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第124話 振り翳す正義と一抹の過ち(前)

「ど、どうしよう、大変なのよディーゼル!」


 それはある日の夕暮れ時。逢魔ヶ時なんて呼ばれる、仄暗い影が伸び始める時間帯のことだった。

 息を切らせながら俺の部屋に飛び込んできたのは、見慣れた小柄な影。

 俺は毎日のように続くヘルグとの腹の探り合いに疲弊しソファーの背にもたれていたところで、その突然の幼馴染の訪問に、驚いて、ようやく身体を起こした。


「な、何だ、アリセルナ、どうした? まさか、魔王様の容体に変化でも――」

「違うの。そうじゃ、ないのっ」


 今まで魔王様の容体を傍で見ていたはずのアリセルナが、青い瞳をこぼしそうに歪めて首を振る。俺の言葉に答えは否定。

 ならば一体どうしたというのだろう。どう見ても尋常じゃない幼馴染の様子に、俺は胸の辺りが冷たくなるのを感じた。

 今にも泣きそうな顔で俺を見上げた彼女は、震える唇を小さく開いて、信じられないようなことをか細い声で告げる。


「ま、魔王様を……、殺しに、来たの」

「殺しに? ――何が」


 俺はいっぱいに目を見開き尋ね返す。魔王様を殺す? 一瞬意味が分からず、そして何とか咀嚼できた後もまさかと猜疑心が首をもたげたが、たとえ勘違いはあっても、アリセルナはそんな残酷な嘘を吐くような子ではない。それに魔王様が瀕死の重体にある今は、魔王様の命を狙う輩にとってはまさに千載一遇の好機だろう。

 ――となると、誰が――まさか、サタンが……?

 ここ最近にあった出来事のせいで脳裏をふっとそんな想像がよぎっていったが、けれど、泣き出しそうな表情で唇を噛んだアリセルナがさらに紡ぎ出す言葉は、それ以上に最悪な予想外の事実を紡いだ。


「勇者が……勇者一行って名乗る人たちが、今、この城に来てるの」


 耳を侵した戦慄は絶望をも越え、ただただ過重な沈黙が場に下りる。

 少女が告げた事実に俺はただ一つだけ、自分を勇者だと名乗ったもう一人の幼馴染のどこか別人のような大人びた表情を思い起こしていた。





 ◇





 城内は他に類を見ないような擾乱の最中にあった。

 人々は我先にといずこへか逃げ出し、部屋は荒れ、扉だったものの残骸などは蹴飛ばしていく。混乱し、誰の眸にも正気の光などは宿っていない。

 原因は、突如魔王城を占拠しに現れた《勇者一行》という存在。

 魔王様を忌々しき災厄の因子と勝手に決めつけた彼らは、絶対的な武力を以て、魔物たちを束ねる王である魔王様を殺すと堂々と宣言したのだった。


 ――数年に一度、人間たちの国からやってくる“勇者”と名乗る剛腕の戦士。

 頻繁とも言えるくらいの頻度でやってくる人間の一行に魔王城の住人が恐怖を示すのは、彼らが、『魔王を殺す』ひいては『魔物を殲滅する』ことを目的としているためである。

 正に残虐非道、非人道の限りを尽くしたような破壊、殺生を繰り返し、前魔王が魔王城の長だった時には一時期魔王城の住人が再生不可と言われるほどに激減してしまうくらいの殺戮が行われたというほどだ。実は魔族が人間を食らうようになった事の発端はそこまで昔のことではないらしく、一説には、それは人間への逆襲であるという説もある。


 そして、今回の勇者一行は、通例に増して最悪だった。


 彼らが突然魔王城の前に現れてから十数分、骸の数は既に30を超えている。それも見るに無残な殺し方で。知人、友人、名は知らないがかつては同胞だったもの――それらが屍となって床に転がっている。家族や恋人を殺され、嘆き、喚き、嘔吐して動けない者もあった。


「ひどい……」


 俺が例えようのない怒りと吐き気を覚えている横で、凄惨に荒らされた死体から目を逸らしもせずにコメットは呟いた。

 まっすぐに見つめる真摯な瞳には、炎。青く凍てついて燃える焔が、ゆらゆらと揺れている。

 この年頃の娘ならば普通目を逸らすだろうに、――というか俺だって視線を逸らしたくて堪らないのに、コメットは飛び散った血や肉片を見据えて決して瞳を逸らそうとはしない。


「もうここは、通った後か……この城の構造なんて知ってるはずないから、人の声がした方に進んだと見ていいかな」


 そっと血の跡を細い人差し指でなぞりながら言う。平淡な声だった。

 ――コメットと俺は今、勇者を名乗る殺戮者を追って、魔王城の中を駆け回っているところだった。

 勇者を追い掛けると言い出したのはコメットだ。勿論俺は止めた。止めたさ、そりゃあ。大切な幼馴染がそんなことを言い出したら誰だって止める。

 けれど頑固なコメットが大人しく遁走の群れに加わるはずもない。首をあっさり横に振ると、それでも行くと言って逃げる住人たちとは逆方向に走り始めた。

 そうなればもう仕方がない。俺もついていくしかないだろうと、それこそ俺もコメットの制止を押し切ってここまでついてきた。


「……ねえ、ディーゼル」

「何だ?」


 俺はとうとう死屍から目を逸らして答える。惨すぎて直視していられない。

 けれどコメットは相変わらず、視線をそれらに注いだまま。


「勇者が来た後は、いつも、こんな感じ?」


 淡々としていたけれど、どこか未練のような、後悔のような後ろ暗い感情が漂う声音だった。

 ――彼女は、いや彼女の身体に在る魂は、元は勇者だったという少年のものだ。

 かつて彼女の中にいる魂の持ち主もこの城へ来て、魔王様に挑み、――そして死んでいくはずだった。けれど死んだのは勇者ではなく、俺の幼馴染であり、魔王様の婚約者であったコメットだ。何故かと聞かれれば詳しい事情は俺は知らない。けれどそれは紛れもない事実らしく、俺の目の前にいる少女は、確かに俺の知らない表情をしている。


「……いや」


 けれど俺は、否定の意味を込めて首を振った。横に。

 別に慰めなどではない。半分、同情のようなものも混じっていたかもしれないが、それでもそれは確かに本音だった。彼女と仲良くなった今でも、勇者という存在が憎いことには変わりがない。わざわざ嘘を吐いて慰めるほどその事実を許せているわけではなかった。


「前回は少なくとも……、違ったよ。こんな無益な殺戮なんてしなかったし、軽々と魔王様のところまで乗り込んでいった勇壮な戦士にしては、何故か死人も出なかった」


 俺も同じように無機質な声で紡ぐ。前言通りに、嘘ではない。コメットは少し驚いたような顔をして、それから微かに笑んだ。


「ありがとう。ディーゼル」

「……いや」


 俺は正直に言っただけだから。と、口の中だけで呟く。


「――もう一つだけ、聞いていい?」


 すくりと惨たらしく殺められた骸の前から立ち上がり、コメットは俺の方を振り返った。

 紅玉の双眸は強く俺を見据えている。――まさか、断れるわけもない。

 俺は頷いた。


「この人たちの中に、ディーゼルの知ってる人はいる?」


 唐突に尋ねられて俺は、ぐるりと周囲を見回した。――異臭を放つ肉塊。判別も難いような死体ばかりが転がっていて、俺は世界が回るような感覚さえも覚える。再び込み上げる吐き気。脳を直接かき混ぜられるような頭痛に呻き声を上げる。

 けれど俺は何とか、答えるために首を縦に傾けた。近い部屋の住人。――かなり親しかったというわけではないけれど、会えば挨拶を交わすくらいの仲ではあった。今でもその朗らかな笑顔は脳裏に焼き付いている。だから、ああ、それ故に。


「……ごめんね」


 ずるずると壁にもたれる俺に、コメットは自分の犯行を謝罪するみたく言った。謝るな。謝るなよ。何でお前が謝るんだ。お前が一体誰を殺めた? 誰も、みんな、笑ってるのに。


「見なくていいよ。あれは、私だ」

「…………」


 俺は口を半開きのままに腕で目をふさぐ。暗闇に世界が閉じられた。

 お前があんなに汚いわけないだろ、だから、謝るな。自分が何を考えているのかもいまいち分からないままに俺はぐるぐると思考する。

 コメットはそんな俺の気持ちを、理解していたんだろう。


「……ここから先は、ついてこなくてもいいよ? 知ってる人がもっとたくさん、死んでいるかもしれない……アリセルナのことだって心配でしょ」

「……さっきも、ついていくっつった時、言っただろ。アリセルナにはヘルグがついてるし、それにあの勇者は殺戮を好むような奴なんだろう。みんなが逃げ込んだ非常用通路の方に向かっているなら、どうせ行く方は同じだ。――それに」


 それに。冷たい腕を瞼の上に乗せたまま、俺はその言葉を拒んだ。優しいけれど残酷な提案。彼女はまた俺を除け者にしようとする――、嫌だ、そんなのは。


「俺のいない内に、また……お前が死ぬのは嫌だ。それくらいなら、この身体ごとぶった切ってくれ」


 また。二度目。つまりコメットは死んだ。――死んで、いるのだ。

 腕をどけて瞼を持ち上げれば目の前にいるであろう少女はコメットではない。その姿をした別人だ。

 だけど確かに大事だから、もう二度と、失いたくないのだ。奪われたくない。勇者なんてどこぞの馬の骨ともしれないような奴には、特に。


「……ディーゼル」


 頬に冷えた温もりが触れた。細く小さな手だ。


「私は、勇者だった。そして貴方の大切な人を殺めた。――それでも、私を、大切だって言ってくれる?」

「んなの関係ねえよ。どんだけ一緒にいると思ってんだよ……、今さら死ねとか、いなくなれとか、そんなこと……言えるか」


 声が震える。失うことは純粋に怖かった。


「あのね。ディーゼル」


 華奢な指は頬をすべって、下へと落ちる。

 俺は沈黙を保ったままだった。


「魔王様はまだ目を覚ましてない。部屋は奥にあるとはいえ、あそこまで辿り着かれたら今の魔王様じゃどうにもならないと思う。だから、私は魔王様のところに行かなきゃいけない。奴らの目的は魔王様を殺すことだろうから」

「――……ああ」

「みんなは大丈夫だと思う、……ここにいる人たちは、勇者が来たことに気付かず逃げ遅れた人だから。今逃げてる人たちはルーダさんが誘導してくれてるはずだし、しんがりはヘタレさんが務めてくれてる」


 だから、とコメットは続ける。俺はようやく腕を下ろした。


「ディーゼルに、お願いがあるの。――怖かったら、嫌だって言っていいよ」


 それはあんまりだろ。胸中で呟く。

 小さい子供を諭すみたいに、……そりゃあ怖くないといえば嘘になるが、そんな聞き分けのない子のようなことはまさか言えない。

 それを分かっているのかいないのか、コメットは微笑んで俺の髪をさらと撫でた。


「私の代わりにね、呼んできて欲しい人がいるんだ」


 優しい口調。――大切に思われているのと同時に、厄介払いされているのがひしひしと伝わってくる。

 厄介払い、と言うと少し語弊があるかもしれない。失いたくない。その気持ちは俺も同じなのだ。

 だから俺は小さく頷いた。彼女を、大切なものを失わずに済むためならば、俺は悪魔にだって魂を売り渡すだろう。こんなにも脆く崩れ去る平穏ならば。


「――影、だろ。それから、デュレイ=ミース。……離宮に隔離されている囚人だ」


 俺がひどく遠い口調で呟くと、コメットは驚愕を浮かべて目を見開いた。

 当たり前だ。俺がそれを知っていることを、コメットに告げたことはない。

 ――これが、この数日間のヘルグとの腹の探り合いで得た、確かな情報カードだった。



 俺に出来ることがそれしかないならば、全力でぶつかるしかないだろう。

 大切なものを守るためならば、俺はどこまでも成り上がってやろうと決めた。

 たとえそれがどんな、血濡れた道であろうとも。




前々から書きたかったことをば。


早くも復活してます白邪ですこにちは(^o^)←

今回は連載当初から構想のあった『もう一人の勇者』をこんな形で出してみました。……間違った感がなくもない。

勿論(前)ですしまさかこれで終わるはずもないので次回も続きます。次回は一方ヘタレさん。そして未だ目覚めることのない我が家の魔王さんは一体何してるんだー!

……補足ですが一応上の方々は勇者が来た時の対処法などはちゃんと訓練されています。だからルーダさんが柄にもなく頑張ってます←

ただ魔王様があんなんなのと勇者が通例以上に横暴なのもあって住人は混乱を極めてるみたいです。たぶん(ぁ


……なんだかこのまま行くと、170話程度で終わりそうな気がします。予定ですので分かりませんが!

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