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第96話 偽悪の善人

 月明かりすら届かない。蒼白い月の影さえ、闇に呑み込まれたように。

 闇を塗り替えるほどの漆黒。即ち影が、鏡のように動きを真似る。

 歩を進める毎に黒は蠢き、貪り、光を喰らい尽くした。


「――」


 闇の眷属が、這う。這いずり回る。

 闇を塗り替える、影すら覆い尽くすかのよう。


「……何の真似だ、ヘルグ」


 這いずる闇の眷属を踏み潰しながら、闇の向こうへと声を放る。

 一寸先さえ見通すことさえできない暗黒の中で。


「あれ、ばれてましたか? さすがですね、魔王様」


 くすくすと響く笑い声。聞き慣れた声はおどけるように、暗闇の中を木霊する。


「ふざけるな。この城の中に闇魔法を使える奴なんて、私とお前くらいしかいない」

「そうですか……じゃあこうは考えませんでしたか?」


 少しだけ残念そうにしょげる声は、すぐに元気を取り戻した。

 黒の中に、一人だけ異質な色を放って。


「もしかして、サタンが来たんじゃないかって」


 くつくつと喉を鳴らす声にも、あえて無表情を保つ。――実際、表情を崩すほどのことでもなかった。

 ただゆっくりと閉ざした口を開くと、あらかじめ用意した言葉を並べ立てる。


「サタンは今動けない。奴は血の喪失にもがいている――あれは痛みじゃなく、死だ。動ける道理はずがないだろう」

「そうですか……」


 さっきと同じ、残念そうに肩を竦めては見せるが感情のない言葉に目を逸らした。

 ――遊んでいる。

 別にそんなことに腹を立てる気はなかったが、気は急いていた。今度ばかりは、遊んでいる場合ではないのだ。


「今は遊んでいる場合ときじゃない。話を聞いてくれるな?」


 見せつけるような殺意を纏い、一歩前へと出る。

 ヘルグはようやく笑みを消し、代わりに楽しそうに目を細めた。


「焦ってますね……。どうしたんですか?」


 口元は笑みの形を消したまま。けれどとても楽しそうに。


「……頼まれた」

「――誰に? 何を」


 本質を突けば、ようやくその声が無機質なものへと変わる。

 大袈裟な抑揚が消え、淡々とした平らな声。らしくないといえばらしくないが、最早それすらも聞き慣れたものだった。


「アレス……と言ったな、あの男は」


 引き締まった、歴戦の勇士としての顔を思い出しながら言う。

 彼からは仲間思いで――多少排他的な面もあるが、正義感の強い青年だという印象を受けた。

 強い男なのだろう、と思う。そうでなければ、ここまで辿り着くこともできなかっただろうが。


「彼が――何を?」


 一方、ヘルグの顔は僅かにしかめられている。彼に対する嫌悪感、というよりは不信感で。


「別に悪いことじゃない。……ただ、少し――」


 目を閉じる。闇の中では何一つ変わらないけれど。

 言っていいことか、どうか。

 目を閉じたまま数秒黙想した。そして。


「……六日後。パーティーの準備だ、いいな?」


 私はそう言って踵を返した。それ以上は何も言わずに。

 けれどヘルグには伝わったらしく、くすりと笑う声が聞こえた。


「かしこまりました。――貴方の命のままに、我が主」


 闇の眷属が、空間を貪り尽くす。

 私は最後にそれを思い切り踏み潰して、暗闇から姿を隠した。





 ◇





「やあ久しぶりだねコメットちゃん! 会えない日々は切なくて……比喩ではなく、胸が張り裂けそうだったよ」

「その耳が溶けそうなほど甘い文句も、ルルさんの肩を抱いたまま言われると茶番にしか思えないもんですね」

「お、お兄ちゃん……コメットさんに嫉妬されちゃってるよ! 悪いよ……私部屋に帰ってるから、お兄ちゃん後はコメットさんと上手くやって、ね?」

「……いやあの、嫉妬の念から言ってるわけじゃないですから。どうぞお構いなく出来れば余所でいちゃいちゃして下さい」

「嫌だなあ二人とも本当に可愛いんだから! 僕はマイシスターもコメットちゃんも平等に愛する所存さ」

「うわうぜえ、所存とかまじうぜえ……っ、てめえは一体どこの王様だよ!」


 今日の日記。害虫さんにアッパーカットをかましました。まる。


 ……えーと、こんにちはコメットもとい勇者です。元気です。

 今ルルさんが部屋に遊びに来ています。害虫さんはおまけです。


「うふふ、仲いいのね。何だか見ていてすごく微笑ましいわ」

「どこが!?」

「殴られた被害者そいつが嬉しそうにしているところが一番微笑ましいな。見ようによっては気持ち悪いが」

「私は断然後者を取るね!」


 そして今、僕の部屋にはキナとアレスもいた。

 二人はしょっちゅう遊びに……というか、何だかいつもいる。結構いつもいる。

 いつの間にか魔王城の地理も覚えたらしく、色んな人の部屋にも遊びに行くし。でも拠点は僕の部屋らしい。

 ていうか普通に馴染んでるしね! そう考えると僕の今までの苦労は何だったんだって気になる。けど二人が迫害されるよりはよっぽどいい……かな。複雑だけど。

 勿論よく思わない人もいるみたいだけど、それも少数派で――それが不安なんだけど――リルちゃんの説得もあり、上手くやっている。


「あ、そういえばコメットさん」

「はい?」


 『そういえば』。

 床に幸せそうに倒れ伏せた兄のことなど最早気にも留めず、ルルさんは僕に向かって手を合わせ指を組んだ。


「この間、お見かけしたんですけど……」


 恥じらうように長い睫毛を伏せて呟くルルさん。可愛いけど……何だろう。嫌な予感がしないでもない。

 黙って先を促すと、ルルさんは意を決したように口を開く。


「この前、ヘルグさんと腕を組んで出掛けてましたよね。あの、ヘルグさんとは恋人なんですか?」

「ぶっ!?」


 まさかの爆弾投下。

 あまりにも自然すぎて一瞬右から左へ聞き流すところだった。いや聞き流した方がよかったかもしれないけど。

 僕は思わず蹲って咳き込みながら、何とかルルさんを見上げた。


「げ、げほげほ……え、何ですかそれ!? 腕……!?」

「み、見間違いじゃなかっと思います……お似合いの二人組でしたから」


 お似合い? 何ゆえ?

 あくまで天然な発言ゆえにあまり強く言えないが、そんなのはありえない誤解だ。

 そんなことがあるはずはない。だってそんな覚えないし!


「そう……そうだったのね……コメットちゃん……」

「ちょっ、キナ! 何を信用してるの!? 誤解だよ!? 誤解だからね!?」


 やっぱりコメットちゃんって呼び方には違和感があるなあと思いながら今はそんな場合ではない。

 何、ヘタレさんと? 何で? 僕何か誤解されるようなことしたっけ? いや、してないはずだ。ヘタレさんとは断じて。でもルルさんがそんな嘘を言うとは思えないし……。

 首を傾げて考えていると、……先日の嫌な思い出が脳裏に浮かび上がってきた。イッショウフウインサレテイレバヨカッタノニ。


「……あれですか……」

「何!? やっぱり心当たりがあるんでしょう、コメットちゃん!」


 がばっとキナに詰め寄られる。だけど僕は何も言えない。

 い、いやだってね。だってね?


「確かに、確かに私はこの間――」

「こ、この間?」


 あれ、何だかわくわくされてる。

 だけど思い出したのはそんなピンク色の素敵な思い出ではなく、むしろ封印したいブルーな体験だったりする。あえてピンクというならばヘタレさんの色か。


 いや、確かにね。僕は。


「そりゃあこの間、確かにヘタレさんに腕を引っ張られて無理矢理部屋から連れ出された覚えはあるよ! そしてそのまま引きずられてヘタレさんの部屋まで連れて行かれた覚えはあるよ!?」

「…………」

「だけど! それを人はデートとは……恋人とは決して呼ばないと思うんだ! むしろ呼ぶなら誘拐(不法侵入込み)! イッツアトラブルメーカー! むしろトラブルそのもの!」


 部屋に変な空気が流れた。まる。

 僕は頭を抱えて丸くなる。恥ずかしい。そして死にたい。


「……何か……悲惨だな」

「可哀想よね……コメットちゃん」

「わ、私……もしかして、聞いちゃ駄目なことを聞いちゃったでしょうか」

「そんなことないさマイシスター! 大丈夫、コメットちゃんは今僕の愛とヘルグ君の愛の間で揺れているんだ。勿論僕の愛が勝つがね」


 思考の海に沈み切っていない意識が断片的に捉えた、愛だの何だのと勝手なことを嘯く害虫さんにはとりあえずもう一発入れておく。

 ああもうこれ絶対ヘタレさんの策略だ。畜生。あの変態め、次会ったら30発くらいぶち込まないと気が済まない。


「でもねえ。ヘルグさんっていい人よね」

「そうだな」

「そう思います。変な人ですけど」


 ナ、ナンデスト!?


 い、いい人……? あの人が? 信じられない。

 まさかあの人がいい人と呼ばれる日がやってこようとは。明日槍が降るぞ。むしろ世界の崩壊だ。

 僕はまた違う意味で頭を抱えた。オーノー。


「愛情表現はちょっとおかしいけれどね。コメットちゃんを思ってるのがよく分かるわ、可愛い人よねえ」

「素直じゃないよな。正直出来の悪い弟みたいだ」

「すごく頼りになりますよね、憧れちゃいます」


 ……そう……なん……だ。


 勇者はこころに392のダメージをうけた。勇者はしんでしまった!


「……あれ? コメットちゃん? えっあっ、どうしたの!?」

「死ぬな! 帰ってこい!」


 ……はっ。

 勇者はなんといきかえった!


「……若干思考が危ないわね。こういうのって治療した方がいいかしら……」

「……放っておけ、いずれ治るさ。ていうか治療とかしたらまたお前は倒れるだろう」

「あら、アレスがそんなこと言うなんて珍しい。仮にもレイ君のことなのに」

「何だか馬鹿らしくなった。ものすごく」

「まあ、それもそうね」


 ……あれ? 今若干馬鹿にされたような。ていうか心も読まれたような。

 思いながら起き上がる。今、何してたんだっけ……。記憶がありません隊長。


「あ、大丈夫? コメットちゃん。思考は危なくない?」

「……、……そんな直球な聞き方されても。危なくないとしか答えようがないというか」

「いつもの君ね! よかったわ」

「…………」


 ……よかったのか?


「あの、さっきはごめんなさい……その、コメットさんはヘルグさんが苦手なんですか? こういう言い方するとあれですけど、あんなにお似合いなのに……」

「あ、いえいえ。苦手っていうか、そうですね……軽く殺したいほど嫌いです」

「ヤンデレ? ヤンデレに転向なのね、コメットちゃん?」

「断じてそういう意味じゃあないよキナさんや」


 ルルさんの言葉に――いや、むしろ僕の言葉に便乗するキナ。あえて間違った方向に。

 違うよ。別に僕はそんな方向に堕ちたわけじゃないんだ。単にあの人が間違った方向に堕ちてるだけで。

 けれどそんな僕の弁解も気にせずに。


「――あ、そうだ。ヘタレさんで思い出したわ」

「……何を?」


 ぽんと手をつくキナ。わざとらしい仕草が何か嫌だ。


「コメットちゃん。復活してすぐのところ悪いけど、ちょっといい?」

「へ、私? 何?」

「あのね、ちょっと付き合って欲しいことがあるの」


 付き合って欲しいこと。色々物騒なことを思い浮かべたけれど僕はその想像をすぐに打ち消した。

 悪い方向に考えるんじゃない。物事は考えた方に傾くんだぜ、落ち着け僕。キナの言うことだからロクなことじゃないんなんて考えてはいけない!


「私ね、前々から試したいことがあったのよ。いいかしら?」


 キナはそう言って笑った。……不吉な笑み。

 ああもう無理です隊長。これは無理です、すでに天秤は悪い方向へと傾いてしまいました。御愁傷様。

 僕は脳内で半ば自棄になって遺書を綴りながらも、目の前の爽やかな笑みに抗うことができずにゆっくりと首を縦に振った。さようなら僕の人生。


「……それで。試したい、ことって?」

「あのね――」


 けれどキナは、僕の思いなど意にも介さず。ただ隣で憐れむように僕を見るアレスの視線が痛い。


「ヘタレさんをちょっと、釣ってみたかったの」


 何をしようというんですか貴女は。はい御愁傷様。

 さっきから何度も考えた自分への追悼を繰り返し呟きながら、害虫さんのむしろ僕を釣ってくれという声をバックグラウンドミュージックに僕はその試練を受けた。因みに生存率は0%です。




前半シリアス。後半カオス。でもシリアスとカオスって響き似てますよね。……え、似てない?


前回の後書きでは少々自重が足りなかったので今回こそ自重しよう!

……と思ったのですが無理でした。(既に諦めモード)

そもそも私のような人間が自重をすることはまず無謀な試みだと思(自主規制)

……すみません。調子に乗りました。

勇者さんも今回で(プロローグ・番外編込みで)100話目です。でも一応96話となっているので、まだ100話記念はやりませんよー。


あ、仮100話目ついでにお話ししておきますが、100話記念のことです。

……正直、根性のない私は他の素敵作者様と違って『5日連続UPします!』とか『人気投票します!』とかできません。ごめんなさい。

前者は私の気合いが持たないし(おい)、後者は投票がなかったら相当落ち込むしヘタレさんがぶっちぎりで一位になるのが目に見えているので(それが嫌な作者。主に最低)やめておきます(;´ω`)ごめんなさいこんな作者で。

でも、その代わりに、100話記念の番外編三つあげたいと思います!

……まあ、いつになるかは分かりませんが。


一つ。『魔王城の皆で灰かぶり』←要はあれです、シンデレラ劇場。配役は秘密。

一つ。『この小説に足りない エ ロ 要素補充』←でも一線を死守してきたからこその勇者さんだったりするんだ。

一つ。『秘密(はあと)』←一番最低な選択。コメディーとだけ言っておきます。


こんな感じです(かなりアバウト)。

そんなことはいいから本編進めろや! という声も聞こえてきそうですが……あえてスルーさせて下さい、お願いしますorz

因みに読み飛ばしは可能です。本編には全く関係ありません。


後書きが長くなってきたので、そろそろお暇させて頂きます。

それではまた会えることを願って。

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