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第107話 Bitter Chocolate

バレンタイン二話目ー。ディーゼル視点だったり何だったりです。

 いつもつきまとうのは、何も知らない奴らの羨望と好奇の視線。

 ――美人を二人連れ歩いて? 両手に花? 第三者やつらはみんな、口を揃えてそんなことをのたまった。

 だけど俺は、“可愛い幼馴染”なんてものに今さら期待なんか抱いちゃいない。

 ハッピーエンドなんて所詮虚構の中の絵空事。幼馴染なんていつも平行線だ。ある意味一番、勝負にもならない立場だってのに。


 ――期待なんか、したくない。


 するだけ、打ち砕かれた時に辛いからだ。

 そしてそれが叶うことのない望みだってことは、俺自身が一番よく知っている――




「ディーゼル、ミルクとビターどっちが好き?」




 ――だから、こんなことを聞かれたって期待はしちゃいけない。

 2月14日、いくらその日が近くても。


 だって所詮巡ってくるのは、友達でも恋人でもない、以下でも以上でもない曖昧な境界線のしるしなのだから。





 ◇





「ハッピーバレンタインデー!」


 耐性のない男ならば一発で落ちてしまうだろう満面の笑みを湛えて、いつも通りに麗しい幼馴染――コメットは、包装紙でラッピングされた四角いそれを差し出してきた。

 ――朝。まだこの城の住人の半分も起きていないだろう、早朝と言っても差し支えないような時間だ。

 ドアにもたれかかった身体がずり落ちそうになって、急いで体勢を立て直す。


「……お前、朝っぱらから元気だなあ……」

「何だかテンション低いね? ディーゼル。いや、この城の人の起床時間が極めて遅いことは分かってるけど……低血圧?」


 本気で心配そうに尋ねてくるコメットに、またも力が抜けた。低血圧、って。

 原因はそこじゃないと訂正してやる代わりに俺は大きなため息で返す。単に、懇切丁寧に説明するのが億劫なだけだったが。

 確かに、魔王城の住人はこれでもかってほどに睡眠欲に忠実だ。同種であるはずの俺も呆れるほど。

 が、その中には例外だっているのだ。例えば、俺とか……自分で言うのも何だが。けれど、他よりは明らかに起床が早い。慢心でも何でもなく、事実として。その毎朝6時には自然に目が覚める俺に向かって、その言い草はないだろうに。

 そこまで考えてみたものの、やっぱり説明するのは面倒だ。代わりに、ローテンションにもなる本当の原因を遠回しに示唆してやった。


「……お前な、今日が何の日か分かって言ってるよな」

「? 当たり前じゃん。じゃないと、チョコあげになんて来ないよ?」


 ……先程の問いの答え。お前のせいだ、とは、口が滑っても言えそうになかった。

 認識はしている。けれど、その意味を理解してはいない。いつもこいつはそんな感じだ。


 ――軽すぎるんだよ、お前は。


 喉に張り付いた溜飲を飲み込んで、目を瞑る。どうしてこいつはこうも、普通でいられるんだろう。

 それはその気がないからに違いないのだが――たまにはこっちの気持ちも考えて欲しい。振り回されるのもそろそろ勘弁したいところだ。

 が、そんな俺の懇願など、口にも出さずに届くはずもない。


「ディーゼルがビターチョコ好きだって言うから、私、頑張って作ってきたんだよ? 受け取ってくれないの……?」


 小首を傾げ、不安そうに見上げてくるコメット。チョコを持つ手は、差し出したままで。

 ……何だこれ。畜生。俺は悪者か。

 苦悶する。答えはイエスだろう。

 微かに潤んだ瞳を何度も瞬かせ、申し訳なさそうに佇む姿。これで無下に断れる男がいたらそいつは人じゃない。……くそ。今だけでいいから人外になりたい。俺は割と切実に願った。が。


「……あー、いや……もらっとく。さんきゅ」

「あ、うん!」


 幼馴染相手に、そこまで非情になりきれるわけもない。俺はあきらめろ自分と胸中で呟いて、ひょいとさらうように小さな箱を取り上げる。すると、コメットの顔がぱあっと明るくなった。

 ――負けた……。

 そんな気持ちは否めなかったが、仕方がない。あれを拒んでいたら男としてだけではなく人として最低だ。そう言い聞かせねば、とてもやっていられない。

 だがそんな俺の気持ちを知るわけもなく、コメットは無邪気に喜んでいる。一つに束ねた金糸の髪が後ろで尻尾のように跳ねた。そんな、小さな仕草。

 見慣れた今じゃ、その些細な仕草に慌てるのも馬鹿らしいが。


「…………ん、と、ディーゼル?」


 微妙で曖昧な反応しか返さない俺に再び不安になったのだろう、コメットが動きを止めて見上げてきた。

 適当にあしらうのすらも、億劫で仕方がない。出来ればこのまま部屋にこもって二度と出て行きたくもない、が。……そんなことはさすがに出来ないだろう。

 代わりに、全ての不満をひっくるめた、けれどこいつ相手ならば真意の伝わりにくいだろう言葉を選んでわざと落とす。


「……わざわざチョコなんかくれやがってありがとな。俺もそろそろもどかしさを通り越して腹立つぞ?」

「え、ええ!? 何、私何か悪いことした!?」


 ――あぁ、したよ。言えるものなら言ってやりたい。

 だけどそんなことを言えるはずもなく、かぶりを振って、何でもないと柔らかな髪の上に軽く手を置いた。


「言葉の綾だ、気にすんな」

「何か、ディーゼルに言われるとすんごい不安なんだけど……」


 露骨に顔をしかめるコメットに、俺はつい乾いた笑いを漏らす。

 俺に言われると――って。


「それはちょっと俺が傷付くぞ? ま、いいけどな……じゃ、俺はありがたく頂いてるから、お前は魔王様にでも本命渡してこ――」

「え、ないよ?」

「……は?」


 半ばからかい、半ば本気で言った言葉があっさりと返され、俺はコメットをなでる手を止めた。

 けれどコメットは何のためらいもなく続く言葉を言い放つ。


「魔王様にはチョコあげない・・・・もん。あげるのはディーゼルと、あと何かしつこくせがまれたヘタレさんだけ」


 まるでそれが当たり前だと言わんばかりに告げる、コメットの声。後半部分など、もう耳に入ってこなかった。

 ――それは、どういう?

 顔が引きつる。意味を深く考えるべきではないのに。

 期待なんかするな、自分に科した理性かせが声を荒げた。繕うように、俺はわざとらしく嘆息して。


「お前、そういう馬鹿な冗談やめろよ……」

「えー、冗談じゃないもん! 何で疑うのさ!?」

「お前が魔王様にチョコやんないで俺に寄越すわけないだろ。心のバイブルとか何とかいつも叫んでるくせに」

「嘘、声に出てた!? ……以後気を付けまーす」


 いや、そこじゃないだろ。思いながらも、何も言わなかった。というか何を言う気ももう失せた。

 チョコじゃないなら、それ以上のものを渡すということだ。――それだけ。

 そう言い聞かせ自分を落ち着かせた直後、コメットはまたその堤防を壊していく。あっさりと、顔色一つ変えずに。


「でも本当だよ、魔王様には何もあげないよ? 来年は分かんないけど……今年あげるのは本当に、ディーゼルだけ」

「……ヘルグは?」

「ついで……いや、おまけ」

「変わんねえよ」


 条件反射で突っ込む。僅かな苦笑が頬骨を揺らすが、音にはならなかった。


「ヘタレさんには手作りなんてあげないもん。ていうか手作りにしたら無意識のうちに毒盛りそうだからやめとく」


 どんな無意識だ。


「だからディーゼルだけ。特別だから」


 コメットは、無邪気に笑ったまま。

 ……こいつは結局、分かって言ってるのか。

 分かって言ってるなら性質タチが悪いし――そうじゃないなら最悪だ。ああもう何だこの笑顔。

 もどかしいほどに、狂おしい。嫌がらせか? 嫌がらせなのか?


「結局お前は俺をどん底に突き落としたいのか、天然の嫌がらせなのかどっちなんだ……」

「え、ええ? 別にそういうわけじゃ――」

「後者な。了解」


 最後まで言わせず、勝手に納得する。どうせ本人は認めない。当たり前だ。自覚がないんだから。


「特別とか、幼馴染に使う言葉じゃねえだろ。何でもないのが、幼馴染なんだから」

「え、そうかな……? 少なくともディーゼルとアリセルナの間にはそれ以上の」

「自分を範疇に入れてない時点で論外だ」


 所詮その目には俺なんて映っていない。よくて『お兄ちゃん』。それだけのことなのだ。

 今さらそれを打ち壊そうとするほど俺は阿呆でもないし、勇気があるわけでもない。

 至って、普通。縋れる関係があるならば、それを保っていたいのだ。


「……でも私、ディーゼルのこと好きだよ?」

「馬鹿言え」


 思わず苦笑すら漏れる。ありふれた、『好き』なんて感情に。

 眉尻を下げるコメット。困惑、しているのだろう。

 それもそうだ。別にコメットは嘘なんて一言も言っていない。好きだなんて――そんな慰め方ができるほど、こいつは優しくない。

 嫌いな奴にはきっぱりと嫌いと言えるような、見かけによらずはっきりした奴だ。


「そういう科白は魔王様にでも言ってこい。多分喜んでもらえるぞ? 最近忙しそうだったからな」

「う……」


 俺の言葉に、何故かコメットが赤くなる。

 けれどどうしたのかと思う間にも、コメットは立ち直って恨みがましげに俺を睨んできた。


「だけど、ディーゼルも好きだもん……」


 ――『も』。

 そんな中途半端な言葉はいらなかった。コメットは意地を張るように呟くけれど、まるで逆効果だと言うことを分かっていない。

 けれど、同じように意地を張ってもいられないだろう。俺は肩を竦めると、コメットを優しく諌めた。


「はいはい、分かった、分かったから。それよりもこんな朝早くに来たってことは、この後何か予定があるんだろ? なら早く帰った方が――」

「分かってない」


 あしらうためにかけた言葉を、真剣な口調で遮られる。

 ――分かって、ない? 俺が?

 驚いて何も言えずにいると、コメットはさっきまでとは打って変わった強気な表情で俺を見上げた。


「分かってないよ、ディーゼルは……」


 何が分かってない、だって? 俺はそれに反論しようと、口を開く。

 ――が。



 刹那、頬に柔らかくも温かい感触を感じ、俺は今度こそ何も言えなくなった。



「ディーゼルは、特別だもん……」


 近くなった吐息がゆっくりと離れていく。

 触れる、だけの。


 ――それがキスだったのだと悟った瞬間、全身が、痛いほどに熱くなった。


 頬に、ただ一瞬、触れただけ。

 手と手同士が触れ合うのは慣れている――幼い頃から、ふざけた『ごっこ』だってしてきた。それこそ、何十回も、何百回も。


 けれど。


「お、ま……っ」

「ディーゼルが分かってくれないのがいけないんだからね? ヘタレさんにも魔王様にも、こんなこと、しないもん……」


 ――これは、勝手が違うじゃないか。


 思わず神を恨みたくなった。いや、もうとっくに俺は恨んでる。

 嬉しくなんてない――誰が嬉しいものか。だってあらゆる意味で、目の前のこいつは違うのだから。


「じゃあ、私ヘタレさんの部屋にチョコ投げ込んでくるから。あ、心配しないでね、珍獣の扱いには慣れてるの」


 ひら、と手を振って、何事もなかったかのようにコメットが駆けていく。俺の言葉なんて、何も聞かずに。

 勝ち逃げ、とそんな言葉が浮かんでくる。だが最早、呼び止める気にもなれなかった。

 手を伸ばしもしない。気が抜けたように、呆然とその場に立ち尽くす。


「……くそ」


 小さく悪態をついて、ずりずりと壁にもたれたまま座り込んだ。

 何が分かってないって――あぁ、違う。間違ってるよ。


「何も分かってないのは、お前の方じゃねえか……」


 自分の声が、すすり泣きのようにすら聞こえた。


 期待しないようにと、科した枷すら素知らぬ顔で踏み潰して。

 人の心までずかずかと入り込んでくるくせに、自分の領域には決して触れさせない。

 特別なんて、そうじゃないことは解っているくせに。

 お前の中で俺が特別なら、お前の中には、どれだけの『特別』がいるんだ――?


 ――そういう意味じゃないってこと、そろそろ気付けよ――


 そんな切ない感情なんて、俺には似合わないって分かっているのに。


「……あんの馬鹿。しばらく口利いてやんねえからな」


 取り繕う。何とか、愚痴を言葉にして。

 小さく呟いて自分にそう誓うと、腕の中で跳ねた箱を持ち上げた。

 俺だけ・・、の贈り物。余計なお節介だ。確かに俺という存在は一人しかいなくても、お前の一人にはなれないのに。

 ……全く、何言ってんだかな。一人苦笑し、箱の解体にかかる。しゅるりとピンクのリボンを解いて中を覗けば、手作りとは思えないほど完成された――ハート型の、チョコレートがある。


 ――ご丁寧にハート型にまでしてくれやがって。


 乾いた笑いすら漏らさない喉が、くっと引きつった音を零す。

 用意周到なことだ。こんな風になることを予期していたわけではないだろうに。

 俺はしばらくの間、手中にあるそれを見つめていたが、ふと思い立ち、指に力を込めてみた。


 パキリ。


 軽い音を立てて、ハートのちょうど真ん中を横切る部分に、ひびが入る。まるで失恋の象徴のような。

 さらにぐっと力を込めると、それはいとも容易く、簡単に真っ二つに割れた。

 小さな破片がぱらぱらと膝に落ちて、グレーの生地を甘くほろ苦い色に汚していく。


「……何だ。案外簡単に割れるのな」


 喉の奥から押し出した声は、何故だか掠れていた。

 その声音は、自分で聞いたって、ひどく冷めているというのに――



 ハートが割れた。本命でも何でもない、ただちょっとの好意をつめたハートが。

 半分になったハートに齧りつけば、それは確かに、ほろ苦い味がした。




え、待って何で選択肢にホワイトチョコがないの……?←


正直一番救われない人のターンです(´・ω・`)

すげえ……何かいつもごめんディーゼル。報われたような報われてないような。いや報われねえよ。幼馴染って微妙な立場ですよねー。

というか、ディーゼルよく自制できたな……幼馴染といえど相手は魔物一の美少女。見えませんけどね。本当に噂通りの美少女なら私は襲ってる(^o^)←

そこがディーゼルの報われない理由、なんですけどね……。常識人も大変だ。

でも最終的には幸せになってくれればいいと思います。うん。どうか誰かがお婿にもらってくれますように。願うしか出来ない作者……非力でごめん(´・ω・)

というか勇者。いくらほっぺとはいえそういうことはしちゃいけないと思うんだ。一回死んでこい天然たらしめ。


えー……と。うん、とりあえずバレンタインデーですね!

皆様、恋人お友達お返し目当ての男子(←)どなたかにチョコあげるのかしら? それとももうあげましたか……? わあいドキドキですね(^O^)

因みに白邪に予定はありません。だって料理できないもーん。

と、いうか……基本バレンタインって私に関係ない行事なので、去年はすっぱり忘れていたのです(´・ω・)ごめんなさい。

でも見ている分には素敵な行事だと思います。今じゃ友チョコばっかりで男子にチョコあげる人なんて久しく見ておりませんが。女の子が勇気を出して男の子にチョコをあげるなんてドキドキだよね! 基本おにゃのこが好きな人種なのでにやにやしちゃいます(^O^)←

変態でごめんなさい。でも事実(ry


はい! ええと……バレンタイン編まだ続きます。次はヘタレさん。

……ヘタレさん視点は生理的に無理だったので(←)今度は勇者視点で書き上げました。誤字脱字、ヘタレさんの変態発言がないかどうかをチェックしてから更新します(←後者は見つけたからって何をするわけでもないですが)

それでは皆様、よいバレンタインデーを(*・ω・)ノ大和男子の皆様、好きな子にチョコもらえなかったからってめげちゃ駄目ですよ!

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