第10話 醒めない夢
完全にシリアスです><
しかも二人しか出ませんw
―――気が付いたら、朝だった。
野宿や宿じゃない、もっと豪華で、寂しい空間。
仲間たちもいないセカイで、僕は目覚めた。
「……朝……?」
自分の身体を見下ろして、ようやく思い出す。
そうだ。僕は、昨日―――
……思い出すと、頭が痛くなる。
バレないのが不思議なほど、僕は明らかに挙動不審だったと思うんだけど。
ヘタレさんの言葉も信用ならないし。記憶喪失って知ってる人全然いなかったじゃん。
僕が昨日出逢った人たち。
まず、僕の正体を唯一知っている、魔王の側近(らしい)ヘタレさん。
勇者として戦って敗北したはずなのに、今では何故か婚約者の肩書きが付く魔王様。
気さくでとても話しやすい、コメットの幼馴染ディーゼル。
友達……というより、何故かコメットをライバル視しているらしいアリセルナ。
そして、出逢ったというより乗っ取った感じになるんだけれど。
今の僕の身体は、魔物一の美人、魔王様の婚約者のコメット=ルージュのものだ。
白い肌に金色の長い髪、ルビーのような大きな赤い瞳という恵まれた容姿に、魔王の婚約者という肩書き。友人にも恵まれている方なんだろう。
こんなことさえ起きなければ、とても順調な人生だった。でも、僕のせいで、全てが台無しになったのだ。
僕という存在さえなければ、きっと彼女は今もここで笑えていた。
怒りたくなるようなことや、泣きたくなるようなこともあったかもしれない。
でも、こんな最悪な結末を誰が予想しただろう―――?
もし、このまま死んでも、僕は天国など逝けやしないだろう。
罪を重ね、ただ堕ちるのがきっと僕の人生だ。
ここで偽りの幸せを手に入れたって、それはすぐに崩れてしまうもの。
きっと、僕は幸せになることは許されない。
「……はぁ……」
僕がこんなにネガティブになっているのは、悪夢を見たせいだろう。
昨日は疲れたので大広間から早めに戻り、ベッドに横になっていた。
そのうち寝てしまい、起きることなく今日の朝を迎えたのだ。
長く眠るうちに、僕は恐ろしい夢の世界へと堕ちていった。
アレス。キナ。
二人が、僕の前でただ僕を恨みながら果てていく夢。
僕は何もできない。僕はただ見つめているだけ。
アレスとキナは、ただ僕に呪詛の言葉を残し、永遠に解けない悪夢を残して逝ってしまった。
強ち間違った夢でもない。
そう、これは醒めない夢だ。きっと、罪滅ぼしすらもままならない、偽りの幸せで固めた脆いセカイ。
「……勇者、さん?」
僕の自嘲的な思考のループに終止符を打ったのは、ノックもなしに部屋に入ってきたヘタレさんだった。
ちょ、ヘタレさんの馬鹿。ノックぐらいしようよ、びっくりするじゃん。
「……ノックくらいしてくれませんか? 仮にもレディーの部屋ですよ」
「男なのか女なのかはっきりしませんね、あなたは」
そんなの都合良く変えればいい。
だって、僕はどっちともいえない存在なんだから。
……あっ、そこ、オカマとか言うのやめようね。違うから。
「勇者さん。昨日一日どうでしたか?」
「……楽しかった、です」
その問いに、僕はそう答える。
それは本当のことだ。
楽しかったという気持ちは嘘じゃない。
「そうですか、それはよかったです」
「……楽しかった、けど……私には、そんな権利、ないんです」
「……勇者さん?」
ヘタレさんが、僕の顔を覗き込んでくる。
昨日と様子が違うのを心配しているんだろう。
「そんなの、ないんです」
「え、あの、勇者さん……?」
「幸せになる権利なんて……僕には……ないんです……!」
「……勇者、さん……」
口調が戻ったのも気にせず、唇を噛んで俯く。
僕を非難する声が、心の中で響いている。
嫌だ。嫌だ。消えてくれ。
願っても、その声は大きくなっていくばかり。
消エロ。オ前ハ裏切リ者ダ。生キテイテハイケナイ。
消えやしない、僕の存在を否定する声―――。
「……そんなことはないと思いますよ?」
「え?」
とても優しい声に顔を上げると、ヘタレさんは今までにないほどの優しい笑顔で僕を見つめていた。
作り物じゃない。飾り立てた笑顔なんかじゃ、ない。
優しく、そっと、大切なものを護るように、包み込む笑顔で。
「だって、ほら、勇者さんは明けない夜を経験したことがありますか?」
「え……」
僕は、思わず彼をじっと見つめる。
「今、きっと最悪な気分なんでしょうね。でも、それがどん底なら、それ以上下がることはないんです。だから、上がっていけばいいんです」
「……え、あの……」
「誰もあなたを責めたりはしていないでしょう? だから、堂々と歩いていけばいい。これが終われば、きっと朝が来るんです」
でも、と僕はまた俯く。
「……みんなを、騙してるんですよ」
「でも、私は知ってますよ、あなたの本当の姿。一人でため込むことはないんですから」
あまりにも優しいその言葉に、頷いてしまいそうになる。
お願いだから、優しくしないで。優しくされると、それに縋ってしまいそうで。
そんなこと、僕にはそんな権利はないのに。
「混乱してるんでしょうね。でも、何かあったら言って下さい。私でよければいつでも力になりますよ」
それは、信頼したくなるような笑顔だった。
この人を、信じたい。心から、そう思えるような。
「何があっても、私はあなたの味方ですから」
そう、僕が欲しかった暖かい言葉をくれたのは、紛れもなく彼だった。
「……はい……、ありがとう、ございます」
その言葉は強く優しく、昨日は怪しく感じたその笑顔も、今の僕には嬉しくて。
僕は、強く頷いた。涙が零れそうになるのは、ぎゅっと我慢して。ただ大きく何度も頷く。
すると、彼もまた一層と強く微笑んでくれた。
「落ち着きましたか? じゃあ、私は仕事があるので。いつでも呼んで下さい、5秒で来ます」
エルナに続き、今度は5秒か。
僕は、思わず笑ってしまった。
「そんなに足速いんですか?」
「ふふ、そういう問題でもないんですよ。それじゃあ、私はこれで」
ドアを開け、彼は手を振ってくれた。
僕も同じように手を振り返す。
「あなたに、早く朝が来るのを祈っています」
颯爽と去っていくヘタレさん。
その後姿が、今は何となく心強い。
さっきももしかして、笑わせてくれようとしたのかな……?
なんて、本当に5秒で来てくれそうだけど。ヘタレさんならやりそうだぞ。
「……ありがとう」
彼には届かないような声で、僕はポツリとお礼を言った。
―――ねえ、彼のおかげで、僕は悪夢の醒める朝を見つけたから。