文化祭どころじゃない 4
作業中の私たちのところへやって来たハタナカさんは言った。
「なんか必要なものとかある?あと、今になって気づいた事とか?」
なんだ、と安心する。実行委員の仕事で回って来たのか。
が、「「ううん、今んとこない…」」と答えかけた私とユマちゃんにかぶせるようにハタナカさんが聞いた。私にだ。
「明日イズミ君と回るの?」
わ、やっぱ聞かれた、と思う私だ。
「…いや…回らないと思うけど」消極的に歯切れ悪く答える私。
「へ~~~」と無表情で一応は相槌を打ち、ハタナカさんは私の目をじっと見つめたまま聞く。「なんで?」
なんでって…
一緒に回ろうなんて言われてないし。今日は一緒に帰ろうって言われたけど…
「なんで?」ともう一度ハタナカさんは聞いて来る。
「…別に誘われてないから…」
「あ、そう」私の顔をさらにわざとらしい程思い切り覗き込んでハタナカさんが言った。「そっか誘われてないんだぁ」
これをちょっと笑いながら言われたら、嫌味で言われてるんだなってはっきりわかるんだけど、ハタナカさんが少しも笑わないまま、しかも淡々とした声で言うのを間近で聞いたら、わぁ何これ…、って思う。嫌味だけじゃない、もっと悪い何かが含まれているような気がするのは絶対に気のせいじゃないと思う。
が、ハタナカさんは、ふっと笑ってさらに私を覗き込んで言った。
「よその学校では一緒に回ってたのに?」
「…」
あ~~~~…やっぱりそれ、ハタナカさんにもバレてたか…誰からも突っ込まれなかったから安心してたのに。
「でもぉ」とハタナカさん。「うちの学校では一緒に回らない、と」
「…」
「それはなに?なんでかなあ?みんなにいろいろ言われるのが嫌なの?どうなのかなあ?」
やっぱりいろいろ言われてんの?
「あれ?いろいろ言われるのが嫌なんだ?」とハタナカさん。
…それは嫌に決まっている。
私とハタナカさんの絡みを遠巻きに見ながら作業をしていた他の女子のみなさんも、手を止めて私たちの周りにわらわらと集まって来てしまった。
…どうしよう…
「イズミ君のラスク、うまく焼けてるかなぁ~~」とハタナカさんが言う。
男子は全員、家庭科室のオーブンを借りてラスクを作りに行っていた。男子がラスクを焼き、女子が大道具や雑用をする。
そもそもラスクを作って売るっていうのは、実行委員にもなってしまったタダの提案で決まったのだが、『タダが焼いたラスクも売ってます』というのを売りにしたら、女子のみなさんが俄然買いにくるだろうと、金に目のくらんだ担任の水本先生が後押しして決まった。
そしてその話し合いの時に『同クラの私たちでさえ食べた事がないのにイズミ君の作ったラスクを他クラの子たちに食べさせるなんて』的なブーイングが女子のみなさんから出て、それをなだめるために水本先生が、取りあえずうちのクラスの女子にまず試食をさせると口約束してしまい、ラスク作りが一段落したら、形の良くない売り物にならなさそうなものを女子が試食する事になっているのだ。
「言ってもよ?」と、周りに集まってきた女子のみなさんに賛同を得るようにハタナカさんが言う。「もうイズミ君てほぼユズりんのものじゃん?」
「ふぇえ、あ、…」、と私は変な声をあげてしまった。
もちろん女子のみなさんは全員私を見ている。…あ~~怖いな。
「やっぱ付き合う事になったんだ?」とキオカさんが私に聞く。
「ううん!」と力んで首を振る私だ。「付き合ってないよ!」
「「「「「「「「はああああ~~~~~~」」」」」」」」と、女子のみなさんたちの力強い溜息。
「…でもよその学校の文化祭一緒に行ったんでしょ?」とハンダさん。
「行ったけどでもそれは友達のとこのやつだから」と答えた私に、なにそれもう、と呟いたり、また力強い溜息をつくみなさんたち。
「友達のとことか関係ないから」と鼻で笑うように言ったハタナカさんが続ける。「肝心なのは一緒に行ったことが事実かどうかって事でしょ?」
「逆になんで付き合ってないってそこまではっきり言う?」とヨシダさん。
逆に?逆にって何の逆?
「だって好きだって言われてんでしょ?」とオオハシさん。「結構みんなの前でも大島さんの事すんごい気にしてるアピールする事今までにも結構あったじゃんイズミ君ムカつくけどさ」
…ムカつくって言われたよ。
「なんでかなあ…」とハタナカさんが教室の天井を見つめる。「すごい好きだなって思っててさ、イズミ君と付き合いたいっ!ってずっと思っててさ、私の彼氏になって欲しいっ独り占めしたい!ってすんごいすんごい思っててさ、でもよ?私以外の人の事好きだってはっきりわかったらやっぱ、みんなのものでいて欲しいって思うよね」
「「「「「「「「思うよね~~~~」」」」」」」」女子のみなさんが賛同の合唱する。
「そういうもんだよね!」と、今度はみなさんを見回しながら笑顔で言うハタナカさん。
「「「「「「「「そういうもんだよね~~~~」」」」」」」」と女子のみなさん。
これって、吊し上げ、みたいな感じ?
「ササキさんはさ」とハタナカさんが今度はユマちゃんに聞いた。「ユズりんのこのイズミ君との一連の流れどう思ってんの?」
「え、私!?」驚いてはいるが顔が思い切り笑っているユマちゃんだ。
「まあ、ユズちゃんははっきりはしないよね」と思い切り答えるユマちゃんは私と目が合っているのにやっぱり笑っている。
ユマちゃん…私と一番仲良くしてくれてんじゃないの?ここは、『みんなそういう感じで問い詰めるの止めようよ』とか言ってくんないのかな。友達として言ってくれるべきなんじゃないの!?
「そばで見ててもね」とユマちゃん。「天然か!って思うよね。ユズちゃんの事。まあ天然ではないんだけどさ」
ユマちゃん…もしかして私の事、本当はそんなに好きじゃなかった?
味方しないんだったら黙っててくれたらいいのに!
が、ユマちゃんのその発言で、私が天然かどうかが今度は議論される事になった。
「ユズりんの事天然だと思う人~~~~」
ハタナカさんが聞くと女子のみなさんの半数くらいの手が上がった。
マジでか…と唖然とする私。ハタナカさん、昨日のラインでも天然どうのって言ってた…
その唖然としている私を囲んでざわざわと、天然だ、天然じゃない、と言い合うクラスの女子のみなさん。
そしてハタナカさんが言う。「許せない天然ているじゃん。ここまであんたいろんな事気付かない?みたいなさ。それでポカン、とし過ぎて周りのちゃんと頑張ってる人たちをイライラさせたりさ、『私天然だから』とか自分から言ってくるやつがいちばんヤバいじゃん。実際、ユズりんが本当の天然だったら私たちもっとイラついてるしさ、イズミ君だって好きにはなってないはずなんだよね、絶対に」
ハタナカさんの力強い言葉で、私は若干天然臭いところもあるけれど天然ではない、と結論付けられた。
「それで?」とハタナカさん。「どうなのユズりん」
「…」
「私たちがイズミ君のラスク、試食してもいいの?嫌なの?そこ、はっきり言ってみて?」
試食の話し!?
「ユズりんはチーズケーキも焼いてもらったわけじゃん。しかもユズりんの誕生日のために、ユズりんの事だけ思ってイズミ君は焼いてくれたわけじゃん。そしてそれを食べたんでしょ二人で」
それを聞いて「ほらもうやっぱ付き合ってんのと一緒じゃん」「海にも花火にも行ってたしさ」「ほんとはもっと前から付き合ってたんじゃないの?」「もうやだな、イズミ君誰とも付き合って欲しくない~~~」などなど女子のみなさんが声をあげる。
私は慌てて否定した。「二人でじゃなかったんだよ。タダの弟もいたから」
が、「こういうとこ!」とハタナカさんが女子のみなさんを見回しながら私を指差して言った。
「こういうとこものすごく天然臭いよね?」
うんうんとうなずく女子のみなさん。…なんでユマちゃんまでうなずいてんの!?