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第115話 Love is Blind

「コメットさん!」

「は?」

「大丈夫ですかっ、疲れてませんか倒れてませんか無理してませんか!」

「……いや、大丈夫ですけど……何?」


 こんにちは、コメットもとい勇者です。いいお天気の昼下がりですねー。え、知らない?

 まあ、それはともかくとしても。

 アリセルナと庭をお散歩してたら、何だか突然変態ことヘタレさんが介入してきました。

 何だ。何だろうねこの人。唐突に何を言い出すんだろうか。唖然。


「あ、ヘタレさんだ。こんにちはー」

「こんにちは。できればヘルグって呼んで頂けると嬉しいですが」

「嫌」

「……そうですか」


 そしてアリセルナ、強し。

 爽やかな笑顔で爽やかに拒んだよこの子。元凶は僕とは言え。


「ていうか、突然どうしたんですか……? 若干気持ち悪いんですけど――いえ、若干じゃないですね。相当気持ち悪いんですけど」

「そこ言い直さないで下さい。私もう、今朝から心配で心配で心配で心配で心配で――」

「心配言い過ぎでしょうが気持ち悪い。あんたは過保護な父親か」


 こんな父親絶対にいらないけどと付け足して、僕は一歩退いた。変態に近付いてはいけないという母親の遺言を思い出し……完璧に守れてないや、ごめんね天国のお母さん。


「何せ、今朝の食事も喉を通らなかったんですよ!」


 ……それは胸を張って言うことか。

 でも確かに、よくよく見れば、ヘタレさんの顔色が何となく青白い。気がする。

 ……喉を通らなかったって、まさか、比喩じゃなくて? だとしたらどんだけだ。そこまで心配されたらこっちが怖い。


「そもそも、何をそんなに心配することがあったんですか……」

「あれじゃない? ヘタレさんコメットのこと大好きだから」

「やめて気持ち悪い。考えるだけで血反吐が出るわ」

「血反吐とまで言いますか」


 出ます。出せそうな気がします本気で。


「でもまあ……大体当たりですね」

「え、嘘」

「嘘じゃないですよ。何せ私はコメットさんのことを世界一愛してますから!」

「きゃあっ、愛の告白よコメットぉ!」

「……今なら私、浄化パージでその邪念を消しされる気がします」

「え、邪念ってひどくないですか」


 むしろヘタレさん本体まで浄化できそうな気がします隊長ー。よーしやれ、決行だー。脳内会議で浄化は可決された。


「ちょ、ちょっと待って下さいコメットさん、本気で浄化する気ですよね!? やめて下さい私はこの通り純粋無垢な青年ですよっ!」

「どの通りだ」


 てめえにもう無垢な部分なんて残ってねえだろ。思考は若干口が悪い。でも口に出すことと内容は大して変わってないからいいか。

 とにもかくにも、僕にはこの人に純粋な部分があるとはとても思えない。ていうかあるわけない。あったら世界の人どんだけ真っ白なんだよ。綺麗すぎて泣けてくるわ。


「ていうわけですので浄化します。大丈夫、痛みはないと思います。…………多分」

「多分って何ですか!」

「いや、だって浄化なんてされたことないし……汚れていれば汚れているほど苦痛は大きいかもしれませんけどね。あ、じゃあ相当の苦痛になりますけど最終的に行き着くところはきっと同じですから大丈夫です」

「最早大丈夫の根拠じゃないですよね!?」


 大丈夫です。

 僕はにこやかな笑みで同じ言葉を繰り返した。大丈夫。保証は全くないけど。


 僕がヘタレさんを浄化する前に、そんな僕とヘタレさんの攻防戦――じゃないか。今やもうただのいじめ――を見兼ねたのか、アリセルナがひょいと僕の前に出た。


「それより、ねえコメット。私ね、急用思い出しちゃった」

「え?」


 突然の言葉に驚く僕。けれど彼女は、それを意にも介さず。


「ごめんね、まだ途中だけど……お散歩はまた今度しましょ?」

「え、あ、うん……? 全然いいよ、また今度ね」

「ごめんね、ありがと! くれぐれもヘタレさんと仲良くねーっ」


 ぶんぶんと手を振って、てててと駆けていくアリセルナ。最後の言葉は聞こえなかった。

 相変わらず可愛いなあと頬を緩ませつつ、僕は手を振り返す。


 ――って、……あれ?



 …………まさか僕今、謀られた?


「…………」


 僕と、ヘタレさん。

 イコール。――二人きり。


 …………ね、謀ったよね? アリセルナ。

 別に、僕は、ヘタレさんとはそんな関係じゃないって、何回も言ってるのに!


「…………あ、じゃあ私も急用思い出したので」

「なーんてことはないですよね。さ、少しお話しましょうか!」


 がしりと肩をつかまれた。……逃げられない。

 それを悟って、僕も仕方なく諦めた。ヘタレさんを振り払って逃げることほど面倒なことはない。そもそも、振り切れる自信だってないし。

 うううー。アリセルナに嵌められたー。


「よしよし、諦めのいい子は好きですよ? さて、雪は解けましたがまだ寒いですし……室内、入ります?」

「……んー。できれば城内の人にヘタレさんと二人でいるところを目撃されたくないのでここで」

「……何だかそれってひどくないですか? 私はこんなに好きなのにー」

「うわ、寄るな触れるな変態! 気持ち悪い!」

「えええー?」


 ひどいですねえ、と肩を竦めてすり寄ってくるヘタレさん。この人本気で気持ち悪いよ。どうしよう。どうしようもないけど。

 ――と。僕は気配を感じて、はと目を上げた。

 とことこと、視界の隅に救世主登場。気まぐれな、猫みたいな姿で。


「あ、虎次っ、助けて! 変態が、変態がすり寄ってくるの!」


 ――いや、まんま猫だけど。


「何言ってるんですか、勇者さん……」


 呆れたように嘆息するヘタレさんを無視して、僕はそっと虎次を抱き上げる。ああよかった、助かった。あのまま話が続くと危ない気がした。

 すると突然、僕の気持ちが要らない方向に通じたのか、フーッと虎次がヘタレさんに毛を逆立てて威嚇し始めた。僕の腕に、抱き上げられたまま。


「あ……あれ? 私、もしかして威嚇されてます?」

「みたいですね。ヘタレさんが変態だから」

「……そこあんまり関係ないんじゃあ」


 だって混血だとはいえ、虎次はむやみに人を嫌うような魔獣じゃない。懐くことも珍しいけど。

 だけどヘタレさんには好意的な方なのだ。根が一応いい人だからね。変態だけどね。

 僕はよしよしと子供をあやすように虎次をなでると、ヘタレさんに向かって悪戯に笑う。


「ほら、混浴に入り浸るのもほどほどにしなさいって」

「……だって楽しいんですもん」

「え、マジで入り浸ってんの?」


 冗談のつもりだったのに。この変態め。

 ていうか何でそんなところにいるのかねこの人は。部屋にも立派なバスルームがあるでしょうに。


「まあ、そんなことは置いておきましても」


 そんなことじゃねえよセクハラ。僕は顔をしかめた。が、ヘタレさんはすでに聞いていない。

 むしろ聞いていない、どころじゃなく。


「……本当に――、大丈夫ですか?」

「――何がですか」


 ふいに、声のトーンを落とすヘタレさん。

 そのあまりに落ち込みように、僕は思わずそう聞き返した。


「何が、ではないでしょう。罪人を捕らえるだなんて……あの時は軽く答えてしまいましたが」

「あ」


 ヘタレさんは言って、肩を竦める。ようやく思い当たって声を上げる僕に、ヘタレさんはますます呆れたようにかぶりを振った。

 忘れてた、だなんて。馬鹿な話だ。

 ヘタレさんが呆れるのも、当たり前。うう、と僕は目を落とした。


「……ヘタレさんは、その……後悔、してます?」

「反省はしてます。貴女に任せるべき役ではなかったと」


 そうっと上目遣いに見上げると、けれどヘタレさんは目を瞑ったままで言い切る。

 反省はしている――含みのある言葉だった。それは、喜んでいいのかどうかは分からないけれど。

 だけど。僕もそっと、瞼を下ろした。


「でも、魔王様は、貴女を止めようとしませんでした。それどころか『信じる』――と」


 囁いて。


「だから、もういいです。誰かが何かするたびにいちいち後悔なんてしていたら、それこそ馬鹿みたいでしょう?」


 ぱっと目を上げれば、いつものようにヘタレさんが笑う。

 彼らしい、明るいというか……前向きな考え方だ。馬鹿みたいなんて、その通りだと僕も思う。


「私は勇者さんを信じます。誰が、何と言おうと」

「――ヘタレさん」

「呼び方は直して欲しいですけど、ね」


 肩を竦めて茶化すヘタレさん。僕は知らずと笑みを零した。


「ありがとうございます。呼び名は直しませんけど、ね? ヘタレのへは変態のへですから」

「……それは初耳ですが」

「ヘタレのたは誑しのたです」

「それも初耳ですね」

「ヘタレのれは……うん。まあさしずめレンコンあたりで」

「さしずめって。レンコンはどっから来たんですか」


 いやだって思いつかなかったんだもん。

 やれやれと首を振って、ヘタレさんは微笑する。


「まあ、別にそれでもいいですが。それより、罪人を捕らえるといっても、どうするつもりですか? 勇者さんは光属性で、束縛系の魔法は使えなかったと記憶していますが」

「んー、まあせいぜい結界バリアの逆展開くらいしかできませんけどね。今は影が出向いてくれているので」


 僕が何気なしにそう告げると、さっと、明るかったヘタレさんの表情に唐突に影が差した。


「影? ……って、――あの」

「ええ、あれです。口が悪くて性格も悪くてまるで私とは大違いな。まあ……あれ私なんですけど」


 軽く言う僕に対し、ヘタレさんの顔は険しい。

 そりゃあ疑うのも無理はないだろう、と思った。影一連の事件はヘタレさんも知っているはずだけれど、まあ、……影は敵だったからな。敵という表現には語弊があるかもしれないが。

 だけど、少なくとも友好的に見られるような相手ではなかった。あれがさらに話をこじれさせたんだから、それは確かだ。


「それについて話すと長くなるんですが……まあ、何というか、一応あれも僕自身なので勘弁して頂けるとありがたいです」

「……勇者さん」


 こつんと自分の頭に拳を当てて肩を竦めるけれど、依然としてヘタレさんの声は暗い。

 どうしようかなあと考えていると、ふいに、ヘタレさんが小さく吹き出した。


「一人称、戻ってますよ?」

「……あ」


 半分開いた口から意味もない単語が漏れる。

 今、僕、戻ってた? それを思うと、少し、恥ずかしくて。


「……お、怒ってたんじゃないんですか」

「まさか! 私がそんな小さなことで怒るわけないじゃないですか」


 そ、そんな小さなことでもないと思うけど……。思いっ切り笑っているヘタレさんを横目に、僕はにぎゅーと虎次を抱きしめた。


「恋は盲目、って言うじゃないですか? それなら好きな人を精一杯信じるべきでしょう」

「やめて下さいよ気持ち悪い……」

「えー、それはひどくないですか?」


 ひどくないですと言い返して、すり寄ってくるヘタレさんをげしげし蹴る。

 だって、本当に気持ち悪い。

 恋は盲目だなんて、裏ではどんな狡猾なことを考えているかも知れないのに。

 影なんて信じ切れない得体の知れないもの、僕自身よく分からずにいるのに?


 ――だけど。


「ヘタレさん、らしいですね」

「それは嬉しいですね。ありがとうございます」

「あ、因みに貶してますよ?」

「え?」


 僕は笑う。釣られてヘタレさんも、困ったように笑った。

 盲目。真っ暗闇の、世界。

 何も見えなくなっても信じられるものがあるなら、僕は、それでもいいと思う。だから。


「でもヘタレさんのそんなところ、素敵だなあって思います」


 だから僕も信じるよって、つまり言いたくて。

 『影』っていう部分も含めて、丸ごと信じてくれたのなら。

 ――素敵、なことでしょう? それは、とても。








 見えないのなら、怖がることは何もない。

 君の恐れる闇でさえ、君が見ることはないんだから。


 見えなくたって、怯えることは何もない。

 君の両目が光を映さないのなら、僕が君のになろう。




とにかく明るくしてみたかった。


いつになったら話が進むんでしょうね、全くもう!

最近出てない変態どもをちょろっと出したらまたシリアス入る、……かもしれません。

そろそろサタン本格始動、だと思います!(←頼りなさすぎ)

正直作者的には主人公組よりもサタン組の方が好きなのでサタンには是非頑張って頂きたいです。うん。


とりあえず我が家の側近さんは色んな意味で盲目になっていればいいと思う。

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