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第125話 振り翳す正義と一抹の過ち(中)

 喉が軋む。頭が痛い。どうしようもないほどの悪心おしんが込み上げてくる。視界がぐるぐると回って、今にも意識がこの世界から遠く沈んでいってしまいそうだ。

 食事や睡眠をできる限りに摂らないで書類の処理なんかにかまけていたことを、今さらながらに後悔した。まさかこのタイミングで『勇者』なんてものが来るとは思ってはいなかったし、しかも、よりにもよってあんなに粗暴で酷薄な戦士だとは――というのは、ただの言い訳に過ぎないが。何が勇者、だ。勇ましいというようにはとても見えない。むしろ荒々しいだけで、よくある陳腐な表現を借りるならば勇気というよりも無謀だろう。

 だが、そんなことは正直なところどうでもよかった。奴らが勇者だろうとじゃなかろうと、今の状況には何一つ変わりがない。――同胞たちが次々と殺されていく、そんな残酷な事実には。


 思えば私はいつも、勇者のことに関しては全て魔王様に任せきりだった。

 先王の在位中は勇者一行の手によって大規模な殺戮が行われた史実こともあり、勇者への対策は万全で非常に優れたものだったのだそうだ。現王が即位した後にもしばらくは住人とも連携をとって避難経路の確認や非常時の対応訓練などが行われていたのだが、何せ現王は歴史上のどんな魔王を並べても類を見ないほどに強い。王が強ければ強いほどに住人の勇者への恐怖心は薄れ、さすがになくなりまではしないものの魔王様がいれば大丈夫だと人々は勝手に思い込むようになってしまった。

 否、今ここに本当に魔王様がいれば、きっと大丈夫だったんだろう。

 病は気からと先人が遺したように、暗示、思い込みというのは非常に強い。魔王様の不在によってパニックを招き、さらなる混乱に陥ってしまっている面もある。それに、魔王様の強さというのは茶番のようなイミテーションではない。あの方の首をとれるほどの猛者など、それこそ双子の弟であるサタンくらいだ。奴でさえ今の寝込みを襲ってどうにかなるかならないか。


 だからこそ、いないことが痛かった。


 魔王様は昏々と眠り続けていた。地下で倒れてからもう一週間。その間一度も目を覚まさず、勿論栄養なんて摂っていない。3日前から点滴注射での栄養物の投与を真剣に討議しているのだけれど、というかその方向で行くつもりなのだが何せ対処するべきことが多すぎて未だその用意が整っていないのが現状だ。

 この事が無事済んだら、まず、自分が混血だからといって踏ん反り返って見下してきた王宮付きの医者――魔王様の掛かり付けなどと豪語している暮らしだけ無駄に贅沢なあのヤブ医者を笑顔で左遷してやろうと思う。そんなこと分かってますよなんてにたにた嘲笑でもって見下してきていたくせに、何が土壇場になって『準備ができていない』だ。隅っこで町医者でもやってろ役立たずが。

 けれど今はとりあえず、勇者への対処が優先だ。魔王様のことは心配だが。殺すより生かせ。住人を逃がすことが最優先だと自分に言い聞かせ、軋む頭を押さえて怒鳴る中年夫婦を宥める。先導を務めるあの馬鹿兄はちゃんと住人をうまく誘導しているだろうか。いい意味でも悪い意味でも冷静で柔軟だから大丈夫だとは思う、が。


「落ち着いて下さい。騒げば騒ぐほど、勇者一行やつらに見つかる危険性が高くなります。まずは魔王城の外へ逃げてから話は聞きます」

「いやっ! 娘が、娘がまだ――ッ!」

「娘とはぐれてしまったんだ! 我々だけ安全なところに行くわけにもいかんだろうが!」


 むしろ問題は中年夫婦こっちの方だ。どれだけ説得しようと試みても、はぐれた娘を探すと言って聞かない。喚き立てる声、飛び交う怒声と号哭。――もしかしたら、先に行っているかもしれないのに。むしろ、既に骸と化しているかもしれないのに? そんなことを言えば彼らは錯乱してしまうだろうけれど。それは可能性であっても事実ではある。

 ああ、なんて馬鹿なんだろうと胸中で嘲りつつも、自分も同じ状況だったらどうだろうと鈍痛を訴える頭の半分で考える。――大切な人……、か。


 魔王様。勇者さん。……あの馬鹿兄も、一応入れておくか。それから、こんな自分を受け入れてくれた“仲間”たちと。


 恥ずかしいことを言うようだが、当たり前のことだ。混血だと言って嫌悪を孕んだ視線を向けてくる奴もいれば、何とか地位を剥奪しようと躍起になる奴もいるのに。混血はそこまで穢れたものか。そんな奴らが溢れている、だからこそ。

 こんな危ない状況で、自分にとっては大切な、けれど他にとっては何でもないたった一人の人が倉皇とする人混みの中に紛れてしまえば一体どうなるか。

 必死で探して、探して、たとえその結果自分が勇者に殺されることになろうとも私は探すだろう。結局のところ。

 理屈や、頭じゃないのだ。きっと身体が先に動いてしまって、何も考えられなくなる。


「おばさま、おじさま! 急いで下さい!」


 それじゃあどう説得しろとと誰かに対して八つ当たりしたところで、――ふいに、険悪な雰囲気の中に高い鈴の音のような声が飛び込んできた。凛と響く、けれど落ち着いた調子のソプラノだ。


「大丈夫です! 今、精鋭の人たちが勇者の足止め、それから逃げ遅れた人の救助に向かいました。それにもしかすると娘さんは前の方にいらっしゃるかもしれません、探してみましょう!」


 聞き覚えのある声音に驚いて目を上げれば、勇者一行を探すなどと馬鹿なことを言って城の中へと逆戻りしていった無謀な少女の――その親友の少女の、綺麗な碧眼が揺れている。

 への字に固く結ばれた口には、決意の一文字。眉は吊り上がり、息も上がっているが、蒼穹を宿した双眸は凛と前を見据えている。彼女の朗々たる口調に、その夫婦はようやく正気の光を微かに見せた。


「あ……アイリンは……? アイリンは、前にいるの?」

「その可能性が高いです。5階の住人の方でしょう? 上層に住んでいる方は先にこちらの方に逃げてきましたから、人波に呑まれて前の方に押されてしまったんだと思います。逃げ遅れたという可能性は極めて低いですから御安心下さい」


 私の言葉には一切耳を貸さなかった男女が、彼女の言葉に見る間に輝きを取り戻す。

 最初は驚きと疑りに目を見開き、けれど可能性を提示されたその瞳には歓喜がすぐに浮かんできて、二人は、身体を寄せ合いながら勇敢にも人の波の中へと潜り込んでいった。

 我先にと逃げる人波。金髪の少女だけが、私の隣に残る。


「……アリセルナ、さん」

「正論言っても聞かないでしょ、ああいう人たち。……気持ちは分かるわ」


 前の方から人を押し退けてやってきたんだろう、息を切らせながら彼女は微笑んだ。

 ああ、綺麗だ。

 柄にもなくそう思った。魔族の中でも二番目と謳われるだけはある。


「……精鋭、というのは?」

「コメットとディーゼルのこと。精鋭なんてちょっと大げさだったかしらとは思うけど、まあいいわよね? 目的は違ってないわ」


 彼女はさらりと言い切って、膝に手をついた。そしてそのまま曲げた腕に体重を預けて深呼吸をする。やはり、この随分な人波を越えてくることは簡単ではなかったようだ。

 ……それにしたって、随分はっきりと言い切ると思った。精鋭なんて、記憶にはなかったけれどと。

 私の訝しむ表情に気付いたのか、彼女は理由にならない理由を語る。


「――非常用通路に逃げ込む前にね。みんなを誘導していた途中、誰かの悲鳴を聞いたの。たぶん、私より少し年下くらいの女の子の声だったわ」


 どきりとした。突然曇る声音。トーンを落としたせいか。


「……彼らの、娘の?」

「そこまでは分からない。だけど誰かの愛した子供が今、殺されたの」


 私が聞けば、首を振りながらも彼女はそう答えた。死。それは随分と見てきたくせに今だけは嫌に生々しく。馬鹿みたいに脆い鼓膜だ。

 その言葉につい黙り込んでしまった私が何かを返す、否、返せる前に、膝についた手を伸ばす勢いで彼女はまっすぐに立つ。

 ――何を、言うべきか。迷った挙句に、私は低い天井を仰いだ。


「……大丈夫ですか? 二人がいなくて」

「大丈夫、って言ったら嘘になるわね? 分かっていて聞いているんでしょう、性質悪いわよヘタレさん」

「ヘルグです。貴女まで言いますか」

「いいじゃない。ぴったりだわ」


 性質が悪いのは一体どっちだか。

 軋む喉も気にせずに苦笑して、手を伸ばす。


「……? ヘタレさん?」

「急ぎましょう。奴らに追いつかれても困る。……二人がいなくて、不安なのは同じです」

「――あら。コメットがいない間に、私を口説いてもいいわけ?」


 伸ばした私の手を取りながらも、彼女は悪戯っぽく笑った。

 ナンパ、か。……そうとられるのも仕方がない。それに悪くもない。


「さて、いつ私の本命がコメットさんだと言ったでしょう。それに美しい女性をエスコートするのは紳士の務めではありませんか?」

「よく言うわ」


 笑み合いながら、二人で走り出す。暗く狭い通路の中を。

 人混みと頭痛は、幾分遠くなっていた。

 左遷されるべきは自分かな、とふと思う。自分を混血と罵ったあの医者よりも、蔑まれて職権を振り翳そうとしてしまった自分の方が。――そして、こんな時、誰も助けられない自分の方が。

 一体誰が死んだというのだろう。命の重さはみな同じだと言うけれど、殺めることはいとも容易い。そしてそれを死として受け入れることも。だから私は、誰も救えないというのだ。


 事が無事に終わったら辞職しようかなと半ば本気に考えつつ、私は事が無事に終わることを何よりも強く願った。







 ――聞こえていますか? 魔王様、勇者さん。


 死なないで下さい。まだ貴方たちを、殺すわけにはいかない。

 どっちが花嫁でどっちが花婿なのか分からないような結婚式で一番にスピーチして、初夜に夜這いをかけるところまで私の未来は決まっているんです。あと子供は絶対黒髪と赤い瞳を持った可愛い双子だと。

 だけどその未来には、二人が必要不可欠で。

 ここで死なれては、私の未来もここで断たれることになる。――そんなの、嫌ですよ?


 民を救えと散々教えてきた貴方の言い付けはちゃんと守ります、我が主。

 ですから……ですから、貴方は自分と婚約者の身くらいちゃんと守って下さい。寝てる場合なんかじゃないですよ?

 私は民を助けます。この身を賭しても。

 だからどうか貴方は、死んでも生きて下さい。――絶対に。




 ――The person is killed in the cause of justice.





明日はヘタレさんの誕生日ですよー!(←自己アピール)

でも明日は出掛ける&テスト勉強に明け暮れる……予定、なので今日更新。予約掲載? HAHAHA、何のことかな←

いえ、あの、早く生存報告をしたかっただけです。相変わらず小説執筆は偏ってますけど生きてますよ。部誌の表紙を自ら引き受けて自分の首を絞めてますが生きてます。テスト前ですけど生きてます。心配しないで下さい^q^心配してないですか? よかったです。

とりあえずでも18日は理科が得意な人どなたか脳みそ貸してほしいな(←無理)

1分野はできますけど2分野無理なんです。……周囲には2分野の方が得意って子の方が圧倒的に多いんですが。どうして。

そろそろローテンションでどうしようもない自分は置いておいてとりあえず余談をば(←全部余談)

あのですね、気付いちゃったんですよ。何をって?



ヘタレさんの言葉遣いって実はすごく悪い。



証拠。


序盤の一文:隅っこで町医者でもやってろ役立たずが。


役立たず『が』。これを最近巷で口が悪いと評判の勇者口調に直すと『役立たずめ』になります。たったひと文字ですが結構違いますよね。

あと『町医者』ですが、魔王城では資格などというものがないために個人で医者を開業することが禁じられているので、つまりこれを訳すと『隅っこで野垂れ死ね役立たずが』となります)^o^(

ヘタレさん視点一人称になってようやく分かる事実。そして今さらながらこの人の一人称私って気持ち悪(自主規制)

どうでもいいですか。どうでもいいですね。すみません。

いまいちテンションが上がらないのでエクスクラメーションマークでもつけてテンションが高いように見せかけてそろそろ退場したいと思います、ひゃはーいそれでは!←

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