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第114話 泡沫の夢をひとつ

「馬鹿じゃないの?」


 これが影の第一声でした。

 ごめんなさい、だけど自分の影に貶されたくはない。僕はむうと頬をふくらませる。


 ええと、皆様こんばんは……?

 今僕は自室にいます。夜なので、いつも通り影がベッドを独占して座っています。そして何だか貶されています。うん、いつも通りいつも通り。


「馬鹿ってさすがにひどくない? ……いや、転んだのは確かにあんまりだったけどさ……」

「ひどくない。転ぶ時点で馬鹿、それを見て落ち込むのも馬鹿。自業自得。それに自分本位、今まで続けてきた習慣を勝手に変えようとするのも悪いとこ」


 う、はっきり言うなあ。心にざっくり来るぞ。

 しかもそれが正論だから尚更。……自分自身だもん、よく分かってるよなあ。

 でもここで引き下がるのも悔しい。僕はなおも食い下がった。


「で、でもヘタレさんはいいって言ってくれたもん」

「あのね。自分が守られてるってこと分かってる? 君はいわばお姫様、その頼みを無下に断れるわけないじゃん」


 ……勝てる気がしない。

 うう、心が痛いです。確かにそうかもしれない。というか、きっとそうなんだろう。

 目に見えて落ち込んだ僕を見てさすがに気が引けたのか。影はベッドから飛び降り、椅子に深く座り込んだ僕に近付いてきて――ぎゅうっと、ほっぺを抓った。


「い、いひゃいっ!?」

「実体保つの面倒なんだからあんまり落ち込まないでくれる? 落ち込んでると虐めたくなる」

「き、鬼畜……っ」

「鬼畜で結構。どうせ僕は君ですから」


 容赦なく抓られたので思わず涙目になる。うう、痛い。

 ていうか、慰めようとかそういう気持ちはなかったのか……。


「て、ていうか、実体って……」

「僕を誰だと思ってるの? 勇者様であるぞ」

「……こんな人道外れた勇者見たことないよ」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 胸を張る影に、僕ははあとため息をついた。

 さすが僕、だなんて言う気にはならない。言えるもんか。


「僕は君の影だからね。魔力は生前と同じくらいはあるわけだ」


 勝ち誇ったように笑み、影は一歩離れる。

 それもそうか。魔力自体は、魂によって決まるものだから。

 全く衰えていなくても不思議ではない。

 魔力さえあれば魔法は展開できるわけだから、実体を作るなんて簡単なことだろう。


「てかさ、その……君のことは前、僕が浄化しなかったっけ」

「今さら何聞いてんの。光がある以上、影は生まれる。どっちかだけを殺せるわけないじゃん」


 聞くの遅すぎ、と影は呟いた。仰る通りで。


「まあ、ただ光がなくなったら影もなくなるけどね。――君がいる限り、僕は何度でも生まれるけれど」


 ……複雑だ。

 とにかく、僕がいる限り、影はいなくならないってこと。それだけ。


「ま、そういうわけだからさ。自分から言い出したことを、今さら撤回するわけにもいかないでしょ? だからほら、ちゃんと仕事しないと駄目だよ」

「……いいの?」

「犬かお前は。上目遣いで見上げるな、気持ち悪い」

「き、気持ち悪いって――」

「見た目は可愛いけど魂が穢れてる。君はつくづく光の名に似合わないと思うよ」


 影にだけは言われたくない。

 あからさまに顔をしかめてやるけれど、影は顔色一つ変えなかった。

 気持ち悪いだなんて言われたの、コメットになってから初めてかもしれない。つくづく正直で口が悪いなあこの子。……いや、僕なんだけどね。


「全く、そんな嫌そうな顔しないの。大丈夫だって、君だけじゃさすがに心配だから僕も手伝うし」

「て、手伝う? って言ったって……影は夜しか出てこれないんじゃ」

「は? 誰がそんなこと言ったのさ」


 慌てる僕に呆れたような顔を向け、影は指を突き出した。


「今までは面倒だったから出てこなかっただけ。夜だけが行動範囲だなんて思われたら困るね」


 …………。……さいでっか。


 いや、ごめん、殴っていいかな。今実体ある? でも殴りかかろうとしたら絶対実体消すよねこいつ。

 もう何か……最低だ。還れこの野郎。面倒って、面倒って……!


「何その目。る気?」

「……滅相もない」

「誠意がこもってない。はっ倒すよ」


 何で影にはっ倒されなければならんのだ。いや、言ったら本気で倒されるから言わないけどさ。

 何だこいつ。僕じゃ絶対勝てない設定じゃん。ずるい。

 そんな僕の劣等感を意にも介さず、影は自身の指を弄びながら簡単に言った。


「ようは馬鹿な裏切り者を捕まえてりゃいいんでしょ? なら結界バリアを逆展開するか、それじゃ頼りなかったら暗黒空間ダークネススペースとか。魔力は相当使うけど――交代でやればもたないことはないよね。どうする?」

「……僕は闇魔法使えないんだけど」

「ありゃ、そうだっけ。そうだよね、光と影分かれちゃったんだから仕方ないかー」


 じゃあどうしよう、と影は珍しく真面目に考え込む。

 案外真剣に考えてくれているようでよかった。……これで遊ばれたりしたら堪ったものじゃない。

 僕だけの責任ならまだしも、それは僕に任せたヘタレさんやリルちゃんの責任にもなるのだ。それはどうにも受け入れ難い。


「……お色気作戦とかは?」

「ごめん。浄化パージ唱えていい?」


 ……やっぱり真面目ではなかったようだ。


「やだな、冗談だってば。元が男の君にそんな器用なこと出来るなんて思ってないし、それにそんなことに釣られるような馬鹿をサタンが選ぶとは思えないしね」


 くすくす笑ってベッドの上に飛び乗ると、影はまた考え始める。

 さっきよりも気楽に考えている節があるが、……まあいいか。多分大丈夫だろう。というか、それより僕も考えなきゃ。


「あんまり威力の弱い魔法じゃ不安だしね。かといって魔力を使い過ぎるのも困るし、そもそもその罪人たちにつきっきりじゃつまんないよね」

「つ、つまるつまらないの問題じゃないと思うけど……他の人にも怪しまれるよね。んー、どうしよっか……」


 ――結論。今は別々とはいえ元同一人物の頭では同じようなことしか思いつかない。


 ……どうしよう。魔力の問題は置いておくとしても、つきっきりはさすがにまずい。と思う。

 多分、リルちゃんやヘタレさんにも無理してると思われて、きっとすぐにやめさせられてしまうだろう。うう。


「そもそもさ、魔法剣士とか何その微妙な職業。折角魔力多いんだからさあ、もう少し魔法の勉強してくれればよかったのに」

「いや、そこにケチつけられても困るんだけど……」

「剣の方が勇者っぽいとかいう理由で魔法剣士選んだくせに」

「ちょ、それを今さら掘り返さないでよ!」


 恥ずかしくて声を荒げる僕に、えー? とわざとらしくにやにや笑う影。うわあこの人最低です。

 仕方ないじゃないか、あの時はまだ幼かったんだ。そういう憧れを持つことだってあるさ。

 自分に言い訳をして、浮き上がった腰を椅子に下ろした。ああ、恥ずかしい。


「それより真面目に考えてよ……。遊びでやってるわけじゃないんだよ?」

「分かってるってば。でも君は真面目に考えすぎだって、ほら、もっと肩の力抜いて」

「影は適当すぎ」


 対照的すぎる。足して2で割ればそれこそ丁度いいのに。

 まあ、光と影なんだから仕方ないんだろうけど……あんまりだ。


「あ。それじゃあ、こうすればいいんじゃない?」

「え?」


 ぽんと手を叩き陳腐な仕草で思いつきを表す影に、僕はぱっと目を上げる。

 何だろう。今度はまともなアイデアでありますように、と密かに祈っている、と。


「まずは、『捕まえておこう』っていう概念から覆せばいいんじゃない――」





 ◇





 心なしか、身体が熱い。意識もどこか虚ろで、遠い世界を彷徨っているように感じた。

 どうしてだろう。いつも傍らに感じる闇が、とても、薄い。


「魔王様」


 ゆらぐ意識の中に、こと、とサイドテーブルを揺らす僅かな音と、聞き慣れた声が響いた。

 ――声の主はヘルグで、多分、サイドテーブルに置かれたのはコップだろう。頼んでもいないのに、そういうところばっかり気が利く奴だから。

 だるい頭を持ち上げ目を上げれば、怪しいほどに優しい笑みを浮かべた予想通りの人物。

 ヘルグはベッドの端に軽く腰掛け、暇を持て余すように天井を見上げる。


「具合は如何ですか?」

「……大、丈夫」

「何が大丈夫、ですか。熱があるくせに」


 とん、と額に指を当てられ、分かっていたのか、と呟くと、様子がそんな感じです、と返された。

 ……分かっていて聞くなんて性質タチが悪い。

 拗ねて布団を口元まで引き上げると、まるで小さい子にするように、柔らかく頭を撫でられる。


「……何の真似だ」

「いえ、可愛いなあと思いまして」

「……それは、仮にも育ての親に言う言葉じゃないだろう」

「育ての親、と言いましても。たった7歳差じゃないですか、そんなに変わりはないですよ」


 ね? と同意を求められる。……頷けるわけがないけれど。

 振り払うことも、嫌悪を感じることもできない自分が嫌だ。そんな気持ちを悟られたくなくて、口を結ぶ。


「――優しい子、ですよね」


 唐突に振られた話題。何のことか分からず、ぱちくりと目を瞬かせた。


「貴方が運ばせたんでしょう。あんな書類」

「……あ」


 コメットのことか、と思い当たり、節々が痛むのも忘れてヘルグを見上げる。

 書類。

 それは先刻コメットに頼んだ、秘密裏に処理されるはずの処刑データのことだ。

 その話をされるということは――ある程度予期していたことを、言葉に出す。


「……見られた、のか?」

「事故ですけどね。そもそもあんなものをあの子に持たせた貴方が悪いというか」


 やれやれと肩を竦めるヘルグ。……見られた。私は、その事実をそこまで重く受け止めはしなかった。

 意識が朦朧としているせいかもしれない。感覚が、おかしくなっているのかもしれないけれど。

 それでも。


「いつか知ることだった……って言ったら、お前は怒るか」


 ぐらつく視界。それでも、焦点を定めて。

 上辺だけの優しい笑みを消さないままの、ヘルグをじっと見据える。


「ええ。怒ります」


 そうして返ってきたのは、予期した通りの答えだった。

 ――ああ、よかった。思って、ゆっくりと目を閉じる。

 けれどヘルグの言葉は、そこで終わりではなく。


「どうせそんなことは思ってないくせに。貴方もあの子も、優しすぎるんです……」


 ――お前もそうだろう、とは言えなかった。言いたかったのに。

 瞼を下ろした途端、唐突に、抗いようのない睡魔が襲ってきて。

 意識が急速に、下へ下へと落ちていく。

 言いたい。言いたかったけれど、言葉にはならない。傍らにいるはずの闇が、深淵の淵で口を開け、飲み込もうと待っていて。


「……ごめ、ヘルグ……」

「目も開けてられない、――ですか。そりゃああんなに無理すれば、意識飛ばしてもおかしくはないでしょう」


 呆れるように言われ、ごめん、と声にならない声で呟く。頭上で、くすりと笑う声が聞こえた。

 怒っていないのだろうか。怒っていないのだろう、きっと。ヘルグのことだから――思った瞬間、通じたように言葉を紡ぐ音が落ちてくる。


「大丈夫です、後のことは心配しないで下さい。私が何とかしますから」


 心強い。たった8年で、大きくなったものだ。

 嬉しくて、優しくて……心地良い微睡まどろみに揺られ、最後に小さく頷いた。


「お休みなさい、我が主。――いい夢を」


 ――そして意識は、ゼロの世界へと回帰する。




7歳差!?


調べてびっくりしました。ところでアレスとキナ誕生日おめでとう。もう年を取ることはないですけど、ね。それぞれ3月3日、3月5日生まれだったみたいです。

ひな祭りがお誕生日って、アレスはきっと毎年複雑な気分で誕生日を迎えていたんでしょうね。ごめんアレス。今さらですが。

うーん、それにしてもそろそろあれですよね。キャラプロフィールとか挙げといた方がいいのかしら。私のために(←おま)

その方が誕生日とか忘れないし……暇ができたらこっそり挙げておくと思います(^O^)


今回はとりあえず、影と魔王と云々と。

予定通りに頑張ったんだぜー! ……次回はまだ未定ですが。

とりま神殺しの方を更新しなければならんのです、なかなか筆が進みませんが。


そ、そういえば、お気に入り登録200件越しありがとうございました……!

己の目を疑いましたああ何だこれは夢かと。今は夢じゃないように祈っております。

皆様の期待に上手く応えられるかどうかは分かりませんが、まずは一つの目標である完結に向けて、頑張っていきたいと思っています^^

多分今のままいけば……200話行くか行かないか。終わりはもう決めてあるので大丈夫だとは思いますが、皆様、どうぞ温かい目で見守ってやって下さいませ(´Д`)

まだまだ未熟な作者ですが、これからもどうぞ宜しくお願いいたします!

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