれ以下もなくて、手を伸ばしてはきっと泡になって消えてしまうから。




 ――“生きたかったんじゃなくて?”


 自問自答。


 ――“生きたくても”


 囁く声。


 ――“私と同じ運命を持つあのが”


 目蓋のあたりが熱を持ち始める。


 ――“殺めるべくして生まれたのなら”



 双眸が、熱い。



 ――“私は生かすべくして、あのとともに死ぬべきだろう”




 降臨するは神。君臨するは悪魔。コインの裏表。

 泡となって消えるなら、せめてその胸にナイフを突き立てて。


 光目映い天へと昇る、空気の精にはなれなくても。



 ――“……それが御前の望みか”



 神を受け入れることを肯定して、せめて“彼女”が笑ってくれるのなら。

 ――守りたいものを今度は全て零すことなく、この腕に抱き締めていたい。





 ◇





「さいあく」


 影は端正な顔つきをいっぱいにしかめて、心底最悪そうに吐き捨てた。


「何で僕がこんなことしなきゃいけないわけ。責任者呼んで来い。勇者とやらか。畜生、光属性の奴なんて海の藻屑となればいいのに」

「……影?」

「あ、でもそんなこと言ってたら光が海の藻屑と化すのか。畜生、他人だったらそれもまた一興なんだけどな。そうは問屋が卸さないか」


 ……こいつ、何気に口悪いんだな。

 独り言ちる影を横目に走りながら、俺はどうでもいいことをとりとめもなく考える。

 低空を滑るその姿に、緊張感なんて野暮なものはまるで見受けられない。かくいう俺も驚くほどに冷静なのだが、だからといって緊張感がないわけではない。ここまでくると最早現実味がないのだ。まるで夢の最中みたいだ。

 かといって、今までの“寝覚めの悪い悪夢”が本当に醒めてくれることはないのだが。


「最悪といえばそうだ、某幼馴染君や」

「……それ、俺か。嫌な呼び名だな」

「突っ込むところそこ?」


 他のどこに突っ込む要素があったのだろう。睨まれながら思う。口調か?

 半ば真剣に考えていると、影が突然声を潜めて細々と言った。


「名前で呼んであげたいのはやまやまなんだけどさ、その、名前呼ぶのって……」

「呼ぶのって?」

「なんか恥ずかしいじゃん」

「……まさかの恥ずかしがり屋説浮上」


 まさか。

 俺がほぼ棒読みで原稿を読み上げるように言うと、影は俺の方からふいと視線を逸らした。


「べ、別にそういう意味じゃないし」

「……じゃあどういう意味だよ……、あ、いや、何でもない。睨むな。続けてくれ」

「君って本当に腹立つ。魔王城の人の中では一番マシだけど」

「そうか」


 俺たちは一体何の話をしているんだろう。こんな緊急事態なのに。

 でもやはり長い廊下は終わることなく、俺たちは会話を続ける。沈黙する理由もない。


「ただの凡人かと思えばそうでもない。かといって肝心のところをさらっていくでもない、ヒーローなわけでもない。なんか君を見てると痒いところに手が届かないみたいでもどかしいんだよ、や、決して気が利かないわけじゃないけど」

「……。珍しい腹の立て方だな」

「だーかーらー! そういうところがムカつくっつってんの、何か言い返せよばかっ」


 ……言い返してほしいのか。何だこいつ。何というか……よく分からない。

 口に出したら失礼なので胸中に秘めておくだけだが、つくづくそう思う。あれか、自己中心的と見せかけて世話焼きなのか? 何ていう面倒くさい性格なんだ。


「あーもういいよ、とにかく状況は分かった。つまり勇者一行が来てんのね? 君らの王を仇敵として殺すために」

「そういうことだ」

「の割に焦ってないね、心配してないわけ?」

「まさか」


 現実味がないだけだ、と自分に言い聞かせるように呟く。そのために視線は向けない。

 俺が前だけを見て走っていると、ふと影が少しだけスピードを緩めた。何だ。


「……それで? 僕らは現在進行形でどこに向かってんの。勇者のところ、って感じではないけども」

「みんなが避難した方。こういう時のためにこの城にはいくつか非常用通路ってのが設けられていて、そのまま外につながってる」

「はー? ――つまりあの囚人が盾になれっつったのはそういうことね、この城の住人を守れと」

「だろうな。……言い方はかなり粗暴だけど」

「粗暴すぎるんだよ。死ねストーカー」


 影も十分に粗暴だ。言ったら多分睨まれるので言わないが。


「で、しかもあのストーカーは一人で勇者様のところに乗り込んでいったわけ? 大層な御身分だなあおい。僕なんて護衛ですよ、場合によっては媚びへつらう御機嫌伺いですよ。……まあ、大半の人は僕の姿なんて見えないだろうからいいけど」

「……そんなに勇者の方に行きたかったのか? いや、戦いたかったのか」


 俺がちらりと横目で見ると、なるほど影は憂鬱そうな表情をしている。

 そこまで嫌なのだろうか。

 だがそういうわけでもないらしく、影はオーバーと思えるほどに大げさに肩を竦めぶるりと震えてみせた。


「まさか、光と分離しちゃって平和ボケした今の僕じゃ勇者様々には敵いませんよ。――ただ苦手なんだよねえ、魔王城の人。テンション高くて」

「それは同意するけどな」

「僕がじめじめした暗いところが好きなの。世界は愛じゃなくて闇に満ちればいいのに」

「……根暗だなあ、お前」

「君にだけは言われたくなかったり」


 どういう意味だ、と胡乱な視線を寄こすと影はそういう意味だと返してくる。俺だってこいつにだけは言われたくない。

 微妙な空気が間に心持ちたまってきた頃、ようやく非常用通路の入り口が見えてきた。ひどく暗い。いくつもの屍を乗り越えてきた道のり。嵐の前であるかのような、不気味な沈黙が支配している。

 けれどそんなことなど影は気にしないように、ふうんとあまり関心なさそうな声を上げた。


「ここね。へえ、案外普通」

「住人が見つけられなくちゃどうしようもないからな」

「ふーん。……あー、ところで一つ聞き忘れてたんだけど」

「何だ?」


 何故だか言いにくそうな声音に、俺は肩越しに振り返る。


「さっきから勇者一行って言ってたけど、一行って何人なの? 二人以上なわけ? ――だからこそ物音のする階上より迷わずこっちに向かってきたんだと思うけど」


 どうやら確認のようだ。

 別に言いにくいことでもないだろうに、俺はまた徐々に歩き始めながら答えた。こっちの方が答えにくいんだが。


「正直なところ、分からない」

「へえ。……は?」

「……その答え、納得してるんだかしてないんだかどっちだ」

「してないよ! してるわけないじゃん、完全に予想の範疇外の答えが返ってきたら即座に反応できないの!」

「そうか」


 何故か逆ギレされた。……こいつ世話好きで恥ずかしがり屋で捻くれてる上に短気なのか。怖いな。

 至極平淡にそんなことを考えながら、足を速める。

 理由を語るくらいなら支障はないだろう。というか、そうしないときっとこいつは納得しない。


「何せ、目撃情報を集めようにもみんな混乱しててそれどころじゃないからな。――遺体の数が一人で殺したにしては多すぎるから、多分“一行”なんだろうってだけで」

「なるほど。じゃあ下手したら僕はこのまま骨折り損のくたびれ儲けってことにもなりえるわけか」

「……お前皮肉屋だなあ」

「ありがと。褒め言葉」


 影は肩を竦め、微かに笑みを口元に乗せる。

 その態度に俺は、今さらながら厄介な奴だとため息を零した。そんなの、最初のそれこそ最悪な出会いの時から分かっていたことだが。

 だが話の分からない奴ではないらしい。少なくとも、デュレイほど困った奴ではないだろう。むしろ頭はいい方に見える。


「まあいいや。行けば分かること、それよりも光が死なないことを全力で祈ったところで行きますか」

「……まあ――そうだな、それは俺の望むところでもある」


 そんな俺の値踏みも意に介さず、悪戯っぽく笑う影。それこそ“影”らしいかもなと俺も微かに苦笑して、明かりも灯らない仄暗い通路へと一歩踏み出した。

 何が待っているか分からない。影ばかりが揺れる、薄闇の世界でも。





 ――そう、俺が望むのは一つだけ。


 もうこれ以上、俺の大切な人が誰も死にませんようにと。




な、なんか毎度ありがとうございます。色々ありがとうございます白邪です。

とりあえず魔王様は目覚め気味。だけどまだうなされてる感じ。……私なら叩き起こ(自主規制)


あ、人気投票への御協力、ありがとうございました! いえありがとうございます、これからもよろしくお願いします!

以下前回でも恒例? だった返信です*



>いつも楽しみにしてます。ありがとうございます!  たまには魔王様がかっこよくて勇者が乙女ちっくにドキドキしてもいいのではないでしょうか?(…想像を絶するぜ)

はわわわ、ありがとうございますー! 楽しみにしてるだなんてこの上なき幸せでござります(←日本語)

魔王様が格好良い……だと……? そうですよね、そうしたいのは作者もやまやまなんですほんと´`

なればいいですねえ(←希望的観測)嘘です嘘ですごめんなさい。男前魔王目指してがんばりますあばば!


>応援してます!頑張ってください!!

ありがとうございますー! これからも飽きられないように頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いしますね(笑)


>いつも楽しく読んでます。このごろコメットの思考が危ない状態になってきているが心配です・・・。

ひあー、ありがとうございます! 奇声上げすぎですみません!

思考は……作者に似たんじゃ……ないのかな……。…………いや、断じて違うはずだ。そんなはずはない。

きっと何かまかり間違ったんです。うん。キャラ崩壊がアイデンティティなので治りませんが!(笑)


>学校行くのが憂鬱な日などは好きな話を読み返して、テンションを上げてから登校しています。いや、勝手に変な使い方してすいません……。そんなこんな、私にとって欠かせない存在になっているので、ぜひ無理しない程度にがんばって頂けると私は狂喜乱舞いたします。

な、なんか色々ありがとうございます。恐縮です。そんな素敵な方がいらっしゃったとはつゆ知らず、し、失礼しました!(←何)

私はしばらくそんなあなた様のコメントを何度も読み返してはテンションを上げて学校に向かうと思いますが……あ、気持ち悪かったらすみません。ていうか気持ち悪いですねすみません。

これからもよろしくお願いいたします、というか是非仲良くして下さい(真顔)


>ヘタレさんとサタン様の絡 ……おしゃべりを増やしてくださいっ←

はい。……はい。…………はい。

とりあえず私が小一時間ほど問い詰めたいのは何故そのチョイスかということなんですがお時間よろしいでしょうか。いいよね。

というかそんなことを仰る方は私の友人様ただ一人なので、ていうかもう確認はとってあるので友人様ですよね。いや愚問ですが。


とりあえず私がもう一つ言いたいのはその他という項目を作ってしまったことを今激しく後悔しているということです。これはなんか直接言った気もしないでもないですが。うん。


>王道と邪道の最たるものをそれぞれ挙げました。いや、両方とも一言で言うと王道だとは思うのですが(笑)。

ヘタレ×勇者は邪道です(主張)。

あ、いえ、ありがとうございます。これからもいい絡みを心掛けて……あれ?←


>ヘタレさんから愛される勇者さんも、魔王様を愛す勇者さんも好きです!

側近「つまり三角関係ですね」

黙ればいいのに。あ、いえ、ありがとうございます。

勇者はこれからもそのスタンスでいきますので、よろしければお付き合い下さいませ!(笑)


>ヘタレ(へるぐ)が好きだ!!!大好きだ! 勇者・コメットと言葉の掛け合いは楽しいです。ディーゼルも好き♪いいですよね苦労人♪

ここでまさかのヘタレさん支持者……! ありがとうございます! ディーゼルもそう言っていただけると少しは浮かばれます←

作者ともども、これからもどうぞよろしくお願いしますね(*´∀`)ノ


>『ヘタレ×コメット』 これは単に興味があるというか……どんな風だったのかなぁなんて想像するのが一番面白かったからですかね?

え、あ、……あ(←何)あ、ありがとうございます!

まさか出るとは。いや、よく分からない確執はあったみたいですが(←作者にも不明)作者的にも好きな組み合わせではあります(^∀^)強気カップルですよ!

機会があったら書いてみたいこともないわけではないですが(←どっち)……機会、あるんでしょうかねえ?(笑)


>ヘタレさんとサタン様が好きだからです←

うん。



うん。


>そうなってくれと祈りたい

ありがとうございます! て、ていうか……是非お友達になって下さいま(自主規制)

同志さまを発見いたしました隊長! 出るとは思ってなかったですけど、作者的には一番王道なカップリングです(笑)

ですので、そうであるように作者もひっそりと祈っております(´・ω・)幸せになれますように←



まだまだ投票受け付けてますよ(笑)

よろしければ御協力よろしくお願いします><

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