文化祭どころじゃない 1
11月2日と3日は、私の通っている「やまぶき高校」で文化祭が開催される。
創立以来ずっと、毎年11月に入って最初の金曜日、そして翌日の土曜日の二日間で開催されて来たらしく、今年はそれが2日と3日で、2日は学校内だけの催し、土曜日の3日は一般公開をするので保護者や他校の生徒、近隣の住人も来校する。
そして今日は11月1日。
9月の後半に決められた役員が中心になって、授業や部活に支障が出ないように少しずつ文化祭の準備のスケジュールは組まれていたが、いよいよ明日が文化祭という今日は一日授業がなく、朝から全校が文化祭の最終準備に取り掛かっている。
明日も明後日も天気は晴れの予報だ。秋の深まりに朝は少し肌寒くなってきたけれど、空は朝から晴れ渡り、全校生徒は登校後すぐにジャージに着替えて、各教室を飾ったり、1棟と2棟の校舎の間の中庭に火を使う食べ物の店用のテントを張ったり、2棟と3棟の校舎の間に来客の休憩用のテントを張ったり、実行委員が校門に看板を取り付けたり…、学校中が騒がしい。
そして私の心もざわついているのだ。
今日は文化祭の準備作業が終わり次第の下校で部活もないから、作業してくれが終わったら一緒に帰ろうってタダが言うから。
はぁ~~~…。
朝一でタダに言われた時の事を思い出して力無くため息を出す。
登校して来てすぐ、教室のある校舎の階段を上っている途中で、後ろから追いついてきたタダに「大島」と、制服の腕を一瞬キュッと引っ張られ、いきなりで驚いている私は、「なあ、今日部活ないから一緒に帰る。よな?」って言われて、「え?…私?」と言ってしまい、ふっ、と笑われて、「そう大島」と、抑揚のないいつも通りの声で答えられたのだ。
そして続けて「嫌なん?」と聞くタダ。
嫌じゃないよ。全然嫌じゃない。…とは言えずに慌てて首を振った私にタダは優しく笑った。
そしてその優しい顔を見て、ぽっ、と恥ずかしくなる私…
何の恥じらいだ気持ち悪い。自分の事ながら、なんだそれ!って感じだ。
だってでも。でもだって恥ずかしいから!
うわ~~~って感じなんだもん。うわ~~~~誘って来た~~~、って。わ~~~やさしく笑ってる~~~、って、わーわーなってるのだ。タダは超普通なのに、私だけがあたふたしている。
そしてそのあたふたしている自分がやたら恥ずかしいから、あたふたしているのを絶対にタダにバレたくない。だからそのまま教室につくまで何も喋れない。無言で一緒に教室に入った私とタダを当然女子のみなさんはガン見するが、「じゃあ後でまたな」とタダはあくまで普通の感じで言って自分の席へ着いたのだ。私はそこでまた、みんなが見てるのに『後でまた』って言った~~~、って思ったのだ。
ああもう、と思う。
タダの事を意識し過ぎだ。気持ち悪い。夏休みの終わりに好きだって言われて、そして私の誕生日に手作りのケーキまで作って祝ってくれて、少しずつタダの事を意識するようになってきたけれど、先週ヒロちゃんの通ってる高校の文化祭にタダと二人で行ってから、加速して意識するようになってしまった…
タダと言うのは多田和泉。タダイズミは私が、小学校からずっと片思いで好きでいた伊藤裕人、ヒロちゃんの親友だ…
…て、ぅわぁ…
うわもう私は…なんてヤツなんだ…
8月に一緒に行った花火大会の時にきっかり振られた後も、諦めはしたけどずっと好きでいたヒロちゃんの事を、『好きでいた』って思ったんだけど今はっきり。
好きでいたって完全に過去形になってるじゃん私!今でもヒロちゃんの事を好きなのは確かなのに、それでも私は、『好きでいた』って思ったのだ確実に。
いや、改めて確認してみよう。
ヒロちゃんの事は今でも好き。今まですごく好きだったし、これからもずっと好き。
でも。
でもだ。『私の事も好きになって欲しい』とか、『付き合いたい』とか強く思う好きではなくなった。『好き好き好き好きっっ!』っていう感じから、『あ~~やっぱ好きだよね~~~』っていうほんわかしたものに変わって来たのだ。
それはタダに好きだと言われてから。そして私もタダをだんだん意識するようになってからだ。
いやぁ…もっとずっと長くひきずると思ってたよね確実に振られた時には。このさきずっと自分の事を好きになってはくれないヒロちゃんの事を好きでいるのって相当つらいって本気で思ってたよね…
…結構早過ぎない?
ヒロちゃんの事ふっきれるの早過ぎない?タダの事意識し出すの早過ぎないか私。
自分でもびっくりする。
先週の土曜日、タダと二人でヒロちゃんの学校の文化祭へ遊びに行った時も、私はタダの隣で、おかしい、おかしい、とずっと思っていた。
ヒロちゃんのクラスの出しものは、出身中学のジャージを着用してのカフェ、『ジャージカフェ』で、そこで居合わせたヒロちゃんとタダの中学の時の友達、つまり私も良く見知った男子5人なのだけど、ウケ狙いで他校生にも関わらず中学のジャージで来ていたその5人に絡まれた時も、その後タダと二人で他のクラスの催し物を見て回りながらも私はずっとそわそわした。もちろんタダがそばにいたから。すぐそばにいるタダをすごく意識していたからだ。
おかしい。
おかしいおかしい。
ずっとそう思ってそわそわしながらタダの隣を歩いていた。
タダが目立つので、周りの女の子たちにチラチラ見られてそれに耐えられなくなり、少しタダから離れても、タダが微妙に、くっつきはしないけれど近い距離に並んで歩いてきて、それでまた人が多い所で縦になって歩いても、そこを抜けると自然にまたタダが横に並んできて、結局ビミョーに近い距離で歩くのだ。
そしてそのタダの自然さにさらに私はそわそわが増して、そんな自分が気持ち悪くて居たたまれず、「やっぱ私!ユキちゃん探してくる!」と力強く言って、タダのそばから小走りで離れ、私だけ1年の棟へ戻ってしまったという始末。
だって!と、当番を交替して休憩に入ったヒロちゃんと合流したタダが、結局私がヒロちゃんの彼女のユキちゃんのクラスの前で、ユキちゃんが当番を交替するのを待っているところへやって来て、4人で中庭に降りて、ヒロちゃんの部活の先輩たちの出しているカレー屋でカレーを食べながらも思ったのだ。
だっておかしい。
おかしいおかしい。
私はあんなにこのヒロちゃんだけをずっと、本当に長い事好きだったのにと斜め前に座っているヒロちゃんをチラッと見ながら考えた。
ずっと…何年かな…と、頭の中で指を折って数える。小1の夏くらいから好きになったから、小学の5年半と中学の3年間、そしてこの夏はっきり振られた花火大会の時は確実にまだ好きだったから…9年?
9年かぁ…長かったな…大きくなったよねヒロちゃん…
やっぱお手軽だよ私。ちょっとタダに好きだって言われたぐらいで…
「大島」
あんなにも長い事ヒロちゃんの事が好きだったのに。こんなにたくましくなってヒロちゃん…今見てもやっぱヒロちゃんはカッコいいけど…
「大島?」
や、ほんとカッコいいよヒロちゃんは。今でもやっぱり好きだし。だってヒロちゃんに似てるからって理由で私が一番好きな芸能人はずっと千鳥の大吾だし…大吾、すごく面白くて好きだけど、その前にヒロちゃんぽいから好きなんだよね…
「大島って」
あれ?ヒロちゃん、唇の端にカレーついてるじゃん…
「大島!」
タダに強く呼ばれて間抜けに答えた。「へ?」
長机をテーブルにした端に腰掛けた私たち4人。隣に座ったタダに呼ばれて間抜けな返事をしてしまった。目の前のユキちゃんは「ふふっ」と可愛い顔で笑い、斜め前のヒロちゃんは「ふん?」て顔をしている。
ヒロちゃんの口の端に着いたカレーが可愛いな…
「へ?じゃねえよずっと呼んでんのに」と言ったタダが私の制服のブレザーの腕をグッと引っ張って言った。「大島、ヒロトをガン見し過ぎ。久しぶりに見て嬉しいのはわかるけど」
そう言ってチラッとユキちゃんを見るタダ。
「ああっ!」と声をあげてしまった。そっか私、ヒロちゃんの事、チラ見してたはずなのにいつの間にかガン見しちゃってたか!しかもユキちゃんの前でってまずかったよね!と思ったのに、ほぼ同時にユキちゃんも「ああっ!」って声を上げていた。