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第97話 もう一度笑って

後書きで重大発表……ってほどのことでもないですが。

ちょっくらお知らせです。気になる人はのちほど!

 キナは笑う。


「ね。コメットちゃん、笑って?」


 天使さながらに、笑う。




「――笑えるかっ!」


 僕はぐわあっと吠えた。キナのその笑顔に向かって。

 その愛らしい笑顔は天使さながらでも、心は真っ黒まるで悪魔だ。一体どこの暗黒神様ですか。


「もう、コメットちゃんせっかく可愛いんだから! スマイル、ほらスマイルよ!」

「で、き、る、か! むしろ苦笑いしか出てこんわ!」


 下手をしたら苦笑すら出ない。半ば泣きそうになりながら、僕は喉が張り裂けんばかりに声を上げた。

 何が起きているかというと。ええと、前回のあらすじ。ヘタレさんは魚じゃないです。

 そんなわけで、今の僕の格好は――メイド服だった。


 ……何で、なんて聞かないで。むしろ僕が聞きたいから。

 もうこれは泣くしかないだろう。ええいメイド萌え委員会め。委員長暗黒神キナめ。


「えー、笑った方が絶対可愛いと思うのにー。萌死にできるわ!」

「その最後に星がつきそうな科白はやめてくれるかな!」


 僕が『コメット』として暮らし始めてから、もう一年余り。

 今まで数々のドレスやスカートを身につけ、着こなしてきたつもりだったけど(そしてそれが案外楽しかったりする。数秒後に着実に乙女化しつつある自分に気付いて絶望するけど)――これは無理。生理的に無理だ。メイド服という壁の前には、僕はまるで無力だったのだ。……うん。

 だってね、この如何にも尽くします的なさ! どういう需要と供給がありますかこの格好に! ……確かにエルナとかは着てるけど……目的が明らかに違うしおかしいと思うんだ。


「ていうか、……ヘタレさんを釣るってどういうことさ……?」

「あら、そのままの意味よ」


 決死の覚悟で尋ねた問いに、あっさりと答えられる。……嫌な意味ではないと信じたい。

 というか、この勢いで本当に釣ってしまいそうで(そして釣れてしまいそうで)怖いんだけど……。

 ……うん。考えないことにしよう。考えちゃ駄目だ僕。


「さあさあ、それよりもこっちに来て! 晴れ姿をお母さんに見せて頂戴?」

「どなた!? ていうかこんな晴れ姿、どの親が喜ぶんだよ!」

「私が萌死にするのよ!」

「あんたか!」


 壮大なるボケにきっちり突っ込みつつも、ぐいっと腕を引っ張られキナの意のままにと歩かされてしまう。ああもう、この視界に入る何もかもが恥ずかしい。触れた感触も聞こえる声も全て。

 ――いや、正直、まるで存在感のないアレスが憐れみの目をこっちに向けているのが一番恥ずかしいんだが。そんな目で見るくらいなら助けてくれ。と思うけれど、アレスはディーゼルに似て常識のある人だ。非常識なものには関わらないという鉄則を友達以上に強く持っている……つまり応援は望めない。残念。


「うう……一生の恥、一生の不覚……っ」


 どこへ連れて行かれるのかも分からないまま、僕はキナの後を歩き続けた。――いや、目的地は大体予想がつくけど。あえて明記するのは避けておく。

 住み慣れた部屋を離れ、ドアの向こうのひやりと冷たい空気の満たす廊下へ。

 冷気が素足に絡みついて痛い。……何でミニスカ? ついでに人々の視線が痛いんですが。割と自嘲気味の笑みがこぼれる。というか何でメイドさん。


「それでコメットちゃん。一つ教えて欲しいんだけど」

「何ですかいキナさん」


 もうどうにでもなれーと半ば自棄になりながら言葉を返す。もういいよ。何でも教えるよ。何でも言うもんもういいもん。


「ヘタレさんの部屋ってどこだったかしら」

「……。……、……ああ、ヘタレさんの部屋ならそこの角を曲がってつきあたりの――」

「あらそう? ありがとう――って嘘でしょ、コメットちゃん? そこアリセルナちゃんの部屋よねえ。嫌だからって嘘を吐くのはよくないと思うわ」


 だって嫌なんだもん。僕はにっこりと微笑んでそう言った。

 ていうか本当にヘタレさんを釣る気だこの人。しかもコメットを餌にして。


「……ていうかいつの間にヘタレさんというあだ名が浸透していたのやら」

「だって素敵なあだ名じゃない? 名付け親はコメットちゃんよね?」

「うん、だってヘルグさんって正直呼び辛いし今さら気持ち悪い。最早本人も訂正すらしなくなったし」

「ヘタレさんってどことなくマゾっ気があるから。いいんじゃないのかしら」


 よくねえよ。

 キナにかかると、あのヘタレさんすら哀れに思えてくるから怖いものだ。天然腹黒は最強です。


「それで? ヘタレさんのお部屋は?」


 ……ごまかせなかったか。

 確かにヘタレさんの部屋はさほど有名ではない。有名な部屋というのが何なのか僕は知らないけど。

 どうやらヘタレさんは仕事しているのを見られるのが嫌いらしく、あまり人を部屋には招かないということ。……あれ? その部屋に連れ込まれたことがある僕はどうなる。


「……魔王様の部屋の手前。今の時間帯は部屋にいると思うよ、仕事もそろそろ一段落する時間」

「そう。ちょうどよかったわね」


 よくねえよパート2。

 個人的にはむしろバッドタイミング。いやまああの人は基本面白いことを優先する人だから、面白いことであれば仕事なんて放り出して飛び付くと思うけど。……いや、僕は見世物じゃないぞ。待てこら。

 そう思いながら自分の身体を見下ろすが、――スカートの裾をつまんでみせる。まるでアイドルの女の子だ。そうとしか思えなかった。残念。

 こう言うとナルシストにしか聞こえないけれど事実。さすがに魔物一の美人と謳われるだけある。どんなコーディネートにでも映える可憐な容姿は見事なまでに人目を引き――うわあ最悪。泣きたい。


「……もういいですか。帰っても」

「あら駄目よ。ヘタレさんにコメットちゃんの晴れ姿を見せてあげなきゃ」

「いや本気で貞操の危機とかが!」

「大丈夫よ。ヘタレさんもそこまで悪い人じゃないわ」


 悪い人じゃないけど変態です。常識を知らない、ね。

 乙女化しつつある僕にとってそれはどうしても避けたい事態。……乙女化してなくても避けたいが。

 ヘタレさんならやりかねないというか――いや、まだ年齢制限は設けられていないのだ。大丈夫。大丈夫……なはず! 信じるしかなかった。


「ほら、とか言ってる間に着いちゃったわよー」

「いつの間に!? うわー適当!」


 失礼な、文字数短縮だと言ってくれという作者の言葉が脳内に反響した。……知るかそんなの。だけど人々の視線から逃れられたことだけは感謝しておく。

 目の前にはヘタレさんの部屋のドア。相変わらず作りは豪華だ。さすが側近というだけある。

 ……と、今問題になっているのはそんなことではない。

 開けなければ。開けなければいけないのだ。それじゃなきゃ――いや、何もないけど。

 ていうか正直開けたくないけど。……だけど文字数が。――あれ、何だか今変な危機感を無理矢理脳にすり込まれた気が。


 仕方がない。もうここは行くしかないだろう。別に取って食われるわけじゃ…………ないよね?

 恐る恐るノックをする。そして一拍置いてから、声を上げた。


「……ヘタレさんヘタレさん、生きてますか。できれば死んでいる方向で」

「ヘルグです。生きてますからどうぞ入って下さい」


 ち、生意気に訂正しやがったか。――いや、じゃなくて、ね?

 いたし。分かってたけど。うわあ入りたくない。だってメイド服なんだよ。相手はポニーテール萌えとか何とかほざいてるような人なんだよ!?


「……駄目だ、私生きて帰れる気がしない」

「ファイトよコメットちゃん! さあ行くのよ!」


 キナは気楽な踊りを踊っている。……女の子じゃなかったら殴ってました。

 ええい、もう何とでもなれ。僕は再度覚悟を決めて、ドアノブを握る。


「失礼しますっ」


 がちゃりと音を立てて、ドアノブが回る。ドアは開いた。そして世界は、つながってしまった。

 広がる開けた部屋――。

 その先には勿論、無駄に豪奢な椅子に座り机と向かい合うヘタレさ……。


「…………じゃなくって?」


 床に倒れ伏せたヘタレさんがいました。

 思わず疑問形で尋ねちゃったじゃないか。何だ貴様。


「……どうしたんですか」

「人が床に倒れてるっていうのにあくまで警戒したままなのはちょっとひどいですよね……。少しくらい心配して欲しいものです」


 いや、だって元気そうだし。さっき普通に名前訂正してたし?

 死んでないなら大丈夫。僕は笑顔でそう言うと、もう一度尋ねた。


「どうしたんですか」

「いやなに、コメットさんが素敵な格好をしていたものでついつい何度も透視クレアボヤンスを使っていたら魔力が底つきてしま」

「貴方みたいな馬鹿は心配する必要もないですね。帰ろっか、キナ」


 ヘタレさんの言葉を途中で遮り、さっと踵を返す。あーあーあー聞いた僕が馬鹿だった。

 そして歩き出そうとするも。


 ――突如伸びてきた二本の腕に、後ろからぎゅっと抱きすくめられる。


 それを理解した瞬間、僕は声を、動作を、思考を失った。


「――っていうのは嘘です。いくら上級魔法といえど、4,5回使っただけで魔力が底つきることはありませんよ。常人なら別でしょうがね」


 そっと耳朶をくすぐる声。

 いつもならば、自慢うぜええええええ! とかむしろ死ねええええええ! とか言って蹴り飛ばすところだ、――が。


 ――抱きすくめられている。


 見かけによらず強い力に閉じ込められ、僕は硬直していた。

 瞬間移動テレポートで背後に移動してきたこととか、キナがきゃーと黄色い声を上げていることとか、そんなことは正直どうでもいい。


 ヘタレさんに、抱きしめられているのだ。


「赤いですよ。勇者・・さん」

「な……っ!?」


 上方でくすりと笑う仕草に、僕は弾かれたように動作を取り戻した。熱が急速に全身を駆け上ってくる。


「や、やめて下さい……っ!」


 掠れた声で叫びながら全体重をかけてヘタレさんの身体を引き剥がすと、その勢いで思いっ切りボディブローをかます。

 キナが違う意味できゃーと黄色い悲鳴を上げていたことは、とりあえず放っておこう。


「ひどいですねえ……そんな可愛い顔をして。尽くしてくれるんじゃあないんですか?」

「――ッ!」


 それでも余裕を失くさないヘタレさんの言葉に、かあっと頬が熱くなった。

 いや、確かにメイドさんだけど……格好はメイドさんだけどっ!

 ヘタレさんの目がまた、面白そうに細められて。

 いつものように死ね馬鹿と言い返すことすらできず、僕は思わず俯いた。――否、俯いて。


「ふ、ざけないで下さいっ! いやふざけてなかろうがそんなことはどうでもいいっ、この世から綺麗に消え去れ――っ!」


 いい音がしました。御愁傷様!





 ◇





「ごめんねえ、さすがにヘタレさんがあそこまで異常アブノーマルだとは思ってなかったの。でも十分に楽しませてもらったわ、ふふふ」

「キナ……最後の方謝罪になってない。……私は必死だったんだから、もう……」


 ヘタレさんを葬ってそのまま魔の部屋を抜け出した僕たちは、僕の部屋へと戻る廊下を歩いていた。

 疲労困憊、ああもう懲り懲りだ。頭痛がするし……動悸はやまないし。あのまま死んでしまえ変態め。


「コメットちゃんったらもう、本当可愛いんだから! ねえねえ、最終的には誰とくっつくの? 魔王さま? ヘタレさん? それともディーゼル君? ダークホースで害虫さんとか?」


 そんなダークホースは丁重にお断りしたいと思った。……いや、とりあえず選択肢からヘタレさんを消して欲しいんだけど。

 僕は楽しそうなキナを横目に小さくため息をこぼすと、重い足を前へと進める。


「あのね、キナ。私は魔王様の婚約者だよ? 魔王様と結ばれるに決まってるじゃない」

「……コメットちゃんも若干妄想癖とかそういうのあるわよねー。そこは普通に『誰とも結ばれません!』とか照れて答えて欲しかったんだけど」

「それのどこが普通? いや、ていうか選択肢的に魔王様しかありえないじゃん! あの小動物のような愛らしさ……っ! ああお嫁に欲しい!」

「乙女化っていうより最早腐化だわ」


 さっきとは一転、冷めたような目で僕を見下ろすキナ。だけど気にしない。気にしないんだ!

 誰だってあの愛らしさを知ったらそう言わずにはいられないと思うんだよね! キナだって分かっているはずだ! 小動物最高!


「――ずっと、ここにいられればいいのにね」


 一人で盛り上がる僕を見て、ぽつりとキナが呟く。打って変わった弱々しい声。


「――……え?」

「魔王さまがいて、ヘタレさんがいて、アレスもいて、レイ君もいて――ここは初めて知った、幸せの場所なのに」


 思わず振り返れば、灰色の瞳いっぱいに涙を溜めたキナが。


 ――微笑んでいる。それでも。


「神さまは、いじわるだよね。殺せないって、知ってるのに」


 どうしたのなんて、聞けなかった。

 そんな分かり切った、ことは。


「ここの人たちが悪い人じゃないって、知っちゃったのに」


 ――彼女が泣くのを見るなんて、いつ振りだろう。

 キナは強いから。涙を見せない。胸がぎゅっと締めつけられるような気がした。


 何で。こんなこと。


「楽しかったよ、レイ君。私は今まですごく、楽しかった」


 今、そんなことを言わないで。

 そんな叫びは声にならない。ただ、キナは涙を、こぼすだけ。


「私、誰を恨んだらいいの。誰も、何も、恨まなければいいの? 生きたいって、言ったら駄目なの。言っても、生きられないの?」


 涙を堰き止めていた堤防が、ついに決壊したようだった。

 彼女なりにつなぎ止めていた感情が、ばらばらになってこぼれてくる。

 ――僕は、何も言えない。


「毎日、ね、レイ君とヘタレさんが騒いでるのを見て、アリセルナちゃんともっとおしゃべりして、魔王さまには獣耳とか! ……アレスと手をつないで、ディーゼル君が呆れるのを見て、害虫さんとルルちゃんのラブラブぶりを笑って、エルナさんとは一緒にお料理、したいし……」


 切実な願い。

 平和な毎日を、平凡な人生を望むことさえ、許されないのだとして。

 キナはそれでも望んだ。


「あの日、あのまま、死んでいたら知らなかったこと。教えてもらって、今さらまだいたいなんて、欲張りなのは分かってる。神さまはこれがラストチャンスだよって、優しいから、チャンスをくれたの」


 涙で潤んだ瞳を隠して、笑ったままの口元だけを僕に向けてキナは続ける。

 神が優しいだなんて、僕には到底思えなかったことだ。――だってまた、一つ、一つと奪おうとしている。

 なのに。どうして。


「だけどまだ、いたいよ」


 願ってはいけないのだろう。


 こんなにも優しい、たった一人の少女が。


「――キナ」


 ようやく、掠れたけれども声が出た。舌は乾いて、紡ぐ言葉は喉を鋭く刺激する。

 キナはそっと、長い睫毛を上向けた。――一体何と言えばいいというのか。そんなこと、分からない。けれど。


「……笑って、よ」


 僕の口から出たのは、そんな陳腐な言葉だった。

 残りわずかの、先の短い少女に対して。


「笑って、欲しいんだ。キナはせっかく、可愛いんだから」


 震える声はわずかに笑みを含んで。無理矢理笑ってるみたいな、変な声だった。

 だけど紛れもなく僕が発した言葉で、僕が抱いた気持ち。

 キナは目を丸くして、僕を見ている。


「こんなことを言うのは、おかしいかもしれない。ひどいかもしれない、けど……」


 ぎゅっと手を握り締める。もどかしい。そしてそれ以上に、辛い。


「また会えるよ。人は魂が残ってる限り、何度でも輪廻の輪に加わることができるから」

「――レイ君」


 キナが微かに目を細める。

 涙が一筋こぼれるのも、気にしないで。


「また、ここで、みんな一緒に、笑おう?」


 それが僕に言える、精一杯の言葉。

 ――何て無力なのだろう。悔しいほどに、非力、だけど。


「……うん」


 キナは頷いた。微かに、微笑んで。


「ごめんね、レイ君。私、まだ、ここにいるわ――」








 あと2日。


 もう僕らには、それしか残されていなかった。




うわあお決まりのパターン。……そろそろマンネリだぞ私。


そんなわけで前書きの通りです、ここでお知らせー。



魔王の恋と勇者の愛人気投票、開催します!



……前回のチキン発言はどこへ行ったという感じですね。ごめんなさい。反省はしてな(自主規制)

自キャラの人気を調べてみたかったというおおよそ勝手な理由ですが……

宜しければ皆様、投票お願いします!

因みに投票はお一人様2キャラまでとなっております。それから、サタン側のセインさんとルナさんは今回お休みです。ほとんど出ていないので!


唐突且つ難しいお願いではありますが、宜しかったら協力してやって下さいませ。

質問・要望等ありましたら受け付けます!


↓投票は下記のURLまで↓

http://enq-maker.com/HHXX0C


※1/10 投票は終了致しました。沢山の御協力、ありがとうございました※

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