文化祭どころじゃない 2
「…ユキちゃん、どうしたの?」
消極的に聞いてみると、ユキちゃんはヒロちゃんが手の甲で口の端のカレーを拭こうとするのをそっと止めさせ、制服の上着のポケットから水色のハンカチを渡してあげながら言いにくそうに切り出した。
「なんか私、3人仲良いとこに混ざっちゃって…なんか…ごめん!どうしようかなって思ったんだけどヒロトも一緒にって言ってくれたから嬉しくて。ユズちゃんたち来てくれるのすごい楽しみだったし。私さ、前言ったかもだけど転校4回してるから、友達はいても、ずっと仲良くしてる友達はいなくて、小さい頃から仲良いヒロトとユズちゃんが羨ましくて…」
そう言ってくれるのは嬉しいけれど、どんなに小さい頃から一緒にいても、私が大好きだったヒロちゃんは、高校で出会った同クラでもないユキちゃんと付き合う事になったけどね…
なんだろ…今もすごいスムーズにハンカチの受け渡ししてたじゃん…すごく長く付き合ってるみたいじゃん…と多少やっかみながら私は言った。
「そんな事ないよ。ユキちゃんも一緒で私だって嬉しいけどな」
それはウソじゃない。
でもこんな事、夏休みのはじめの頃なら絶対に思わなかった。ユキちゃん邪魔!って確実に思ったはずだ。でも今はユキちゃんが一緒にこの場にいてくれてむしろ助かっている。タダと二人だとずっとそわそわしなきゃいけないし、ヒロちゃんとタダ、私の3人だったら、むかしからずっと好きだったヒロちゃんと今気になっているタダとの間で、「なんなんだろう私」ってグダグダ思いながらカレーを食べていたところだと思う。
「なんかね、」とユキちゃんが続けた。「3人と一緒にいるとね、ほんとずうずうしいと思うんだけど、私も小さい頃から3人と一緒だった、みたいなほっこりした感じになるんだよね…ありがとうユズちゃん」
可愛いなぁユキちゃんは。そういう事を嫌みなく優しい顔で言えるから羨ましい。
こういうところだよね。こういう素直に可愛い気持ちを表せるところとかが良いと思ってヒロちゃんも好きになった違いない。私なんてほんとぐじぐじして…
「いやいやいやいや」とヒロちゃん。「オレがあまりにステキだからユズが見つめたくなるのはしょうがねえとして」
ヒロちゃんが緩くボケてくれたと思って、「もうヒロちゃん、ハハハハ~~」って私も緩く笑ってそれで済まそうとしたのに、そのヒロちゃんが急に声のトーンを落として言った。
「いやユズ、『ハハハハ~~』じゃねえから」
「え…」
「『え…』じゃねえから」
「…」
なにヒロちゃん…。そんなめったに見ないようなまじめな顔で何言い出すんだと思ったらヒロちゃんは続けた。
「イズミの方がイケメンだろうが」
「…」
何言い出してんのヒロちゃん…
「オレよかイズミの方が断然イケメンだろうがって」とさらにヒロちゃん。
「…」
どういう質問!?
ヒロちゃんを睨みながら内心慌てる。友達思いのヒロちゃんが、タダの前で『うん』て私に答えさせたいやつ?それとも「ヒロちゃんの方がイケメンだって。ねえユキちゃん?ハハハハ」って適当にごまかした方がいいやつ?
「実際ユズ、」とまだヒロちゃんは続けた。「ニシモトの事どう思った?」
はあぁぁっ!?
何をここで言い出したヒロちゃん!
ふん?て顔のユキちゃん。タダは無表情。
「ちょっと!」と慌ててヒロちゃんを止める。「なんでそんな話ここでまたすんの?」
「いやぁ、」とヒロちゃん。「ニシモトもいいやつだからな」
事情のわからないユキちゃんにヒロちゃんがニシモトの事を説明する。しかもちょっと脚色を付けて面白可笑しく説明しようとする。それを思い切り止めたいが、あまりキツく止めたらユキちゃんがまた変に気を使うかなと私も余計な事を思って止められない。
ニシモトはヒロちゃんと、そしてタダとも仲が良い同中だった男子で、ジャージカフェにジャージで来ていた5人のうちの一人なのだが、ついさっきその一連の絡みの中で、ニシモトも中学のほんの一時期だけ私の事が好きだったっていうのを知った。ヒロちゃんがみんなの前でバラしたのだ。
実際すごく驚いたけど。ニシモトが私を好きだなんて当時も全く感じた事はなかったし。まあ、本人も言っている通りほんの一時期の事だったから、今でも普通に喋ってくれてるんだろうけど。
「イズミだって気になるよな?」とヒロちゃんがタダに聞く。
まだ余計な事聞くなぁ。でも中学の時にニシモトが私の事を好きだって知った時、タダの方が先に私の事を好きになったからダメだって、ヒロちゃんがニシモトに言ってくれたんだって言ってたよね?
「もうほんと止めて」と私はヒロちゃんに怒ったが、「あ~~まぁな。普通に気になるかも」と、タダがそう答えたのでドキっとする。
…そうか…タダ、気になるんだ…
どうしよう…恥ずかしい。
が、突然ユキちゃんがヒロちゃんの事を「ヒロトもう~~~~っ!」と、怒り出した。
「ヒロト信じらんない信じらんないヒロトほんともうバカなんじゃないの信じらんない」
早口で『信じらんない』を3回も入れてユキちゃんはまくしたてた。
そしてそれを驚いている私にユキちゃんが謝ってくる。
「ごめんねユズちゃん…私が口出して悪いんだけど我慢できないから言う!ユズちゃんは…ずっとヒロトの事好きだったのに、なんでそのヒロトが、タダ君の方がいいだろ、みたいな感じの事を今ここで言うの?私もいるのに。私が言うのもおかしいんだけどさ!でも別な友達の事までどう思うかなんてここで聞くとかあり得ないんだけど!信じらんないっ!!」
いや割って入ってくれたのはすごく嬉しいけどユキちゃん、ちょっと声が大きいよ。
困った顔でユキちゃんを見てしまうけど、ユキちゃんの目は真剣だ。ヒロちゃんもちょっと困り始めている。でもタダはやっぱり普通。なんでコイツはいつも落ち着いてんの?
「いや、そういう嫌な悪い感じでオレは聞いたわけじゃあ…」とモソモソ言い訳をはじめたヒロちゃん。
「悪気はなくても言ったり聞いたりしたらいけない事はたくさんあるでしょ」
冷やかな声で言い放つユキちゃんに、「いや…そうだけどでも…」とオタオタするヒロちゃんは、ユキちゃんの事が本当に好きなんだなと思う。
でもユキちゃん、と私は心の中で薄ぼんやりと思う。
私はそれ程ムカついてたりはしないみたいな感じなんだけど…
それはヒロちゃんがちっちゃい時からずっとこんな感じって言うのもあるけど、それよりも私が、ヒロちゃんよりタダの事を気にするようになっているからだと思う。
私がヒロちゃんにニシモトをどう思うか聞かれて困るとしたらそれは、ヒロちゃんから聞かれるって事よりも、私の答えをタダが聞くっていう事と、『気になる』って言った事にドキドキしているのだ。
「ユズちゃん、」とまだ怒った口調のユキちゃんが今度は私にテキパキっと言った。「チャチャッと食べて」
唖然とする私に、「食べて早く行こ」と、ユキちゃんはさらに言う。
「二人で行こう。私の友達のクラスの見に行こう。ヒロトとか置いていけばいいし」
ヒロちゃん、『ヒロトとか』って言われちゃってる。それを聞いてタダもちょっと笑ってる。
が、ユキちゃんは低い声で今度はタダに言った。「何ちょっと笑ってんのタダ君」
「あ、…」急に矛先を向けられて驚いているタダ。
「なんでさっきみたいな時、ユズちゃんの事守ってあげないの?」
「…あ~~…うん、悪い」
「悪い、じゃないでしょ?あんま悪いと思ってないんでしょその言い方。ヒロトに『そんな事聞くな』ってなんでタダ君がちゃんと言ってあげないの?」
「わかった」とタダが急に真面目に答える。「次からそうするから」
「…なら、まあいいけど」とユキちゃん。
なんじゃそりゃ。重ね重ね恥ずかしい!
「ほらもう」とユキちゃんは私に言った。「ユズちゃん手が止まってるよ。ヒロトなんか置いて早く行こ」
ユキちゃんはそれでも「ね?」と最後は私に可愛く笑ってくれたから、私は急いでカレーの残りを頬張った。