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第102話 La pluie froide

 月が高く中空へと昇ろうとしていた。


「いやあ、それにしても羨ましいですねえ」


 静寂ばかりが響く部屋の中で、心底羨むような声が沈黙を遮る。

 大袈裟なため息は正直疎い。私は何も言わなかった。


「私だってハグの権利くらい与えられるべきだと思うんですよねー。ってことでちょっと魔王様右にずれてくれませんか? コメットさんと魔王様の間に私が入るってことで! ナイスアイデアじゃないですか!」

「断る。――というか私も動けない」


 私はベッドの上で固まったまま、ベッドの脇に座ったヘルグを睨む。

 どうしようにも、隣にはコメット。抱きすくめられていて動こうにも動けない。……何でこんなに力強いんだろう。ちょっと怖い。


「つれないですねえ、両手に花ってやってみたかったのに……残念です」

「……ヘルグ、私は男」

「分かってますよ。どれだけ一緒にいると思ってるんですか? むしろ魔王様が男だから言っているというか、私何せオールマイティですから!」

「…………」


 もう駄目だ。本能的にそう思った。

 8年前はもっと素直で可愛い子だったのに。どこをどう間違って育ったんだろう……。


「さてねえ。私を拾って育てたのは魔王様なので、まあ貴方に全面的な責任があると思いますよ?」

「……責任転嫁……」

「そんなこと。魔王様が育てなければこんな風にもならなかったかもしれませんし」

「……仮定の話をしたって仕方がないだろう」


 というか断じてそんな風に育てた覚えはない。

 元々の素質というか……天性のものというか。……頭が痛い。


「ま、いいですよ。私だってそんなことを話しに来たんじゃありませんから」

「……そうだったらどうしようかと思った」

「安心して下さい。幸せな男女カップルを好奇心ばかりで邪魔するほど私も野暮じゃありません」


 ヘルグはくすりと笑って言うが、私の方は耐え切れずに目を逸らす。

 別に……そんなことではないのに。――この体勢じゃ、反論しようにも出来ないが。

 でも今はそんな場合じゃない。雰囲気が変わったのを見て、私はぐっと言葉を飲み込む。


「まあ、もう気付いているとは思いますが――」


 ようやく楽しそうな笑みを消し、すっと目を細めるヘルグ。

 辺りに充満する闇はとても、不穏なものだった。

 どこか、違和感が、――


「……風が、泣いてる」


 ぽつりと呟く。

 雨が降り出しそうな気配だ。こんな季節に。

 平和なはずの部屋に、おかしな気配が一つ、混じっている。


「――いるんだろう? セイン」


 首だけを傾け、窓の方を見る。

 僅かになびくカーテンは紺碧に煌めき、訪れる影を隠した。


「その名で呼ぶな。不浄な存在め」


 言いながら、窓枠を越えてひらりと細い影が降り立つ。嫌悪のこもった、ひどく不機嫌な声。

 不浄なんて普段聞かない言葉に、思わず眉をひそめた。


「随分嫌われてますね? 魔王様」

「……そのようだ」


 苦笑にすらならない掠れた声で呟く。――笑えなかった。


 それは亜麻色の髪を微風にざわめかせ、カーキの瞳に鈍い光を点して。

 その女はそこに、存在していた。

 明らかな憎悪を、こちらに向けたまま。


 痛いほどの、敵意。

 それを感じ取って、何だか、苦しくなる。


「さて、何をしに来たんでしょうかね? 《背徳者》さん」


 けれどヘルグはそんなものなど感じないかのように。挑発的に片眉を上げ、笑った。

 背徳者――と呼ばれた女は、その言葉に何の反応も示さない。

 ただヘルグを見据えて、何度か瞬きを繰り返す。


「最近、少々しつこいようですが……」


 ヘルグが一歩踏み出す。

 『しつこい』――何とも短気な言葉だが、その通りといえばその通りだった。最近この城の中に潜んでいた気配。ほとんど闇に紛れて、とても分かり辛いものだったが。

 異質なそれに、ヘルグは最近ぴりぴりしていたのだ。


 そして、その元凶が、今目の前にいる。


「消して欲しいんでしたら、望み通りにして差し上げますよ」


 言うが早いか、周りの空気が膨れ上がって爆発しそうに大きく震える。


「ヘルグ!」


 爆発の寸前。

 今にも上級魔法を発動させそうなヘルグを何とか止め、後ろへと引っ張る。

 もう片方の手でコメットの腕をようやく振り解くと、その腕を静かにシーツの上に戻して立ち上がった。

 けれど相手は、眉一つ動かさない。自分の目の前で何が起ころうとしていたか、分からないわけでもないだろうに。


「……好戦的な側近に、暢気な婚約者コイビトか……魔王、お前は何やらおかしな趣味をしているらしいな」

「……褒め言葉として受け取っておこう」


 ぎしりと軋むスプリングには見向きもしない。

 じっと息を押し殺したまま、長い間睨み合う。まるで威嚇するように。

 油断できない相手だということだけは確かだ。迂闊に手を出すこともできない。相手はかなりのやり手で――こっちには、コメットもいる。


 けれど先にふっと視線を逸らしたのは、相手の方だった。


「……別に、貴様らを殺しに来たわけでも何でもない。そう警戒するな」

「そんな言葉を信じられると思っているんですか?」


 けれどヘルグは、未だ刺々しい口調で女を睨む。


「うちの連中を何人も殺した貴女が。たかが魔族の分際で」

「……それはお互い様だ。混血」


 一触即発の雰囲気。

 どうも相性が悪いらしい――というのは、今に始まったことではないが。

 これ以上の接触はまずい。ヘルグの態度は些か挑発的すぎる。


「セイン。殺しに来たのではないということは分かった――だが、ならば何をしにきたのか教えて欲しい」


 間を取り繕うように、改めて違うことを聞く。

 けれど予想通りに、セインはふと目を逸らした。


「……貴様にそんなことを教える義理はない」


 冷たく突き放す声。


「それから先刻も言っただろう。私の名を、気安く呼ぶな」


 ……それは毎回、会うたびに言われることだ。最早気にする気もない。

 背徳者――なんてふざけた名で呼ぶ気はなかった。

 そんなものは、その本質の名前ではないからだ。


「お前はセインだ。それ以外にはないだろう」

「――嫌な奴め」


 舌打ちをして、セインはざっと身を翻す。

 どこへ行くのかと問おうとすれば、ぽつりと彼女は呟いた。


「……気が変わった」

「何?」


 背中を見せたまま、彼女は首を小さく縦に振る。


「別に、貴様らに接触する必要性はこれっぽっちもなかったんだが――」


 吐息。ため息なのだろう、深い呼吸が鼓膜を震わす。


「それでも。何も知らないで幸せに生きているそいつに、そんなものなどないという現実を突きつけてやるつもりで来たんだ」


 そいつ――とは多分、コメットのことだろう。ベッドの方を振り返り、思う。

 セインの声には憎々しげな響きがこもっている。……心当たりはあった。


 何も知らないで。

 幸せに生きている。


 そのことを憎む、理由なら。


「あの子は――あの子は今もまだ苦しんでいるんだと、言ってやるつもりで、来た」


 憎悪に歪む声。

 ぎり、と歯ぎしりをするのは、悔しいからか。


「……だが眠っているのを見て、馬鹿らしくなったよ。あの子の苦しみなど、所詮そいつには分からない」


 ただの八つ当たり――と分かって、彼女は言っているのか。

 それを聞こうとしてやめて、私は代わりに違うことを口にした。


「……それはサタンの、命令か?」

「いや」


 私の質問に、今度は間髪入れずに首を振る。


「それがあの子の義姉あねとしての――私に、できることだ」


 ざわりと風が吹く。……嫌な風だ。

 姉か、と小さく吐息する。

 ――背負わせるつもりはなかったのだけれど。

 けれど背負わずにはいられないのだろう。少なくとも義姉、と名乗る以上は。


「……サタンは……血の喪失に、勝ったのか?」


 話題を変える。最後の質問のつもりで、私は尋ねた。

 すでに窓枠に手を掛けていたセインが、ちらと目線だけを寄越す。

 一瞬の沈黙。セインは目を逸らした。


「……それは私の知り及ぶところではない。早く帰りたいのだが、貴様がしつこいせいで未だ帰れずにいる」


 毒々しい責めるような口調に、思わず閉口する。

 それもそうだ。引き止めているのは私――か。


「けれどあえて一つ言わせてもらおう――」


 身体ごと反転させ、セインは昏い瞳を細めた。


「貴様のような偽善者に、御主人様マスターが負けるはずはない」


 そして窓の外へと身体を落とす。

 胸に突き刺さるような苦い言葉を、呪うように言い残して。


「……それもそう、か」


 偽善者。――それは言われ慣れた言葉だった。

 言われ過ぎて、今さら、何を感じるまでもなく。


 いつの間にか、雨が、降っている。


 泣いているのかもしれない。空が。


「……魔王様。あの子って、誰のことですか?」


 カーテン越しの外を見ていると、ヘルグがぽつりと呟いた。

 ……声が少し不機嫌だ。暴れさせてもらえなかったことを根に持っているのだろう。

 見れば、ベッドの上に不貞腐れたように寝転がっている。


「ルナ=ルージュ……サタンの婚約者でな」


 そんな様子にため息交じりの苦笑を漏らしながら、私はその名を零す。

 その響きが懐かしい。――懐かしむこともできないほど、今では遠いものとなってしまったけれど。


「人間の血が混じった、コメットの妹だよ」


 浮かぶのは安らかに眠る少女の寝顔にもよく似た面影を持つ、あどけない少女の姿。





 月が雨雲に隠れ、地に墜ちようとしていた。




風邪引いてしばらく休んでたら書きたいこと分からなくなってげふげふげふ。

というか私風邪引きすぎだと思うんだ。……年ですねー。


そういうわけで遅れてしまって申し訳ございませんでしたー!

誕生日とかもうとっくに終わってるよ。祝って下さった方、ありがとうございました^^

あ、バースデーケーキとかいらないので心のどこかで一瞬でもおめでとうと思って下されば結構です。というかそんな正直どうでもいいようなことを思い出して下さった方は本当にありがとうございます……orz


今回は勇者さん熟睡してますね。わー二人の苦労も知らないで。

本当に書きたいことが書けず、タイトルも変える羽目に(´・ω・)私って本当どうしてこうなのかしら。

ご利用は計画的に、です。……来年の目標はそれにしよう。



あ、そういえばキャラ人気投票の件ですが、そろそろ回収したいと思ってますー。

何だか案外勇者くんが人気そうでほっとしてます。よかったね主人公。

来年の初めあたりには回収したい。


以下返信ですー。


>何だか軽いノリなのか、重いノリなのか、よくわからないところが好きです(褒めてますよ!)

ありがとうございますー! 若干貶されている気がしないでもないですが……

大丈夫ですよね。褒めて下さってますよね?


>それと質問というか、好奇心なのですが、コメットのファンクラブはないんでしょうか?

ありますねコメットのファンクラブ……。本人気付いてないですが。

勿論第一人者はヘタレさんです。いつか潰される気がしてちょっと怖いです。


>変態だから? …考えると難しいですね。

そうですね……。変態以外に取り柄がない人たちばっかりですから(作者含め)

でも嬉しいです、ありがとうございますー^^

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