第116話 闇と影のマリオネット
影は落ち着く。冷たい床と、薄暗い闇。僕と同じ存在だからか。
お世辞にも部屋ともいえないような閉ざされた空間の中で、僕は一つのびをした。
「んー、ねむ……」
欠伸がぷわりと浮き上がる。眠い。僕が睡眠を取る必要性はないけど。
多分、『光』の方も今眠気を感じているんだろう。共振している――というか、僕が一方的に影響されているだけか。珍しく、光の方が影響力が強い魂だから。
……まあ、それはどうでもいいや。
それより暇だ。ものすごく暇だ。何もやることがない。退屈だと世界中に叫んで回ってやりたいくらい。……やんないけどさ。
まあ一応僕は今、罪人の監視係みたいになっているらしいんだけど。
――そもそも罪人を見張って、一体どうする気なんだろうか?
相変わらず考えが甘いと思う。あの馬鹿は。
あんなろくでもない奴ら、一体いつまで捕まえていれば終わるわけ? 死ぬまで? ――そんなの長すぎるだろう。
多分平和ボケしてたんだな。田舎生まれの田舎育ちだから。まあ、僕が言えたことじゃないけど。
罪人を捕まえて、そして? その先を考えていない。
「あの馬鹿、よく今まで生きてこれたなあ……」
はあ、と大げさにため息を吐き出す。我ながら笑っちゃうね。
罪人には処罰が必要だろう。それが国家のやり方だ。懲役を科すなら科すで、こんな執行人の人生にまで影響するような方法を取るべきではない。
合理的なのはやっぱり極刑だと思うんだけどなあ。あの側近もよく許したな、そんな妄言。
――というか、魔王様が、そんな書類を持たせること自体おかしいだろう。
事故で見てしまったなんて、言い訳に過ぎない。
いくらあの馬鹿を信じていたとしてもそんなもの、あの魔王様が運ばせるわけがない。と僕は思う。
そこまで愚鈍ではないだろう。あの馬鹿は、普段はそれなりに聞き分けのいい子だけれど、変なところで頑固だから。それに何も知らないから、汚いことを許せない。
そういう子だ。なのに何故?
緊急事態とか、そんな言葉じゃ説明はつかない。側近だって王の心配はするだろう、あの性格なら尚更。見舞いに来た時に渡すんでもいいし、そこまで急いでるんだったらあの馬鹿を使って本人を呼び出す方がどれだけ賢明な判断と言えることか。
「……図った、か?」
そんなことをしそうな人には見えなかったけどなあ。――見た目だけか。
仮にも一国の王、それくらいしておかないとやってられないか。それならそれで。別に僕には関係ないけど。
……だけど、明日は我が身か。うーん、自分の身は可愛いしな。
――がた。
ふいに、何かがずれたような音が聞こえた。
来たか? 予想していたより随分早かったな。反射的に腰を浮かせる。
今、僕のいる部屋の階下には自身の主を裏切った反逆者たちが閉じ込められている。
今までは反逆者を見つけたら十分な証拠を揃え魔王様か側近さんが直々に出向き、事実確認の上罪の重さを詮議してその後の処置をすぐ決めたらしいけれど。死刑と判断されればその場で首を斬る。
多少乱暴なやり方だが、多少は恐怖という枷で民を縛っておいた方がいい。無知で平和な民ではない、王に牙を剥こうとする愚民は。
けれど今度からは違う。反逆者と判断された者は、古く錆びてしまった地下牢に閉じ込めることになっていた。それは光の案。
その甘さには僕もほとほと呆れたが、だからといって今さら撤回するわけにはいかないだろう。ただでさえ魔王様が倒れたりして大変らしいし。今拠り所はこの魔王城だけ。ここが陥落してしまえば、行くところはない。
だから僕も護らなければならないのだ。どんな卑怯な手を使ったって。
「魔王様を優しくて民に甘い理想の王だと思っている馬鹿な輩は多い。そこを逆手に取ってやろうってね」
階下から、微かにだが音が連動して聞こえる。鍵をいじっているみたいだ。
階段を飛ばして下りながら、僕は何だか気持ちが高揚するのを感じていた。
鍵はあれでも結構複雑なものだ。それをどうにもできないならば問題外、話にもならない。正に殺す価値もない。
まずあの鍵を壊すなり外すなりできないなら、魔王城を落とそうなんて百万年早いのだ。
一つ目の階段を下り切った。わざと保っていた実体を消す。
踊り場のような狭い空間には、二人の看守。――と言っても、ダミーだが。
こればかりは魔王様に作ってもらったので、それなりの手練れにだって魔法で作り上げたものとは見破られにくい。闇属性の力を増幅する暗闇の中だから尚更。
勿論、魔王様に負担をかけないようにと作ってもらったので強さは保障しかねる。ていうかぶっちゃけ弱いと思う。
だけどそうじゃないと困るのだ。人並み以上には強くて、人並み以下には弱くあってもらわなくちゃ。
それじゃないと騙されてくれない。牢を守る看守が弱すぎても問題だが、強すぎては逆に疑われる。こんなところで警戒されては困るのだ。
――だってね、最後にとびっきりの恐怖を与えてやるんだから。
想像して、唇をぺろりと舐める。何て楽しい、久々の悪戯だ。
実体を消していても僕の姿を認知する奴もいるかもしれないので、透過を念入りにかけておく。
さて、そろそろ来る頃か? 反逆者様たちとのご対面だ。
そりゃあ素敵なんだろうな、サタンに酔うほど甘い餌で唆された裏切り者たちだ。自分の腕にもそれなりに自信を持っている者が多いだろう。一見弱そうに見える魔王様に不満を抱く者もいるだろうし。
そんな奴らがまず、大人しく捕まっているはずがない。誰か一人が言い出せば、そいつが捕まってもその間に逃げ出そうとか考える奴もいるだろう。協調性なんて、サタン派の者にはとても相応しくない言葉だ。他人を蹴落として上へと上っていく世界なんだから。
「それが仇になるってこと、その身に叩き込んでやるよ。クズども」
謀反には罰を与えなきゃ、ね。
――恐怖なんて、最高の悪夢を。
「うわっ、な、何だっ!?」
「お前たち、どうやって牢屋から出た!」
いつの間にか、罪人たちが階段を駆け上がってきていたらしい。驚く声が響いた。
陳腐な科白を紡ぐのは、ダミーの看守たちの口。恐怖と驚愕に顔を歪める。芸が細かいなと感心しつつも、僕はそっとそれらから一歩離れた。
「喋るな」
「うぎゃああああっ!」
そしてさすがに予期した通りというか。
マスクで顔を覆った男が、低い声で呟いてダミーの一人の首にナイフを突き立てた。随分と慣れた手つきだ。
断末魔の醜い悲鳴を上げダミーの首から鮮血が噴き出す。さながら紅い雨。なかなかにリアルな光景だが、偽物だということが分かっているし、正直そんなものは見慣れていたので動揺することはなかった。
「ひいいい!」
だっと逃げ出すもう一人のダミー。仕草までもリアルなんだから恐ろしい。本当に生きているんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。
が、そんな逃げ惑う看守に、もう一人の女が覆い被さった。
「――爆発」
抗う間もなく頭部が爆発する。何だか得体の知れないものが飛び散った。さすがにちょっと気持ち悪い、がまあ、所詮はダミーだ。よく出来過ぎてて気持ち悪いが。確かにリアルにって頼んだけどさあ。
自分で頼んだものにぶつぶつと文句をつけながら、僕はぐるりと反逆者勢を見回し確認する。
全身黒に包んだいかにもなマスクの男に、先程魔法でダミーを爆発させた、嫌に露出度の高い女。こんなところでもしっかりメイクしやがって。
……と、まあ、そんな主観はどうでもいい。
それから筋肉ダルマみたいないかつい男、エセ爽やかそうな青年……あの側近に似てるな。ちょっとだけ。
そして最後に、奥で控える一番危ない目をした男。
ここまで揃うと何だか大道芸人みたいだな。芸人パーティー?
よくもまあここまで個性的なメンバーが揃いますこと。魔族には人間の目から見て変な人が多いってことは分かってるけどね。
それにしても……、何だろうな。一番奥の赤毛の男。どこかで見たことがある気がする。気のせいか。デジャヴ?
「……行くぞ」
マスクの男が低くぼそりと呟いて、次の階段へと足をかける。誰も反論はしない。さすがに、こんなところで無駄なエネルギーを使っている場合じゃないとは理解しているらしい。
――って、感心してる場合じゃないな。
これ以上上へ行くと音漏れの危険がある。何も知らない奴らが聞きつけてきたりしたらまずいんだって。
『待て』
僕の気持ちを代弁するように――というか事実代弁して――轟く低い声が5人の足を止める。
『これより先へ、行くつもりか?』
ずんと巨人の身体が、突然5人の前へと立ちはだかった。
模るのは人の子の伝説によく謳われる《魔神》と呼ばれる存在だ。有名な伝説だから、魔族にも浸透しているだろう。子供の時によく教訓として聞かされる話なのだ。
その魔神を模る巨体は、人を圧倒するに十分な威力を持っている。凶悪な顔つきに厳かな声音、右手に斧と左手に十字架。それから背中には悪魔の翼。絵本の中じゃなく、現実にいるならば尚更恐ろしい存在だ。事実、5人の足も未だ止まったままで。
「……何だ? こいつは」
「ただの幻覚による像よ、微かだけど魔力が視えるわ。模ってるのは伝説にも謳われてる魔神ね、……まさか魔神なんか召喚できるわけないもの」
魔法に詳しいらしい女が、そう言って肩を竦める。どうやら圧倒されているわけではないらしい。……さすがに無理な話か。
まあ、でもそう余裕ぶっていてくれるならその方がちょうどいい。ただただ本能的な恐怖だけじゃなくて、人知の及ばない闇の恐ろしさを披露することができる。
『この先へ行くことは我が許さん』
「……ま、こんなの気にしなくていいわ。幻覚は通り抜けられるから、――それより問題はこれを仕掛けた術者が近くにいるってことね。気配は感じられないけどきっと姿を隠しているはずよ」
さすがに馬鹿ではないらしい。心の中で拍手。
でもやっぱり世紀の勇者様には敵わないみたいだ、――当たり前か。
歴代最高の勇者とさえ賛美されたことがあるんだ。それでも魔王様には敵わなかったわけだけど。
そこんじょそこらの魔法使いに負けるわけにはいかないだろう。まだまだ現役ですから!
そうしたら、今度は――
「おい。そんなことは後でいいだろ、それより早く逃げなきゃ人が来るかもしれねえだろ? ほら、早くその瞬間移動とやらの有効範囲に出ようぜ」
「あっ、こら、馬鹿!」
僕が何をするまでもなく、筋肉ダルマが勝手に階段の一歩目を上り始めた。
頭も筋肉、腕前だけを買われた奴か。まあ、手間が省けていい。僕はにやりと笑う。
『許さんと言っているだろう』
ふいに魔神の腕がぶれるようにしなり、筋肉ダルマの厚い筋肉を抉って吹っ飛ばした。
「あっ!?」
「な――っ」
壁に轟音を立てて筋肉の塊が激突する。
目を見開く反逆者たち。
その中でただ一人しんがりに控える男だけが、無表情を張り付けて黙っている。
「と、通り抜けられるんじゃなかったのか!?」
「し、知らないわよ! 幻覚は視覚や聴覚に訴えるだけの異常、こんなことなんて――でもそしたら一体――何なのよこれっ!」
「魔法はあんたの専門だろう!」
相当動揺しているらしい。まあ、どうせ魔王城の平和ボケした連中とそう変わりないか。
つまらない。あまりやりすぎると悪戯で済まされなくなるじゃないか。
ちっと舌打ちして、僕は巨体の肩に飛び乗った。どうせ視えていないんだからいいだろう。
「ま、まさか本物の魔神だなんてこと――!」
女が半ば悲鳴のように叫んだ。
が、その瞬間、巨体の肩が揺れ、女の身体がべしゃりとつぶされるように壁に叩きつけられる。
「ひ――、ひいいいっ!」
「うわあああ!」
情けなくも踵を返し牢の方へと逃げ出し始める反逆者たち。魔神を模ったそれが、後を追ってどすどすと歩き始める。その緩慢な動作が余計彼らの恐怖を誘うのだろう。腰を抜かさないだけ、さすがとでも言っておくか。
僕はその肩から飛び降り、一人残った男と目を合わせる。
「迷夢、か。……闇の最上級魔法だもんな。闇属性は専門の奴じゃねえと分からねえよなあ」
燃え立つ赤毛に鳶色の目。
その男は確かに僕の目を見据え、にやりと笑った。
まさか『迷夢』を見破るなんて――やっぱりこいつは、他とは違うらしい。サタン直属の部下か? それとも、――何だ。
やっぱり見覚えのある顔に頭を抱えつつ、僕は透過を解いた。
すると男は、笑みをさらに深く刻む。
「やっぱり、か。……一応、初めましてになるのかね? 影さん」
「ふうん、視えるんだ。ま、僕も有名になったもんだね……影なんて呼ばれ方はされたかないけど」
肩を竦め、目の前の赤毛を睨む。
軽口を叩きつつも、内心焦ってはいた。
――僕のことを知っている……?
一体誰なんだろう。見たことがあると思ったのは気のせいじゃない、のか。だけど名前は思い出せない。というか、聞いた覚えさえない。
そんな僕の疑問に答えるように、男はからりと言葉を返す。
「いつもコメットと一緒にいるだろ。だから気になってた」
「はあ……どうも? で、貴方は」
どうやら光と一緒にいるのを見られている、らしい。それなら確かに僕の記憶にあってもおかしくない。
でもおかしい。だって僕は、極力夜以外出てこないようにしてるんだから――
……どういうことだ? そんなの、部屋を覗き見でもしないとそんなこ知りっこないはず。
訝しむ。が。
「俺の名前はデュレイ。愛しのコメットによろしく伝えておいてくれよ、相棒!」
――何だ、ストーカーか。
僕はそう確信し、地獄の火炎の矛先を目の前の男に定めた。
何だ、ただのストーカーか。
そんな影の心境です。冷めてる子ってイイヨネ!
とりあえず暗くしてみたかっ(自主規制)
でもオチがオチなんで暗くはないです。ただの影の一人遊び。
ぶっちゃけ光と影に別れた時に知能とか強さとかそんなもんが全て影にいっちゃったんだと思います(゜∀゜)キットネ!
次回は一度コメディーに戻ります。あえて一度放置しますが悪しからず。
ていうかもう新キャラとかいらない。覚えるの大変だから本当やめて欲しいわ(^O^)←
でも前から出したかったキャラなのでがんがります。
にしても変態多くね? 今さらですね分かってます。