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第103話 拝啓、天国のお友達

 夕日は傾いて、地上にオレンジの光を投げ掛けながら落ちていく。

 耳鳴り。鈍痛。そんなものは消えないまま、身体の中で違和感として存在し続けた。


「――……」


 口を開いてみたけれど、言う言葉が見つからない。

 そんなことをもう十数回も繰り返している。――僕は馬鹿だろうか。

 自分の言うべきことはおろか、自分の言いたいことすら分からないのだから。


 僕は今、ディーゼルの部屋にいた。広くも狭くもなく、空虚でも窮屈でもなく。

 二人きりの部屋。妙に落ち着いた、大人びた、寂れたような。

 別に何か目的とか、用があるわけじゃない。――ただいるだけ。

 けれど、それだけでも落ち着く。数日前からひどいノイズが、少しだけ、癒される気がしていた。


「……ディーゼル」


 ようやくのこと、その名前を音にする。ディーゼルの落ち着いた色の瞳が、こっちを見た。


「何だよ」


 ぶっきらぼうで、無愛想な口調。乾いた声はいつも通り。

 だけどそれが妙に安心する。胸に染み入る、優しい深さだ。


「……何でもない」

「そうかい」


 追及はしてこない。

 僕は上質なソファーの上で膝を抱えて丸まった。


 ――ああ、こうしていると、何に落ち込んでいたのかも忘れてしまいそう。


 そうできればいいと思った。そうなればいいと願っていた。

 でもそれはやっぱり思い込みで。起伏の波が来るたび、また悪夢に呑まれ、溺れてしまいそうになる。

 こうやって正気を保っているのも不思議なくらい。――いや、実際、もう正気なんてないのかもしれない。


「……ったく、暗い顔しやがって。俺は人生相談所でもお前の保護者でもないぞ」


 ぼやける視界の中で、ディーゼルがぐしゃりと髪を掻き上げる。ため息。

 やっぱり迷惑だったかなと思いつつも動けずにいると、向かいに座っていたディーゼルが腕を伸ばして僕の髪を掻き混ぜてきた。


「わ」

「お前なー、唐突に人の部屋来てそう憂鬱そうな空気まき散らしてくなよ。俺まで鬱になりそうだろうが」

「……ごめん」

「怒ってねえよ。ていうか謝るんならもっと申し訳なさそうに謝れ。誠意がない」

「…………ごめん……」

「……分かった、分かったからもう謝るな。俺がいじめっ子みたいだろ」


 はあ、と大きくため息をついて、ディーゼルは言う。

 ……迷惑なのは、分かっていたはずだけれど。

 そう言われるとやっぱり落ち込む。どん底まで落ち込んでいたと思った気分がさらに落ちるところまで落ちていった感じだ。


「落ち込むくらいなら最初っから我慢しなけりゃよかったんだ。今さらになって寂しいなんて言っても誰も同情なんかしてやれねえぞ」

「……うん」


 分かってる。……分かってたはずだ。

 何度もそんな言葉を繰り返しながら、頷く。

 結局は分かってなんかいなかったのかもしれない。分かってるなんて、自分に言い訳して。


 今さら気付いたって、アレスとキナはもういないのに。


「……あいつら。お前の、何だったんだ?」


 声を和らげて、ディーゼルが呟くように聞いてくる。

 僕は少しだけ顔を上げた。ディーゼルは心持ち目を逸らしていて、目を合わせることは敵わない。


 何となく、気まずかった。


 僕がコメットじゃないとバレてから、今まで勇者に関する話題は徹底的に避けてきていた。

 そうすることで平穏を保とうとしていたのかもしれない。――馬鹿なことだったとは思う。

 けれど、それが、暗黙の一線だった。


「……私が……、勇者だった時、一緒にいてくれた」


 掠れた声で紡ぎ出す。引け目や負い目はあったけれど、沈黙を保っている方が気まずい。

 涙よりも嗚咽が溢れそうになって、ぐっと堪える。


「……大切な、仲間なんだ……」


 大切な仲間。その言葉に、嘘偽りはなかった。

 あるとすれば罪悪感かもしれない。隠していたこと。何も言わなかったこと。それは騙すことと同意義に近いから。


「……そうか」


 けれどディーゼルは、そう言っただけで、責めはしなかった。

 見るからに傷付いた様子も見せない。僕が言うことで、ここにいるのがコメットじゃないという事実はさらに明確になってしまうのに。

 目の前にいるのが、憎い仇のはずの、勇者なんだって分かっているはずなのに。

 でもディーゼルが次に紡ぐ言葉は、そんな憎しみとは無縁な、優しい言葉で。


「同情はしてやれないけど、落ち込むななんて言わねえよ。他の奴らは言うかもしれないけどな。……酷か?」


 僕はふるふると首を横に振る。

 別にひどいとは思わなかった。むしろ、落ち込むなと言われた方が辛い。

 勿論励ましてもらっていると言うのは分かるのだけれど――、わがまま、でも。


「そう言ってもらった方が、楽、だから」


 落ち込むなというのは忘れろということか。――被害妄想だっていうのは分かってる。

 だけど、そんなの、余計整理がつかなくなるだけだった。


「……よし」


 それだけ言って、ディーゼルはくしゃりと僕の髪を掻き混ぜる。

 なでてくれている、んだろう。僕はようやく落ち着いた。腕の震えが止まる。


「……ディーゼルは、優しいよね」

「そうか?」


 組んだ腕から顔を上げて、僕は呟いた。

 けれどディーゼルは怪訝そうな顔をする。明らかに疑っているような顔で。


「魔王様の方がよっぽど優しいだろ。俺なんか、余計落ち込ませてるようなもんで」

「分かってて言ってるんだから性質悪いよね?」

「……、他に俺に言えることなんてねえだろ」

「ほら」


 僕はちょっとだけ、笑う。


「やっぱり優しい」

「……そんなことない」

「ディーゼルは大人だよ。自分の言うべきこと、ちゃんと分かってる」


 微笑んだままでそう言うと、ディーゼルは複雑そうに肩を竦めた。


「何か、いつの間にか俺が慰められてるみたいじゃねえか。どっちが落ち込んでたんだか」

「あはは」


 まだ気持ちは暗いけれど、さっきほどじゃない。

 鈍痛もなく、耳鳴りもやんだ。

 ……ありがとう、と心の中で呟いた。


「帰ってくる……、って約束したもんね。うん……、信じなくてどうするんだろ」


 自分に言い聞かせるように頷く。

 大丈夫。もう違和感は、ない。


「……ありがとう、ディーゼル」

「いや」


 見上げてお礼を言うと、僅かに微笑を滲ませて、ディーゼルは首を振る。


「俺は何もしてないさ。何にしろ、お前が元気になったみたいでよかった」


 何もしてない、なんて。

 ディーゼルが元気づけてくれたから、僕は落ち着くことができたのに。

 たとえリルちゃんやヘタレさんとは違う優しさでも、それは確かなディーゼルの優しさだ。


「……ったく、お前が元気ないと他の奴も落ち込むからな……」

「え?」


 思わず聞き返すと、ディーゼルは呆れたようにため息をついた。


「アリセルナは泣きそうだしヘルグは愚痴こぼしに来るし……俺は人生相談所でも保護者でもねえっての。ついでに他人の愚痴を黙って聞いてやるような優しい友人でもねえぞ」


 そう、だったんだ。

 それはディーゼルには災難だっただろうが、僕は思わず吹き出してしまう。

 何だかんだで最終的にはその愚痴もちゃんと聞いてあげたんだろうディーゼルの姿が浮かんだ。微笑ましい。何たって、ディーゼルはこういう人だ。うん。


「だからもうそんな落ち込むなよ? 次はバルンが殴り込んできそうで怖いんだ。さすがにそんなのを相手にしてる暇も余裕もねえからな」


 頭をなでる大きな手に、僕はこくりと頷いた。

 大丈夫。

 キナもアレスもいなくても、僕にはここで一緒に笑ってくれる大切な仲間がいる。

 だから。今は信じて、待っていよう。


「……やっぱりディーゼル、お兄ちゃんみたい」


 僕は、笑って呟いた。

 するとディーゼルは僕をなでていた手を止めて、驚いたような訝しむような顔をする。


「……お兄ちゃん?」

「うん。いっつも思ってたけど、ディーゼルって頼りになるし、優しいし」


 まるで魔王城のお兄ちゃんだ。誰よりも大人で、誰よりも身近な。

 リルちゃんも優しいけど、もっと、近い存在のような気がした。


「……お前、そういうことさらっと言うのな」

「駄目だった?」


 一層深いため息をつくディーゼルに、きょとんとして尋ねる。

 お兄ちゃんは嫌だったか。……お父さん?

 いや、やっぱりお兄ちゃんって立場がしっくりくるんだよな……。呼び方がいけないのか? 兄さん? 兄上? それともにいにいか。


「あ、兄貴」

「そういう意味じゃねえよ。お前、そう言われて喜ぶ男と傷付く男がいるってのを覚えとけ」

「……?」


 どういう意味だ。分からん。

 喜ぶ男……害虫さんとかルーダさんみたいなの? 嫌だ。

 で、傷付く男がディーゼル……と。……それってつまりどういうこと? 僕の頭じゃ分かりませんでした残念。


「ま、何だ。元気になったんだし――アリセルナにでも顔見せてやれ。喜ぶぞ」

「……んー」


 ぽんともう一度頭を叩かれる。

 それはそうなんだけど。

 アリセルナを不安にさせるのは頂けないし、会いたい気持ちもある。だけど。


「……今はディーゼルの部屋にいたいな。駄目?」

「――っ」


 じっと見上げる。ディーゼルの頬が心なしか赤く染まった。


「……お前、いい加減にしろよ……」


 え。開いた口から思わず漏れた。

 いい加減にしろ、って。僕何かしただろうか。もしかして、早く出て行って欲しかったとか?


「えと、ごめん……? 嫌だったら出てくけど」


 腰を浮かせる僕に、ディーゼルはあーあーと遮るように声を上げる。


「別にそういう意味じゃ……ああもうお前は……っ、もういい! だからお前は、俺のそばにいろって言ってんだっ」

「……? うん」


 何やら赤くなって慌てふためくディーゼル。見ていて面白いけど、僕何か変なこと言ったかな……?

 ――まあ、いいや。だって幸せだもん。

 僕はもう一度、ぽふりとソファーに身体をうずめた。やわらかい。


「ディーゼル、だいすき」


 声にすれば確かに、胸のあたりに優しい温もりが灯るのを感じた。









 拝啓、天国のお友達。


 僕にはとても素敵な仲間がたくさん出来ました、だから心配性なキナもそんなに心配しないでね?

 心配しないとか何回も言いながらいつも心配で死にそうな様子はアレスから聞かされています。お願いだから心配のしすぎで死ぬとかやめてね。あ、でももう死んでるんだっけ……?

 だけど僕は待ってるから。小言とか全部取っておいて待ってるからね!

 次会う時は、今度こそ、幸せになれるように。


 ……あ、最後に一つ。

 もしも神様がいるなら、嫌いだなんて思ったことを謝っておいて下さい。

 やっぱり僕は、幸せ者です。――こんな、現金な奴ですが。



 どうか、もう少し、もう少しこのままで――




ネガティブなくせに天然たらしとか本当一回土に還って下さい(´・ω・`)


でも天然たらしって好きです。天然最強。勇者が男でディーゼルが女の子だったらもっとよかった。

むしろ魔王城の人たちだけ性転換してればいいと思います(^O^)

コメットが美青年とかだったら本気でよかった←

ただしそうするとあれですね。ヘタレさんが本気で百合に走りそうなのと勇者が変態どころの騒ぎじゃなくなってしまうのが怖いのでこうなったみたいです。いや魔王様が男で本当によかった。


えー、まあとりあえず今回はほのぼのを目指し……ただけです。何だかあんまりほのぼのしてません←

ほのぼのカップルとか可愛いのになあ。カップルじゃなくてもほのぼのしてればとりあえずいいと思う。

なのにほのぼのさせようとすると勇者が後ろ向きに、明るくしようとすればヘタレさんが出現し……困ったものです(´・ω・)

ちょっとはほのぼのしようよ君たち。え、無理? そんなこと言わないで。


ヘルグ「この小説の方向性的に無理でしょう」


それは言わない約束。というか君は今出られないはずでしょうが。

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